その10 クスノキ
「うわ! そっくり!」
「こっち向いて!」
「あの耳と尻尾! どうやって作ったんだ?」
「クオリティ高け~」
海沿いの水族館に隣接するクスの森公園で開催されているコスプレ大会は活況だった。
春アニメとして公開されたアニメに出ていた巨大樹にそっくりだという噂に飛びついた地元商店街が開催されたコスプレ大会は、アニメの大ヒットに後押しされ、聖地巡礼のブームも背景に、良質の集客装置となっていた。
「あれって『美獣』のコスだろ? すげぇな」
「本物っぽいよね? よね?」
この世界に来て1カ月。
アミカもいろいろ学んでおり、今日は、もともとの格好でOKな日だと理解していた。
むしろ、迂闊に変身魔法を使えない現状では、アミカの容姿は黒髪ばかりのこの国では大変目立つが、理由は不明だが、この会場では大手を振って歩いても大丈夫。
異世界特有の不思議な風習だと理解している。
笑顔で写真に手を振るアミカは、少しずつ、クスノキに近づいていた。
「間違いないわね」
クスノキを見ながらつぶやく。
クスノキの周りには囲いがしてあり、触れることができない。
触れることができれば、きちんと確認できるのだが、アミカの全感覚が、もといた世界と同じクスノキ、つまり異世界転移の起点となった木であると告げていた。
「よかった。この世界で間違いないのね」
不本意ながら目じりが熱くなる。
世界を渡る際に、何らかの衝撃で、かなりずれているような気がしていた。
つまり、目的の世界がどうかであるか不安に思っていたのだ。
アミカに確認する方法はあまりないが、確実性を最も高めるものが目の前にあった。
それを求めて、この1カ月、各地をまわっていた。
「彼の人の子孫が、きっと、この世界にいるはず」
この世界はアミカの自信がなくなるくらい平和で、安全で、優しかった。
魔獣も魔物もいない。
飢えて路上に転がる子供も見ない。
困った顔をしていれば、誰かが手を差し伸べてくれる。
それだけではなく、時には骨を折り、心を砕いて、面倒を見てもらった。
おかげで言葉も上手になった。
この世界の常識もかなり学んだ。
でも元の世界のことを思い浮かべると悲しくなる。
この世界の山々は豊か。
この世界の海は悪さをしない。
どうしてこんなに違うのだろう。
どうして私の世界は、あんなふうになってしまったんだろう。
人々は飢え、魔獣や魔物に怯え、海は優しくない。
「だからこそ、戻って助けなきゃ」
ここ1カ月における、アミカの分析によれば、この世界は水・空気・土・金属の4大魔法対象のうち、金属に対する魔法技術が大変発達し、それを緻密な雷魔法による制御を行うという方向で成立している世界だという認識であった。
魔力を通しやすい銀であるが、魔力の代わりに電気を使うことで、銀を安価な銅に置き換えるというのはすばらしい発想だと感心した。電気でも魔法と同じようなことができるという技術については、残念ながらまだ全く理解できていないが、その技術で、魔法を使えない人たちも、水を簡単に沸騰させたり、遠くの人と話をしたりと、種々の魔道具を簡単に使えることができる。
また、金属加工の技術もすばらしく、非自立型ゴーレム馬車も量産化も目を引く。
非自立型とすることによって、ゴーレムの量産化に成功したものと推測するが、大量のゴーレムがどこでも動いているのは、その動力源魔力ではなく、燃える水であることも含め、驚くばかりだ。
魔法具作成大好きっ子であるアミカとしては、学びたい技術が山盛り。
「世界樹の苗を使っていいってことよね。でも、あいつらがねぇ」
あらゆることに優しい世界は、魔法の使用に関しては例外だった。
どうやっているのは詳しく不明だが、少し大きな魔法を使うと、直ぐにあいつらがやってくる。
この世界の初日にやってきたやつらだ。
この1カ月、地に足をつけそうになる度に、あいつらがやってきて御和算にされてきた。
不明なこともある。
魔法は禁止されているようであるが、本当に使えない人々ばかり。
書籍によれば、魔法を使ったり、転生や転移したりすることは日常的に記録されているのに、実際に魔法を使うのは、あいつらだけだ。
「印」を使うのはヒジ国もこの国も同じなので、似た別世界というのは大変理解できるが、不思議な事だ。
それにしても、どうして彼の人たちはこの世界を選んだのだろう。
思いの力は魔法に影響する。
元の世界でよほど魔法に対する嫌悪感があったのか、よりによって自分たちが持っている高度な魔法技術が役にたたない世界を選んでいる。
出合っても協力してくれるだろうか。
「それにしても、困ったわねぇ~、あいつらを出し抜く手段が見つからないわ」
大規模な魔法を使うと、あいつらが来る。
世界樹の苗と竜青水晶は一度設置するとなかなか動かせない。とくに世界樹の苗は植える時に、かなりの魔力を注ぎ込む上に、すぐに使えるようになるわけではない。その間にあいつらに来られるとやっかいだ。
設置場所と転生者の痕跡を求めて、西へ西へと来ると、本来、異世界に渡る術式によって、扉が繋がるはずだった場所にたどり着いた。
若干の差異はあるが、巨大なクスノキは見事だ。
できれば、この近くに世界樹の苗を植え、竜青水晶を設置し、本格的な人探しを開始したい。
「でも、来てくれるかな」
この世界は平和で豊かだ。
もしかすると、彼らはそれが目的で、この世界を選んだのだろうか。
この平和な世界から、片道切符かもしれない異世界の救済を手伝ってくれるのだろうか。
でもやらねばならない。
嘘をついてでも、心を痛めてでも、連れて帰るのが使命。
クスノキを見つめていると、後ろから話しかけられた。
「見つけましたよ、アミカさん、今日こそは逃がしません」
振り返ると忍者のコスプレをした江浦が立っていた。
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