どうして勇者の装備は、最初はひのきの棒とかなの?
ココは魔王を倒しに行く勇者が旅立つ、最初の国フランフラン王国。
そしてその城であるフランフラン城の傍の川辺である。
川のせせらぎが絶えず響く中。
一人の老ダークメイジと、その孫の若いダークメイジ、そしてスライムとオオガラスさらにオオオウムの5匹の魔物が雑談をしている。
「ああ、ヒマっすねコウゾウさん」
スライムが老ダークメイジにそう話しかけた。
「まぁ、勇者が来るのを、城から出待ちするのも重要な仕事じゃよ……
まぁ若い子には、辛抱が難しいかのぉ?」
「なにも、なり立ての新人勇者を襲わなくても良い気がするんですけど……
あ、そう言えば……」
不意にスライムが声を上げた。
それに反応し、若いダークメイジがスライムに語り掛ける。
「どうした?マツダ<スライム>」
「実はさぁ、俺の先輩のエンペラスライムのミトさんがオリハルコンの兜買ったんすよ。
これで勇者なんかに負けないって」
「マジでっ!最近ミトさん羽振りがいいギャー」
そう言ってはしゃぐオオオウム。
景気のいい話に色めき立つ皆に、スライムは言葉を続ける。
「オオダチョウの競鳥のレースで1000倍を当てたんだって」
「すげっ!」
「あの野郎は天才かよ!」
「ぐぎゃー」
不意に老ダークメイジがそう言って『あの野郎は天才かよ!』と叫んだ若いダークメイジをたしなめた。
「いやいや、危ないじゃろう……」
「なんでだよ爺ちゃん!
俺も一攫千金がしてぇよ!」
「コウスケ<若いダークメイジ>だからお前はダメなんじゃ。
ミト君<エンペラスライム>はこの前も万鳥券を当てたばかりじゃろうが。
博打の胴元<興行主>もアホじゃない。
次は絶対に目を付けられる。
ワシの見立てでは、絶対にミト君はイカサマに手を染めとる。
オオダチョウレースの本当の胴元は、アークデーモンのマツナガ会長じゃ。
もしもイカサマがバレたら……」
「マジで爺ちゃん!
やばいじゃん、ダチョウレースって、マツナガ一家のマツナガが仕切ってるんだ。
ああ、コレはミトさん死んだわ、うん間違いなくマツナガに弾かれて死ぬわ……」
こうして未来に行われるであろう、エンペラスライムの葬式の話をして始める5匹。
……やがて若いダークメイジが、不意に変な事を話題にあげはじめた。
「そういや爺ちゃん」
「うん?なんじゃコウスケ<若いダークメイジ>」
「なんで人間って、あんなに貧弱な武器や防具で俺達に戦いを挑むんだ?
フランフランの連中が派遣する勇者って、決まってこん棒やひのきの棒、たまに金持ちが銅の剣を装備する位じゃん。
服なんか旅人の服だし……
アレ完全におしゃれアイテムじゃねぇ?
あんなんでどうして俺達に戦いを挑むんだろう?
そしてどうしてあんな貧弱な連中を、俺達魔王軍は滅ぼさないんだ?」
「なんじゃそんな事も知らないのか?」
呆れてそう若いダークメイジに声を掛けた老ダークメイジに、他のスライムやオオガラス、そしてオオオウムも言った。
「そう言えば俺も知らねぇな、今日まで疑問に思わなかったわ」
「確かに」
「ぐぎゃー」
それを聞いて老ダークメイジは「ふぅ……」と重たい溜息を吐いて言った。
「これには悲しい訳があるのじゃ。
お前達はワシがその昔、転職前はダークロードとして、魔王様のお傍にお仕えしていたのを知っているだろう?」
「うん爺ちゃんの自慢なんだよね」
「そうじゃコウスケ、それはワシの青春であり、そして色あせない思い出じゃ。
じゃから魔王様の若き日の雄姿も知っておる。
しかし今や世界のほとんどを支配している魔王軍は、実は昔の方が強かったとワシは思って居る」
「爺ちゃん、話が変わっているから……」
「黙って聞け!
