私が辿り着いた場所……4/4
得意の魔法を封じられ、先程の見せた絶対的な暴力性を封じられた彼だが、それでも杖術と瞬間移動を駆使して、女盗賊を追い詰め始めた。
それを躱すべく、身軽に飛び回りそして肉薄しては、一撃を加える“焼き肉串”。
互いに幾度も武器をぶつけては離れ、そして接近を繰り返して戦う。
何十回もこれを繰り返した。
……時は移ろう。
空に日差しは消え失せ、庭園の中を魔法の光が包み込む。
どこか青ざめた光の中を、武器の禍々しい煌めきだけが輝いていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
足がまるで生まれたての小鹿の様に、ワナワナと震える“焼き肉串”。
長い時間戦い続けた彼女の足は、限界を迎え始めていた。
「はぁハァハァ、ングっ!はぁ……」
肩で荒々しく息をし、軽く曲げ続ける膝と、それを支える筋肉を心で窺う。
決して視線を切る事も無く、目を皿の様にして敵の僅かな動きも見逃さなかった。
(……あと何回踏み込める?)
パンパンに腫れた足に神経を向けながら、そう心で漏らす。
鑑定は出来ず、相手の弱点も何も分からないことが、不安を心に呼び込んだ。
すり減る神経。
心の中に住んでいる、もう一人の自分が(棺桶に入って楽になれよ!)と自分を誘惑する。
どうせ蘇れば済む話だと囁く。
だけどそれはカッコ悪いと、別の自分が告げた。
……どうせなら、もう一太刀食らわせてから倒れたい。
(真空霞斬り……もう一回。
あれしかない……)
一番自分の強い技、超技・真空霞斬り……これに賭けるしかもう勝ち筋は見えなかった。
ダークロードは最初に与えた脇への一太刀以外に、ロクなダメージは入っていない。
そして自分は細かいダメージが入っている。
自動回復のおかげで大ごとになってはいないが、それでも心理的には自分を打ちのめすに十分だった。
……精神的な疲労が、筋肉を重くさせる。
「カッカッカッ、楽しいのぉ、楽しいのぉ“焼き肉串”……
中々に楽しませて貰って嬉しい限りじゃわい」
目の前のダークロードは魔法を使わないと、自分に制限を課した事で確かに弱くなった。
だが、その結果行われる接近戦を楽しんでいて、その様子が“焼き肉串”をひたひたと追い詰める。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
もう挑発的な笑みを浮かべる事も出来ず、彼女の足は魔物の笑みに後ずさった。
(なんで笑ってるの?
これまでやってきた攻撃は、もしかして通用してないの?)
ダークロードの微笑みが、彼女に数値では出ない打撃を心に加える。
……彼女の胸にネガティブな風が、吹き及んだ。
その中で、まず思ったのはこれから放とうとする技が、本当に通用するのかも分からない、と言う事だった。
そんな暗い未来像が心に沸き始め、寒気と痺れが足先にやって来る。
(通用するの?
通用するの?
通用するのッ⁉)
……不安な思いが胸に満ち、そして心の視界が狭くなる。
心に宿り行く弱気、これから行われる計画への不安……これまで自分を支えてきた力への信頼が消えそうだ。
(自分の力は、ミツカベがくれたモノ……)
……疑いを生むような、考えてはならない事を思い始めた。続いて彼女は思う。
(ミツカベがくれた力は、ミツカベの望んだ未来に向かって、私を押し流そうとしている……多分)
……追い詰められた時、何よりも自分を一番信じなければいけない。
何故なら、この場面では打てる手が少なく、新たな準備をする余裕も無いから。
それなりに経験を積んだ冒険者である筈のの“焼き肉串”。
勿論コレが分からない訳じゃない。
しかし追い詰められた今この時、遂に自分を信じて良いのか分からなくなった。
「……ッ!」
彼女の喉の奥が、無意識の内にくぐもって鳴く。
(やるしかない、やるしかないんだ!)
狭まる視界、無くなるゆとり、そして消えていった冷静な自分。
「……うわぁぁぁぁぁぁッ!」
一歩踏み込む“焼き肉串”縮地で数メートルを一瞬で詰める。
懐に近くに踏み込んだ彼女はキラッキラッと白く輝くエフェクトを2度光らせ、そしてダークロードの傍を駆け抜ける。
切り裂かれる魔物の禍々しくも華美な衣装。
刻まれていく肉の感触。
(殺ったっ!)
手応えはあった、勝ったとも思った。
駆け抜けた直後思わず振り返って、彼の傷跡を見ようと思った。
(……?)
……誰も居無かった。
ドゴォッ!
