その2 双子
世界は――ここで言う世界とは、主に人族とそれに近い種族にとっての世界だが――滅びに瀕していた。
後世の歴史家から見れば、人族系種族の緩慢な自殺と評したかもしれない。
つまり、原因は戦争だ。
しかしながら、この戦争の端緒は、魔法の平和利用であった。
冬は雪に閉ざされ、北方は永久凍土が広がるルーシ帝国が開発した、燃える水を魔力に変える超巨大な魔法陣。これが人々の生活を一変させた。
この魔法陣を形成した巨大施設――魔力炉と呼ばれる――の建設が、ルーシ帝国の一大産業となった。
魔力炉を導入した国の人々の暮らしは、御多分にもれず上層部から順に豊かになり、ルーシ帝国は北の古い大国という時代に忘れられた国から、最先端技術を要する豊かな国へ変貌した。
無料同然の燃える水を燃やして作る魔力を、魔力を通しやすい銀の線で遠方に送る技術は、魔力の少ないものでも魔法具の恩恵を受けられることになり、それまで一部の人間しか使ってこなかった魔法具の需要も急増した。
資源が乏しい一方で、魔法具大国であったヒジ国は、魔法具の輸出で強国の仲間入りを果たすことになる。
これが、魔法具の量産化を第1次魔法革命とした場合の、第2次魔法革命と呼ばれるものである。
人々は魔力炉と魔法具による豊かな生活を数百年にわたり満喫した。
ありあまる魔力と魔法具は魔物と魔族の過去のものとし、限定ではあるが平和で安全な領域を確保することができた。
享楽な生活はいつしか敬虔な心を手放し、神々の怒りを買ったのか、言い伝えではこのころまでは回復魔法が使える魔法使いがかなり存在したらしい。今では怪我を瞬時に治すなど絵空事。欠損部位を復活させるのは伝説やおとぎ話と同じ扱いというのに。
回復魔法と引き換えに享楽的な生活を続けていた人々。
そして誰もが頭の片隅では理解していた事実が顕現する。
燃える水の枯渇だ。
いち早く、危機感をもった燃える水の主な産出地であった中央諸国は、協力して燃える水の輸出制限を発表。
燃える水は高騰。
同時に世界的問題とされていた、魔力炉による世界的な気温と海面の上昇、異常気象の発生との関連性を鑑みたルーシ帝国による魔力炉の輸出制限が、魔力政策の世界的な転換点となり、古来、使用されていた術式に改良を加えた龍脈式や地脈式の魔力炉の開発が進展する。
新技術の開発を危惧した中央諸国は、燃える水により莫大な資金を得ていたことが逆に世界にとって不幸な方向に進む。燃える水が枯渇した後のことを考え、他国への侵略という暴挙に出てしまう。
これが第1次魔力炉大戦と呼ばれる世界大戦である。
文字通り十数年にわたった世界各国を巻き込んだ大戦は、世界中にむごたらしい爪跡を残しつつ、いくつかの国を滅ぼし、加えて、人々が忘れかけていた恐怖の存在を思い出すことになる。
魔物と魔族だ。
人族がお互いに殺し合いをして数を減らし、あまつさえ、屍を戦場に放置したままとなるという状態は、魔物に餌を供給することとなり、さらに人々が憎しみの感情をぶつけあるありさまは、恰好の魔族の暗躍の場となった。
正確な統計を持ちえないこの世界の国々でさえ、恐怖に値する被害が頻出することとなる。
結果、明確な勝者も敗者も決まらないまま、ずるずると停戦となる。
他国からの脅威から、魔物や魔族からの脅威にすり替わっただけの世界に、国の存続が危うくなる事例も発生し、人々の生活は混沌の渦の中に叩き込まれる。
新しい方式の魔力炉の成果が芳しくない中で、力を持つのは、燃える水の支配権。
政権交代を余儀なくされた中央諸国の中から、燃える水を売りさえすれば莫大な富を得られるという特殊な世界的状況が、再度、世界大戦の火種を生む。
魔物の被害に苦しむ国々に、利益供与をちらつかせ、味方に引き入れると、新たな資源を求めて、南の果ての氷の大陸にある魔族への戦線布告により、民衆の意識をそらそうと画策する。
氷の大陸へ戦端を開くことが、かつてからの海面上昇に拍車をかける蓋然性が高いとして、沿海部や島部の諸国は猛反発。
氷の大陸への橋頭堡の強引な設置を契機として、一部の過激派が沿海部や島部の諸国の援助を受け、主に中央諸国の魔力炉の破壊工作を開始。
各国の非難合戦を経て、第2次魔力炉大戦が勃発する。
再び十数年にわたる世界大戦は、膨大な技術や資料、文献を戦火の中で失うことになる。
特に中央諸国が膨大な魔力供給を背景として形成したゴーレム軍、その中でも人形使いと呼ばれるゴーレム使い達が通った後は、焦土と化していた。
巨大なものになると十メートルを超える大きさのゴーレムは、各戦地に派遣され、恐怖を知らない、食料も取らない、優秀な兵士として活躍した。膨大な魔力なしでは動かないゴーレムは、戦後から相当の年月を経た今でも、未だに世界各地に放置されている。
氷の大陸と沿岸及び島諸国軍との2面戦争を強いられ、消耗戦に疲弊していった中央諸国は、魔力炉の破壊や魔力の供給ラインである大銀線の切断という、ゲリラ的な戦法に悩まされ、最終的には氷の大陸での大規模戦闘による氷の消失が、海面上昇に拍車をかけ、もともと燃える水の産出や輸出のために、海岸線に都市が集中していた中央諸国にとどめを刺すことになる。
中央諸国の主戦派の国々が水没し、海面のさらなる上昇により、戦争どころでなくなり、なし崩し的に停戦となる。