長い話になるが、なぜ今我々がこんな所でひのきの棒で戦いを挑む、あの勇者どもを相手にするのかを話すのじゃからな」
一喝された若いダークメイジはげんなりした顔を浮かべ、他の3匹は神妙な顔で耳を傾けた。
……彼等は全員、老ダークメイジのコウゾウさんから給料を貰っているから逆らわないのだ。
そんな若手を前にして、老ダークメイジは語りだす。
なぜ人間は貧弱な装備しかないにも関わらず、魔王軍に滅ぼされたりはしなかったのかを……
◇◇◇◇
魔王様とワシが生まれたのは、今から60年前の事じゃった。
その年、空に8つ輝く禍々(まがまが)しき死の星が一つに重なった。
そして空に輝く一繋ぎの死の星から、触れた者全てが発狂する、呪われた光が一筋地上に照射される。
……その光の中から魔王様が生まれた。
蛇足じゃが、ワシはそれとはまったく関係の無い場所で生まれた。
……コウスケ、ワシを睨むな。
話を続けよう……
誕生した魔王様は圧倒的な力で、人間達を攻撃し、そして様々に偉大な資源を、我が物とされた。
魔素の中でも最上の物やら、オリハルコンやら、ヒイロカネやら、ミスリルやら、妖精の粉やら世界樹の葉っぱやらの有名なモノなどがそれだ。
人間達はそれら全てを奪われた。
その為力を失った人間達の大部分は、これらの資源が取れない辺境へと追いやられる事になる。
元々人間たちが居た場所には。今やいくつかの隠れ里や、魔物が攻め込めない立地の国がわずかに残るのみである。
……え、そんな事は知っているとな?
どうしてそうなったのかを教えろというのか。
わかったわかった……
ならこれから話すのは、それらを人間達から奪う過程で、我が魔王軍がどんな犠牲を払ったかじゃ……
強大な魔王様の軍勢……
だが、実際には、何体かの魔物を中心とした複数グループの、寄せ集めに過ぎぬ。
……それはお前達も知っておろう。
どうしてこうなったのか?
それは魔王城の立地が関係している。
魔王様は、最も魔族の強化に役立つ資源……つまり魔素が最も強い場所に、自分の城を御造りになった。
だがそこから、彼は動けなくなった。
裏切り上等の部下達が、隙あらばその資源。
つまり最上の魔素を盗んで、下剋上を果たそうとするからじゃ。
こうして自分が立てた立派なお城から出られなくなった魔王様は(はて……俺は自分専用の監獄を作ったのか?)と思いながら魔王城の奥に引き籠る事になる。
……ワシはこの話を、ご本人様から聞いたので間違いない。
これが人間世界を滅ぼしかけたとされる、魔王様じゃ……
で、まだ人間がオリハルコンソードを持って魔王様と戦っていた頃の事。
魔王様は大戦士長である、7魔公爵筆頭のルード様を派遣し、オリハルコンを産出する人間の国を滅ぼした。
……するとルード様が言った。
「ココのオリハルコンは、手柄を立てたワシの物にするけぇ!
ワシはココで城を構えて、リッチな暮らしをするけぇ!
もう決めたでぇぇっ!」
……さっき言った理由で魔王城を動けなかった魔王様は、裏切ったルード様を殺しにも行けず、だからと言って他の奴を向かわせても殺せるとは思えなかった。
仕方なしに魔王様はルードをその国に封じたのじゃ。
……ルード様は魔王様の次に強かったので、仕方がないのぉ。
次に人間達はヒイロカネの槍を持って魔王様に戦いを挑んだ。
次もルード様が出てくると、オリハルコン同様自分のモノにするだろう……
それでは困ると考えた魔王様は、次に愛人だった7魔公爵の精霊女王ニーナ様を派遣した。
ニーナ様はその国を見事にその国を滅ぼしてしまわれた。
しまわれたのだが……
次の瞬間魔王様に手紙でこう告げられた。
(私達別れましょ、許されない恋にピリオドを打つ日が来たわ、これまでの思い出の代償として、この国を貰うわね。
さようなら人生で最も愛した人…… 永遠のニーナ)
……と、鮮やか過ぎる位、鮮やかに裏切ってのぉ。
魔王様、最初は大笑いで笑ったのじゃが、次の瞬間男泣きに泣き崩れてしまわれた。
ラブイズオーバーは、キッツイもんがあるなぁ。
とは言え、ヒトの好い魔王様は、かつて愛した人を殺そうとも思えず、ニーナ様を放っておいた。
それを見て不満を高めたのが魔王様の親衛隊の隊長を務める7魔公爵の火炎竜王バルセール様じゃ。
バルセール様は魔王様に。
「俺が裏切ったニーナを殺してきます!」
そう言って引き留める魔王様を振り切ってニーナ様の元に向かった。
バルセール様は大層強かった。
彼はその凶暴な暴力で、瞬く間にニーナ様を追い詰めたのだが……
ニーナ様の方が一枚上手じゃったな。
彼女はバルセール様にこう言った。
「バルセール酷い!私が何をしたって言うの?
