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モエミ、最初の夜

「動け! 動け! 動け!」


(本当、飽きないわね)


 夕食の最後に、大変ご機嫌だった姫から、きれいな紙に包まれたチョコが配られた。姫が作ったものなのだろうか、形は歪だが、一かけらだけ食べるときちんとチョコレートをしていた。カカオの木があるのだろうか。砂糖もたくさん使わないと甘いチョコレートにならないようなことを聞いた気がするが、砂糖は貴重品ではなかったのだろうか。不思議であるが、大変な貴重品なのは間違いないらしく、みんな……特に女の子組は狂喜乱舞していた。

 部屋に帰ると、すぐに日が暮れたようで、暗くなってきた。

 チャウサが窓際においていた蓄光球の使い方を説明して、出て行ったあと、ハルキは飽きずにずっと魔法を練習していた。

 太陽が見えない世界では変な表現だと思われるが、日が暮れた。しかし、城の中は真っ暗にならない。尖塔の水晶があるからだ。最初から考え抜かれた配置なのか、行き当たりばったりを無理やり技術で補った成果なのかは不明であるが、絶妙な配置で水晶の光が城内に配られていた。もちろんトイレやシャワールームといった小さな部屋にも配慮されていた。これらは、おそらくはグラスファイバーと同じ仕組みだろう。城内全体が、青白い光に包まれた感じがあり、幻想的な雰囲気である。

 本を読んだりするには光量が足りないが、それを補うのが蓄光球である。結構明るい。どうやら昼間の光を貯めておく魔法具らしい。窓際の所定の魔法陣の位置から移動させれば明るくなり、きちんと魔法を覚えていないと消すことができないらしい。そしてそれは初心者にはそこそこ難しいようで、みんなができるわけではないとのこと。多くは、つけたらつけっぱなしで、チャウサからは、消すときは、元の場所に置けば消えるが、その夜は光らなくなるので、今日はとりあえずタオルか服で覆ってほしいとの説明を受けた。朝、所定の位置に、所定の向きで置いておけば、毎晩使えるとのこと。


「お、浮いた浮いた、やった!」

「おぉ、ハルキやるねぇ、すごいねぇ」


 とほめたものの、複雑な心境である。羽毛を10センチ浮かせるのであれば、魔法を使うより、手で持ち上げた方が明らかに早い。それができるようになるまで何時間かかってるんだろうと思うと気が遠くなる。羽毛なら遠くから息を吹きかけても動かせる。

 モエミのイメージからすると、魔法はパッと使えそうな気がしていたが、実際にはかなりの努力と練習が必要であった。


(魔法を頑張って勉強するとか言っちゃったの早かったかなぁ。私はモフモフさえあれば……)


 猫型ロボットの映画でも、主人公が魔法の取得に苦労していたのを思い出す。


「次は紙かなー、えっと紙は……」


 コンコンとノックの音。


「えっと、はい?」


 ドアを少しあける。


「お夜食食べない?」


 にぱっと笑うフェニックスがいた。

 なぜかスカートでないことを確認されたあと、5階の実験室の裏手から屋上に向かう。メンバーは、モエミ、ハルキ、田沼、フェニックス、オウル、スパロー、ホーク、そして大きな箱を抱えたタイガーである。


「ホークさん。羽毛浮きました!」

「うむ。それは早いな。すばらしい。その、なんだ、こう、自分の中から魔力が流れ出る感覚はわかったか?」

「……えっと、なんとなく」

「流れ出た魔力で魔法陣を描く。そうすると魔法ができる。今は書いてある魔法陣に魔法を流すことで、自動的に魔法が発現するが、そのうちに魔法陣を魔力で描くことになる。まぁ、とりあえずは、うまくいったときの感覚を覚えていくように。次は紙に挑戦だな」

「はい! やります!」


 ハルキは褒められて単純に嬉しそうだ。


(あれだけやって10センチなのに)


 モエミは思ってしまった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 屋上の床、つまり5階の天井はガラスだった。これがスカートでないことを確認された理由であろうか。どうせこの光量なら見えないと思うが。本当はガラスではなく、その他の透明性が高い何かかもしれないが、とりあえずガラスと呼称することする。水晶の光がガラス張りの床に吸い込まれる光景は神々しいといっても過言ではなかろう。尖塔の水晶の上の部分などは鏡になっており、少しでも水晶の光を無駄にしないように慎重に配慮しているのがわかる。

