諍いに向かって 4/7
「コウゾウの孫……お前の名前はなんて言うんだ?」
「コウスケです……」
「コウスケか……お前は親父に似ろよ。
真面目なイイ男だったぞ。
……少し頑固なところがあったがな。
お前の親父は、職員が5名しかいなかった立ち上げ時のメンバーの一人だ。
しかも振興会の財政基盤である、競鳥レースはアイツの手柄で出来た。
振興会としても、もちろん俺としてもコウタの息子を支援してやりたいと思っている。
アイツは古参幹部にとっては他人じゃないんだ。
お前もいつか振興会に来い!な?」
この時若いダークメイジは曖昧に「はぁ……」と答えるに留めた。
……実は彼、出会って短いこの時間の間ですでに(押しつけがましいコイツに面倒見て貰うのは嫌だなぁ)と思っていた。
そんな彼の胸の内も知らず、紫の男はふと思い出したように声を上げる。
「ああ、そうだ。
コウスケ、お前はミトの野郎と仲が良かったな?」
若いダークメイジは(いきなり呼び捨て?)と思いながら「ええ、まぁ」と答える。
「今日よぉ、魔族協会の駐車場……
あそこのオオダチョウと鳥車の見張り番をアイツにやらせたんだわ。
教会の建物を挟んだ向こう側に居るはずだから、行ってみるか?」
それを聞いて行ってみたくなった若いダークメイジは、祖父に顔を向ける。
それを見た老ダークメイジは微笑んで頷き、その合図を受け取った若いダーク―メイジは「それじゃあ、お言葉に甘えます」と答えた。
「じゃあ、行って来い」
紫の男はそう言って、若いダークメイジの背中を押す。
若いダークメイジはその押された背中に従って、駐車場に急いだ。
……駐車場は紫の男が言うように、教会の建物を挟んだ向こう側にある。
(3か月ぶりだよ。
アイツ元気にしてっかなぁ?
アイツの事だから、何時もみたいに適当にダチョウ番してるぜ。
退屈そうにしてるだろうから、言ったら喜ばれんだろうなぁ……)
そう思った若いダークメイジは、気楽な気持ちで鼻歌を歌い始める。
あの威厳があって苦しさを覚えさせる紫の男から離れられ、気が緩む若いダークメイジ。
しばらく歩くと建物の壁に遮られて見えなかった駐車場の様子が見える様になった。
目指していた駐車場には10頭近くは居るオオダチョウと、ソレが引く車が存在している。
そしてその傍らには、スライムの柔らかい体を、めい一杯縦にしっかりと伸ばす、見覚えの有るエンペラスライムの姿があった、
「お、居たいた!」
久しぶりに見たこのエンペラスライムの姿に、心を弾ませながら若いダークメイジは近づいて行った。
「ミトさーん、元気してたぁ?」
そう言っていつも通り気安く声を掛ける、若いダークメイジ。
エンペラスラムはその様子をチラリと見ると、何のリアクションも見せずに、オオダチョウや、こいつらが引く鳥車の様子に目を配らせる。
(あれ?無視した……)
その様子に思わず苛立つ、若いダークメイジ。
彼は引き続きエンペラスライムに話しかけた。
「ミト君さぁ、俺の事無視するの辞めようよ!」
「…………」
「なあ、聞いてんの?」
「…………」
「ミト君!カッコ悪いから辞めろって。
マ・ジ・でっ!」
「今……中だ」
若いダークメイジの質問に対して、エンペラスライムは微かな声で返事を返した。
聞き取れなかった若いダークメイジは「アンっ、今なんて言った?」と尋ねる。
するとエンペラスライムは「ふぅ……」と深いため息を吐き、若いダークメイジに目を向けてこう言った。
「今、自分は大変な任務を遂行中である!」
「は?」
「自分は今“国士”であるマツナガ先生の御乗り物に、一切の不具合が起きないように監視を続けている最中である!