どうしてあなたは私の思いに気が付かないの?
本当に愛していたのはあなただけ……
ああ、誠実なバルセール、私がガラスならあなたの手の中で砕けてしまいたい。
そうしたらあなたにずっと残る傷を付ける事が出来るでしょう。
私を壊して……バルセール。
子供は3人欲しいな♥」
3か月後、ニーナ様はこれ見よがしに魔王様に結婚式の招待状を送りつけられたのじゃ。
……あんな危険なものを私に送りつけて、ざまぁ見ろ、その企みは打ち破ったわ!
……と、伝えたかったんじゃろな。
因みに二人の間に子供は出来ず、半年後には離婚したそうじゃ。
憐れバルセール様は、魔王様の所にも帰れず、そのままミスリル鉱山を保有する人間の国を、その深く傷ついた心を抱いたまま攻め込んだ。
そしてそのままその国を滅ぼし、魔王様に手紙で……
「もう、私の事は放っておいて下さい……」
と言ってその国に居座ったのじゃ。
……一番傷ついたのは魔王様なのにな。
魔物と言うのは、自分の事しか見えんもんじゃて……
ここまでくると魔王様も、本当の敵は人間なのか魔物なのか分からなくなったようで、やる気がなくなったご様子じゃった。
「実績も、愛も、忠誠心も信じられない」
と、よくワシにおっしゃってなぁ……
そうこうしていると、次にアダマンタイトを引っ提げて、人間がどんな攻撃も跳ね返す盾を携えて攻め込んできた。
そこで魔王様は奥様である魔女公爵のルワーディッシュ様に、その知恵で助けてくれるように頼んだ。
ルワーディッシュ様は大変賢い方だったので、どんな攻撃も効かないその盾を構えた人間の国を、交渉で降伏させた。
……そしてその国を我が物としたのだ。
そしてそこから手紙で……
(不倫したクソ野郎、この国は慰謝料代わりに貰ってやる!)
と、魔王様に伝えたのじゃ。
この時ばかりは魔王様も……
「それはそうだよな、これまでで一番納得したわ……」
と、晴れ晴れした顔でおっしゃっておられた。
二人の間に、何があったんじゃろうなぁ……
魔王様も此処まで鮮やかに次々と裏切りが続くと、悟りを開かれた。
魔物は裏切る!とな……
そこで半ば捨て鉢になって「勝手に人間世界を切り取れ!」と部下に命じた。
しかし人間達もさすがで、メテオリクで作った強大なメイスで戦いを挑んできた。
しかしこの時にはルード様も、ニーナ様も、バルセール様も、ルワーディッシュ様もおらんので、魔王軍も押され気味であった。
その中でも敵の王は特別偉大な戦士だった。
彼は身の丈ほどもある巨大なメテオリクのメイスを手にし。
そしてその逞しい体には、竜の鱗の鎧を纏って戦いに参加していた。
遠目からでも判るそのキラキラとした姿に、魔物は恐れ慄いたモンじゃわい。
そしてこの王が率いる人間共は、遂に魔王城まで攻め込んできた。
しかしここで料理長ワンヒルが手柄を立てた。
この時彼は、破れかぶれで自分の包丁……牛刀だったかな?を投げた。
実はメテオリクは空から降ってくる星屑がその正体で、メテオリクの中には、磁力を帯びる物が有る。
人間の持っているメイスの磁力に反応した牛刀は、あらぬ角度でギュンと曲がり、そのまま人間の王の頭に突き刺さった。
こうして料理長ワンヒルはその国の王を倒し、魔王様からその功績でその国を賜った。
とは言え彼は料理長に過ぎない。
他の魔物に、攻め込まれたらひとたまりも無い。
そこでワンヒルは、7魔公爵であるオルンビリアル様を誘って、自分はその新しい国の初代になった一年後にオルンビリアル様に国を譲った。
こうしてオルンビリアル様は大した手柄も無いのに、独立を果たされたのだ。
……魔王様は「今回は怒れないか……」と呟かれたな。
そうこうしている内に人間達はごく普通の鋼の斧を持って、魔王様に戦いを挑んできた。
……まぁ、素材が手に入らないから仕方がないかのぉ。
しかし魔王軍の方も弱体化が進み、ルード様も、ニーナ様も、バルセール様も、ルワーディッシュ様も、そして……
まぁ、居ても居なくても良いが、料理長とオルンビリアル様を失っている。
勝てば勝つほど弱くなる、我が魔王軍!
