その2
「カカは眠っちゃった…… んだ…… ですね?」
ノワさんがわたしを見てそう言いました。
「分かるの? あと敬語じゃなくていいよ? わたしの方がお世話になるんだし、わたし敬語苦手だから。名前もカナデさん、じゃなくてカナデでいいよ?」
ノワさんがもう一度首をすくめました。怯えるなー!! わたしが不安になるわ!!
ノワさんがわたしに背を向けて、建物の入口だった大穴の方へと歩き始めました。とりあえず、ついて行きます。建物を出ると庭部分の芝生が途中まで焼け焦げて炭になっていました。大惨事にならなくてホントに良かった!!
ノワさんは建物を出るとすぐにフードを深くかぶり直して大きな肩掛けカバンから手袋を出して両手につけました。なに? 紫外線対策?
「わた…… 私の体の匂いが不快だよね…… 少し離れて…… 歩いて下さい。ごめんなさい」
ノワがそう言いながら振り返ってわたしに頭を下げました。匂い? ごめん、まったく分からない。でも一つだけ分かっていることがあります。わたしはこの世界で、この子と仲良くならなきゃ味方ゼロのまま過ごさなきゃいけなくなる!!
状況把握とかはその時その時に考えるとして、今日はこの子と仲良くなることを最優先にしよう!! と思いました。
「全然気にならないよ? ノワさん、わたしはこれからドコへ行くの?」
「ノ…… ノワって呼び捨てでいいです。カカと同じ顔をしている人にノワさんって呼ばれるとヘンな感じして…… ごめんなさい」
「え、じゃあわたしもカナデって呼んで?」
「カカの顔をしている人を他の名前で…… あ、でも。わかりました。これから賢者様のところへ行きます。少し歩けば着きます」
ノワが呼び捨てでいいと言ったので、わたしはこの子をノワと呼ぶことにしました。
「ねえノワ? カカはこの世界で一回死んだの? 今、カカのお葬式をしていたんでしょう?」
わたしの質問にノワが歩きながらうなずきました。
「私はお葬式の間、外でカカが復活するのを待っていました」
「お葬式の間に復活できなかったらどうなってたの?」
「復活するまでお葬式を続けさせる予定でした」
発想が理解できない。返事のしようがないから黙っていたらノワが説明してくれました。
「お葬式を続けて聖歌で祝福を与え続けないと…… 体が腐敗を始めるし悪霊が体に入り込むから。最悪、死者の行進に連なるために起き上がってしまったらもう生き返る事は出来なくなるから…… 復活を待っている間もお葬式は絶対に必要な儀式なの」
あ、なるほど。と思いました。
「うん、分かった。ノワって親切で説明が上手なんだね」
「ばっ……!! カカの顔でヘンなコト言わないで!!」
ノワが顔を赤くしました。照れるほどのことは言ってないと思います。あと今、わたしのコトをバカって言いかけたなと気づいたけどスルーしました。仲良くするのが最優先です。
ノワに案内されながら歩き始めた街は日本の商店街とかと全然違う見た目をしていました。行った事ないけどスペインの古い町並みとかと似た雰囲気あります。石畳の道とレンガ作りの低い建物と徒歩の人ばっかり。
あ。車道がない。車もない。電線がない。当たり前なんだろうけれど、看板の文字が読めない。あと街中を歩く人の肌の色がアホほど白い。これが当たり前なら日本人の肌の色は枯れ木色に見えても仕方ないかなあと思いました。
それから街中の人がほぼ全員、こっちをガン見してきています。これは怖いです!! カカは有名人なんだと思うし、さらに死んでお葬式の最中だったはずだから、そりゃ注目を浴びるのも分かるけど。
でも帰る家もないのに注目を浴びるっていうのはすごく不安になります。
旅行先で理由もわからないのに現地の人に思いきりガン見されまくったら怖いでしょ? なにか失敗したら絶対に取り返しがつかないになる。と思いました。
怖い。転生とかするんじゃなかったと思いました。
「ノワ? 賢者様って…… どんな人?」
賢者様。異世界の人なのに最初からわたしのことを知っていたというだけで怪しさマシマシです。
「魔王軍と鬼神に怯えながら暮らしていた王国の民を救って下さった人。あと、わたしとカカを拾ってくれて魔法の使い方を教えてくれた育ての父……です」
重い話じゃん。でも悪い人ではなさそう。と思いました。
商店街から少し離れて会社っぽい? 建物が並ぶようになった大通り沿いに3階建ての大きな建物が見えてきました。宿屋さん……ぽい雰囲気です。大通りに面した壁に窓がたくさん並んでいるから。
「あの建物です…… この街で一番大きい宿屋“ウルズの泉”亭って言います。賢者様はあそこでカカの復活を待っていたんです。カナデ…… の召喚成功もきっと喜んでいると思います」
異世界で宿屋で賢者様。テンプレートじゃーん!! と思いました。なんか、わたしの運命が大きく動き始めた様な実感が湧き始めました!! 少なくとも異世界転生初日に建造物損壊容疑で警察署に連行からスタートするよりは運命への前向きバイブスが上がる感じがします!!
そしてこのウルズの泉亭でわたしを待っていたという賢者様がわたしにとっては最低のクソデスティニーでした。