どうしてヤカラ達はああなのか? 1/4
―ミスリルの国ルトラウェーズの首都、スチムパンクの街の郊外。
ギーガコン、ギーガコン、ギーガコン……
ブゥォォォォォ……プッシュー!
ミスリル鉱山で知られるルトラウェーズとその首都スチムパンクの町。
ここでは、街の到る所で巨大な歯車が。轟音を上げて回転をしている。
そして歯車の傍では、それに動力を供給するジェネレーターが、激しく振動してはピストンを激しく上下させた。
そんなジェネレーター備え付けられた鉄塔からは、絶え間なく蒸気が噴き上がる。
その空に向かったジェネレーターからの煤煙が、この日も空から街に降り注ぎ、辺りをくすんだ色で染め上げる。
だから町の空気は悪く、町に住む住人は淀んだ匂いに包まれて暮らしていた。
……ああ。荒廃した都会の風景。
この街は……穢れた大都市の多くがそうであるように、煌々と灯るいかがわしい看板と浮浪者、貧乏人や酔っ払い。
そして彼等をいびり倒す特権階級を、高い塀の中に詰め込んでいる。
塀の中で繰り広げられる、まるで絵に描いた様な退廃……
とは言えこの都市の住民は、此処から出ようとはしなかった。
便利と言う名の、甘言を得意とした悪魔に唆された彼等は、出る機会を失ったかのような口ぶりで今日もこの町に留まる。
そして住民は、いつでもここから出てやるさ!……と呟きながら、今日も煤煙と歯車の監獄の中で、日々の暮らしを続けていた。
そんな街の郊外で……一筋の光の柱がフワッと一瞬空に伸びた。
光は瞬く間に消え去り、次の瞬間、元々光の有った場所に3匹の魔物が姿を現す。
「ゼェッゼェッ、ゼェッ……ウッグ、はぁはぁ」
その中の一人である若いダークメイジが息を荒げ、地面に突っ伏す。
そんな若いダークメイジの背中をさすりながらオオガラスは「大丈夫か?コウスケ」と声を掛けた。
若いダークメイジは荒げた息の中で呟いた。
「大丈夫だ!クワタ。
ゼェゼェ……
今日の合コンは、ゼェゼェ……絶対に行ってやる」
そしてこのやり取りを見つめていたエンペラスライムは、心配そうに言った。
「本当に大丈夫か?
昨日足を骨折したんだろ?
しかも今日も勇者を教会送りにしたらしいいじゃん。
……主にコウゾウさんが。
もし体調が悪いなら、女に言って後日にしてもらうぞ?」
「いやミトさん<エンペラスライム>、何言ってんスか!
俺ですよ?俺!
俺が骨折や今日の重労働位で合コン参加しないだなんて、そんなダサい事言える筈無いじゃないですか!」
「いや“無いじゃないですか!”って言われてもさぁ……」
「いや、ミトさん俺は行きますよ!
今日だって俺がエアタクシーの魔法で瞬間移動しなかったら、ミトさんここまで来れませんでしたよね?
俺が居ないと合コンできませんでしたよね?
じゃあ、俺がミトさんに必要なんじゃないんですか?」
「いやいや、そう言う問題じゃないから!
連れて行かないって言ってないから!
……コウスケ、お前たまにホントめんどくさいよね」
「だって連れてかないって言いだすんだもん、当然でしょ!」
「いや言って無いって……まぁいいや。
とりあえず待ち合わせ場所に行こうぜ」
エンペラスライムはそう言うと、ポンポンと跳ねながら、街の中を目指す。
その後ろを、松葉杖をついた若いダークメイジと、オオガラスがついて行った。
彼等は街の入り口の門で魔族の門番に、出生証明証を見せると町の中に入り、ゴミゴミとした街路を進んでいく。
ギーガコン、ギーガコン、プッシュー
3匹の目の前で、街のあちらこちらで歯車が何かに動力を伝え、そして動力源であるジェネレーターの煤煙が鉄塔から吹きあがる。
その煙の臭いに眉をしかめながら、オオガラスがエンペラスライムに言った。
「相変わらずこの町は酷い匂いッすね……」
「な?だから最近ではこの町の女の子の間で、空気が綺麗な田舎の町の男の所に、嫁に行きたがる子が増えてるんだって。
なんでも子育ては環境の良い所が良いそうだ」
「へぇ、だから今回俺達が呼ばれたんスか?」
「おお、ちょうど暇そうな田舎モンが居たんでな。
ちょっとイイ目を見させてやろうかなぁ?ってな!」
「先輩っ、あざーっす!」
「わーっハッハッハッ、調子いいなぁこのエロ鳥ヤロウめ、エエッ?」
もちろんその傍にいた松葉杖をついた若いダークメイジも、揉み手をしながら先輩に猫なで声で尋ねた。
「ミ・ト・さん♥
今日の合コンは何合コンなんですか?
