おっさんはビールが飲みたい。
おっさんである俺はそろそろビールを飲みたい。
本上さんの着替えを入手するために運転手さんの遺体から洋服のズボンとベルトをお借りして、着替えを渡すまではよかったけど、彼女の着替えの音を背中で聞くうち、ベルトがあってもブカブカだなあ、なんて独り言にちょっとモヤモヤした。
シャツを借りてブカブカはいいよ、ベタっぽいけど。しかしおっさんのズボンなんてブカブカで当然じゃねえか。それでも言わずにいられない、聞かせてくる上司のずれた感性にモヤモヤするんだよ。変な意味じゃないよ。絶対わざと言ってるからな。
あと、着替えてからくるりと一回転して似合う?と聞くお約束までは無事完了した。必要あったんだろうか。絶対無いと思うんだが。
運転手さんの靴のサイズは当然彼女には合わないので、運転手さんの靴下とか上着とかを切って詰めたりして、どうにか歩ける恰好にしたところで、本上さんが黒い布切れみたいものをひらひらさせながらこれでスリングとか作れたらいいなあ、なんて言うのでそれなんですか、て聞いたら、さっきまで履いてたストッキングという答えに呆然として生唾を飲み込む冗談とかやってるうちに更に喉が乾いた。無理はするもんじゃないね。
「無理言うなし」
「いや、変な虫いるかもだし。履いてた方がいいんじゃないっすか」
「蒸れてきついよ。虫なんかストッキング関係無しに刺してくるからね?」
こええな虫。
喉が乾いたので水場を探索しようかな、となった。こんな大きな森なんだから水がたっぷり無きゃ成立しないだろうし、葉っぱにたまった水とか最悪でも夜露とかでしのげるんじゃ無いか、と思っていたのだが、水筒も無きゃペットボトルが入ってる筈の鞄も見つからないし、水場を見つけてもそこから動けないんじゃどうしようもない。そもそも水が無ければ二人揃って餓死確定である。ビール飲みたい。もう水でもいい。しかし水の音は聞こえない。探すか。
鉈とナイフを本上さんに渡して、本上さんも軽く持てる事を確認してから、鬼が持っていた金棒を拾う。鬼に突き刺さってる方の金棒はグロいので諦め、もう一本の方を持つ。やっぱり傘みたいに軽い。ためしに本上さんに渡すと本上さんも軽くぶん回せたので、二人揃って力持ち、いや怪力か、であることが確定した。鉈を貰って、金棒を杖代わりに本上さんに渡す。他人の靴使うのって不安だからね。力を杖で分散して貰わないと。今からたくさん歩くかもしれないから。
「そういえば本上さんの鞄は」
「わかんない」
鉈で森の蔦を適当な長さに切って、触ったりしてかぶれない事を確認する。蔦を本上さんに渡して、本上さんが蔦で草鞋を作る。慣れない男物の革靴で靴擦れが出来るのは怖い。杖を用意したとはいえ、長距離の移動になりそうだ。森の中は難しそうだが、本上さんが歩きやすい、サンダルでも作ろうかというところ。
「タオル布草履づくりのワークショップ行ったことがあってね」
タオル生地で部屋用の草鞋を作ったりしていたのだという。俺が草鞋作ったのは小学校の山間学級ん時だとか、あ私も私も、などと話をしつつ、切った蔦からこぼれる緑色の液体を俺は眺めていた。喉が乾いたなあ。
俺は蔦の切った端を持つと、滴る緑色の液体をもう一度見て、覚悟を決めた。えいっとその滴る緑色の液体を飲む。本上さんがビックリした顔をしているが気にしない。
「うおおお美味ええええ」
その緑色の液体は甘いくせに清涼感があり、大変美味しかった。え、本当に、という顔をする本上さんを抑えて、目をつむってしばらく待つ。体には特に問題は出てこなさそうだ。
「よし、いざっていう時はこれを飲もう」
「え、今飲まないの?」
「毒が後から来る事もあるって言うし、もし俺が後で体調を崩してもいいように本上さんは飲んじゃダメです」
しかし彼女はそういう俺を無視して、自分も蔦を手に取ると、端からその液体を舐めた。
「本当だ!ビックリするほど美味しいね」
「ほ、本上さん!」
「大丈夫、もしこれが毒でも恨まない。むしろこれが毒で佐藤くんが一人で死んじゃう方が恨むよ」
男前な台詞を吐いて、本上さんは蔦を絞ると零れる緑色の液体をごくごくと飲んだ。格好いいなこの人。