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もう……私は蛹じゃない 1/4

エンペラスライムが、紫の男と約束した日は、夜を迎えた。


「……ふぅ、ふぅ、ふぐ」


エンペラスライムは、フランフランの町の近く、老ダークメイジの拠点に居た。

……彼は部屋の(すみ)(かど)っこに引きこもり、いずれ来るであろう死神の襲来に(おび)えている。


「ミト君、ワシが何とかするから。

何とかするからココに居てくれ、な?」

「……は、はい。

お願いしますコウゾウさん、俺……もう怖くて怖くて」


お金も、そしてお金に変える(はず)だったオリハルコンの(かぶと)も失った彼は、このままだとマツナガと名乗った紫の男にじきに殺される。

今回は死体も残らない方法で、文字通り“消される”だろう。

それを恐れて部屋の(すみ)から出て来れない、エンペラスライム。


その様子を憐みの浮いた眼で見た老ダークメイジは、彼を部屋に残すとおもむろに外に出た。

……外は、夜空に星が瞬き、神殿を囲む森では、見知らぬ虫が夜の歌を歌い継ぐ。

虫達は怯えるスライムの様子も、彼の為に何が出来るかを考えるダークメイジの思いも知らない……


「はぁ……マツナガ会長を納得させるには、やはり用意するものを用意せにゃなるまい。

やはりオオトリに頼むしかないか……」


……ぼやきが夜空に放たれる。

やがて老ダークメイジは、そんな広がる闇に、魔法の呪文を唱え始めた。


「シラトリ興業002410に(つな)がれ、通信魔法モバセルラ!」


老ダークメイジがそう唱えると、空にたちまち映像が浮かぶ。

まず映し出されたのは、手入れは行き届いているが簡素な部屋。

そしてその部屋を(あか)らめる、輝く羽を持った鳥の姿である。

……鳥は、ビールの入ったジョッキを片手に、つまらなさそうな顔でビーフジャーキーを、ゆっくり咀嚼(そしゃく)していた。


『ん?誰だお前』


輝く鳥は、自分に向けて通信魔法が放たれたことを知る。

そして老ダークメイジに正体を尋ねた。

老ダークメイジはその様子を見ながら、思わず溜息を吐く。


「なんじゃお前、友達の顔を忘れたんか」

『ああ、その声はコウちゃんか。

ハハ……久しぶりに顔を見たら、地味な服を着ているから分からなかったぞ』

(だい)ちゃんあんまりじゃぞ」

『わりぃわりぃ……ちょっと最近調子良くなくてな』

「どうしたんじゃ?」

『別に大した事は無い。

……それより、コウちゃんの方から連絡なんて珍しいな』

「ああ、お願いがあって連絡したんじゃが……今いいかな?」

『コウちゃんから頼みごとかぁ……

だけどちょうど良かった、俺もお前に頼みたいことがある』

「大ちゃんから?」

『ああ、まぁ他の奴に頼みずらくてな。

……まぁ、サワの事なんだが」


大ちゃん……これはこの輝く鳥の愛称で、ごく限られた者しか彼にそう呼びかける事は無い。

彼こそフェニックスのオオトリである。

そして会話に出てきたサワとは、このフェニックスの娘の、オオスズメだ。

老ダークメイジは、自分の所の若い衆とデートしている、オオスズメの話が出た事で思わずビックリする。


「なんじゃ、サワちゃんがどうかしたのか?」


老ダークメイジは表情を取り(つくろ)い、まるで何事も無かったように尋ねる。

フェニックスはその様子を見ながら、老ダークメイジに尋ねた。


『コウ……お前最近サワに会ったか?』

「いや会っとらんよ」

『……そうか、なら良いや』


いやいや、そうは言うけど“なら良いや”とお前さん思っとらんじゃろ?……と、老ダークメイジ。

……実はこのフェニックスが、洞察力(どうさつりょく)が人一倍強い。

だからたぶんさっき自分が表情を取り繕った事にも気が付いているはずと思った。

そこで彼は何ともない顔でこう言葉を続ける。


「ただ、ウチの孫がサワちゃんにこの前会った様じゃの」

『なにっ!本当か‼』

「ど、どうした?」

『サワは元気にしてたのか?』

「元気にしていたようじゃったが……

何があった?」

『ああ……やっぱりいいや』

「お前さん……水臭いのぉ。

ワシらの仲じゃろ?お前さんとは40年以上の付き合いじゃぞ。

話せない事も無いじゃろ?