街に着いたら教えてやるって言ってましたけど……
そろそろ兄貴、教えてくれても良いんでない?」
「コウスケぇ、聞きたいか?」
「ぜひ!」
「今日はなぁ、コンパの費用は全部相手が持ってくれるんだ」
「え、マジっすか?」
「ああ、今日はお金持ちのお姉様が相手だ。
題して……火炎竜王バルセールに仕える公務員のお姉様合コン、だ!」
この時ミトは言わなかった……全員たぶん年上だよ、と。
だが、このエンペラスライムの合コンタイトルは、若いダークメイジとオオガラスの二匹の心に火をつける。
彼等はテンションを上げると『うおおおおおおおおっ!』と喜びの叫びを上げ始めた。
そしてプヨンとしたスライムに抱き着いて言う。
「兄貴、一生ついて行くぜ!」
「マジだよミトさん、アンタ本物の男だ!」
「わーっハッハッハッ、ありがたく思えよお前ら!
俺に掛かればこんなに朝飯前だからよ!」
『はい、兄貴!』
こうして……まだ若く、貧しいオオガラスと若いダークメイジの二匹は、懐にも優しい今回の合コンに胸を躍らせながら、盛り場を目指して路地を歩み進める。
やがて開けた場所に出た彼等は、遠目に見える、バルセール像を目指して歩く方角を変えた。
そこは待ち合わせ場所としては、かなりメジャーな場所で、同じように誰かを待っているような、魔物や魔族、そして人間が幾匹幾人たむろしている。
「まぁーだ女達が来てないや、しょうがないから少しここで待つかぁ」
この様子を見て、エンペラスライムは、めんど臭げにそう呟く。
「モバセルラ<通信魔法>使います?」
若いダークメイジがそう言うと、エンペラスライムが答えた。
「いや、どうせ仕事だろ……
今回の話はタマミの方もヤル気だったし。
しばらく待てば来るだろ……」
「女って、なんでああも人に時間を守らせたがるのに、自分の時間が自由にしたがるんですかね?」
「まぁ、魔物によるんじゃない?
ルーズな奴もいればしっかりした奴が居るのは同じじゃん。
タマミはそこまでルーズじゃないんだけどなぁ……
たぶん合コンが始まったらあの女達の事だ。
絶対バルセール<火炎竜王>の悪口を始めるぜ。
暗いとか、意味不明とか……じゃあ仕事なんて辞めろよ!とか言うと『でもね、だってね』とか言い出すんだ。
大体想像つく……」
「公務員だからストレスたまっているんですかねぇ?」
「じゃねぇ?
女達が飲み代出すって言わなきゃ、絶対俺も参加しなかった……
あ、来た来た。おいタマミっ!」
急に現れた二匹組の女の子に向かって跳ねていく、エンペラスライムの背中を見ながら、若いダークメイジと、オオガラスは小声で話し合う。
「マジでミトの野郎カッコいいな?」
「コウスケ君、今日はあの匹の事を“兄貴”って呼ぼうって言ったじゃん」
「バカ、男はいつだって心に下克上を抱えて生きているモンなんだよ!」
「うわぁ……出たよこの魔物」
こうして横目でエンペラスライムの様子を見ながら話している2匹。
その内エンペラスライムが女の子達と長話を始めた様子なので、女性達の傍に2匹も近寄る事にした。
若者達が近寄ると、エンペラスライムは彼等の方を振り返って言った。
「あ、タマミぃ。紹介するわ。
ダークメイジの方が、コウスケ。
オオガラスの方が、クワタって言うんだ」
「あ、どうも。コウスケです」
「クワタです」
紹介され、そう素朴に自己紹介をする2匹。
すると、目の前にいたピンクのスライムと、ダークダンサーが『いやだぁ、可愛いッ!』と、叫び声をあげた。
そして何がおかしいのか、ゲラゲラと爆笑し始める。
この流れに、何のことやらさっぱり分からない2匹は面食らって顔を見合せる。
「ちょっと辞めろよお前ら!
