諍いに向かって 1/7
―一週間後、スチムパンクの竜王城
男は屈強な体を持ち、髪の毛がまるで無かった。
……その顔を見ると多くの者は、彼が怖い人なのだと、すぐに理解するだろう
だがその顔には苦悩と悲しみが染みつき、その恐ろしい顔はどこか寂しい印象を見る者に与える。
「…………」
そんな彼の豪華な執務室。
たくさん並んだ書類束と、それをしまうたくさんの書棚。
それらで彩られた部屋の窓から、男は外を見ていた。
ガラスの向こう、灰色にかすむ大都会の風景。
男は一人黙って、そんな憂鬱な色をした世界を眺める。
そんな彼の傍では彼の秘書役を務める女ダークダンサーが、筆を動かし書類を作っていた。
広がる沈黙の中で、彼女の動かす筆の音だけが響く。
カキカキ、カキカキ……サッサ、カキカキ
……そんな音の中で、男は呟き声がこだました。
「ああ、この空の色は、私の心の様だ……」
カキカキ、カ……
ダークダンサーの筆が止まる。
そしてしばらくして何事も無かったかのように、カキカキとした音を立てて筆は再び動き始めた。
その中で又男の声が響く。
「眼下の町の中に在る。
無数の命の営みの中に、私には届かなかった愛がある……」
カキカキ、カキ……
またダークダンサーの筆は止まった。
そして彼女は引き攣けを起こしたような笑みを浮かべると、男に向かって言った。
「バルセール様、そろそろ仕事の方を……」
すると男は自分の執務室に一度目線を投げると、また灰色の空を窓越しに見上げながら呟く。
「そこに在る……
終わったのだ、全ては……何もかも」
ダークダンサーはこれを聞いて、怒っているのか笑っているのか分からない表情を浮かべた。
「あ、ありがとうございます。
それでは私の仕事も終わったので、もうこれで帰りますね」
「……雨が降るかもしれない。
帰る時間は、少しずらした方が良いかもしれないぞ?」
「あ、大丈夫です。
家で飼っている猫が病気なのですぐに帰りたくて……」
「そうか……君に愛される猫は幸せ者だな?
ひょっとして、男か?」
これを聞いて彼女は、壮大に顔面の筋肉を引き攣らせ「……猫です」と答えた。
するとバルセールと呼ばれた男は「そうか、それでは猫によろしくな……」と答える。
これで、この日の彼女の勤務は終わりだった。
◇◇◇◇
「あああああああああ、あの男ウッザーイッ!」
スチムパンクの町に在る、このダークダンサー行きつけのトラットリア。
そこで彼女は頭をくしゃくしゃと掻きむしりながら、友人のピンクスライムに愚痴をぶちまける。
「“猫によろしくな……”
お前は猫じゃなくて、男だと思ったんだろ?
だからそう言ったんだろ?
男なんか居ねぇよ!
あのロンリードラゴン、言う事がイチイチ腹立つぅぅぅぅっ!
信じて無ぇのが丸分かりなんだよッ」
それを聞いてピンクスライムが頷いて言った。
「最近ますます病気が酷くなったよね!
恋バナ禁止のオーラ出しながら、恋バナの話を振り出すの辞めて欲しいわぁ。
どうせ悲しい思い出の話しかしないんでしょ?
それも同じ話を何回もさぁ」
「そうそう!アイツに限らず男って同じ話したがる時ない?」
「あるよ、あるある!
飽きないのかね?男って……
この話元カレにしたらさぁ。
『同じ話を何回も男同士でして盛り上がっていると言うけど、解って無いなぁ。
あれはね……同じ話の精度を上げてるんだよ!』
とか言い出してさぁ」
「ぷっ、それってミト君の話だよね?」
「あれ、この話言ったっけ?」
「聞いたよ、先々月ぅ」
「ああそうだったっけ?」
「ウチらも人の事言えないねぇ……」
「確かに確かに、あはははは」
こうして彼女達は此処に居ない上司の悪口で盛り上がる。
その内ダークダンサーは時計を見ながら、ピンクスライムに尋ねた。
「ねぇ、サワちゃん遅くない?」
「遅いよね……
今日ポエジー(バルセール)の所に相談に言ったんでしょ?
