その2
死んで? 初めて知ったことですが意識不明の重体とか即死とかを経験しても、その時の記憶は一切のこりません。
よくある目撃者さんの話では車に轢かれた子というのは血の池でバシャバシャ痙攣してたとか、痛い痛いって泣き叫んでいたとか、エグい目撃談が多いですが本人は意識不明なのに記憶なんてあるわけないです。
だから痛い思いも記憶にありません。起きているときに寝言を覚えていないのと一緒です。たぶん。
わたしが覚えている最後の瞬間は、事故の相手のドライバーさんがわたしを全くみていなかった。よそ見かましていやがったという映像でした。
車の種類とかは覚えていません。あ、こいつ見てねぇ。と思った瞬間に意識とびました。
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そしてわたしは草原の1本道に自分がいることに気づきました。地平線までずっと草原と道だけです。両方向です。
自分に起こった最新の記憶は車に轢かれた瞬間です。たぶんわたしは、交通事故に遭ったんだという自覚があります。あ、つまり死んだんだ。と思いました。
冷静になろう、と思う前にパニックを起こしていない自分に気が付きました。なぜに? 感情がすごくフラットです。とりあえず自分のまわりをよく観察しようと思いました。
草原です。木は生えていません。寒くないです。海の近くみたいな湿った風も吹いてきません。でも木が生えていない。草の高さは膝に届かない程度です。つまりここはステップ気候だな。と思いました。中学で習いました。日本じゃねえわ。日本じゃないということはつまり。
……わたしの知識では、そこから先が何も判断できません。役にたってねえわ、中学の授業。と思いました。授業はわりとまじめに受けていたのに損したと思いました。
これからどうしよう?
目の前に道があります。草原の中に、踏み固められた道。他の人の往来もあるんだろうなと推理をしました。冷静だぜ、わたし。とも思いました。道があるという事は終点に何かがあるはずです。どっちに行こう? たぶん、どっちかが生きている人の世界に繋がっていて、どっちかが死んだあとに行く世界だろうと思いました。
どっちがどっちかは分かりません。とりあえず、他の人が通りかかるのを待とうと思いました。誰かが現れたら隠れます。これが死後の世界に行く道なら両方向からフリーダムに人が行き来するってことはないと思います。死んだ人が歩いていくのと逆方向へ行ってみようと思いました。
冷静だよなあ、わたし。そして頭がいい。誰か誉めても構わないよ? と思いましたが誰もいないので大人しく待つことにしました。
お腹が空いてきたら困るなあと思いましたがお腹には何も感じません。減ってるかどうかも自覚ない。なら後は暇つぶしに歌でも歌っていれば大丈夫だろうと思いました。思い出しながら歌える歌は100曲以上あります。歌いきったら替え歌もあります。
みーんなーが大嫌いーあーん〇ーん〇ーン
結構、ヒマはつぶれました。歌を歌っていたら草原の道でないところから知らない人が歩いてきました。うっわ、想定外!! そして人が現れてから気が付きました。
膝にも届かない草しか生えていない草原では!! 隠れる場所がない!! まさに盲点っ!!
逃げる? 戦う? 話をする? 逃げたら目立つし、戦うってどうやって? という人生を歩んできたので戦い方なんて知りません。 現れた人と話をすることにしました。向こうから話しかけてきたら、という条件を心の中でつけました。
お願い!! わたしに気が付かないで道のどっちかへ進んでいって!! そっちと逆方向にわたし歩き始めるからっ!!
草原の中から現れたのはわたしと似た年齢の女の子でした。
オレンジ色に近い赤い髪と緑色の瞳の超絶美少女です。日本人じゃないのはすぐに分かりました。うっわ。せめて英語が通じますように。わたし話せないけど。英語なら雰囲気でなんとなく敵味方程度の区別はつくんじゃないかと思います。
身長はわたしと同じくらい。わたしより痩せています。そして美少女です。こいつは敵だと思いました。
手首にいろんなアクセサリーをつけて、さらに手袋をしています。服は…… あまり見たことないヘンな服。民族衣装っぽい服ですがお金かかってそうな、お値段たかそうな服を着ています。肩から大きな袋をさげています。わたしは手ぶらなのに不公平だと思いました。
草原の中から現れた美少女もわたしに気が付いたみたいです。まっすぐにわたしの方に歩いてきました。