後編 その23 隠遁
確かなる何かの気配。
パチリ。
小枝が折れる音。
確実にそこに生き物がいるという確信。
パチン。
枯葉が踏み抜かれる音。
なおかつ、単にそこにいるだけではなく、明らかにハルキの今、いる場所を――モエミが寝込んでいる小さなシェルター――を包囲するかのように、3方向から静かに接近してくる。
パチ・・・パチリ。
シェルターから漏れ出るわずかな光のゆらめきの中で、小さな黒い何かを視認する。
黒い体、大きくはない・・・むしろ小さい。
そして頭から伸びる二本の角・・・角?
いや、角ではない、それは・・・耳だ。
「師匠?」
ハルキが臨戦態勢を解き、訝しげに声をかけると、ひょっこりとウサギが近寄ってくる。
ハルキはそのウサギの顔が「お前、ようやくわかったのか」と言ってるような気がした。
「し・・・師匠! こ・・・怖すぎっすよ! ふぅ、魔物が来たかと思いました・・・あ、魔物だったかも・・・とにかく、すげぇ怖かったすよ!」
なぜか三下話法で、自分の恐怖を早く振り払うように捲し立てた。
そこに、残りの2羽もやってくる。
「全員集合っすか・・・え、とすると・・・」
昨今、黒ウサギは、ハルキがニンジンを持ってくるようになってからは、巣穴から遠出をしない。つまりは。
「もしかして、巣穴、近いっすか? あの、巣穴、行ってもいいですか? 姉ちゃん、具合が悪いんです。服はなんとか乾いたんですけど、何にも持ってなくて、寒がってて、それで、巣穴なら藁みたいなのがたくさんあったなって、あそこならあったかいし、藁もあるし・・・」
ハルキが黒ウサギに訴える。
見方によれば滑稽。
言葉を発したこともない、黒ウサギに頼み込み、必死に頭を下げる少年。
何も知らない人が見たら、いや、この狭い世界の中の子供達も、今の光景を見れば、それが異常であることは明白。
暗闇に佇む3羽のウサギと、3羽に懇願するハルキ。
奇異な状況にもかかわらず、黒ウサギたちは、そろってうなずき、背を向けて、待ってくれるような姿勢をとる。
そう、わかったから早く連れてこいと言わんばかりだ。
少なくともハルキにはそう見えた。
「あ、いいんすね、ありがたいっす。すぐ連れて来ます」
ハルキはシェルターに戻ると、素早く姉をお姫様抱っこし、か細い火を消す。
モエミ文句は言わない。
苦情も言わない。
そう、気絶に使いくらい寝入っているからだ。
ハルキがモエミを起こさないようにシェルターから抱え出すと、早速、黒ウサギたちがついてこいと言わんばかりに、駆け出す。
暗闇の中を疾走する黒ウサギ。
城からのわずかな青い明かりのみを頼りに追うハルキ。
闇の中の追っかけっこは程なくして終了する。
「あ・・・よかった、近かったんだ・・・」
巣穴を確認すると、思わずホッとするハルキ。
光の魔法を小さく一瞬だけつけ、また破壊するという細かい作業を、モエミを抱えながら行い、なんとか巣穴の中にモエミを運び込む。
藁の上に寝かせる。
「う・・・寒い」
起きているのか、寝言なのかは不明だが、モエミが呟いた。
「えっと・・」
藁をかけるハルキを見て、黒ウサギたちがモエミに寄り添う。
「あ・・・あっためてくれるんだ・・・ありがとう・・・」
素直にハルキはお礼を言うと、ハルキには、ウサギの目が「何を言ってるんだ、当たり前だろう?」と語りかけているように思えた。
「ふう、これで安心して・・・」
巣穴の中で座り込んだハルキも気絶するように眠った。
暗闇はその暗さをさらに増す。
巣穴の周りの森もようやく静寂に包まれる。
虫の数も少ないのか、夜鳴く虫の声もまばら。
もちろん、生き物の気配もほとんどない。
召喚前の同じ季節の秋であっても、もう少し生き物の姿があってもよいもの。
そんな不自然な世界にも、いつしか朝というものがくる。
太陽が昇らないこの世界の朝は、空・・・空と呼称するにはおこがましい、非常に高い天井にある巨大な円・・・が明るくなるという意味だ。
その発行する円形の何かが明るく発光を始める。
閉鎖された世界に存在する数少ない時計との相関性から考えると、おそらくは日の出と共に明るくなり、日の入りと共に暗くなるというのが、当面の結論。
なぜか。どうしてか。どうやってか。
その回答は誰も出せていない。
ハルキが目を覚ます。
真っ暗な空間。
手を伸ばしても、手も見えない暗さ。
一瞬、自分の目が見えなくなったのかと思い恐怖を感じるが、すぐに昨夜のことを思い出し、光の魔法を唱えて明るくする。
黒ウサギはおらず、モエミが寝ているのが見える。
土の上で横たわっていたせいで固くなった体を伸ばしながら、モエミに近寄る。
様子がおかしい。
手をモエミの額に当てる。
かなり熱い。
「あ・・・」
その熱さに思わず手を引っ込めるハルキ。
「やべ、どうしよう」
もちろん薬などない。
とりあえず、自分の服の袖を引きちぎると、水の魔法で湿らせる。
そして、それをモエミの額へ。
「あ・・・気持ちいい・・・」
起きていたのか、寝言なのか、朦朧としているのか不明だが、モエミの呟きが聞こえる。
他に打つ手はないかと思いを巡らすが、思い当たらない。
次の手を打ちあぐねているところに、トンネルを何者かがやってくる気配。
ウサギ師匠たちの足音ではない。
「誰?」
すかさず警戒するハルキ。
そして、見えた姿は、やはり黒ウサギではなかった。
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