ワシで良ければ力になる、だから言ってみよ」

『いや、貰ったモバセルラ<通信魔法>で言うのもなんか悪くてな』

「何を言っているのやら……

まぁ後でワシからも大ちゃんに対してお願いをする。

じゃから先に大ちゃんから言うてくれ」


『ああ……それじゃあ言葉に甘えるわ。

ちょっと聞いてくれ。実はな、サワの前の男。

あのサワから金を巻き上げて、シジュウカラに(みつ)いだ、あのツバメ野郎を始末し……前にこの話、お前にしたっけ?』

「お前さんからは聞いて無いが、共通の知り合いからは聞いた」

『共通の知り合いって?』

「エンペラスライムのミト君じゃよ」

『ああ……あのギャンブル中毒のアホスライムか。

ペラペラ喋りやがってアイツ……』

「まぁミト君は、サワちゃんの友人の元カレじゃからな」

『そうかぁ……世界が狭くて嫌になる。

それで、どこまで知ってる?この話……』

「お前さんが、サワちゃんに酷い事をするアイツにキレて、2ヵ月前にバラバラにして海に投げ捨てた事かのぉ。

……文字通り、消してしもうてビックリしたぞい」

『仕方がねぇだろ、(よみがえ)ってサワの前に現れたらどうしてくれる?

それともあれか……お前、アイツをかばうのか?』

「まさか……あんなクソは魔族の風上(かざかみ)にも置けん。

ワシがお前さんの立場でもそうするだろうて」


老ダークメイジはそう話しながら(オオトリは本当に怖いのぉ……)と思っていた。

そんな中、フェニックスは友人の言葉に大きく(うなず)いて、力強く言う。


『お前もそう思うだろっ?

だけどサワの奴はそんな俺を“許さないっ”て言うんだ!

世界に男なんてごまんといるんだぞ……

何が何でもあんなクソ野郎じゃなくても良いと思わんか?

それでもアイツは”それでも彼が好きだった”とか何とかぬかしやがって。

俺の娘だけど、なんでアイツはあんなに男を見る目が無いんだ!

マジであの女は教育をやり直してやりてぇよ!

……でもなぁ、俺はサワが可愛くて仕方がない。

だのにサワは“もう俺と会わないっ”て言いだしたんだ。

前の彼も俺が始末したのをあいつは知っているんだろうなぁ……

前の男は喧嘩に明け暮れるDV野郎だったし、どうしてアイツは普通の男を俺の前に連れてこないのか……

俺だって、普通の奴なら喜んで迎えてやる!

恋愛がダメだと言ってるんじゃない、あのクソ野郎共は、お前を()い物にするからダメだっ!て言ってるんだッ。

……言っても聞かないんだアイツ。

娘なんて持つもんじゃないよ、コウゾウ……』


この時老ダークメイジは、いつも悪態(あくたい)ばかりを吐く、孫を想像しながら(どっちもどっちかのぉ……)と思った。


「ワシは、娘は居なかったから分からんが、親はいつも心配するて」

『そうか……そうだよな。

コウタの事、コウちゃん心配していたもんな』

「……まだお前さんはいい。

サワちゃんはバルセールの様な立派な男の下で、ちゃんと役人をやって、消息も分かるのじゃからな」

『あいつが立派ねぇ……コウちゃんバルセールを許す気になったのか?』

「ああ、バルセールも苦しいのじゃろ。

自分を判ってくれる人が居ればいいと周りは言うが。

彼は、ニーナ様の事を忘れられぬ……

手玉に取られていても、傍に居られれば幸せだったのだろう。

愚かに過ぎる男だが、その分一途ではある。

共通の知り合いを通じて知る、奴の話を聞くと涙無しには居られぬて」

『はッ、俺にはただの女々しい男に見えるがな』

「じゃがバルセールは強いぞ?」

『アッハッハッハッ!