何の相談に言ったのか聞いた?
アンタ秘書でしょ」
「仕事が終わったら、一分一秒を争ってあの部屋を出て行くに決まってんじゃん。
アンタもあそこで新作のポエムを聞けばすぐに仕事を早く終えるようになるから!」
「そんなに嫌なのかよ?」
「嫌だよぉ……
この前の新作はひどかったよぉー。
―あの人は私に愛の喜びを教えてくれた。
―次はその忘れ方を教えて欲しい……
唐突に何を言うんだこの男?って、真剣に考えちゃったとよ」
「考えちゃった“とよ”?」
「あッ……言い間違えた」
「間違えちゃった“とよ”?」
「お前ふざけんなぁ」
「ふざける“とよ”?」
「アハハハ、この女マジでむかつく」
「アハハハ、これ今日流行らそうよ!」
「流行らねぇよ、バーカ」
こうしてちょいちょい笑いを挟みながら2匹の話は、あらぬ方向へと流れる。
「そう言えばさっき話に出てきたけどさぁ」
「うん?」
「あんたの元カレ」
「ミトっち?」
「そうそう、最近オオダチョウの競鳥場で見たって言う人が居て」
「ああ、別におかしくないじゃん。
アイツ、ギャンブル大好きだし」
「それが客じゃなくて、なんかトラブル起こした奴を、つまみ出す仕事していたって、知り合いが言ってた」
「……マジで?
アイツレースが好きすぎて、遂にレースする側に回ったんだ……」
「いや、そんな単純じゃなくて……
なんかヤバい奴に変貌してたって言ってた」
「え?どういう事……」
「最近、ミト君と連絡とってる?」
「いや別に……基本アイツから私に連絡があるし」
「じゃあ最近連絡は取ってないんだ?」
「うん」
「連絡とった方がいいよ、もしかしたら、ミト君……
危ない薬物に手を出しているかも」
それをダークダンサーに言われた後、ピンクスライムは「え?」と言って固まった。
そんな彼女に、ダークダンサーが言う。
「ミト君、言動が怪しくなっていたんだ。
元々ダチョウレースの職員って、なんか変わった人が多いじゃん?
確か“国士”って言うんだっけ……ミト君もあの人達みたいに、マトモな事を言い出したみたいだよ?」
オオダチョウレースを開催している競鳥場の職員は、博打場とは思えない程丁寧親切な職員が多く。
それでいて屈強な男が多かった。
そして彼等は国や誰かの為に尽くすことを最上の喜びと唱える、まるでどこかの宗教の信者みたいな人が多い。
それを思い出しながらピンクスライムは「一日一善的な話?」と、ダークダンサーに尋ねる。
するとダークダンサーは力強く頷きながら言った。
「そうそう……あのミト君がソッチ系の“マトモ”な事を言い出したんだって。
絶対薬使ってるよ、それも普通の効き目じゃない奴!
だって、普通の教育をして、あのスライムが“マトモ”になると思う?
ミト君だよ?
タマミ、絶対近況を聞きに、連絡した方がいいって!
