どうしてヤカラ達はああなのか? 3/4
エンペラスライムは自分の一撃が弾かれたことにショックを受け、そして視界を外へと向けた。
……ここでエンペラスライムは初めて、紫の男と目線を合わせる。
紫の男は凄みのある笑みを浮かべた。
「よう、お前がミトか?」
「だ、だれ?」
「俺は、マツナガって言うんだ……
名前を聞いた事はあるか?」
「紫のマツナガって……
マツナガ一家の?」
「ああ……多分そのマツナガだ。
ミトぉ、お前さん随分と面白いことしてくれたみたいじゃねぇか」
「え?な……え」
「オオダチョウレース、一昨日の万鳥券。
お前、幾ら儲けた?」
「え?それって……」
「いくら儲けたかって聞いてんだッ!」
突如豹変し、語気を強めてエンペラスライムを罵倒した紫の男。
エンペラスライムはびくっと震えて、あわてて「60000ゴールド」と答えた。
紫の男は手に炎を纏わせながらエンペラスライムに近寄った。
「あれは俺が仕組んだレースだ。
大人しく遊んでいたら良い物を、ジョッキーと組んでイカサマしてやがったなテメェ。
舐めてんじゃねぇぞ!この野郎っ」
「ひっ!」
「ジョッキーの野郎は始末したよ、あとはテメェを始末するだけだ!」
「そ、そんな、証拠は?証拠はある……」
「俺に証拠が要ると思ってんのか?
そんなもん要らねぇんだよ!
おい、コイツを始末しろ……」
ビッグデーモン達は『はい』と返事をすると、結界の外から剣を宝箱の中に突き入れようとした。
この様子に怯え、エンペラスライムが叫ぶ。
「ま、待って!お金は返しますっ。
コウゾウさんに借金してでも返しますから!」
この言葉に、紫の男はピタッと動きを止め、ビッグデーモンたちの動きを手で制しながら言った。
「コウゾウって、どこのコウゾウだ?」
エンペラスライムは生き残るために必死にアタマを回転させながら言った。
「も、元ダークロードのコウゾウさんです。
俺、実はその孫のコウスケと仲が良くて……」
紫の男はそれを聞くと黙って考え始める。
『…………』
「…………」
このマツナガと名乗った紫色の男が再び口を開くまでの間は、エンペラスライムにとっては永遠のようだった。
……しばらくして、紫の男は静かに語り始める。
「コウゾウの知り合いじゃあ、仕方がねぇな」
「へ、へぇ……」
「ミト、だったら100000ゴールドだ」
「え?」
「1000000ゴールドを詫び料込みで持ってこい。
1週間以内に持ってこなかったら、お前を殺す」
「ジュ、十万ですか?」
「ああ、びた一文負けられない。
コウゾウに借金してでもってお前言ったよな?
あれ……ウソか?」
「う、嘘じゃないです!」
「じゃあ持ってこい。
因みに、だ。俺から逃げられるとは思うなよ?
地の果てでも追いかけて行って、テメェを必ず殺す……良いかっ!」
この紫の男の恫喝に、エンペラスライムは恐怖に震えながら「は、はい!」と答える。
それを聞いた紫の男は、冷めた目線をエンペラスライムに投げた。
そして、配下のビッグデーモン顔を向ける。
「おい、お前ら。このスライムを外に出してこい。
100000ゴールドを持ってきてくれるそうだ、丁重にな」
「分かりました」
ビッグデーモン達は、来た時同様に宝箱を閉めて、この部屋を出て行く。
……エンペラスライムは出て行くときは何も言葉を発しなかった。
部屋に入って来た時とは違い、大人しく運ばれていく。
こうして誰もいなくなった部屋で紫の男は、静かに外を見ながら呟いた。
「コウゾウかぁ、懐かしい名前を聞いたな。
思わず手加減してしまったぜ……」
◇◇◇◇
―6日後
「コウゾウさん!助けてくださいッ。
かくかくしかじか……という事なんですぅ。
このままだと俺は明日殺されてしまいます!
