その3
ウルズの泉亭の3階、一番上の階にある大きな部屋でわたしを待っていたのは男の人と女の人でした。3階に案内されるまで、うわ格調高いっぽい宿屋さんだなあ、とか廊下の途中途中に置いてある花瓶に活けられている花が豪華ですごいとか、わりと平和な事を考えていたわたしですが。
部屋でわたしを待っていたという人に会った瞬間、のんびりした期待感は消えてしまいました。上手に言えないけれど、運命が動き始めたというか、もう後には退けない状況が始まった。という感じがしました。
まあ異世界に一人で来てしまって保護者も帰る家も知り合いもいない状態で第二の人生スタートになったんだから、後には退けないというか最初から退いて帰る場所なんてないんですが。それを実感させられた感じです。
女の人。女優さんと言うよりも旬のイラストレーターさんが趣味全開で描いたみたいな美人でした。一般人の顔じゃねえ。幸運に恵まれて美人に生まれてきましたってレベルの美しさじゃねえ。
形容するなら権威。似合うBGMは大自然の中で聞く雷鳴。美しさっていうのは突き詰めると他人を屈服させる力そのものなんだと。そんな風に感じてしまう美しさでした。
やだ。関わりたくない。ぜったいに無理なクエストを要求される。しかもセーブ出来ないリプレイ出来ない勝ち目もないっていう命がけのクエストを定期考査直後の小テストみたいな気軽さで押し付けてくる。この人の前から逃げたい!! と思いました。逃げるあてもないから踏みとどまりました。
男の人。年齢はよく分からないけれど大人の人でした。顔は、女の人よりさらに美形でヤバい。7000円のお値段つけて画集売り出しても予約完売してしまうマイナー系耽美派イラストレーターさん渾身の描きおろしみたいな美形です。
黒いハイネックの服の上に何種類かの首飾りをつけています。デザイン凝りまくりなアカデミックガウンを着ています。顔の輪郭が既に美形。首筋のラインが美形。いっそ命を持った人形か何かでしょ? これ? と思える美形です。少年時代も幼少期も想像できない、寝起き顔も想像できないほどの美形です。
わたしとは住む世界が違う。異世界でしょっていう意味じゃなしに。うん。関わりたくない。と思いました。そしてこの賢者様。わたしを見た時の反応がヤバかったです。
目を半開きにして黙ったきり全く動きません。初対面の子供になに脅しかけてんだよ? 怖いよ!! って思いました。
ノワが男の人の前で膝をついて顔を下に向けて報告を始めました。
「死の世界の入口にいると賢者様が予言された少女、カナデ…… 様を連れてカカが帰還致しました。カカの体の中には今、カナデ…… 様が入っています。カカは眠っているそうです」
賢者様ってどっち!? 男の人? 女の人? あ、でも男の人は椅子に座っています。女の人はその脇に仕える様に立っています。男の人はアカデミックガウンを着ています。多分、男の人の方が賢者様。わたしも自己紹介することにしました。
「はっ…… 初めまして。回向奏と言います。わたしの事を…… ご存じなんですか?」
これ、自己紹介じゃないよな。と思いながら、でも趣味とか誕生日とか出身地とか言っても仕方ないしなと思ったので知りたいことを質問してみました。
「ノワ。カカが戻ってくるまでの間、カカの体を守り続けてくれてありがとう。大変だったね。…… 回向奏……。 懐かしささえ感じる名だ。今、カカの中にいるのは奏なんだな? よくぞカカの言葉を受け入れてくれた。ほんとうに偉かったぞ」
賢者様がノワのことをねぎらってからわたしに向かってそう言いました。初対面の人に偉いって表現つかう? この人のコミュスキル大丈夫? あと懐かしささえ感じるって、なに!?
でも何となくわかります。この賢者様、半分泣きはじめているのをこらえている。カカが死の世界の入口から戻って安心して泣いているのかなあと思いましたが態度としてはドン引きです。
「あの!! わたしのことを知っているのは何故ですか?」
賢者様がわたしに目を向けました。一瞬だけど、その目が爛々になったのに気づきました。なに!? この人? 大人のくせに14歳に興味あるの?
「さて…ノワ。そしてツムギ。私は異世界から来た奏に話がある。少しの間、二人きりにしてほしい」
は? 嫌なんですけど!! 怖いんですけど!!
そう思ったけど、ノワとツムギと呼ばれた綺麗な女の人は頷いて部屋を出ていってしまいました。狭くないけど個室。美形とは言え男の人とふたりきり。っていうか今はもう美形あんまり関係ないです。怖い怖い怖い!! この男の人にワケわからない要求されたらどうやって断ったらいい!?
お父さん!! お母さん!! わたしどうすればいい!?
二人きりになった部屋で賢者様はさらに黙ってわたしを見ていました。いや、こわいです。マジ怖いです!! わたしの名前を正確なアクセントで発音できるのも違和感ありまくりです。
「……私が黙ったままでは奏も不安になるばかりだな。悪かった。奏。お前には元の世界へと生き返るチャンスが残されている。私はお前を元の世界へと送り返したい。お前は死ぬには早すぎるしお母さんとお姉ちゃんから、死という形でお前を失わせたくない」
ありがたいお話だけど初対面のわたしをお前呼ばわりっていうのが、こいつ失礼なヤツだと思いました。あと初対面なのにわたしの母と姉を“お母さんとお姉ちゃん”と呼ぶのもコイツ頭弱いなあ。ほんとに賢者様かよ? と思いました。
賢者様は自分の右手を自分のオデコにあてて掌で顔を上から下になでました。
おっ…… おっさんくせえ!! みため20代? 30代? なのに仕草がおっさんです、このひと!! 賢者様がガウンの内側から小さな首飾りを出してきてわたしの方へ差し出しました。
「これは魂魄の鏡石というアイテムだ。身につけると他人の魂の姿を見る事が出来る。本来は人間に化けた精霊や魔族を見抜くアイテムだが…… 例えばこの鏡石を身につけた者が今のカカを見ると、その人にはカナデの姿が見える。魂の姿だからだ」
賢者様がフフって笑いました。なんという美形スマイル。こんな人が学校教師になったらクラスが崩壊するわ。というレベルの美形です。
「私が何者であるかは説明するよりも奏が自分の目で確かめた方が早い。この首飾りをつけて私を見てご覧。奏にも私の魂の姿が見えるはずだ」
わたしは賢者様から魂魄の鏡石というアイテムを受け取りました。超絶美形の魂の姿。大人とはいえ子供に対して上から目線まるだしの頭弱そうなヤツだけど魂の姿というのが興味あったので素直に首飾りを掛けてみました。
そして賢者様の顔を見て大声を出しました。 超絶美形の顔がぼやけてきて、代わりにクッキリと別人の顔が浮かび上がってきました。肌の色がモロに日本人色。眉毛も手抜きしまくり、全体に皺っぽい癖に表情がめっちゃ嬉しそうな笑顔になっているド中年の顔が見えてきました。
わたしはこの顔を知っている。というか。
「おおおお父さん!?」
50代のどこか(年齢わすれました)のおっさん。わたしの実の父が半笑いしていました。
死んだ先で親が美形イケ兄様姿になってわたしを待ち構えていた!! なにこの状況!? クソじゃない? クソデスティニーじゃない!?