俺はアイツとは揉めんぞッ。

確かにっ!奴はルード様の次に強い男……いや、もしかして並ぶかもな。

……あんな奴と戦う訳がない、俺には4匹の息子と一匹の娘、そして孫が2匹居る。

流石に命が惜しいわ。アイツ等のこずかいを稼がにゃならんしな』

「ふふ、そうじゃの」


旧知の知り合いとの会話は、ところどころで脱線し、2匹を目的も忘れてとりとめのない会話に興じさせる。

そして話は回り道を経て、目的の話題へと落ち着いた。


『まぁだいぶ話も()れたが……

コウちゃん、ミトの奴に聞いて、サワの事を俺に教えてくれないか?

(さみ)しがり屋のサワが、上手くやっているのか、変な男に(つか)まって無いか俺は心配なんだよ』

「おお……実はその件でも相談があるのじゃが、良いか?」

『なんだ?』

「実はな、サワちゃんに新しい彼氏ができた様なんじゃ」

『…………』


フェニックスは一瞬で酒が抜けたような表情を浮かべ『今度はどんなクソだ?』と、老ダークメイジに尋ねる。

老ダークメイジはこの瞬間(話の持って行き方を間違えたら、クワタ君は始末されるのぉ)と思い、胸の内が冷える。

そして老ダークメイジは、言いずらさを感じながら覚悟を決めて話した。


「大ちゃん……心して聞いてくれ。

実はうちで働く若い子が、ミト君の紹介でサワちゃんと逢ったらしくてな。

そしてその子とサワちゃんが付き合っている様なんじゃ」


それを聞いたフェニックスは、すわった眼で映像の中の老ダークメイジを睨み、そして腹の底から出たダミ声でこう呟いた。


『……コウちゃん、今からソッチ行ぐわぁ』


これを聞いて焦ったのは老ダークメイジである、彼は慌てて……


「いや来るな!

来たら今度はサワちゃんに殺されるじゃろがっ!

あの子もお前に似て、余計な事を言ったら相手を許さんぞ。

とにかく時が来たらサワちゃんを説得して、大ちゃんの所に挨拶に行かせるから。

それまで待っていてくれ、途中経過はちょくちょく話すから」

『会いデぇんだけどなァ、ゴウヂャン……』

「駄目じゃよ、大ちゃん」

『チッ……わかったよ。

ああ、頼むわぁ、コウちゃん……

信じてるからぁ、信じているからなぁ。

で、何て名前だ?そいつ……』


老ダークメイジは殺気を放つフェニックスの“信じているからぁ”の言葉に恐れ(おのの)きながら答えた。


「クワタ君じゃ、まじめな子で、まだオオガラスじゃ」

『そうかぁ……真面目じゃなかったら、分かってるよな?』


老ダークメイジは、正直に話した事を後悔したが後の祭りだと悟った。

だが、黙っていて後で知られるよりはまだマシなんだと、開き直って考える事にする。


「うむ、ワシにとっても、サワちゃんは可愛い身内じゃ。

この事はワシも良く見ておくから、そしてこの事を大ちゃんに細かく知らせるわい」

『そうかぁ、じゃあしばらくはそれで……

それよりもコウちゃん、俺に頼みたい事があるって言っていたけどそれは何だ?』

「おお、そうじゃった。

実はあのアホの子のミト君なんじゃが、何でもとんでもない事に巻き込まれての。

このままだとあの子はマツナガ会長に始末されそうなんじゃ。

助けるために少しだけワシに手助けしてくれんか?」

『……コウちゃん、悪いけどアイツにそこまでしてやる義理は俺には無いぞ』

「分かっとる、だから少しだけ手助けしてほしいんじゃ。実はな……」


◇◇◇◇


方々に連絡を終えて、老ダークメイジが拠点にしている廃神殿に戻って来たのはそれからしばらくたってからだった。

エンペラスライムはガタガタ震えながら、入って来た老ダークメイジの顔を見る。

老ダークメイジは、不安で押し潰されそうな、暗いエンペラスライムの顔を見て言った。


「ミト君、マツナガ会長と話が付いたぞ。

明日会長の部下がこっちに来るそうだ」

「お、俺はどうなるんですか?」

「とりあえず命は助かる」

「マジでっ!」


エンペラスライムはそう言うなり、飛び上がって喜んだ。

しかしその喜びを抑えつけるように老ダークメイジは言う。


「待てミト君!