悲しいのぉ、これが人間と魔物の差なんじゃろうかのぉ……
次は人間も考えた様で、自分の力を何倍にもする魔法の薬、妖精の粉を使ってきた!
……人間は頭がおかしいのぉ。
最後の手段がドーピングとは……
アイツら戦っている最中ダラダラとヨダレを流しながら「もっと戦えよオラァ、戦えよ魔物どもよぉ……ウェーッヘッヘッ!」と言い出すし、本当に最悪じゃった。
流石に魔王様にクレームが山の様に舞い込んできてな、そこで魔王様は自分の息子である7魔公爵が一人、魔戒王子エピリウス様を派遣された。
正直に言うが、エピリウス様は若いのであまり強くはない。
なので攻め込まれた挙句、負けてエピリウス様は捕虜となってしまった。
だがそこはさすが魔王様とルワーディッシュ様のお子様じゃ。
彼はルワーディッシュ様譲りの美貌の持ち主だった。
そうしたら敵国の女王がぞっこんラブになってな、そんでもってそのままその国の女王は、エピリウス様と結婚したいばかりには魔王軍に加入したのじゃ。
こうしてエピリウス様も魔王様から離れて独立……いや、帰れなくなった。
魔王様は今回の顛末を聞いて「若いから、仕方が無いのか……」と寂しげにおっしゃっていた。
息子も裏切った……のかのぉ?
まぁそんなこんなで、次に人間達は鉄のナイフで攻め込んできた。
今度は連中も考えたらしく、直接魔王軍に攻め込むのではなくエピリウス様を攻め立てたのじゃ。
まぁ、一番弱いから当然じゃな……
今度の人間達は死んでも死んでも復活する、世界樹の葉っぱを、ワッサァーと懐に詰め込んでやって来る。
……アイツらドラッグで作ったジャンキーソルジャーの次はゾンビ兵で勝負だよと、当時話題になったものじゃ。
困ったエピリウス様は魔王様に「パパっ、助けて!」と魔王様に手紙を送ってきた。
……言うても敵の装備は鉄のナイフじゃよ?
魔王様もガッカリして溜息が止まらんかった。
アイツは俺の息子なのか……と。
が、流石に実の息子を見捨てる訳にもいかず、最後の7魔公爵を御呼びになった。
それが今のワシらのボスである、悪魔詐欺師オスカル・アンドレ・ロマン様じゃ。
まぁこの詐欺師様は……正直弱い。
しかも単純に良い所の坊ちゃまであるというだけで、遊び惚けて訓練もしなかったから、エピリウス様よりもさらに弱いのだ。
しかしオスカル・アンドレ・ロマン様……
実は本名デーブなのじゃが、この方には一つ才能があった。
……ハッタリが上手いのじゃ。
そこで彼は辿り着く前に、ビラをばらまいた。
―あの7魔公爵、オスカル・アンドレ・ロマン……間もなく参上!
―遂に登場、魔王軍の本命、無敵のオスカル・アンドレ・ロマン……
―ご婦人の味方、華麗なるオスカル・アンドレ・ロマンが参る!
