諍いに向かって 6/7
『…………』
テーブルに座っていた4名は、驚いて黙ったまま互いの顔を見合わせる。
「おい、この声はバルセールの声じゃねぇのか?」
紫の男がそう言って、同じ卓に座る3名の顔を窺う。
「え、ええ……みたいですな」
そう言って同意する輝く羽の魔物。
老ダークメイジはこのとき、ふと目を押オスカル・アンドレ・ロマンの方へと向けた。
『…………』
彼は一瞬、黙ったまま微かに笑った……
「?」
その様子が心に引っ掛かる。
そしてそんな困惑気味の彼等の前に、頭が禿げ上がった強面で筋骨隆々の男が現れた。
「バルセール!どうしてココに?」
思わず声を上げた輝く羽の男に、バルセールと呼ばれた男は顔を真っ赤にして叫んだ。
「今度の件はあんた等が仕組んだ事かっ⁉」
それを聞いた輝く羽の魔物は「何を言っているんだ?」と返す。
「とぼけるなっ!
俺はあんたの娘を預かり、立派な武人に育てたんだぞっ!
やっとここまで強くなったのにこんな事で取り上げるのかッ?」
「何を言ってるんだテメェ!」
「テメェだぁ?
貴様に魔公爵である私がテメェ呼ばわりされると言うのか!
身を慎むのは貴様の方だろうがっ!」
この声を聴いていた紫の男が、ブチギレて叫んだ
「うるせぇぞガキどもっ!」
『…………』
この声で罵り合い始めた2匹は黙る。
そんな彼等に紫の男が言った。
「バルセール!何があったかは知らないが、いきなり言いがかるのは辞めろ!
誰かが何かを画策してるっつんなら、何がどうしてどうなったのかをまずは俺に言えっ!
……いきなりそんなバカでかい声で叫ぶんじゃねぇよ」
最後の言葉のトーンを、抑えた紫の男の声音に、バルセールは正気を取り戻す。
そんなバルセールに紫の男は、今度は打って変わった穏やかな声で言った。
「まずは座りな、公爵……
俺だって、理由も無く公爵が怒る様な男じゃない事はよく知ってる。
理由があって剣呑な雰囲気なんだろ?
俺達何がなんだか分からないんだ……
まずは話してくれないか……な?」
そう優しい声で言われると、バルセールは凄い目でオスカル・アンドレ・ロマンを睨みながら、静かに着席した。
その様子を見た紫の男は何かを察し、オスカル・アンドレ・ロマンに向かって「おいデーブ、お前何を画策した?」と凄んで尋ねる。
するとオスカル・アンドレ・ロマンは、“フンっ!”と鼻でバルセールを嗤いながら言った。
「オオトリ先輩の娘さんのサワちゃんが、コウゾウさんの所の若い子にプロポーズれたんで。
結婚するならウチで働いたらどうだ?と言っただけですよ」
「ふざけんな貴様っ!」
それを聞いたバルセールは激高し、テーブルを強く叩くッ!
「おい、このテーブルは俺の私物だ!
乱暴に扱うんじゃねぇッ‼」
これを見た紫の男が凄みのある声で、バルセールを叱りつけた。
それを聞いて唇を噛みしめるバルセール。
それを見て嬉しそうに微笑むオスカル・アンドレ・ロマン。
……この様子を見て、老ダークメイジもさすがに気が付いた。
(ハハァん、デーブの奴バルセールと一対一で会うのが怖くて、墓参りにかこつけてここに逃げ込んで来たな……)
老ダークメイジが分かったという事は、他の2名も分かったという事でもある。
彼等は呆れ果てた様子で、オスカル・アンドレ・ロマンの顔に目を向けた。
オスカル・アンドレ・ロマンはその視線を受けて負けじと言う。
「クワタとか言う男も、サワちゃんを心から好いている。
サワちゃんもそれに応える様だし、何が問題だというのだ?
幸いウチは環境も良いし、彼女が子供を産んだとしても、安心して子育てが出来る。
あんな空気の悪い街(バルセールが治めるスチムパンクの街)で、マトモな魔物なら誰も子育てなんか考えないではないか。
ソレに選ぶのは彼女だ、私は二人の結婚を応援する為に、用意できるものが有ると言っただけだ」
「ふざけるな!
