もう……私は蛹じゃない 2/4
―それから2か月後
フランフラン王国北方、アイングラードの隠れ里
フランフラン王国とオスカル・アンドレ・ロマンが治める鉄の国は、ワスプ―ルの橋で繋がっている。
そしてそのワスプ―ルの橋のすぐ傍に、その町は在った。
それが“アイングラードの隠れ里”である。
因みに何から隠れているのか?と言うと、人間の国王や、魔物のボスである魔公爵からである。
ワイワイ、ガヤガヤ……
「さぁ、いらんかね?気分がハイになる妖精の薬だよ!」
「さぁさぁ見ていきなよ、鉄の金槌だよ!
これで家を建てると、銅の柔らかいハンマーよりも頑丈な家が出来ること間違いなしだ」
「美味しいシチューはいらんかね。
パンと一緒にそこのテーブルで食べられるよ」
ここでは大概の物が手に入る、そしてその中には非合法な物を高い金額で……と言うのもあった。
だがそんな何でも置いてある怪しいマーケットは、様々な者を惹きつけてやまない。
実際ここには魔物も人間も集まって、怪しい物を取引している。
そんな特殊なマーケットに、この日一組の勇者パーティが訪れた。
「お、おい……あれ、ラ★ニーズじゃないか?」
「ほ、本当だ……うわぁ、カッコいいなぁ」
このラ★ニーズと言う勇者パーティは、この一か月で評判となった新手のユニットである。
その特殊なメンバー構成と、何よりも男性メンバーの美貌で有名だった。
「はぁ、カッコいいなぁ……私もあんなパーティと旅がしたい」
4人の内、3人が男性のこのユニットに、とある女性冒険者達がうっとりした目線を投げる。
そしてこの女性冒険者の目線に、ラ★ニーズの一人が気付いた。
彼は皆と少し離れると、自分を見つめる女性冒険者の元へと近づいて早速声を掛けた。
「はぁーいお姉さん。僕に何か用?」
爽やかで、それでいて甘え上手を思わせる柔らかい端正な顔立ちと声。
フワフワの髪が良い匂いを漂わせながら風になびき、第2ボタンも開いたシャツから、その胸板を惜しげもなく見せる。
……立ち居振る舞いからも滲み出る、自信に満ちたスタイルが眩い。
そんな彼が近くに来た時、女性冒険者3人が思わず笑ったまま固まった。
次に顔を赤らめた彼女達は、同僚女性冒険者に『きゃーっ!』と言って笑い合う。
「おいッ!お前一体何しに来たんだっ」
この時、女性冒険者のパーティ仲間である男の勇者が、ラ★ニーズのメンバーに食って掛かった。
ラ★ニーズの男は『アハハハハハ』と笑って答える。
「僕の事を彼女達が見ていたんだ。
もし知り合いだったら無視する訳にはいかないだろ?
だから聞いてみたかったのさ」
この勇者は第2ボタンまで開けた、彼の良い匂いがする胸板に目を向けると「だったらもう行けよ!お前なんか知らねぇよっ」怒りに駆られて叫ぶ。
「おお怖っ……じゃあお姉さん。
また逢えたら今度はどうして、見てたのか教えてね。
バイバーイ」
……その様子が、この勇者のトサカに来た。
「テメェ、ふざけてんのかよッ!」
一瞬で感情が沸騰し、往来の真ん中で叫んだ勇者。
その声で、周りの人も一斉に勇者に目線を向ける。
この状況で、ラ★ニーズのメンバーである彼も機嫌を損ねた。
「なぁ、言いがかりはソッチがつけてるだろ。
ソレに僕はテメェって名前じゃない。ハニーだ。
しかも、女の子に挨拶しただけで嫉妬に狂ってみっともない」
「なんだとっ!」
「聞こえなかったらもう一回言う。
嫉妬に狂った男はみっともないと言ったんだ!
耳まで悪いのかよ……」
そこまで言われて、この勇者は我慢の限界だった。
彼は背負った剣を抜き払うと、このイケメン冒険者、ハニーに言った。
「だったらここでケリをつけてやる!」
この様子に周囲が沸き立つ。
野次馬が『喧嘩だ!』と叫び、彼等の周りを人垣で囲みながら『剣を抜いてるぞ!』と噂し合う。
そんな勇者に困り顔のハニーと、恐怖に顔を引きつらせる女性冒険者。
この場に緊張が張り詰めた。
……その時だ。
「あら、随分と賑やかね。
何かな?と思ったら……これはこれは」
そう言って頭に大きな羽飾りを付けた、立派な帽子を被る女が現れる。
剣を抜いた勇者はそんな女に目を止めると「なんだお前はっ!」と叫んだ。
すると羽飾り付き帽子を被った女が告げる。
「あら?もしかしてあなたは……
一か月前にダークメイジの魔法で死んだ方ではありませんか?」
それを言われて勇者は、顔をその羽飾り付き帽子の女に目を向けた。
羽飾り付きの帽子をかぶったこの女は自信に満ちた目をしていた。
体つきは細く、精悍な印象……
服装は機能的だが、付けているアクセサリーが高価で品の良い物をばかりであり、裕福だと一目で判る。
「?」
……こんな女は知り合いに居なかった。
こういう特徴的な女の事を忘れる筈も無く、彼は必死に記憶から、彼女の事を思い出そうとする。
その様子を見ながら、羽飾り付き帽子を被った女は、手を口に当てて「おほほほほ」と笑う。
「あら、ごめんなさい勇者様。
私変わりすぎたから気が付かなかったかしら?