後輩達が面食らってるじゃねぇか。
お前らが希望したんだろ、今回は“すれて無い子”が良いって!」
「ああゴメンゴメン、ミトっち。
でも本当にそんな子を連れてくるなんて……相変わらず仕事ができるよね」
「あたりめぇだろ、俺を舐めんなよ」
このテンションについて行けず、呆然として立ち尽くす、若者達。
その様子を見たピンクスライムが改めて、田舎者2匹に声を掛けた。
「初めまして、ミトっちの元カノでタマミです」
それを聞いたエンペラスライムが「おい、その説明要る?」と声を上げた。
「アハハ、言わなきゃ分かんないだろ?」
「ああ、まぁそうか……」
「そうだよ、そこのエンペラスライム、出世したってタマミさんは黙らないよ」
「へぇ……うるせぇ女」
「何ィッ?」
「ああ、もういい、次の魔物紹介」
「ちょっとそれどういうこと!」
「ああ、オイさっさと始めろ」
「ちょっと、それどういうことッ!」
いきなり喧嘩を始めたスライム2匹の剣幕に押され、思わず若いダークメイジとオオガラスは2匹の間に割って入る。
「兄貴、姉さん、周りが見てるから、見てるから!」
「そうですよ、今日は楽しく飲みましょうよ」
ところがエンペラスライムはヘラヘラ笑って「大丈夫だよ、いつもの事だから」と言い、ピンクスライムをさらに激怒させる。
とは言え周囲の目を気にしたピンクスライムは、エンペラスライムに食って掛かる事を止め、黙ってプイッとソッポを向いた。
この様子を心配そうに見ていた若い2匹に、ダークダンサーが声を掛ける。
「大丈夫、あの2匹はいつもの事だから。
ミト君、良い奴なんだけどね……
どうしてか何時もタマミちゃんに、ああ言い始めちゃうんだよね。
あ。私クリタね、よろしく」
『あ、よろしくお願いします』
こうして声を揃えてダークダンサーに挨拶した2匹に、彼女は「アハハハ、揃ってるから!」と言って笑いだす。
この時、ふとエンペラスライムが「あれ?女が一人足りなくね?」と言い始めた。
するとダークダンサーが申し訳なさそうに……
「ああ、ごめんね。
もう1匹来るんだけど、今残業中なんだ。
もうすぐ終わると思うんだけど、竜王がさぁ……またポエム入っちゃって」
「ポエムに入る?なんだそれ。
すっごく興味をそそられたんだけど!」
エンペラスライムはそう言うと。
ダークダンサーはニヤリと笑って答える。
「もったいないから、ちょっと此処で言うのはよそう!
店の予約はサワちゃんがもう取ってるから、そっちでゆっくり話そうよ。
ネタがもったいないもん」
「じらすなぁ、クリタ……
じゃあ、行こうぜ早速!」
こうして5匹は、近くの清潔感があるけど敷居が低い、中々程よい雰囲気のトラットリアみたいな店に入る。
『それじゃあ、出会いにかんぱぁーい』
5匹は6匹掛けの大きなテーブルに座り、乾杯の合図を取った後、次々と運ばれてくるコース料理を楽しむ。
「美味しい!」
オオガラスと若いダークメイジがそう言って料理に舌鼓を打つと、ピンクスライムがケラケラ笑った。
「でしょ?ウチのポエジーがさぁ『美味しい料理を揃えれば、あの人にもこの町の評判が届くかもしれない……』とか言ってさぁ、ムッチャ研究させたんだよ!」
「ポエジーって誰ですか?」
「ポエジーは……ポエジーだよね」
そうピンクスライムが言うと、隣でダークダンサーが「そうそう、アッハッハッハッ!」と爆笑しだした。
この話の流れが全く分からない、若い2匹は、再び面食らってお姉様2匹の様子を見ていると……
「バルセールの事だよ……」
と、横で聞いていたエンペラスライムがそう言って、分かりやすいように捕捉した。
それを聞いた女達は、早速ここに居ない上司を笑いものにするべく声を上げる。
「本当にあの男、別れた女房に未練タラタラで……
周りが“あの女は悪い女だッ!”て、どんなに忠告しても。
でも、それでもだ……いやそんな事は。
ってずーっと言い出すの。