このままだとアイツ、廃人になるかもよ?」
ピンクスライムは、どこか適当だった元カレのエンペラスライムを思い出しながら、笑って「まさかぁ……」と答えた
するとダークダンサーは、トラットリアに入って来るオオスズメの姿を見ながら「一応言ったからね……」と言う。
次に彼女はやってきたオオスズメに手を振って、自分達の居場所をアピールした。
オオスズメはそれを見て、ダークダンサーの元に近寄る。
「ごめーん待たせた?」
「遅いよぉ、サワちゃーん」
「ごめんねぇ、ちょっとバルセール様との話が長引いて」
この時、オオスズメの顔が少し曇ったのを見て、ピンクスライムが心配そうに尋ねた。
「ねぇ、サワちゃん何を話していたの?」
オオスズメはそれを聞きながら、席に座るとパスタとワインを頼みながら、言いずらそうに話した。
「実はね……私、仕事を辞めるかもしれない」
『!』
ダークダンサーとピンクスライムは目を見開く。
呆気にとられ、黙ってオオスズメの顔を見る彼女達。
「実はね、クワタ君にプロポーズされたの。
それで、彼の地元に来ないか?って誘われたんだ」
オオスズメは、そんな彼女達に、少しだけ嬉しそうに言った
『あ、ああ……え?
えええええええええええっ!』
「二人とも、良い反応ね」
オオスズメの友人である、2匹は顔を見合せた。
次にダークダンサーが言う。
「え?だってまだこの前付き合ったばかりだよ?
まだ3か月ぐらいじゃないの?」
「そうなんだけどね……」
「仕事は?だってあの子の稼ぎじゃ……」
「それがね、オスカル様がクワタ君に、私の職場を用意するって言ったみたいなの。
今よりも給料が良いのよ」
それを聞いて、黙ってしまったダークダンサー。
その心の声を代弁するように、ピンクスライムが言う。
「それじゃあ、サワちゃんは結婚するの?
クワタ君と?」
するとオオスズメは黙ってコクンと頷いた。
「え、どうして?
クワタ君のどこが良かったの?」
するとオオスズメが、頬を赤らめながら言った。
「私の事が好きなんだって、大事にするって言ってね。
私野心的な男とか、変わってる男とかばかりだから……」
「ああサワちゃん、ダメンズ専門だったからねぇ」
「だ、ダメって……」
「前の男は燕のキョウジだっけ?あのいきなり失踪した奴」
「ああ、キョウジ君……ね。
本当にお母さんの為に必死だったみたい……」
「でもお母さん、どこに居るのか分からなかったんでしょ?」
「……うん」
「それでもう一回逢おうってなったら、失踪したんでしょ?」
「……うん」
オオスズメはこの時思っていた。
(本当はパパが始末したんだ……)と。
それを知らない友人2匹は「やっぱ顔だけじゃダメなんだよ!」とか「清潔感とか最低限要求するものはあるけど、中身が大事だよね!」などと盛り上がる。
その内2匹は、オオスズメの方に顔を向けこう尋ねる。
『サワちゃんも、クワタ君を愛してるの?』
するとオオスズメは恥ずかしそうに「うん」と答えた。
それを見てピンクスライムが悲しそうに言った。
「それじゃあ、私達ダメって言えないじゃん」
「ごめんね……」
「いや、謝る事じゃないから。
むしろおめでとうだよね。
ね、クーちゃん……」
そう言って、ピンクスライムがダークダンサーに顔を向けると、ダークダンサーは顔をクシャクシャにして泣いていた。
『…………』
黙って急変した友人の様子を見つめる、ピンクスライムと、オオスズメ。
ダークダンサーは「ヒック、グス……」と泣きじゃくる。
そして涙にかすれた声で悔しそうに言った。
「おめでだぐないよぉ……
ヒック、ヒック……サワちゃんをあのカラスにとられたぁ」
「クーちゃん……」
「私サワちゃんと離れたくなぁい。
ヒック……私サワちゃん好きだからぁ。
ずっと友達だったんだよ?
それをさぁ……うぅ、ついこの前会ったばかりのさぁ、うう、カラスがさぁ。
カラスがさぁ……」
そう言って泣きじゃくるダークダンサーの肩を、オオスズメはそっと抱きしめて言った。
「ずっと友達だよ、ありがとう……」
「行かないでよぉ……うわぁぁぁぁ」
それを見て貰い泣きするピンクスライム。
しばらくこのまま、別離を拒むダークダンサーを中心に沈黙が流れた。