私ですよ……あなたに酒場で登録抹消された女魔導士“焼き肉串”です」
それを聞いた瞬間、勇者も、そして彼と一緒に旅をしている女性パーティメンバーも表情が固まった。
『…………』
“焼き肉串”は勇者とそのパーティメンバーの身なりを、上から下まで一瞥すると「ふっ」と鼻で笑う。
「あら皆さん前と同じ物を装備してるのね。
物持ちが良いのは立派な事ですよ」
『…………』
思わず黙って、変わり果てたかつての仲間の姿を見る、この勇者一行。
そんな彼等を無視して、イケメンのハニーが“焼き肉串”に甘えた声で言った。
「ねぇヤッピー、もう行こうよ。
早くお店で、今度の僕の装備品を見たい!
ミスリルのダーツを買ってくれるんでしょ?」
「勿論よハニー、だから大人しく私についてきてね♥」
そう言うとヤッピーこと“焼き肉串“は、イケメン冒険者ハニーの腕に自分の腕を絡めて勇者パーティに言った。
「皆さんごめんなさいね、私達これからミスリル製の装備を買いに行くの。
今付けている銅の鎧?って言うのかしら……殿方がつけている鎧。
あれを捨てるのにも最近お金がかかるみたいで、本当に困るわ。
そのお金を稼ぐのに、夕方の10分位がパーになっちゃうもの」
それを隣で、笑顔で聞いていたハニーが“焼き肉串”に甘い声で囁く。
「ヤッピー、いつもありがとね」
「ふふ、別に良いのよ、ハニー。
じゃぁ……今晩飲みましょ、美味しいお酒を飲みたいわ」
「いいよ、僕はヤッピーと飲むお酒が大好きなんだ」
「うふ、嬉しい……ウフフフフ」
こうして2人は、かつて“焼き肉串”を捨てた勇者パーティを後にして去って行った。
「なんなのアレッ!」
これを見て女戦士が憎悪に満ちた声で吐き捨てる!
「あの女、絶対私達を舐めてるよね!
コッチの事を上から下まで見た後に、ミスリル?
だったら何ッ!」
そう言って女僧侶もキレた。
「え、二人ともあの女の知り合い?」
そう言って女武闘家が二人に困惑した表情を向けると、女戦士が答える。
「アレがあんたの前に居た、頭の悪い魔導士だよ!
最悪……マジで。
男なんか連れて偉そうに!」
「なんかちょっと見た目のいい男ひっかけて、絶対私達に見せに来た“態”だったよね……」
「頭悪かったんだよ、アイツ。
絶対男にいい様にされてるんだよ。
貢がないとあんな男と付き合えるような女じゃない!
鏡見てモノを言えよ、クソッ!」
呪う言葉の節々に“羨ましい……”と言う心の怨念が籠る。
そんな呪われる対象の元魔導士は、ハニーの腕を取ったまま、仲間の元に戻る。
……そんな彼女の仲間は、噂通り美しい顔のメンバーだった。
ちょっとワイルドな風貌の勇者と、眼鏡をかけた真面目系男子の僧侶が、アノ変わり果てた“焼き肉串”を出迎える。
「……逆ハーレムパーティ」
これを見て、思わず女僧侶が呻くように言葉を零した。
『…………』
それを聞いて、女戦士と女武闘家は悲しそうな表情を浮かべる。
その視線の中“焼き肉串”は、イケメン勇者の腕をもう一本の腕に絡め、両手に花の状態で道を歩く。
そしてイケメン僧侶と楽しそうにお喋りを始めた。
『もう行こうよッ!』
この光景を見た女戦士は叫び、その声に驚いた勇者が「あ、ああ……」と言って女達の顔色を窺う。
この時、女達の心は屈辱でまみれ、憎悪の色に胸の内が染まり、敗北の苦みで舌の奥が震えた。
……自分達より下だと且つて見ていた女魔導士が、自分よりも“上”に居る。
金も男も全て手に入れた、その自信に満ちた様子は彼女達には悲劇にしか見えない。
片やイケメン逆ハーレム、そして自分達は……。
どうしても比べてしまう、この境遇。
「なぁ、どうしたんだよ、どこに行くんだよ?」
パーティメンバーである勇者が、歩き始めた女達についてきながらそう尋ねる。
すると次の瞬間、ブチギレた女戦士が叫んだ。
「どこでも良いでしょッ!」
『!』
思わず黙る勇者。
その前を女達は黙ってズンズンと道を行く。
こうしてこのパーティは目的も無く、野次馬と雑踏の渦の中を抜けて行った。
◇◇◇◇
「見た見たあの女達!
