シャルル7歳
転生したショックから抜け切らないまま数日が経過した。
徐々に周りの状況を理解してきた。
赤子の俺の世話は乳母であるデリアを中心に行われている。
享年の俺とほぼ変わらないであろう年齢の母から乳をもらうのは正直気後していたので半分ホッとしていた。残り半分は秘密だ。
ろくに体が動かせないため、オムツを変えられたりと下の世話をされるのはなかなか屈辱的だが、赤ん坊の俺にはどうしようもないと早々に達観した。
両親はおそらく忙しいのか、母は療養も含めてか、出産後会えるのは1日1回程度。
2人の溶けてしまいそうなほど幸せな顔を見て、前世での俺の両親が既に亡くなっていることに安堵する。現両親2人の初めての子供に対する幸せいっぱいな表情を見ていると、俺の元両親もとても嬉しかったんだろうな、と想像できるため、子供が先に亡くなる絶望感を元両親に与えずに済んだことにホッとした。
そういえば俺の遺体はどうなるんだろう。恐らく会社が無断欠勤に気付いて数日以内には発見されるだろうが、異臭立ち込める部屋に入る管理人の方に申し訳ない。清掃してくれる業者に払うくらいの貯金はあるからなんとかしてくれるだろう、と気楽に考える。
前世の友人達の悲しみはあるだろうが、入社してからは休みがあまりなく疎遠になっていたからじきに忘れてくれるだろう。そう思うと彼女や嫁がいなくてよかったなあ。
あ、妹がいた。高校くらいまでは仲が良くゲームの貸し借りなんかもしていたのだが、大学に入ってからは数えるほどしか会っていない。
俺が就職してから両親は交通事故で亡くなり、妹が大学を卒業するまでは両親の遺産でなんとかなって、妹も優秀だったから大手出版社に就職していた。大学からの彼氏と仲良くやっていたから心配はないが、天涯孤独にさせてしまったことに胸が痛む。
俺が難しい顔になっていたようで、ふと気づくと乳母のデリアが心配そうに俺の顔を覗いていた。
「あらあら、どうしたのかしら?」
オムツをポンポンと軽くたたき、そこに何もないことを確認するとひょいっと持ち上げられた。
母に抱かれた時と同じ安心感が体を満たす。
どうやら精神は赤子の体に引きずられるらしい。
俺の享年は26だったが、26の俺が誰かに抱きしめられてもこんな感覚にはならない。
デリアも母も俺の享年と大きく離れていないのに、なんというか性的な感情にはならない。むしろものすごく年上に見える。
ゲームで学園に入学するのは13歳だったはずだが、その頃には俺の精神年齢は39歳。
子供の中に混ざる、という感覚になるのでは、という心配をしていたがこの感じでは大丈夫なのだろう。
それよりも心配なのはラスボス。
確か学園卒業後、急に王都の近くに舞い降りたドラゴンを主人公と攻略対象者で倒す、という設定だった。そのために学園在学中にしっかり育成が必要なのだが。
ここはゲームではなく現実の世界だ。もちろん全滅してリセットなど出来るはずがない。
確実にドラゴンを倒すことを考えると学園に入学してからでは遅すぎる。体が動くようになれば即行動しなければならない、と俺は心に誓ったのだった。
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俺はシャルル。7歳になった。
体が自由に動くようになってすぐに剣と魔法の勉強をさせてもらうよう両親にねだった。
2人ともようやくよちよち歩きを脱したばかりの息子が勉強をねだったことにとても驚いていたが、
「さすが第一王子」と嬉しそうに頷いてくれた。
剣は幼な子にはとても持てる重さではないため、木で小さな剣を作ってもらい、綺麗な型を覚えつつ筋力アップに努めている。まだ対人練習はやったことないのだが、俺がいる城内の敷地にある騎士団の練習場にはもちろん大人しかいない。指導ができても、対人練習は難しいかな、と考えていると赤髪短髪の騎士団長が近づいてきた。
「殿下、今日も頑張っていますね」
「アラン、だいぶ型はできるようになったと思うがお前の目から見てどうだ?」
騎士団長であるアランは30才前後の見た目で身長も高く、体は筋肉で覆われている。とはいえ、前世で見たボディビルダーというほどのムキムキマッチョではなく、全身に整って付属した硬そうな筋肉で戦闘家、といった雰囲気だ。
最初俺が剣を習い始める際は俺の前に膝をつきながら
「王族を守るのは我々の仕事、こんなに小さい頃から王子が剣を学ぶ必要はありません」
と明らかに難色を示していた。
「騎士団の皆の能力に不満があるわけではない。
騎士団の護衛がない時に自衛もできない、民も守れない王族に何の価値がある?」
と幼な子ながら偉そうに宣い、強引に剣を習うことになったのだ。
騎士団長もはっと顔を上げ、了承してくれた。
もちろん城を出て街に行く際は必ず騎士団の護衛が付くが、学園も含め、今後護衛がつかないことも起こりうるのだ。
ゆくゆくはお忍びでこっそり城下に降りてみたい、などとは口には出さないが。
「そうですね、殿下はそろそろ対人練習に入っても良い段階まで来ています。実は以前から考えていたのですが、私の息子がちょうど殿下と同じ年です。許可をいただければ殿下の練習相手としてこちらに連れてきたいと思うのですが。」
「うむ、許可する」
騎士団長の息子、恐らく他の攻略対象者である赤毛の男だと察する。騎士団長と良く似た顔立ちの攻略対象者がいたはずだ。
やはり7年も経つとゲームの記憶が薄れている。
出来るだけ覚えているうちにと、数年前ノートに重要と思われる事項は書き留めてはいたものの、やはり名前までは思い出せなかった。
この世界では生まれてきた子供の魔力の属性が髪の色に反映される。俺のように光なら金、闇なら黒、火なら赤。
そして魔力値が強いほど濃い色になる。
俺の両親は王族同士なので2人とも金色の髪だが、両親が違う属性の場合でも、生まれてくる子はどちらかの色のみになる。俺の出産後、両親からは弟と妹が産まれたが、俺が1番黄金に近い金色の髪になった。
騎士団長のアランは霞んだ赤色の髪だが、確か攻略対象者の男はもっと鮮烈な色の赤だったな、と思い出す。攻略対象者達が力をつけてくれると生存確率があがるため、お互いに切磋琢磨できると良いな、と期待するのであった。