後編 その32 応報
夕闇が世界を蝕む。
電気によって闇を追い払った元の世界とは違い、この世界で闇の浸食を食い止めらるのは城のみ。
普段なら、みんな引き上げ、誰もいないはずの畑。
城からは、落下物を受け止める巨大な蜘蛛の巣状のネットの向こう側に位置するため、例え城の頂上付近から遠望しても、直接は見えない部分が多い。
上空からグライダーで、下の世界を眺めたことがある者が注意深ければ、この世界の中心が城ではなく、蜘蛛の巣上のネットであることを発見したかもしれない。
その蜘蛛の巣上のネットを中心として、城の対象位置に存在するの畑。
畑と称してはいるが、数多くの野菜のみならず、果樹も栽培している、この世界の生命線といえる重要拠点。
きっと、これが元の世界にあるならば、柵を設けたり、網で覆ったりとしていたに違ない。
しかし、この世界には、イノシシも鹿もアライグマもハクビシンもサルもいないので、作物にたいする被害軽減措置を講じる必要はないはず。
強いてあげるならば、黒い角ウサギがリスクを負って、ニンジンを奪いにきていたが、その黒い角ウサギはもういない。
しかし、今、薄くなった光をも避け、濃くなる闇の中に身を潜める面々の目的は、畑を守ること。
なぜか畑からも蜘蛛の巣からも少し離れた林の中に集まったメンバーは、その真っ黒い着衣とは裏腹に真面目な顔をしている。
「ターゲットは?」
ウサミミのエージェントが、腕輪に話しかける。
今日はウサミンを含め全員が黒ずくめ。
サングラスが似合いそうだ。
「イチゴを物色中・・・あ、食べちゃったぜ・・・おまけに手持ちの袋に入れた様子。もう一人はメロンを物色中・・・こっちも自分の袋に入れちゃいましたぜ」
「お持ち帰りだよーん。毎日、毎日、好き勝手しやがって、許さないよーん」
グレイの冷静な報告に対し、ふざけた口調だが、怒りが伝わってくるクロミンの報告。
「了解です・・や、やっちゃいましょう!」
「悪即斬」
モエミの横に控えるウサミンとこれも怒りを滲ませるフォック。
「噛む」
再び腕輪から声が聞える。
モエミが正直に「誰? 私、わからない」という顔をすると、ウサミンが教えてくれる。
「たぶん、シバッチです」
普段、無口なシバッチも、フルーツ泥棒にはお怒りらしい。
「モエミ様、現行犯です。袋が動かぬ証拠になります」
「わかったわ、とりあえず、夜目のきくグレイ、クロミン、シバッチは監視の続行を、ポジション取りはいいわね」
モエミの疑問をウサミンが伝える。
「「「OKです」」」
「噛む」
少し微笑むと真面目な顔になるモエミ。
「パターンは?」
「青に移行中です」
「噛む」
「シバッチ、抑えて」
ウサミンがこれ以上は抑えきれないとモエミに許可を求める。
「モエミ様、それではよろしいでしょうか?」
「ふっふっふ、わかったわよ。食い物の恨みは恐ろしいってことを思い知らせるのよ。オペレーション・ヘルヘイムを発動。イチゴとメロンを救い出すわよ!」
「「「ラジャ!」」」
「噛む!」
■
「メロン、重い」
「きゃはは、欲張りすぎ!」
「・・・だって、城だと数切れしか食べられないじゃない」
「きゃはは、イチゴはたくさんあるからいいけど、メロンはばれるに決まってるわよ・・・罪も重そう!」
「い・・・いまさら」
畑泥棒・・・いや、フルーツ泥棒のルナとヒナは畑から離れ始める。
まっすぐ城に向かうのではなく、一度、畑の出入口から見て奥側の肥溜めの横を抜けて、しばらく歩き、そこから斜めに戻るという作戦・・・というか、いつもの抜け道をそのように作っているので、そのルートで逃げる段取り。
肥溜めの横を抜けると、早くも林の中に入る。
夕闇の薄暗い光の中、林の中はもっと暗い。
「きゃはは、暗い! 灯りつけていい?」
「見つかったらどうするのよ・・・」
「きゃはは! 食べないでよ」
「食べないわよ!」
ヒナはイチゴの詰まった袋をルナに預けると、腰につけた小袋をごそごそさわり、小袋の中の一つから、1つかみの何かを取り出す。
ヒナは歩きながら、器用に右手で魔法陣を描き、左手につかんだ何かを、少しずつ空中に撒く。
すると、左手から落ちていった何かが、右手の上に集まり、火が付く。
「あいかわらず器用ね・・・」
「きゃはは、楽勝!」
ヒナの右手の明かりは小さく、そして木々に遮られて遠くまでは届かないようで、二人はその灯りを頼りに、木々の間を歩む。
「えっと、そろそろ曲がるわよね・・・」
ルナが不安げに呟く。
夕闇で雰囲気が違うのか、それとも曲がるところを間違えたのか。
いつもなら、45度ほど左へターンする曲がり道があるはず。
「ねぇ、こんなに離れてた?」
「きゃはは、私、わかんない」
「もう・・・ちょっと、止まって・・・」
ヒナを止めて、後ろを振り向くルナ。
「ひっ!」
思わず数歩後ずさる。
「痛っ! ヒナ、どうしたの?」
振り向いて後ずさったのでヒナとぶつかるルナ。
