おっさんはグロでゲロる。
うん、大都会に生きるおっさんにグロ耐性なんがない。というわけで頭をかち割られた豚人間を直視してしまい、俺はその気持ちの悪さに吐いていた。そもそもグロ嫌いなの俺は!
「うぼええええ」
某ガキ大将の歌声にそっくりな呻き声を上げつつ、俺はしゃがみ込んで昼食に食べたとんかつ定食を大地に還す作業に没頭する。背広が汚れるのも気にしなかった。
吐くものがなくなっても、頭をかち割られた豚さん頭部という視覚情報と、豚人間と運転手さんの両方の死体から漂う血の匂いで吐き気が収まらず、俺は一旦場所を離れることにした。
とはいえ、森の外れ、目の前には死体、その先は崖、後ろは森。森に分け入るのは怖い。崖から降りるなんてとんでもない。崖下には同じような森が広がっているが森の終わりも見え、そこからは草原が広がっており、草原には色の違った一本の線が見える。あれは道ではないか。
右を見ると、崖沿いに森が広がっていて、崖下の森と繋がるまで、なだらかに下っている。左を見ると。
「山、か」
なだらかな崖沿いに森が上がっていき、森が切れる辺りで崖は山肌と合流、そのまま峻険な山がそびえ立っていた。山に登ればもっと景色が広がり、自分の位置が分かるかもしれないのだが、スマホも財布も鞄の中だし地図も無い。結局ここがどこかは分からないだろう。お金が無いのでどこにも行けないと思うし、そもそも電車や車がありそうな気がしないことくらいは俺にも、もう分かっていたのだ。
これってよくある異世界転移ってやつでしょ。いやよくは無いけどさ。
豚人間は別に豚の仮面や豚の皮をかぶっていたわけでは無さそうだが、豚皮だとしても、豚皮を被り見知らぬ人間を大鉈で襲う奴が東京二十三区内に居るとは思えない。つうか二十三区内なのに最寄り駅まで徒歩三十分ていう商談先の場所について改めてイラつきが、いかんいかんそんな話ではない。そもそも二十三区内にこんな広い森も草原も山も無いよね流石に。上司と俺が居眠りしている間にタクシーがそれこそ奥多摩とか、県またぎで神奈川や千葉や房総まで移動した可能性もあるんだけど、流石に空に赤や紫の斑点って出てこないと思う地球だったら。房総だろうが北海道だろうが、豚皮被って人間襲う奴はそういないはず。そもそも北海道までタクシーだったら途中で気づかんわけがない。
ここが地球だろうが地球じゃなかろうがどうでもいいが、とにかく変な豚頭に襲われるこんな所で文明の救援をただ待つわけにはいかず、どうにか水のある場所にたどり着かなきゃ俺、まず餓死する。鞄にペットボトル入ってたっけ。じゃあ鞄探した方がいいかなあ。とにかく移動しないと。
そこまで考えたところで、
「ぎゃああああああ」
女性の切羽詰まった時特有の悲鳴が結構近くで上がった。森の中だ。俺はそれまでの思考を全て打ちきって、悲鳴のする森の中へと駆け出した。