魔王国の将来に向け……
この、ミトは!非才の身なれども、お授け下されたマツナガ先生の、ご指示に背く事は出来ない。
コウスケ、日を改めて私の元へと来るがよい!」
「ひさ……何ィッ?」
「この国の為に、一秒たりとも無駄には出来ない‼
常に全力をお尽くしになる、マツナガ先生の足跡を辿り、今私は“国士”となるべく修行の最中である!」
「な、何言ってるのミト君。
それよりも“ひさい”って、何語?」
「先生に従い、学問を深めればわかる事である。
お前も来るがいい、コウスケ!
共に魔王国の“国士”として励もう!」
そう言って大きな触手を、威厳のある様子でスッと若いダークメイジに差し出したエンペラスライム。
この様子を見て、若いダークメイジは混乱した。
「み、ミト君大丈夫なの?
なんか何語喋ってるか、時々分からないんだけど……
それはそうとタマミちゃんに連絡してる?
最近タマミちゃんに逢って無いって、クワタ経由で聞いたけど……
タマミちゃんに未練あったでしょ?
ミト君さぁ……悪い虫がつかない様にって言ってたじゃん」
若いダークメイジがそう尋ねた時、これまで鉄面皮の様だったエンペラスライムが、初めて動揺したような表情を一瞬だけ見せた。
しかしエンペラスライムはそれをすぐに消すと、再びオオダチョウの方に目線を投げ、威儀を正して言葉を発した。
「自分は“国士”となるべく、マツナガ先生の元で修業中の身である。
女の事なんかに心を乱して良い筈が無い!
第一女はしょせん、世の中に溢れている。
そして祖国は世界にたった一つしかない!
どちらがより重要なのかは自明である!」
「?」
「女ごときに私が修行を辞めるのは、この国に対する裏切りにも等しく……」
そう言い切ったエンペラスライムは、ワナワナと震え出した。
「何?え……ミト君」
思わず、訳も分からず戸惑う若いダークメイジ。
その彼の目の前でエンペラスライムは、オオダチョウの様子を目で見据えながら、静かに涙を流し始める。
そして涙で声を掠れさせながら語りかけた。
「う、ううっっ、ふぐぅ……
ぐ、ハァハァ……
多額の借金に対して、寛大に許して下さったマツナガ先生の恩に報いるべく……
グス、ぐすっ……ううぅ。
兜を探してもらわない限り、私は“国士”としての……道おぉぉ」
そう言ったまま、エンペラスライムは立ち尽くし、涙も拭わずひたすらにオオダチョウの様子を見つめ続ける。
それを見ながら若いダークメイジは困惑した。
「ミト君、どうしたの?
どうしたの?辛そうじゃん!」
するとエンペラスライムは泣きながら絞り出すような声で呟いた。
「コウスケぇ……兜はまだかぁ?」
若いダークメイジは、この時初めて目の前のエンペラスライムが、もう……限界なのだと知った。
あの紫の男に追い詰められ、恐怖にすくみ上っているのが見て取れる。
「今探してるよミトさん、もしかして限界?」
すると肩を震わせながら、エンペラスライムは呟いた。
「ココは地獄だ……このままだと、俺は“国士”にされてしまう。
急いでくれぇ、コウスケ……」
これを聞いた若いダークメイジは、青ざめた顔で頷き、そしてここを離れた。
そして当てもなく歩きながら、友人であり、自分の先輩でもある彼が大変な状況になっていると悟る。
(ミト君がヤバい……)
これまで自分が知っている彼とはすっかり様変わりし始めたエンペラスライム。
その様子に戦慄する。
エンペラスライムの姿が見えなくなった場所で、今見た物を一生懸命考え始めた彼は、昔から知っている、先輩スライムの事を思った。
(こんなのダメだよ、可哀想すぎるよ。
いくらなんでも変わりすぎだよ、恐怖で震えてるじゃねぇかよぉッ!