―生きるべきか死ぬべきか、それだけが問題だ……byオスカル・アンドレ・ロマン。
ワシらは「デーブのくせに何をさらすんだ!」と思っていたが、どうやら人間達はそうは思っていなかったらしく。
今度こそ自分達は終わりだと思っていたようじゃった。
まぁそうじゃろうな、これまでオリハルコンだ、ミスリルだぁと、優れた素材で武装していたのに、魔王軍に連戦連敗。
遂には鉄のナイフで戦う羽目になったのじゃから、そんな時に実態はさておき、魔王軍の本命、7魔公爵と戦う事になったのじゃから(これはもう終わりだ……)と思っても仕方がないのだろうな。
するとそれを、詐欺師特有の優れた嗅覚で見抜いた、オスカル・アンドレ・ロマン……もといデーブがこう持ち掛けた。
「その鉄の鉱山の取れる国を退き、海の中の島国に行くと良い、安心しろそうしたら魔王軍はお前達を見逃す。
この事は……7魔公爵が一人、華麗を歌われた誇り高き、このオスカル・アンドレ・ロマンが、自分の名前を賭けて約束しよう!」
……その名前は偽名じゃがね。
こうして人間達は鉄の取れる国を捨て、銅の山とひのきの棒が取れる森が茂った、海の中の国に退いたのじゃ。
早速デーブは鉄の国を我が物とし、海の中の島国と、自分の国との間を繋ぐワスプ―ルの橋を封鎖した。
デーブは分かっていたのじゃ、もう魔王軍に、更に戦う力なんて残って無いって事がな……
あとに残されたのは、裏切りに怯え、ますます魔王城から出られなくなった魔王様。
強さにおぼれ、欲望のままに正直に生きるルード。
魔王様の家庭を破壊した挙句、男を手玉に取って成り上がった酷すぎる女のニーナ。
魔性の女に引きずられた挙句、そんなつもりじゃなったのに裏切ってしまった親衛隊長バルセール。しかもバツイチ……
何があったか分からないが、夫に三下り半を突き付けて、独立を果たした魔王様の元嫁ルワーディッシュ様。
えーと……特に印象は無いが。
ともかく独立を果たした、元料理長のワンヒルとオルンビリアル。
女王に愛され過ぎて帰国不可能になってしまった王子のエピリウス様。
そして……まぁ、魔王様にとって一番どうでも良かったであろう、オスカル・アンドレ・ロマン。
これしか残って居なくなったのじゃ。
魔王軍は強くなったと言えば強くなったが、代わりに我ら魔物の心に吹き荒ぶのは、言葉に尽くせぬ喪失感と、ソコから零れる、空虚の風だけ……
誰も死んではいない筈なのに、組織はもうボロボロじゃ。
こんな中では、魔王様のやる気は全く無くなり、かつてあれ程恐怖と、破壊を身に纏い、多くの者に恐れられた方がただ玉座に座るだけの存在となってしまわれた。
虚しい事じゃて全くなぁ……
◇◇◇◇
海に浮か最後の人間達の完全独立国、フランフラン王国とフランフラン城の傍。
南国の明るい森の中で、老いたダークメイジが、若いダークメイジやスライム、そしてオオガラスやオオオウムを相手に、そう言って自分がこれまで見てきた事を物語り終えた。
それを聞いたスライムが言った。
「そうかぁ、だから勇者達って、ひのきの棒とか、銅の剣とか。
まるで期待されてもいないかの様な、武器しか王様に貰えないんだね!」
「そうじゃよ、あの王様ではあれが精一杯なんじゃ。
まぁ純粋にケチなんじゃろうとも、実は思うがなぁ……」
「魔王様可哀想……本当に可哀想」
そう言ってオオガラスが悲し気に鳴いた。
するとダークメイジがにっこり微笑んで言った。
「大丈夫じゃよ、そんな魔王様にとある野心的なメイドが言ったのじゃ。
魔王様、私に甘えても、い・い・ん・デ・ス・よ♥
基本魔王様も弱いからのぉ、早速ぞっこんラブじゃ。
そうしたらルワーディッシュ様に知られてまぁ大変。
その後は何があったかは知らぬが、知らぬ方が良いじゃろう。
ワシらは関りにならん方がいいのじゃ、全くなぁ……」
するとまだ若いダークメイジが言った。
「爺ちゃん、魔王様とルワーディッシュ様は別れたんじゃないの?」
「ふぉっふぉっふぉっ。
男と女は理屈通りにはいかんのじゃ。
別れても好きな人とも言うからのぉ」
「……?」
「まぁええ、お前も直に分かるじゃろうて……」
「それはそうとおじいさんグギャー」
「なんじゃヤスイ君<オオオウム>?」
「今度来る勇者はどんだけ強いのグギャー?」
「まだレベル1じゃろ。
あんなもんひよっこじゃ、ワシの氷魔法ヒヤヒヤロンで一発じゃて」
そう言って不敵に笑う老ダークメイジ。
その顔に思わずみんながぱぁーっと顔を明るくする。
「爺ちゃんスゲェゼ!」
「ふぉふぉっ、まだまだ若いモンには負けぬてな。
あ、話をすればあそこに勇者が……」
そう言って老ダークメイジが指さした方向には。
女魔導士と、女僧侶と、女戦士を従えた、ホストみたいな勇者が歩いていた……
これを見たスライムが叫んだ!
「行こう、あんなハーレム野郎に負けてたまるか!」
『オウ!』
こうして最初の町では、いつものように新人勇者と、魔物達の戦いが始まる。
そして新人勇者の武器は、今回もやっぱりこん棒であった。