私に羽が生えた日(前)
―約3か月前
ジャッジャッジャッ……バシャバシャ
この日新人盗賊“焼き肉串”は、エンペラスライムから兜を盗んだ。
彼女はその後、宿屋に帰ると、その中庭に在る噴水を利用して、包帯と粘液で汚れた兜を洗う。
「ああもう、もう無理!
なんでこんなに汚いのっ?
マジで最悪なんだけど……」
夕方、悪態をつきながらタワシで擦ること30分……やっと兜はキレイになる。
兜は特に装飾も無く、地味につるりとした金色に輝く外見だ。
持つと軽く、そして叩くと非常に硬い。
ソレを乾いたタオルで磨いた後、試しに被ってみると、最初ブカブカだった兜がみるみる小さくなり、自分の頭にフィットした。
「あ、これ魔法のアイテムじゃん!
ラッキー。これで兜を買わなくて済む」
そう言って“これは良い物を拾った”と喜ぶ、盗人の女。
……その時だった。
『おお、これは良い物をゲットしましたね』
急に背後から響く、人の声。
驚いて振り返ると、目線の先には6歳ぐらいの神官服を着た子供が、石造りの噴水の縁に座って、こちらを見ていた。
「え、誰?
君、どこの子?」
思わずそう尋ねると、神官服の子供が答える。
『失礼いたしました、私はUMのミツカベと申します。
たぶんこの世界だと、イイダバシから来たと言った方が通りは良いんですよね?』
……イイダバシとは、この世界では創造主達が住む場所の名前である。
驚いた彼女は、黙ってこの不思議な神官服の子供を見た。
すると神官服の少年は、にっこりと微笑む。
『驚かれたようですね。
まぁでも、いずれは驚かなくなりますよ。
何せあなたはこの世界では特別な存在なんですから』
「え?どういう事……」
『失礼ですが、アナタ様はもうこの世界で過ごしてどれくらいになるんですか?』
「どれ位って……生まれてからかれこれ21年ぐらい?」
『ああ、そう言うデーターがこのアバターに入っているんだ』
「どういうこと?」
『もしかして自分はNPCだと思っていません?』
「そうじゃないの?」
『まさか……
正直に言いますと、本当の所、アナタ様は特別な存在なんですよ。
何せ掛かっている予算が……ゲフンゲフン!
カサハラさん!ちょっと、辞め……
失礼、イイダバシの中でも偉い者が、ちょっと世界の外から私を……
あ、はい。すみません……
し、失礼。今何が起きているのか分からないとは思いますが、私には何かが起きているのです』
「はぁ……」
“焼き肉串”は(何?コイツ……)と思った。
『ユミさん、そんな胡散臭いモノを見る目で私を……
え?あれ……
この人、自分がユミだと知らない?
そうなの?それは……それはカサハラさん先に言わないと。
いや、僕のせいじゃないでしょ!
あ、ごめん……先に言いますとね。
アナタは自分がこれまで“焼き肉串”だという名前の冒険者なんだと思っていたと思うんです。そうですよね?』
「そうじゃないの?
て、言うか、あんたマジで変だよ。
マジウケるんだけど……」
『まぁ。貰った情報に手違いがあってね……
イイダバシでも色々あるんです。
とにかく本題に入りますね。
さっき言いかけてしまった内容を続けますと、あなたの本当の名前は“焼き肉串”ではありません。
アナタの名前は“ユミ”です』
「…………」
そういきなり言われて、黙ってミツカベと名乗った、神官服の子供を見ながら思った。
(こんな頭のおかしそうな奴に言われてもなぁ……)
なので、彼女は猜疑心も露にこう告げる。
「ちょッとさぁ、アンタがイイダバシの人間だっていうなら証拠を見せてよ。
俄かには信じられないんだけど」
『なるほど信じられませんか。
それならば、良い物を差しあげましょう。
きっと、これからのあなたの冒険を素晴らしいモノにしてくれますよ』
「素晴らしいモノ?」
『ええ、私達イイダバシからユミさんにプレゼントです』
そう言うとミツカベは掌を広げて彼女に見せた、そこには7色に輝くクリスタルがある。
『綺麗でしょ、ユミさん』
邪気も無く、清らかな美しさと神秘が籠った、クリスタルの輝きは心を刺激した。
「うん。これをくれるの?」
ゴクリと唾を呑みながらそう尋ねた彼女に、ミツカベは童心も露な笑みでこう答えた。
『そうです、受け取ってください』
そう言われた“焼き肉串”は、言われるがままに恐る恐る手を伸ばす。
『ユミさん、怖がらないで。さぁ……』
そう言って優しく勧めるミツカベ。
その声に促され“焼き肉串”はその7色のクリスタルを手に取った。
次の瞬間クリスタルは輝きだし、周囲の風景が暗転する。
シュンシュンシュン!