 上を見上げると、もちろん星は見えない。今は月明りなのだろうか、突入してきたときに光っていたはるか上方の丸い部分は、今も若干光っている。周辺を見渡すと、太陽光発電のように見えたものは、水晶の光を城に集めるためのものとわかる。きっと、城を少し離れたところから見ると、城が発光しているように見えて綺麗なんだろうなと思う。

 大きく息を吸う。夜の香りがするような気がする。でも風はない。ゆらりともしない。閉ざされた空間だからだろうか。


「うぁーきれい……」


 田沼が感嘆している。

 オウルがボソッと、


「風光明媚」


 と呟いた。モエミはそれを聞いて、


「鏡花水月」


 と呟き返す。するとオウルは、急にモエミの方を向き、驚いたような顔した。


「こっちよー」


 フェニックスが遅れた3人を誘導した。

 3人が輪に入ると、ホークとタイガーがハルキと持ってきた箱を挟んで何かをはじめようとしていた。ホークとタイガーは背が高く、体も大きい。2人に挟まれると、ハルキは小さく見えた。


「では、タイガー、よろしく頼む」


 タイガーは無言で、右手を箱に近づける。箱の中は砂だ。


『ライト・ハンド・プロテクター』


 タイガーが呟くと、砂がざわっと右腕に絡みついた。そして、次の瞬間、右手は砂でできた防具で覆われた。


「おぉ、すげぇ!」

「魔法を研鑽すればこのようなこともできるぞ。タイガー、右手も頼む」


 ハルキは夢中である。


「あれは、砂に直接働きかけて、形を作ってるんです。土の魔法には、あのように直接的な干渉方法もありますが、植物の成長を早くするという使い方もあるんですぅ」


 スパローが田沼に話しかける。


「あの……、植物の成長が早くなるんですか?」

「ええ、植物が大好きな人が世話をするのと、嫌いな人が世話をするのと、全く同じようにお世話をしても、なんとなく、植物が大好きな人が世話をする方が、大きくなったり、綺麗な花が咲いたり、実がたくさんなったりするような気がしないですかぁ?」

「あの……、そういう気もします」

「そうでしょぉ? あれもきっと魔法なんですぅ。それをもっときちんと魔法としてやるんですぅ」


 スパローと田沼の話が盛り上がりはじめる。モエミは面白そうなのでもうちょっと聞きたいと思ったが、フェニックスに呼ばれる。オウルもついてきた。手すり付の腰壁の近くにくる。腰壁の内側の壁は鏡になっている。ここも少しでも光を無駄にしない努力だろうか。城の外は基本的に真っ暗だ。太陽光発電のような反射板が、青い水晶の光を跳ね返すほかは、わずかな光もない。深い海の底にいるような感じがして、ちょっとモエミは怯んだ。


「それではいくよー」


 フェニックスが腰に手を回す。いまさらだが、腰のまわりに小さな袋がいくつも括り付けられている。その中に手を入れて、城の外の虚空に向かって素早く突き出した。


『火よ』


 短い詠唱は日本語であった。手から赤い炎が放出され、あたりを昼のようにあかるくしたかと思うと、一瞬で消える。


「おふぇ!」


 暗い中での一瞬の炎は、モエミに驚愕をあたえるのに十分だった。


「ごめーん。まぶしかった?」


 モエミだけでなく、周りの注目も集めてします。


「ごめん、ごめん、てへぺろ」

「……」

「し、仕切り直しをお願いしまーす」


 男の子組と田沼組がそれぞれ話を再開した。

 フェニックスは、腰の小袋に手を一度入れた後、手すりに向こう側に手を伸ばす。


「では、再開しまーす。赤」


 みんなから見えない位置、手すりの壁の向こうで赤い炎を出現させる。腰に手を戻す。


「朱色」


 同じ赤系統だが明らかに色が違う。再度腰に手を伸ばす。


「黄色」


 今度は全く違う。黄色の炎。またまた腰に手を伸ばす。どうやら毎回違う小袋に手を入れているようだ。


「緑」


 そして緑色の炎。


「綺麗でしょ!」


 フェニックスはにぱっと笑う。


「もう1回やるね~」


 赤、朱、黄、緑。


「さて問題です。火とはなんでしょう」


(何をいきなり……)


 モエミは戸惑う。

「……燃焼?」

「そう!」


 またにぱっと笑う。


「物が燃えるのが火よね。水とか空気とか土は、そこにあるものよね。でも火っていうのは、そこに火があるわけではなく、物が燃えるという現象よね。もっというと燃えるものがないと燃えないの。黒鉛、カルシウム、ナトリウム、銅」