アイツは適当な奴だった……だけど良い奴だったんだ‼
ギャンブルで借金漬けになり、その借金を返すためにさらにギャンブルにはまって、にっちもさっちもいかなくなった。
やがてイカサマに手を染め、大金を手に入れて借金を全額返済したと思ったら、それがバレてあのざまだ。
別れた元カノに未練タラタラで、嫌がられても気にせずしょっちゅう連絡をしては、新しい彼氏が出来るのを邪魔していた。
しかも嘘もつくし見栄っ張り。
加えて奢って貰わないと飲み会にも参加したがらない、正真正銘のドケチ。
……今思ったけど、アイツ本当にクズだな。
面白くて後輩の面倒見がいい奴だとは思うけど、それしか取柄なんか無くね?
まぁいいや、最高に一緒にいて楽しい大馬鹿野郎だったし……)
若いダークメイジはそう思うと、思わず口に出して言ってしまった。
「急いで兜を探そう、このままじゃミトの奴……真面目になっちまう!」
◇◇◇◇
『…………』
墓に手を合わせ、祈りの言葉を告げた後、老ダークメイジ、輝く羽の鳥、そして紫の男は同じテーブルに腰かけた。
「コウゾウにオオトリ。
今ちょうどお湯を沸かしたところだ、お茶の葉も持ってきたから飲んでいくと良い」
そう言って紫の男は部下に、お茶を用意させる。
やがて運ばれたお茶に、各々が『会長、頂きます』と言って口をつけた。
その様子を見ながら紫の男は呟く。
「ココにヨシユキが居れば、4天王揃い踏みだな」
それを聞いて輝く羽の鳥が「そうですね」と笑い、次にこう返した。
「ヨッちゃん(ヨシユキの愛称)はまた絵でも描いてるんでしょうね」
「じゃないか?
アイツは自分の技を磨くことにしか興味がなかった。
金も地位にも興味がなく、若干名誉に執着したぐらいだ。
そしてメテオリクを我々魔物が手中に収めた後、芸術に生きるとか言って我々の前を去って行った。
たまにお金が無くなるとオオトリの元にふらっとやってきて、絵を売っては旅に出る。
自分勝手じゃないか!
本当に良い身分だ、羨ましくもあるが、ああは生きたくはない。
アイツ俺の前に姿は見せないけど、アレか……俺に会うとうるさく言われるから来たがらないんだろ?」
これを聞いた輝く羽の鳥は「え?ええ……そんな事は無いと思いますけど」と言って、居ない者をかばう。
それに少し納得がいかない様子の紫の男は、不愉快そうにこう返した。
「そんな事はある、俺には分かる……
コウゾウ、お前はどう思う?」
いきなり話を振られた老ダークメイジは、少し困惑しながら「ヨッちゃんは不器用なんで、会長が会いたがっていると言えばきっと行こうとしますよ?」と言った。
それを聞いた紫の男は口を尖らせながら、少し雰囲気を丸くした。
「顔を見せて良いのかどうか分からないって言うのか?」
「多分、そうじゃないかと……」
「フーン……それじゃあオオトリ。
今度会ったらヨシユキに、俺の所に来いって言っとけ。
……お前の下手な絵、買ってやるから、ってな」
それを聞いた輝く羽の鳥は「分かりました」と言って頷く。
その後、少し会話の無い時間が流れる。
やがてそんな卓上の面々を見回した紫の男が「フフッ……」と笑いながら言った。
「みんな爺になったなぁ……」
「いきなり何を言うんですか?会長」
思わずそう返す老ダークメイジ。
……紫の男が言う。
「コウタの奴が俺の仕事を手伝い始めたのは19年前だった。
長いような、短いような時間だ。
それを皆の顔の皺でも数えていると、イヤでも思うもんなのさ……
そういや、コウゾウ一つ聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「俺が全魔王国陸運振興会を立ち上げた時の事だ。
あの時新しい仕事を始める俺やオオトリを見送り、お前だけは魔王様の側近として働いた。
貴族以外では一番出世したのもお前さんだった。
だけど、あのまま出世をすればよかったのに、お前はしばらくして魔王軍を辞めて、弱っちいデーブの所で仕事を始めた
一体どうしてこんな事をしようと、思ったんだ?」
それを聞いた老ダークメイジは静かに、カップとその中にたゆとう、お茶を見つめながら答える。