「み、み、み・・・」
ルナが指さす。
「道がない」
今、通ってきたはずの道が、樹木に塞がれている。
「きゃはは?」
「は、は、走るよ!」
ヒナがルナの手を持って走り出す。
「ひ、火が・・・」
「いいから!」
薄暗くてヒナの火がないと早く走れない。
でも、早く走ると火が消える。
でも、早く走りたい。
でも、火が消える。
でも、逃げたい。
パニックになりながら、林の中を小走りに進む2人。
林が開けて、空間が広がっているようだ。
転がるように林から走り出るも、その光景に急ストップする。
「え・・・」
「きゃはははは、絶対嘘だ! こんなところあるわけないし!」
ルナの絶句に対し、ヒナは肝が据わっているのだろうか、目の前に広がる光景に対して啖呵を切る。
暮れて行く光の中、まだなんとか視認できる光量が照らし出すのは墓地の風景。
よく見れば墓地といっても、十字架がいくつも立っているだけというものがわかるだろうが、夕闇の演出がそれを気付かせない。
雰囲気は十分。
ゲームや映画のパッケージに採用されそうなくらいだ。
一瞬、自分が映画を見てるのかとも錯覚するような、圧倒的な存在感をもって、墓地が目の前に座り込んでいる。
2人が立ち止まると、それを待っていたかのうように、ゆらゆらと青白い光が現われだす。
「ひ、火の玉・・・」
「きゃはは、だから、絶対、魔法だって! ちっくしょう! 怖くないからね!」
パニックになるルナに対して、魔法を繰り出すヒナ。
火の玉に向かって火球を飛ばす。
ヒナが火球を飛ばす度に、周囲が明るくなる。
しかし、当っていないのか、当っても再生されるのか、遠くで青白くゆらゆらゆれる火の玉の数は減らない。
火種がなくなったのか、それとも魔力が切れたのか、肩で息をするヒナは、火球を打つのを止める。
パニックになっているのはヒナも同じかもしれない。
魔力をかなり消費してしまった事実に焦りを感じるヒナ。
火球が消えてしまうと、途端に2人の周囲は暗闇に包まれる。
既に夕方を言われる時間は過ぎ去り、闇夜の支配力が増している。
「ちょっと、灯り!」
「きゃはは、自分でつけなよ!」
「私、苦手・・・」
涙目のルナ。なけなしの魔力で次に起こるであろう何かに備えるヒナ。
「ひっ!」
青白い光が増えはじめ、それをバックグランドにして、十字架の下が盛り上がっていく。
十字架の一つが、パタンと倒れる。
その下から、何かが出てくる・・・腕だ。
「きゃぁぁぁ! 出た!」
「いやぁぁぁ! ダメ!」
お化け屋敷は、分かっていても怖いのと同じ。
二人の中で何かが吹っ飛ぶ。
きっと誰かが魔法でやっているのだと、心の隅でわかっているのだけれども、目の前で怖いことが起こると怖い。
そう、怖いものは怖い。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「もうしませんもうしませんもうしません!」
何かを口走りながら墓場から脱出する二人。
道がないので、強引に木と木の間に走りこむ。
草が生えていたり、木が落ちていたりして、普通ならとても選択できない所を強引に移動する。
「かみさまかみさまかみさま」
「きゃはははは! きゃはははは!」
道なき道を逃げる。
あちらこちらひっかかろうが、こけようが、服が避けようが逃げる。
「ばぁ!」
「「出たぁ!!」」
黒い服に身を包んだケモミミの1人が驚かすと、慌てて方向転換。
這う這うの体で逃げ出す。
「ばう!」
「「いやぁぁぁ」」
白い服を着た何かが現れ、足に噛みつく。
「がぶり!」
「痛い! わ、私もゾンビになる?!」
呼吸がおかしい。
走りすぎて足が痙攣するのを抑え込んで逃げる。
「にゃぁ!!!」
「「ひぃぃぃっぃ」」
持っていた袋を放り出して逃げる。
「がぶり!」
「痛い! た、食べられるぅぅぅ」
酸素が肺に入ってこない気がする。
「わおん!」
「「きぃぃぃぃ」」
ルナとヒナが倒れて動けなくなるまで、いや、倒れて動けなくなっても、執拗に繰り返されるエンドレスお化け屋敷は続く。
林の中で悲鳴が悲痛な懇願に代わる。
「大丈夫かしら・・・シバッチ・・・だいぶ噛んだんじゃない?」
「野菜泥棒は有罪、フルーツ泥棒は死罪」
フォックが冷たい目で、モエミを見返す。
「お願いだから、死なない程度にしてね・・・そろそろ、止めに入るかな・・・」
モエミがルナとヒナの悲鳴すら聞こえなくなったことを心配する。
「モエミ様、残念なことが・・・」
黒装束のウサミンが現れ、モエミに袋を渡す。
「あ・・・作戦名が悪かったのかしら・・・」
途方にくれるモエミ。
袋の中では、メロンもイチゴもぐちゃぐちゃにつぶれていた。
しばらく袋の中を見つめていたモエミはウサミンに提案する。
「ジャムにできないかな?」
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