お願いします、コウゾウさん……」
この日の夜、キマイラの翼のレプリカを使って老ダークメイジの元に、あのエンペラスライムがやってきて土下座を始める。
コウゾウは地面に全身を沈めるエンペラスライムを、溜息交じりで見つめて言った。
「ミト君や、それはお前さんが悪かろう」
「だからって、100000ゴールドって……」
「マツナガ会長がそう言うならそれが必要じゃろ。
ソレにミト君、これまでのレースでいくら儲けたのじゃ?」
「3レースで150000です」
「それはバレて無いのじゃろ?
だとしたら、払えん事も無かろうに」
「これまでのギャンブルの借金も返したら、あと10000ゴールドもありません。
お願いします、お金を貸してください!」
「何を言うかと思えば……そんなの金貸しに頼めばよい」
「もう、立派なブラックなんです……
何処もお金を貸してくれませんッ!」
「……だとしたら、この前コウスケから聞いたが、ミト君オリハルコンの兜を手に入れたそうじゃないか。
あれを売るしかないのかのぉ」
「でも、そんなに高くは売れない……」
「オリハルコン鉱山を持っている魔物だとそうじゃろ。
だけどもこう言うモノは、持ってない奴は高値で買うのじゃよ」
「え?誰が高値で……」
「人間に売るのじゃ」
「‼」
「こういう汚い仕事はしたくはないが……
お前はコウスケに良くしてくれとるでな、仕方が無いから一肌脱いでやろう。
魔物を裏切るようで気が引けるが、仕方がないのぉ……」
「こ、コウゾウさん……」
「お前が居なくなったら、憎まれ口ばかりのアホな孫も、流石に悲しむじゃろうて。
これからも仲良くしてやってな?」
「も、もちろんですコウゾウさん。
俺一生忘れません!」
「じゃったらミト君、急いでオリハルコンの兜を持ってくるのじゃ。
……今夜は遅いから、明日が良いかのぉ」
「ありがとうございます!明日又来ます、コウゾウさん、本当にありがとうっ」
そう言うとエンペラスライムは、飛ぶ様な勢いで、老ダークメイジの拠点を出て行った。
老ダークメイジはこの様子を見ながら(やれやれ、ワシも随分甘い男になったもんじゃわい)と思った。
面倒事ばかり……だから魔生は飽きない。
老ダークメイジはケツの青い若者たちを見ながらそう考えていた。
◇◇◇◇
翌日の早朝、フランフランの町の近くでエンペラスライムは、腰にぶら下げた袋に、オリハルコンの兜を入れてポンポンと跳ねて進んでいた。
昨日老ダークメイジに言われたように、兜を持って行くためである。
「…………」
そしてこの様子を、とある人間が見ていた。
先週盗賊になったばかりのその新米盗賊“焼き肉串”である。
彼女はエンペラスライムの腰の袋に目を止めた。
「エンペラスライムか……
なんであんな大物がここにいるのよ?」
エンペラスライムは、スライム種の中では特別強い種だ。
正直フランフランの国で、頻繁に出現する様な魔物ではない。
ただこの辺りをオオダチョウに乗って、駆け回るエンペラスライムが居て、おそらくそいつが今目の前で跳ねている奴なのだろうと“焼き肉串”は思った。
因みにここら辺の冒険者でこのエンペラスライムと交戦した者は聞いた事が無い。
そもそもミスリル装備も無しにエンペラスライムに戦いを挑む、そんな無謀な冒険者も、まずいないのだ。
……そんな強い魔物を、物陰から泣きそうな目で見つめる、新人女盗賊“焼き肉串”は、わが身の不幸を心で嘆いた。
(なんで今回の入団テストが、こんな大物のアイテムを盗む事な訳?
理不尽よ、アイツ等絶対私が失敗すると思って、あんな事言ったんだ!)
そう思った彼女は、強い憤りと不安に駆られて振り返る。
その目線の先には、自分の背中を望遠鏡で覗き、そして意地の悪い顔で歓談している勇者、薬師、戦士と言った男達が居た。
新人女盗賊“焼き肉串”は、そんな男達が望むままに、このスライムから物を盗まなければならないのである。
……さてどうしてこうなったのか?