一瞬呆然とした彼女の頭に、強い衝撃が走り抜ける。
彼女はその威力に潰され、地面に這いつくばった。
視界の片隅で飛んで行く、自分の大きな羽根付きの帽子、そして転がっていく飾りの無いオリハルコンの兜。
(あ、が、ああ……)
前に出たつもりが、前に出されていた。
……早まったと、この時知った女盗賊“焼き肉串”。
激しい痛み、そして暗くなる視界。
僅かに動いた目線がダークロードの服を見る。
血でべっとりと汚れ、相当な深手を負っていた。
そして彼の表情は?と言うと……辛そうだった。
(なんだ、通じていたんだ……)
それを知ると、何故か嬉しかった。
……だけどもうダメだった。
瞬きをする度に、意識を瞼の奥に在る暗闇に持って行かれそうになる。
◇◇◇◇
(…………)
―……さん、ユミさん、ユミさん。
誰かが自分を呼ぶ声が聞こえたのはこの時だった。
思わず目を開けて声がする方を見た“焼き肉串”。
『ユミさん、気が付きましたか?』
気が付くと自分は真っ白い光の中に居た。そしてその光の中に神官服を着た少年が立っている。
その正体を知る彼女は目を尖らせながら「ミツカベ」と呻いた。
『ユミさん、僕の事を覚えてくれていたんですね。嬉しいなぁ』
「覚えてるよ、テメェ私を嵌めただろ!」
『事情がありましてね、一度あなたの精神をアバターから放して、量子世界に戻さなければならなかったんです。
ですがそのおかげで手術も成功しました。
失った臓器や、骨も元通りになりましたし、これで偽りの世界から解放されます』
「何言っているのよ!」
『ユミさん、戻りましょう本来の世界へ。
お父さん、お母さんが待ってます。
見えるでしょうか?自分の世界が……
間もなく電気ショックが始まります、気持ちの準備をしてください』
「ど、どう言う事……」
『では……3・2・1』
◇◇◇◇
「…………」
目を見開いた彼女が見たのは、白い天井と、白衣を着た看護婦と医者、そして涙ぐんで自分を見つめる壮年の夫婦だった。
「ぅ、ぁ……」
言葉を発そうとした。
だけど喉も、そして舌も動かない。
驚いて目線を動かす“焼き肉串”。
そんな彼女に壮年の夫婦が、嬉しそうに泣きながら語り掛けた。
「ユミ、ユミ、ユミ……」
「ああ、ユミちゃん、うわぁぁぁぁあぁぁ」
「お、父さん、かぁさ……ゲホゲホ」
上手く喋れず張ったような喉が彼女の言葉を遮った。
「良かった、これで手術は成功です」
医者がそう言うと、ユミの父と母は何度も医者に頭を下げて礼を述べた。
その様子に笑みを浮かべながら、医者は語った。
「楠本さん、全てはこれからです。
ユミさんは水を飲むのも一苦労ですし、お二人(両親の事)にも長いリハビリが待っています。
半年もの間身体を動かしてこなかったのです、相当筋肉も衰えていますしユミさんの記憶もまだ混乱しています。
病院も協力しますが、これからですよ」
そう言うと医者はこの部屋を出て行き、後にはこの家族だけが残された。
彼女の父と母は、ユミの枕元に座り、そして意識を取り戻した、愛娘の顔を覗きながら語り掛ける。
「ユミちゃん、事故のこと覚えてる?」
「おい、あんまり思い出させるな……」
尋ねた母を父が咎めるのを見るユミは、僅かに首を横に振った。
「覚えてないの?無理はないわね」
「……ふぅ」
「ユミちゃん……あなた半年もこの部屋で寝ていたのよ」
「半年?」
「ええ、TSTNの笠原さんが協力してくれてね、あなたはずっとゲームの中に居たの。
ゲームの中で笠原さんとか、三壁さんとかに会わなかった?」
「み、ミツカベ……ゲホゲホ。
ミツカベは知ってる、あの変な子供……」
「子供?ミツカベさんはアラサーの筈よ」
「…………」
何が何だか分からなかった。
体は思うように動かず、そして眠い。
そして腕に繋がれた点滴の管と、脳波を表す無機質なモニターが視界に飛び込む。
「眠いのか?」
父がそう尋ねたので「うん」と頷くと、彼は「寝かせてあげよう」と母に提案した。
「ユミちゃん、私達は隣にずっといるから、ゆっくりお休みなさい」
「……うん」
「まだ混乱しているんだな、可愛そうに……」
楠本優海はそう両親に声を掛けられながら、再び眠りに落ちた。
自分がどこに帰って来たのかを考えながら。
まだ仮想と現実のはざまで、その魂や思考が揺らぐ。
だが時間と共に、全てを取り戻す。
彼女はゲームの世界から帰って来た。
それを理解するのに、もう少し時間が必用なのだ。
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