アーッハッハッハッ、いい気味……」
男の手を両腕に抱えて歩く“焼き肉串”はそう言って実に機嫌よく笑った。
それを見て、イケメン勇者が言う。
「ヤッピー、性格悪いよ」
「ウフフ、皆に言われるぅ。
でも良いでしょ!アイツらだってそんなに性格良くないしさぁ。
ふふ、お互い様よぉ。
ねぇ、ニック?」
そう言って、彼女は真面目そうな男僧侶に声を掛けた。
真面目系眼鏡イケメン男子の僧侶は、眼鏡を直しながら「ヤッピー、あまり人を煽ると良くないと思いますよ」と答える。
するとそれを聞いていた、イケメンのハニーが甘い声で笑いながら言った。
「アハハハ、ヤッピー、ニックに怒られたね!」
「そんな事無いよ、ニックは私に優しいモン。
ねぇ?ニック」
「ええ、怒ってませんよ、ただ私は少し心配症なんです」
「……だって、ハニー」
そう言って笑うヤッピーこと”焼き肉串”。
彼女は、次にイケメン勇者に顔を向けた。
「ねぇアラン、ミスリルの装備を揃えたら、レベル上げしようか?
皆そろそろレベル3になった方が良いと思うよ」
するとイケメン勇者は気が乗らない様子ではあったが「ヤッピーに任せるよ」と答える。
それを聞いて“焼き肉串”は、胸を張って答えた。
「任せて、この辺の魔物はフランフランの国の中では、一番強くて、経験値も美味しいの。
私に掛かればあんなの瞬殺だから」
それを聞いたハニーが茶化すように言った。
「ヤッピー強いからね。
安心して僕らも居られるよ」
すると“焼き肉串”は(メッ!)と叱りたげな表情で言った。
「ハニー、アンタも戦うのよ」
「アハハ、無理だよ。
僕はレベル1の遊び人だもーん」
「もう……しょうがないなぁ」
そう言って彼の振る舞いを許す、寛大な心の“焼き肉串”。
……彼女はこの勇者グループのラ★ニーズのスポンサーであり、パーティのリーダーでオーナーなのだ。
そして彼等は“焼き肉串”に率いられて、勇者家業に乗り出す新人達なのである。
そんな新人の一人である、イケメン勇者が“焼き肉串”に尋ねた。
「ねぇヤッピー、レベルを上げて何か目的でもあるの?」
「あら、アランも遂にヤル気になったのね。
ウフフ、じゃあ答えてあげる……
フランフランに出てくる魔物じゃ、基本的にはミスリルなんて必要ないの。
でもね、私達はこのまま強くなって、とある町に行くの」
「どこに?」
「火炎竜王バルセールが治める国、ルトラウェーズ国のスチムパンク……」
それを聞いた瞬間、勇者の眼が驚いて開かれる。
「ヤッピー、魔王もいつか目指すの?」
「まさか、別にそこまで目指さなくてもいいのよ。
アソコは私の生まれ故郷なの、だから帰って昔馴染みに会いたいだけ。
別にバルセールと戦う予定もないわ。
ソレに……私の真似をする奴もそろそろ出そうだしね」
「フーン……」
「そろそろフランフランの魔物は“おいしくない”魔物になるから、良い時期なのよ。
皆が強くなったらワスプ―ルの橋を越えて、新しい魔物が待ってる場所に行くの」
「……ああ、被害者が増える。
ヤッピーは魔物に対して酷いよ」
「酷く無いわよぉ、それに皆のお金は“あのやり方”で稼いでいるのよ。
それにね、鉄の国は欲しいわ」
「え?」
「自分の国……欲しくない?
オスカル・アンドレ・ロマンを倒して、あの国は私達のモノにしましょうよ」
「ヤッピーそんな凄い事考えていたの?」
「勿論よ、アラン……
女はいつだって心に下克上を抱えて生きているモンなのよ♥」
なろう界のアンダーグラウンドへようこそ!
そんな作品にも目を止めてくれたあなたが大好きです。
それではまた明日!