Bitter Half(三十と一夜の短篇第59回)
夫が突然別人になった。
着ている服も眼鏡も先刻から一切変わっていないし、喋る声も同じだ。
しかし、知らない人間だ。
わたしはこんな男知らない。こんな男と結婚した覚えはない。
知らなかったんだ、悪気はなかったんだと並べ立てて、ごめんごめんと繰り返す。
果ては、謝ったんだからいつまでもむくれているなよと、言い出して、不機嫌になる。
ふざけるんじゃないわよ!
わたしがどれほど絶望したか、全く理解する気がないんだわ。
妻が急に変わった。
ニコニコといつも可愛い妻が怖い顔で声を荒らげ、おれを睨みつける。
まるで別人。妻の殻を破って鬼女でも飛び出してきたかと、引いてしまった。
妻はますます激昂して、わんわんとわめき続ける。
気を利かせたつもりだった。休みの日に早く目が覚めたから、妻を起こさず洗濯をしてやろうとしたんだよ。全自動なんだから、洗濯物を放り込んで、洗剤を入れて、水栓を確認して、あとはスイッチオン。
本当に知らなかったんだよ。洗濯物のうち絡まりやすいものや傷みやすいものをネットに入れるとか、洗剤にも種類があるとか。
ストッキングにもブランドがあるとか、毛糸の扱いはどうとか、判らないんだよ。
妻は夫の前で縮んだセーターを拡げて見せた。
これじゃあもう着られないじゃないの、お気に入りだったのにひどい、ひどい。
感謝や褒め言葉を期待していたのに、妻から怒鳴られ、夫はすっかり肩を落とす。
謝ったんだから許してくれよと言えば、わたしが自動車のウィンドウウォッシャー液の補充をしたら、あとから違うだの希釈がどうの、物知らずとさんざん叩いたくせに、自分がしでかしたら、その態度なの? と言い返す。
“Better Half”はいずこにある?
苦味を添えて、試行錯誤を経て、夫婦は諦めや悟りの境地に達する。
相手を宇宙人だと思おう。宇宙人と思えば腹も立たない。