もういい加減にしてほしいよね、サワちゃんとかの側近は良いけどさぁ、私はそこまで給料貰ってないから勘弁してよって、思う訳よ」
「あの、先から名前が出てる、サワちゃんって?」
オオガラスがそう尋ねると、ダークダンサーはそれを無視して窓の外の誰かに手を振った。
そしてピンクスライムにこう言った。
「あ、タマミぃ、サワちゃん来たよ」
「あ、ホントにぃ?」
やがてお店の中に、可愛らしい感じのオオスズメが入って来た。
オオスズメは入って来るなり、ピンクスライムやダークダンサーに手を振りながら可愛らしい声で言った。
「みんなぁ、ごっめーん。もう始まった?」
「大丈夫、始まったばかりだから。
主任、お疲れ様ぁ!」
「タマちゃん、職場の外で主任はやめてよぉ。もう……」
この時、オオガラスのクワタは、眼をクワッと見開いて入って来たばかりのオオスズメを見ていた。
……ムッチャタイプだったのだ。
それを見ていた、ダークダンサーがニヤリと笑って遅れてきたオオスズメに声を掛けた。
「主任、この子達が、ミト君が連れてきた子です」
「だからぁ、クーちゃん。
役所の外では主任は辞めようよぉ、もぉー」
「じゃあ、オオガラスの君。
早速サワちゃんに自己紹介して!」
ダークダンサーに促され、オオガラスはスッと立ち上がって、オオスズメに丁重な感じで話しかける。
「あの、フランフランから来た、オオガラスのクワタです!」
「クワタ君?はじめまして。
私はスチムパンクの……ミヤマエサワです♥」
オオスズメが可愛く小首を傾げながら、自己紹介をすると、クワタはニマニマと笑いだす。
それを見ながら若いダークメイジも「あ、俺はクワタの友人で職場の同僚のコウスケです」と自己紹介を始めた。
それが終わると間髪入れずにエンペラスライムが声を上げた。
「それじゃあ、皆揃ったから、そろそろ席替えタイムにしちゃう?」
◇◇◇◇
―1週間後のこと
出会いもあれば……別れがあるのも世の定めである。
フランフランの町に在る、冒険者が集うボルドーの酒場では、一人の若い女魔法使いが、盛んに喉を鳴らしながら本日何杯目かのワインを飲み干していた。
「ぷはぁ……クソッたれぇ」
カウンターの向こうで、グラスを磨いていた、渋いこの店のマスター、ボルドーはその様子を見ながら溜息を吐いてこう話しかける。
「お嬢さん、次はチェイサーにします?」
すると女魔導士は酔眼をキッとマスターに投げて言った。
「マスらぁー、アンらぁ酒場の店主らろ?
ヒック、私は酔っ払っらよ、酔っらけろもぉ……ヒック、アンタの仕事は酒を売る事らぁ。
水を出そうなんて、ヒック……あんた私を舐めなめ、ウーン」
『…………』
顔色一つ変えずに、グラスを磨くマスター。
彼は沈黙して、酔っぱらいを過度に刺激しない。
やがて女魔導士は焦点の定まらない眼で、バーカウンターの一部を見つめながら「私を舐めて……けっけっけっ」と笑い出した。
そしてマスターに声を掛ける。
「マスらぁー。私を舐めてるレ?」
「そんな事はございませんよ」
「あんた……エロいよ。アッハッハッハッ」
“良い酒”を飲んでないなぁ、若い奴はこれだから……そう思いながらマスターは別のグラスを手に取った。
此処で言う“良い酒”とは、高い酒の事では無く、酒を飲むスタイルの事である。
女魔導士は次の瞬間目に涙を浮かべ、そしてカウンターに突っ伏しながらマスターに「ごめんなさい、水……」と呻く。
マスターは黙って氷水を、女魔導士に差しだした。
感情の起伏が激しく、そして溺れるように飲み進める酒は、飲んでいる方も、見ている周りも辛い。
……たまらない空気が辺りを包む。
やがて女魔導士は氷水を一気に飲み干すと、無言のウチに立ち上がり、そしてトイレへと向かった。
マスターはそれを見て、もう一杯氷水を作り、居なくなった彼女のテーブルにまた乗せた。
見てくれた人は……たぶんあまり多くない(笑い)
だけどこんな作品を見てくれたあなたが大好きです!
それではまた明日。