実は代わりの条件があってな、ミト君は明日からマツナガ会長の下で働くことになる」

「……え?」

「100000ゴールドを働いて返すのじゃ」

「……今の仕事は?」

「辞めて貰って、マツナガ会長のやってる運送会社で、寮に入って働くことになる」


それを聞いたエンペラスライムは「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!」と叫んで泣きじゃくった。


「うわぁぁぁぁン……マツナガの会社って、ブラックじゃないですか!

しかも思想改造教育もやるので悪名高い所ですよ!

う、うう……ヒック、ヒック。

なんでそんなところで働かないといけないんだぁぁぁぁぁぁ」

「……ミト君、ギャンブルはこれで辞めんとな」

「辞められる訳ないでしょう!

5年以上タダ働きしないと十万なんてお金作れねぇよ!

それが嫌なら次のレースで当てるしかッ……」


この世迷い事を聞いた瞬間、老ダークメイジは声を荒げて叱責した


「目を覚ませ馬鹿モンッ!」

「!」

「全てはお前が()いた種じゃっ!

一時の楽しさに溺れて身を持ち崩したは、他の誰でもない、お前の責任じゃ!

そんなお前が消え去るのを見たくないから、色々な者がお前の為に動いてる。

お前……散々、余所様(よそさま)に迷惑をかけてソレで恥ずかしくは無いのかっ!」

「す、すみません」

「いいか、ワシだってお前をそのままにしておくつもりは無い。

だけどそのためにはお前さんが無くした、オリハルコンの兜……それを取り戻さんとお金は作れんじゃろ。

それはコチラに残ったワシらが探す。

だがその間は、マツナガ会長の元で借金返済の為に働くしかあるまい。

会長だって殺すよりも、お金が欲しい。

お前さんを殺しても、会長にとっては1ゴールドにもならんからのぉ。

さっきまで会長は、本気でお前を始末するつもりじゃった……それを何とかここまで話を(まと)めたのじゃ。

ワシらも一生懸命兜を探して、100000ゴールドを用意してくる。

それまでは辛抱して命を繋げ……それしかお前が助かる道は無いぞ?」


老ダークメイジがそう言うと、エンペラスライムはがっくりと項垂れて「分かりました……」と呟いた。


「ミト君、悪いが今日は家に帰って荷物をまとめたら、夜明け前にこっちに来てくれ。

もしマツナガ会長の部下が来たのに、ミト君が此処に居なかったらもっと面倒な目に合う。分かったな?」


エンペラスタイムは力なく「分かりました、コウゾウさんありがとうございます」と言うと、力なくブルブルと震えて、この神殿を出て行った。

こうしてエンペラスライムが居なくなった後、老ダークメイジに後ろから声を掛ける者が居た。


「じいちゃん……」


孫の若いダークメイジだ。

彼は不安な表情で祖父の顔を見つめている。

老ダークメイジはそんな彼を安心させようと微笑み言葉を発した。


「コウスケ、聞いていたか?」

「うん……」

「声が大きかったからな、まぁ聞いての通りじゃ」

「じいちゃん、ミトさんは大丈夫なの?」

「大丈夫じゃよ、マツナガ会長は約束を破らん。

ただミト君はどうじゃろな、マツナガ会長の元はかなり厳しいから……」

「……兜を見つければいいの?」

「状態にもよるがな……まぁオリハルコンは自動で回復する金属じゃから大丈夫じゃろ。

兜を見つければ、あとはワシが何とかする。

また、お前はミト君と遊ぶと良い」

「……うん」

「とにかく兜の行方じゃ、明日からはそれを最優先で探さないといかん。

勇者パーティを狩るのはしばらくお休みじゃ」

「そうだね……絶対兜、見つけるよ」

「うむ、そうしてくれ……」

「じゃあ、俺は寝るよ。

ミトの奴、明日夜明け前に来るんでしょ?

見送ってやらないと」

「そうじゃな、おやすみ、コウスケ……」


こうして若いダークメイジは寝て、それを見た老ダークメイジは、ソファーにもたれて静かに瞑想を始めた。

そして……夜明けを待つのである。

エンペラスライムは約束通り、夜明け前にここにきて、そして朝早くに来た紫の男の会社の者に連れられてここを出て行く。

それを見ながら老ダークメイジとその孫は、無くした兜の捜索に、力を注ぐことを誓うのであった。


こんなマイナーな作品に目を向けていただいてありがとうございます

そんなあなたが大好きです!


ではまた明日。


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