風を切るような音が幾つも鳴り響き始め。
やがて、クリスタルは7つの異なる色を放ちながら、彼女の周りを回転した。
そして光が彼女の中に吸い込まれる。
「え、ええ……ええっ⁉」
……彼女のステータスが急上昇した。
焼き肉串 職業:盗賊 レベル18
攻撃力98 (装備:メテオリクダガー29)
防御力230 (装備:ジルベストルの服+48 オリハルコンの兜+100 盾無し)
知力72 (装備:魔導の教科書+6)
素早さ190 (装備:旅人の靴+4 ジルベストルの服+100)
幸運255 (装備:でたらめなデザインの指輪+効能発揮、幸運MAX)
特殊能力 盗む、置き引き、泣き落とし、ハッタリ、自己犠牲の精神、かばう、強奪、縮地、鑑定、超技:真空巾着切り、超技:真空霞斬り
頭の中で自分のステータスが急上昇した事を知り、驚く“焼き肉串”。
装備していた衣服や武器の姿も変わる。
そんな彼女にミツカベが言った。
『どうです、ユミさん。
素晴らしいでしょ……これは僕たちイイダバシからのプレゼントです。
もっとも、これは元々あなたが持っていたものを一部お返ししただけなんですけどね』
「どういうこと?」
「ユミさん……本当の“焼き肉串”と言うアバターの実力は、こんなものじゃなかったんです。
あなたはこのサーバーでは弱い非力な存在だったかもしれません。
でもね、他のサーバーでのあなたは、7魔公爵の内3公爵も撃破した英雄なんですよ』
「え?」
『つまりユミさんは、3つの領地を持っていた人間側の主要アバターだったんです。
実は魔公爵を撃破し、その領地を自分のモノにすると、クリエイティブモードが発動します。
そしてその領地を豊かにして、数々のクエストを攻略すると、今持っている武器や防具と言った、優れたマジックアイテムが手に入ります。
特に“ジルベストルの服”なんて、盗賊やアサシン系の冒険者の持ち物の中では終盤まで使える凄いアイテムで、あなたは前の人生ではそれを使って大戦果を挙げていました』
「英雄?私が……」
『そうです、もっとも今のサーバーは以前とは比べ物にならない程難しいですけどね。
敵側のAIだって、ほぼほぼ人間と変わらないくらい思考します。
なので今のままでは難しいと思います……ですが今ユミさんは凄いアイテムを手にしました。
それが今、あなたの頭の上に在るオリハルコンの兜です」
「これ?このつるっとした兜?」
『そうです、防御力は+100補正。
兜とは言え体にも防御力は働き、魔法防御力も+100となるこの兜は、本来最終魔公爵戦のダンジョンで手に入る物なのです。
今回ちょっとだけシナリオをいじって、本来フランフランでは出没しないモンスターをこっちに呼び出してしまいました。
アナタに盗ませるためです。
……ちょっと、カサハラさん笑わないで下さい。
ああ、ごめんなさい、こっちで色々ありましてね』
「この兜、オリハルコン……」
『その通りです。
ただ、お願いしたいことがありましてね。
他のプレイヤーに見つかるとクレームが、こっちに寄せられてしまうんですよ。
他のプレイヤーの方はまだ、意識を覚醒させるわけには……
……え?あ、そうなんだ。
すみません、ユミさん今のは忘れてください。
とにかくその兜は皆に見せない様にしてください、そうしないと皆が嫉妬して、ユミさんを攻撃しちゃいます。
そうするとその兜盗まれちゃいますからね。
盗賊が盗まれるなんて、シャレにならないでしょ?』
「…………」
彼女は、頭から兜を外すと、ソレをしげしげと見つめながら静かに頷いた。
何か凄い事を言われて、フワフワとした胸の内で、彼の言葉を受け入れる。
正直まだ心が追いついていない……
これまで仲間からも捨てられ、加入しようとした冒険者グループからもないがしろにされた“焼き肉串”。
プライドを汚された、冴えない過去を持つ女……
そんな彼女の順調とは言えなかったここ数週間が、不意に頭を過ぎっていく。
「……ねぇ、私みたいな人他に居るの?
アナタに会うと急にステータスが上がる人」
『今のところは居ないですね、もちろんこれから生まれるアバターの中にはそう言う子もいるでしょうが』
「……ん」
『実はね、このサーバーと言うか、この世界には、他の世界では英雄だった人がたまにやって来るんです。
それこそユミさんの様にね……
だけども、今ユミさんが居るこの世界は、それまで活躍していた世界とは比べ物にならないくらい、魔物達が知恵をつけているせいで攻略するのが難しいんです。
だからきっとユミさんのように、上手く行かずに悩んでいます』
「……ん」
『でもそんな人たちの中で、ユミさんはかつての力の一部を手に入れました。
これからはそれを使って、どんどん魔物からアイテムを盗んでください。
多分これまでとはケタ違いに儲かりますよ』
「……そうだよね、ミツカベ君良い事言うね!」
『いやぁ、褒められると嬉しいなぁ。
ただし気を付けてもらいたいのは、実は魔物って無制限にお金がある訳では無くて、お金を盗まれるとお金が無くなって貧乏になるんです。
なので、散々に盗むと、辺りの魔物を倒しても、盗みも出来なければお金もドロップしなくなります』
これを聞いた“焼き肉串”は驚く。
「え、アイツ等って無限にお金を持っている訳じゃないの?」
『サーバーによってですかね。
搭載されているAI(人工知能)が高いレベルだった場合、魔物が無制限にお金を使えたら誰も勝てないんですよ。
なので財産制限を掛けています』
「ふーん」
『基本魔物は、毎月魔公爵や、魔王と言った資産家の魔物から給料を貰っています。
彼等もいっちょ前に事業をしているんですよ。
だから魔公爵を倒すと、彼等の事業を奪えて、クリエイティブモードが起動する……と言う訳です』
「へぇ、そうなんだ……
まだ誰も魔公爵を倒した人が居ないから、分からなかった」
『まぁ、頑張ってください。
僕等もユミさんを応援していますから。
……ああ、そうそう。
実はユミさんに、一つお願いしたい事がありまして』
「なに?」
『実はこの間、バスの転落事故が……
あ、カサハラさんこれは言っちゃダメですか?
ごめんなさい、えーと……
あ、そうだ。ユミさん一つ聞いても良いですか?』
「いいけど、何?」
『イケメン、好きですか?』
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