その3 儀式
ドォォォォォ、ガタン!
強風が小さな建物――農作業かなにかの道具を入れておくための倉庫と思われる――をあおる。
バチッ! バチバチ!
雨粒が屋根や壁にぶつかる音は、泥の玉かなにかをぶつけたような凶悪な音がする。
ゴォォォォォ。
強風だ。風が強く、濡れた体には、体感気温はかなり低い。
風が雨を運び、建物の陰に入っているつもりであるが、あまり意味をなさない。
小さな獣人の子供――この村には獣人しかいないが――が、魔法で土の壁を堤防の上に築こうとするが、あっさり波で流されていく。
新しい可変型ゴーレム――それも3段変形!――の材料探しに来て、とんでもないことに巻き込まれてしまった。
沿岸部では夏前から秋前にかけて、突然、暴風雨になることがあるとは聞いたことがある。
場合によっては家を吹き飛ばすくらいの暴風雨だ。
その大風は突然吹き始め、1日程度で通り過ぎることが多い。
その1日で大変な被害がでる。
運悪く当たってしまった。
いや、この村の住人にとっては運がよかったと思ってもらわなければならない。
横殴りの風に大粒の雨が混じる中、海獣の皮で作ったと思われる合羽が、よく水を弾く。
「おぉぉい、導師様が来てくれたぞ!」
「「「おぉぉぉ!」」」
喜んでくれるのはいいが状況は最悪。
やはりもっと早く現場にくるべきだったと後悔する。
「状況は?」
「大雨に加えて、海からの風のせいか、海が見たことない高さになっています。このままでは堤防を越えます!」
位置的に湾の奥まったところにあるのも原因だろうか。
防波堤が波をかぶるごとに、大量の海水が陸側に侵入してくる。
ご多聞にもれず、このあたりも陸のほうが通常の海面より低い。
ここで堤防が決壊すれば、かなりの面積が水没する。
「村長、ワット遊水地もトム遊水地もいっぱいです。このままでは海だけではなく、川も氾濫します」
「上流のやつらめ、自分たちだけ助かろうとするのか」
「とりあえず、女子供は避難させたほうが・・・」
「そうだな、頼む。ただ、魔法使いは残してくれ」
「わかりました」
オオカミの獣人と村長の話が聞こえる。
見ると、魔法を使えるものが、一生懸命、海水を海へ汲み出している。
しかし、焼け石に水の状態。
「近くまで行きます!」
「危ないです! 導師様!」
「あんなに小さい子までがんばっているのです! 私が行かなくてどうします!」
獣人は身体能力に優れており、魔法使いも身体能力強化系が多い。水を排出する魔法を使えるものは少なく、子供まで駆り出されたのだろう。
子供が強風の中、寒さに耐えながらがんばっているのに、私が行かなきゃ誰が行く。
「とりあえず行くわよ!『土塊軍団』」
「え、導師様、土魔法では・・・」
生み出したのは数々のマッドゴーレム。
土のゴーレムはすぐに水を吸ってしまい、ぼろぼろになってしまうのは常識。
現状でも土魔法で作った土壁は、直ぐに波に砕かれている。
村長はもっち違う系統の魔法を期待していたのだろう、あきらかに落胆し顔をした。
「大丈夫!」
マッドゴーレムは次々に防波堤を登り、一番高いところに張り付く。
『氷結』
濡れたマッドゴーレムを凍らせて固定する。
「振動系魔法が使える方は冷やすのを手伝って。土は私が冷やすから、ゴーレムの表面についた水を冷やすイメージで。対象が重なると魔法が干渉するから、適当に分かれて! 振動系が苦手な人は、術者をあたためて、もっと温度が下がるわ!」
ゴーレムで堤防の嵩が上がる。
ゴーレムが氷で固定され、そのゴーレムを中心として氷の堤防が、堤防の上に築かれる。
その部分からは波が中に入ってこなくなる。
光景を見て理解しはじめた獣人たちが、手伝い始める。
「手の空いた人は、水の汲み出しを!」
大風の中、状況がわずかに改善して士気が上がる。
子供の獣人が、歯をかたかた言わせながら声をかけてくれる。
「お姉ちゃん、ありがとう。わたしもがんばる!」
「もう少しよ!」
何度かゴーレムを作成し、氷の堤防の範囲を広げていくと、突然、青空が広がる。
「おぉ、やったぞ!」
「助かったぞ!」
「導師様のおかげだ!」
「天気も操るとは!」
そんなわけはない。
昔聞いた話によると、こんなときは、次に逆向きの風が吹き出すはず。
天気を操ったわけではないが、士気を下げるわけには・・・。
「安心してはだめ! まだ水位は高いわ! 川も増水している。このまま海面が高いままでは川の水の行き場がなくなる。今のうちに川の対応をするわよ! 子供は交代で少し休憩をとりなさい! もう少ししたら今とは逆向きの風を吹かせるわ! 水位が下がりきるまでがんばるのよ!」
「「「おぉぉぉぉ」」」
「天候を支配するとは!」
「さすが導師様!」
「こんな大規模な魔法をいとも簡単に!:」
口々に褒めたたえる声が上がる。
「称賛はあとでいいわ! 今は踏ん張りどころよ!」
「「「おぉぉぉぉ」」」
「あなたも、少しやすみなさい」
先ほど、がんばると言ってくれた子供に声をかける。
「い、いえ、導師様のおそばにいます」
「あは、いい子ね」
頭をなでてやる。
ふと気が付くと子供ではなく、コーレムの頭をなでていた。
コーレムの目に当たる部分は、あの村で手に入れた魔石だ。
「こら! アミカ! よくこの状況で妄想に耽れるわね! 集中しなさい!」
ライラが声をかける。
「集中してるわよ。絶対に失敗できないってことを思い出してたのよ」
「ま、いいわ、そろそろ術式がはじまるわよ」
「はーい、ではいってきまーす」
「買い物にでかけるみたいね」
ライラがくすりと笑う。
アミカは一見、軽装に見えるが、実は重装備。
攻撃力が高いわけではないので、一人で城を落とせるとは言えないが、城くらい買えそうなくらい高価な装備をしている。
「時間かな?」
ライラが巨大な魔方陣の外でつぶやく。
千年楠の直下の空間に設けられた直径50メートルはある魔方陣。
静かすぎて、離れていても会話ができる。
周辺で魔力の動きが感じられる。
次の瞬間、魔方陣を含めて一切の魔力が止まったことが感じられる。
この空間には、アミカとライラの魔力しかない。
「巨大魔法障壁が完成したようね」
アミカの空間転移の術式の成功率を上げるために、複数人が全く同一の魔方陣――これは魔水銀で複製された――により、魔力の外からの干渉を途絶する環境を構築する。これが第1段階。
次にエルフたちが、かつて同じ季節、同じ月、同じ星の位置で開かれた、異世界への扉を、異世界へ移った者たちが愛用していた物品にのこる残留思念をも利用し、同じ扉を開くのが第2段階。
そして、ライラが転移の魔法でライラの魔法を送り出すのが第3段階。
「第2段階・・・遅いわね」
アミカが呟くと、どどーんという音が聞こえた。
先ほどアミカが思い出していた音とは違う、現実の音。
もう少し続きます。
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