 フェニックスは物質の名前をいいながら、赤、朱、黄、緑。


「炎色反応?」

「あら、もう学校で習ってる? すごいわね!」

「いえ、習ってませんが、先生が実験好きで……」


 モエミの理科の先生は実験好きであった。すばらしい先生のようであるが、実験が好きすぎて、実験の授業ばかり。本来の課程にない実験をするばかりでなく、本来の授業がおろそかになるため、PTAの中でちょっとした問題になっていた。


「だから、私はそういう色の炎を出しているんじゃなくて、着火点まで温度を上げているだけなの。もしかすると、炎の色を変える魔法もあるかもしれないけど、私はこっちのほうが好きなの」


 フェニックスは、モエミの表情が複雑そうなのを見取ってスルーしてくれたようだ。


「これを応用して……花火」


 フェニックスは、小袋から出したもの、恐らく微量の粉を手すりの向こうに落とす。するとパチパチと火花が散った。赤、朱、黄、緑。


「買えれば買った方が簡単なんだろうけど、私は自分でできるのがうれしいのよ」


 モエミは昔読んだ超能力を使えるけど使わない男の話を思い出した。男は、超能力を使って電気のスイッチを入れたり切ったりできる。でもそれは、離れたところから長い棒の先でバランスを取りながらスイッチを入り切りするようなものであり、普通に歩いて行って、スイッチを入り切りしたほうが早い。従って使わないのだという話だ。モエミはこれを読んだとき夢がないと思ったのを思い出した。

 考えてみれば勉強だって同じだ。字は読めないと生活に支障がでるだろうが、歴史や植物の仕組みなんて、普通の生活でどれだけ使うのだろうか。でも覚えとくと楽しい何かがあるかもしれない。だから覚える。

 花火が自分でできれば楽しいかもしれない。


(そうね。ちょっと真面目にやってみてもいいかもね)


 昼と違って、追従の気持ちからではなく、前向きにやってみる気になった気がした。


「えっと、緑色の銅は10円玉からですか? あと黄色のナトリウムはどうしてるんですか?」

「10円玉もだけど、落下物の中の電線とかも銅だから使えるのよ。ナトリウムはもちろん無理だから塩なの」

「なるほど」

「花火みせてー」

「いいよー」


 ハルキが手に砂でできたダガーを持って近寄ってきた。ハルキの後ろからホークとタイガーもやってくる。フェニックスが小さな花火を見せる。赤、朱、黄、緑。

 田沼とスパローの歌声が聞こえてくる。


♪ママゴリラはお掃除するときに~

 あっちいって こっちいってって言うんです

 どっちにいっていいか わかりません


 ハルキもつられて歌いだした。


♪ママゴリラは洗濯するときに~

 あっちやって こっちやってって言うんです

 何をしていいか わかりません


「懐かしいわねぇ」


 思わず出たセリフにホークが食いついた。


「懐かしい……すまぬが、今日はなん痛!」

「それは禁句ですわよー」

「すまぬ」


 どうやらフェニックスに足を踏まれたらしい。気まずい雰囲気をフェニックスが自ら破壊する。


「それでは私がフェニックスと呼ばれる理由をお見せしよう」


 フェニックスはそういうと、みんなからささっと離れる。そして、手に小袋を持つと、何らやブツブツと唱え始める。小袋の上に魔法陣が浮かび上がり、小袋の中身が吸い出されていくように見える。そして……


『……炎よ! 我が眷属たる火の鳥よ! その姿を顕現せよ!』


 フェニックスが最後に少し声を張り上げると、フェニックスの周辺に巨大な炎が顕在した。それは大きな火の鳥のようである。


「すごい……」


 モエミは面白いと思ってしまった。魔法陣も美しい。思わず見とれる。


(それにしても、田沼さんにはスパローさん、ハルキにはタイガーさんといったふうにしっかりフォローしてくれるのね。それも一生懸命に。みんないい人なんでしょうね)


 モエミが考えながら見とれていると、何かが自分たちの足元を、後ろのほうからフェニックスに向けて何かが通り過ぎた気がした。


「ぶべしっ!」


 フェニックスの炎が掻き消えた。再び青い世界。

 階段のほうから何者かが現れた。

読んでいただいておりがとうございます。

ブックマークありがとうございます。

不定期ながら書かさせていただきます。

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