俺の職場に男を使って手を突っ込んだ挙句、ウチの幹部の心を引っ掻き回すような真似をしやがってッ‼
ぶっ殺してやるぞ、貴様ぁっ!」
「いい加減にしろっ!」
二人の言い合いがまた激しくなりそうな様子を見て、紫の男が再び叫んだ。
「サワはオオトリの娘だろう。
おいオオトリ、お前はこの話をどう思う?」
こうして急に話を振られた輝く羽の魔物は、老ダークメイジに鋭い目線を投げながら言った。
「コウちゃん、コウちゃんの所の若い奴だから何も言わなかったけどよぉ。
クワタって奴……マジでふざけた奴じゃないんだよなぁ?」
その目線に痺れながら、老ダークメイジは恐怖にわずかに震えて答える。
「……これまでのサワちゃんの彼氏には居なかったタイプじゃ。
未熟者だが、性格は良いと思う……
今度会ってみるか?」
輝く羽の魔物は、苦々し気に溜息を吐くと、今度は紫の男に会釈をしながら言った。
「すみません会長。親バカで……
俺はあの子の良い様にしてやりてぇ」
それを聞いた紫の男は、何が言いたいと聞きたげな表情で「……で?」と返した。
すると、輝く羽の男が紫の男の目を縋るように見ながら言う。
「サワがデーブの所に行きたいって言うなら、俺は反対しねぇ」
これを聞いた瞬間“ほれ見ろっ!”と言わんばかりにオスカル・アンドレ・ロマンは笑い。
そしてバルセールは、怒りで顔を歪める。
バルセールは次に、オスカル・アンドレ・ロマンを凄い目で睨みながら言った。
「おい……なんでサワなんだ?」
「フン、聞いていなかったのか?
二人の愛を祝福したくてだなぁ……」
「おい、本音を言えよ。
俺だって妥協が出来ないって言ってるんじゃない。
強い奴が欲しいのか?
だったらサワより強い奴が居るぞ、例えば“業火のニーソバット”なんかどうだ?
ウチのナンバー5だ……」
これを聞いたオスカル・アンドレ・ロマンは、一瞬黙った。
元々この話は、辞めて武者修行に出るという、中ボスのリビングデッドアーマーの後釜を求めた結果、画策した話である。
強い魔物が欲しいオスカル・アンドレ・ロマンは、僅かな時間気色ばんだが、次の瞬間この“豪華のニーソバット”の評判を思い出して、首を横に振りながら答えた。
「……いや、愛は“尊い”から」
「おい、眼を泳がせながら言うんじゃねぇよ。
そう言えばお前のとこのコージの奴、武者修行に出るんだろ?
その後釜を探してこんな事を画策したんじゃないのか?」
この鋭いバルセールの言葉に、オスカル・アンドレ・ロマンはニヤッと笑って答える。
「それとこれとは関怪が無い。
あくまで私は、私の配下の者達の幸せを考えている。
こうでもしないと最近の若者はすぐに辞めてしまうのでな。
……だが、逆に気になったことがある。
どうしてサワちゃんはダメで、それよりも上位の職である“業火のニーソバット”だったら良いのだ?」
この疑問には、他の3名も気になった。
思わず聞き耳を立てた3名の前で、バルセールは言いづらそうに答える。
「……サワは、芸術に理解がある」
『…………』
この回答は予想してなかった4名……
彼等は目を点にして、バルセールの顔を見つめた。
バルセールはこの様子に居心地の悪さを感じ、次に半分キレ気味になりながら答えた。
「サワは私と同じで、文学にも理解を示している!
他の奴は全く理解も示さないのだッ!」
それを聞いたオスカル・アンドレ・ロマンは呟いた。
「……だったら、ニーソバットにお前も本を読めと言えばよいではないか」
「勿論言った!
そうしたら“転生モノが良い”とか何とか言いやがって……
流行に流されたアイツは、俺と話が全く噛み合わんのだっ!」
老ダークメイジはこれを聞きながら(確かに皆、コレが良いとか言ったら、一斉にこの手の物語ばかり読むからのぉ)と思った。
「心の機微をうたった詩の世界や、情念やら悲しさをうたった文学は、もう誰も興味がない……
俺の秘書なんか、常に蝋人形のような顔で私の事を見る始末。
サワだけだ!サワだけが『なんて素敵な詩なんでしょう……』と言ってくれる。
だからオスカル、代わりにニーソバットを連れて行けっ!
アイツだったら連れて行って良いっ」
……ちなみにこの“業火のニーソバット”とか言う魔物は有名な実力者で、加えて部下に対しては苛烈で横暴な事でも知られていた。
そんな野獣を連れて帰ったら、ただでさえひ弱な自分の部下が、3日と持たずに潰れてしまうと思ったオスカル・アンドレ・ロマンは首を振った。
「いや……たぶんアイツはウチに合わないと思う。
そもそもそいつは、自分より弱い男の言う事は聞くのか?」
「……聞かないと思う」
「だったら無理だろ?
こう言うのもアレだが、うちはオスカル・アンドレ・ロマン軍だぞ。
性格が穏やかなやつ以外は、ウチでは無理だろう」
それを聞いた老ダークメイジは(性格だけか?)と思った。
……穏やかなのは性格だけではなく、実力も含めた全てだと、老ダークメイジは思う。
出来れば鍛え直して欲しい、このままで良いとは思えない……