前回ハーレムパーティに参加して、酷い目にあった彼女。
そこで今回は、逆に男だらけのパーティに参加を志願した。
ところが、今度は男社会の洗礼を受けて、イジメに近い入団テストを受ける事を要求される。
そしてそのお題こそが……
エンペラスライムから物を盗む。と言うミッションなのである。
新米盗賊に出来るとは思えない。全く実力的に釣り合わないこの課題……
だが残念だが、受け入れてもらおうとする側であるレベル1の彼女は、彼等に逆らう事も出来ない。
逆らったら『だったら別のパーティに参加しろ』と言われるのが関の山だ。
実際こんな事を要求されるなら、そうしたいのだが、それが出来ない現実がある。
と、言うのも、今の実力だと多くの募集中パーティの入団テストにすら進めず、書類選考で落とされるのだ。
実際それで幾つもの募集中パーティから、参加を断られてしまっている。
(一週間色々なパーティに応募して、やっと今回初めてテストまで来た……
今度こそなんとしてでもメンバーになって冒険をするんだ。
もう、名もなき兵士になんか戻らない……
冒険者になって金も、名声も手に入れる!)
かつて夢と野心と固い決意を胸に抱いて、遠い故郷の街並みから、田舎町まで来た彼女。
冒険者になりたい……その思いが、いま彼女の心から退路を消し去る。
その時だ……
エンペラスライムが、苦しそうに喘ぎながらこう呟きだした。
「ああ、チクショウ……暑いなぁ今日。
スライムなのに、体が乾燥し始めちゃったよ。
どこかに水辺が無いかな?」
エンペラスライムはそう言うと、細い触手を空に向かって伸ばし始め、辺りの湿気を調べ始めた。
もともとスライムは乾燥に弱い。
その為、触手を使って水気を探し出すのが得意だ。
やがて右手に水の存在を感じたエンペラスライムは、察知した水場目指してポヨンポヨンと飛び跳ねる。
(なんだろ?いきなり道を逸れ始めた……とにかくついて行ってみよう)
“焼き肉串”はそう決意すると、エンペラスライムの後をコソコソとついて行く。
こうして森の中を追跡する事5分……
先行するエンペラスライムは、広い沼地に辿り着いた。
そしてこの魔物は、目の前に広がる沼と言う名の水辺にやって来るなり、体に下げていた袋やら財布やらをそこら辺に投げ出し、水の中に飛び込んだ。
ドッボーン
「ぷっハァー気持ちいいッ!」
乾いたスライムの体に沁み込む水分と潤い。
その気持ち良さに思わず歓喜の声が上がる。
嬉しそうに、バシャバシャと誰もいない沼を泳ぐエンペラスライム。
それをこっそりと見ている“焼き肉串”は(ここしかない!)と思った。
やがてエンペラスライムは、彼女の目の前で、ドボンと潜水を始めた。
こうして水の中へと、姿を消したエンペラスライム。
次の瞬間、彼女は走った。
そして、財布と、兜が入ったあの袋をひったくると、この場から逃亡する!
「ハァッ、ハァッ、ハッ!」
息を切らせ、全速でこの場を走り去る“焼き肉串”。
まさかエンペラスライム程の上級魔物からの盗みを、新人である自分が成功させるとは思わなかった。
信じられない思いで、いっぱいになる。
(こんなに上手く行くなんて……
もしかして、もしかして私って天才?)
一週間前に、あの商人から20000ゴールドの入った財布を、何故か持ってきてしまった自分である。
……そして今回も他人から物を、奪う事が出来た。
パパラパッパァパッパパァーン
この時脳内で、ファンファーレが鳴り、盗賊としてのレベルが3っつも上がった。
見えたステータスは以下の通り……
焼き肉串 職業:盗賊 レベル4
攻撃力15 (装備:ひのきの棒+3)
防御力26 (装備:旅人の服+5 兜無し 盾無し)
知力20 (装備:魔導の教科書+6)
素早さ35 (装備:旅人の靴+4)
幸運22 (装備:でたらめなデザインの指輪+効果不明)
特殊能力 盗む、置き引き、泣き落とし、ハッタリ
(や、やったー!)
