後編 その34 魔女
「フェニックスちゃん。それはまずいわよ、それは・・・」
巨大な炎は、この世界の8方向に存在する、地上から白壁を伝って、天井部へと至る巨大木群の根元の一部を包み込もうとしていた。
ズズン。
また1本の巨大木が自重を支えきれなくなったのか、壁からずれて地上に突き刺さる。
突き刺さるだけならよいが、倒れる方向に城があった場合は・・・。
上部は暗くて見えないが、絡み合っている部分もあるので、どこかで持ちこたえているのかしれない。
あの木々が万が一でもまっすぐにこちらに倒れてきたらどうなるのだろうか。
「・・・姫!」
4階のオープンテラス。
姫はその先端部分で、じっと火を見つめる。
火災の今後の展開に思いを馳せていたモエミは我に返り、姫に駆け寄る。
「姫、あれだけの火を操れるとしたら」
「そうよ、フェニックスに違いないわ・・・急いで、止めなきゃね」
姫はベランダをつかんだまま、魔法を行使し始めた。
「姫! あれはフェニックスでは!」
ホークとタイガーがベランダに駆け込んでくる。
姫は一瞥もせずに、何かを詠唱し始める。
日本語ではない。
クァンとかヒューとかいう奇妙な音を織り交ぜながら、時折、超音波のようなものも加わる。
もちろん日本語ではない。
詠唱というより聞いたことのない音楽とも捉えられる調べ。
自然の力に訴えかける原始の歌。
「訴える」と「歌う」の語源は同じであると、モエミはどこかで聞いた話を思い出した。
複雑な魔方陣が形成し始める。
「姫、ちょっと・・・お、俺が止めてきます!」
姫がとてつもなく精緻な魔方陣を描き始めると、何を感じたのかホークが暗闇に飛び出す。
そう、ここは4階のオープンテラスであるにもかかわらず。
「あ、危ない!」
「ホーク殿!」
「大丈夫だぁ! 俺がフェニックスをうべし!」
着地は無事になんとかなったようだが、暗闇に突入してからすぐに、間違いなく、ホークが何かにぶち当たった音。
ここから、炎が巨大木を焦がしている地点までは、林が広がる。
もちろんであるが城から少し離れたら真っ暗。
遠くにフェニックスの形作る炎を除いて光源はない。
ここからフェニックスのところまで真っ暗闇の中、林の中を高速で移動できるわけがない。
「ホークさーん! 落ち着いてー・・・」
「だ、大丈夫だ・・・俺が!」
バキッとか音をさせながら、ホークが、おそらくはかなり強引な手段でフェニックスのところに向かっていく。
「・・・むちゃよ・・・愛の力ってすごい・・・」
「愛!」
タイガーはモエミのつぶやきを聞くと、目を見開き、大きくうなずいた。
彼にもホークの常日頃の態度から、何か思うところがあるようだ。
「ねぇ、姫、タイガーさんに飛ばしてもらって・・・」
モエミの提案が聞こえていないのか、魔法は完成しつつあり、姫は魔法を中断するつもりはないようだ。
「うわっち!」
「おっと」
姫の魔法が、姫を中心に、ベレンダを構成する樹木に影響を及ぼし始めるのを感じ、モエミとタイガーは後ずさる。
「姉ちゃん! 火事だよ!」
ハルキがベランダに入ってくると同時に、ベランダの手すりをつかんだ姫から半径2メートルの木が、城本体から分裂し、前方にせり出し始める。
まるで、そこから分離されることが、はじめから予定されてたかのように分かれていく。
樹木の繊維の関係なのか、それはそのまま、城の下部にも影響を及ぼしている。
「きゃぁー!」
「危ない!」
「えっち!」
まるでクレーン車のように、姫をのせた木は、ゆっくりとせり出していくが、1階から4階までの木の外壁が、そのまま移動しており、内側からは、突然、壁が外に向かって移動していることになる。
「おい! 落ちるぞ!」
「か、壁が!」
「近寄るな!」
下の階の真下にいた者の注意を促す声が聞こえる。
どうやら下の階は大騒ぎのようだ。
姫は何も聞こえないふりをしているのか、集中しているのか、詠唱をやめる気配はない。
「ま、まずいわね・・・」
とっさに高さを忘れて、上から下をのぞき込む3人。
混乱しつつも、何事かと逆に人が集まりつつある。
「あそこ燃えてる」
「姫だ!」
「ちょっと、タオルくらいつけなさい!」
どうやら女子の脱衣場が真下にあったようで、黄色い声やたしなめる声が聞こえる。
「こ、こんなところで、ラッキースケベが・・・」
「姉ちゃん! へんなところで感動してないでよ! 姫が!」
高所作業車の一番上に乗ったような感じの姫は、赤い炎をバックに、城の青白い光に照らされていた。
「あ・・・」
「ほら!」
モエミとハルキには、魔法陣のパターンが切り替わったのがわかる。
美しい魔法陣は、流れ、回転し、移動し、旋回しながら、次々に魔力を何かに変換していく。
その対象は、姫をのせている木。
木は複雑に絡み合いながら、脈動しはじめる。
明らかに予定された何かの形にに向かって変化を開始する。
それに従い、姫の位置は下がっていく。
大きな鉤爪を有する両足が完成する。
その表面は爬虫類に近い形状。
長い尻尾が形成される。
巨大な両翼が形作られる。
牙を生やした恐ろしい顔が造形される。
そして、最後にその背中に、姫がそのまま、騎乗している状態となる。
ドドン。
遠くで巨大ななにかが落ちた音。
その音が要因ではなく、その光景により騒乱が収まる。
バサッ!
巨大な翼が空気を一かきする。
「ひっ!」
「竜?」
「ド、ドラゴン!」
青白い光に照らし出された地上には、巨大な木でできた何かに騎乗する姫がいた。
「ドラゴン・・・?」
「いや、ワイバーンだと思う」
モエミのつぶやきにハルキが答える。
バサッ! バサッ! バサッ!
翼が風圧を生む。
ワイバーンが浮き上がる。
ローブをまとった姫は、ローブを翻しながら、ワイバーンに何かを下知しているようだ。
青白い光に照らし出された姫。
今一度、遠くで、大きな爆発が起こる。
破壊の象徴を背景にして、芸術的な美を騎乗させた、非現実的な造形物を目の当たりにすると、ここは現実ではなく、夢か映画の中かと錯覚しそうだ。
彫刻のように美しい顔。
同時に冷酷で恐ろしい顔にも見える。
「ま、魔女・・・」
誰かが発したつぶやきに対して、誰も否定ができなかった。
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