思わず見えた自分のステータスに、思わず逃げ去りながら心でガッツポーズをとる彼女。
彼女はそのままわき目も降らず駆け出し、あの3人の元へと急いだ。
3人の男達は、いそいそと望遠鏡をしまいながら、彼女が来るのを待っていた。
「オウ、上手く行ったみたいじゃねぇか」
若干引きつった笑みを浮かべながら、そう言って出迎える戦士の男。
その隣では薬師が、ニンマリ笑いながら勇者に話しかける。
「おい、今回は俺の勝ちだな!
この前と合わせて20ゴールド払ってもらうぞ」
「クッソっ、絶対失敗すると思っていたのに」
そう言って露骨に悔しがる勇者。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ああ、そうか……自分は上手く行かないと思われ、賭けの対象にされたんだ。
そう思って、思わず言葉も無く立ちすくむ女盗賊“焼き肉串”。
そんな彼女から勇者はひったくるように、エンペラスライムから盗んだ物を奪う。
「えーと、袋の中は……
なんだこれ!」
「おい、どうした?」
「戦士、見てみろよ。
この女、紫色の汚い粘膜と包帯まみれの兜を盗んできたぞ!
ハハッ、しかもかなり臭え!」
「マジか!青銅の兜か?」
「みたいだな……お前要るか?」
「要らねぇよ、俺はもう青銅の兜持ってる」
「俺もこんなの要らねぇな、じゃあ、これは“新入り”のお前のモンだ」
『…………』
……こうして、言葉も無く、突き返された要らない物扱いの汚い兜を貰った彼女。
悔しくて、悔しくてたまらなくなった。
次に彼女は、この兜を入っていた袋ごと茂みの中に投げ捨てると、3人の男達を睨んで叫んだ!
「バカにするんじゃねぇよ!
誰がテメェらから要らない物を貰うかよッ‼」
次の瞬間、女盗賊の目から涙が溢れる。
そして呆気にとられた3人の男達を尻目に、重たいエンペラスライムの財布を投げつけると、一目散にこの場を走り去った。
「クソアマっ!テメェ、何しやがる‼」
散らばったゴールドの散弾を受けて、思わず罵る勇者。
しかし“焼き肉串”はそんな勇者達に、眼差しを向ける事無く消えた。
女が居なくなった後、勇者は「クッソ、せっかくメンバーにしてやっても良いと思ったのに……」と呻く。
すると隣で賭けに勝って機嫌の良い薬師がこう言った……
「別に良いんじゃね?
女が居るとメンドクサイよ、男だけの方が気も楽だしさ」
戦士の方もその言葉を聞くと、頷いて言った。
「女が居ると、あれぐらいの事ですぐ“女を大事にしろっ”て騒ぎだす。
兜が汚くて嫌ならお前が洗えよって話だ。
新人のクセに、先輩に気を使わせようというのが気に入らねぇ」
薬師も我が意を得たりと言った様子で……
「ああ、まったくだ。
俺達は冒険者なんだから、汚いのなんのって騒ぐ訳にはいかねぇ。
あのお嬢さんがそれでヒステリックに喚くって言うなら、きれいな街の宿屋に居れば?ってなモンだぜ。
元々女に冒険なんて向いて無いって、マジで……」
こうして彼等は、自分達が彼女のプライドを傷つけたとは思わず、彼女が汚いものに耐えられなかったと話し合う。
問題が起きた責任は、3人の中では彼女一人に帰された。
……いない人のせいにするのは簡単である。
またチーム内の誰のせいでもないから、チームの中の空気が悪くなることも無い。
だからこれもまた、群れる動物である、人間の群れを維持する知恵と言えた……
勿論、敵役にされた方はたまったものでは無いだろうが、居なくなればそれも関係は無いのである。
まぁ、集団生活をしていればそう言うときもあります。
しゃーない話ですよ。
こんな珍しい展開の話を見てくれた方、数少ないあなた……
そんなあなたが大好きです!
それではまた明日。