束の間の平和とも呼べるかもしれないが、魔物や魔族に加え、海面の上昇は人々の生活にさらなる圧力をかけていった。
こういった中で、魔力炉悪人説が流布する。
つまり、魔力炉の開発そのものが悪であったと。
魔力炉がなければ戦争は起きなかったと。
魔力炉がなければ魔物が来なかったと。
魔力炉がなければ海面は上昇しなかったと。
魔力炉がなければ土地を失わなかったと。
魔力炉がなければもっと豊かだったはずだと。
戦争や魔物、海面上昇により、魔力炉の製造だけでなく、運用、メンテナンス、修理も失われつつあった中で、人々の生活を守るべく、必死で魔力炉を守ってきた技術者達が、なぜか批判にさらされる。
しかしながら、魔力炉のない生活に戻れるわけではない。
むしろ海面上昇による脅威を防ぐためにも必須の動力源でもあった。
嫌気がさした優秀な技術者が一人、二人と消えていく中で、魔力炉開発国であるルーシ帝国と、魔道具に用いる魔道回路に精通しているシガ国の踏ん張りで、綱渡り的に運用がなされる。人々の生活水準は低下しながらも、数世代にわたり、何とか命脈を繋ぐ中で事件が起こる。
魔力炉の維持・運用には特殊な魔法技術が必要になる。
それは魔法陣を読み取り、理解し、そして改変すること。
動いている魔法陣を後で手を加えることはできないのが理。
その理から外れ、魔法陣の改変可能な特殊技能を持つ血族。
その一族が、弟子や関係者を含めて忽然と姿を消したのだ。
魔法の特性が血のつながった者の中で、強く顕現するのが常識。
特に得意魔法ではその傾向が如実に表れる。
一族ごといなくなるのは世界的な大問題となった。
公式には反魔力炉派であり、戦時中に魔力炉を破壊するために、沿岸及び島諸国から支援を受けていた集団が、戦後も活動を続けている組織である「停止者」あるいは「ストッパーズ」の犯行とされた。
「実は、ルーシ帝国の技術者と、シガ国の技術者の国境を越えた、愛の逃避行が発端だなんて、ロマンチックだけど、はた迷惑よね~」
「よりによって、平行世界に渡るなんで、派手だよね」
そっくりな2人の獣人が手持無沙汰に、国家級機密事項を雑談で漏えいしている。
漏えいといっても、2人以外には部屋の中には誰もいない。
もっとも、今、世界で一番警備が厳重なこの一帯に間者が入り込んでいるとは考えにくい。
魔法によるのぞき見も不可能なはずだ。
「献身的に働いても認められない世界、許されない愛、そして有り余る技術。これじゃ、この世界を見限っても仕方ないよね~」
「魔力炉をがんばって維持してくれる人を侮蔑するなんて、獲物を仕留め、捌き、肉として提供してくれる者に唾を吐きかける行為と同じ。我が国の獣人なら、そのような行為は決してしないよね」
足をぷらぷらさせたりしながら話をするアミカに対し、誰も見ていなくても姿勢を正しているライラ。
双子だが性格も仕草も異なるようだ。
「あ、そういえば、うちの国に魔力炉のメンテナンスにくるのは人気が高いって聞いたことがあるよ~」
「へぇ、そうなんだ。なんかうれしいね」
獅子王が入室する。
スイッチが入ったように姿勢を正して立ち上がるアミカと、姿勢がよいまま立ち上がるライラ。
二人が一礼すると、獅子王に続き、ぞろぞろと人が続く。
昨日の会議に出ていた面々だ。
その中でも長髪を編み込んだ複雑な髪形をした厳つい顔の男――ソウ国王カゲンがさっそく、二人の前に出てくる。ソウ国では高位になるほど複雑な髪型をする風習があり、貴族・王族だけでなく、国民の多くが長髪であり、それを結い上げている。編み方にも作法があり、髪を飾るものはその材質に至るまで身分や役職、出身地等によって複雑に決められている。
「獅子王よ、紹介してくだされ! この双子がドルイドマスターで間違いないのだな」
「焦るなカゲン殿、獅子王が困っておる」
「う、うむ」
アウレ評議会極東ドワーク組合長ギムリが制す。
獅子王がこのやり取りに微笑んだのは錯覚か。
立ち並ぶ重鎮へと向きを変えると獅子王が語る。
「この双子が、ボラルダ家の双猫のドルイドマスター、ライラとアミカだ。御挨拶を」
「ライラ・ボラルダです」
「アミカ・ボラルダです」
「今回の術式では、似通った部分が多い空間魔法に造詣が深いライラが術者となり、渡界先での対応力に優れているアミカが渡界者となる。緊急時の魔力の受け渡しが双子の間で可能なこと。そして、御存じの魔眼――本当は魔眼ではないのだが――その能力も鑑みて選出されたものと承っておる」
カゲンが前に出る。
「ぜ、ぜひ、見せてもらえないだろうか!」
「カゲン殿!」
再びカゲンを制すのはギムリ。
「本来なら、秘匿されるべき情報ではあろうが、各国の魔法陣や物品の提供の対価として、お見せしよう。ライラ、アミカ」
「「はい!」」
二人が返事をして1歩下がる。
「「これより魔法を行使します、御許可を」」
頷く重鎮の面々。
「「では」」
双子の目が片方だけ金色に輝きだす。
ライラは左目が、アミカは右目が。
ライラが続ける。
「おそらくは、母の腹の中で入れ違ったのではないかと思います。私が左目で見た景色を、アミカは右目で。アミカが右目で見た景色を、私は左目で見ることができます」
ライラがここまで話すと、アミカが後ろを向く。
ライラが続ける。
「獅子王さま。恐縮ですが」
「わかっておる」
獅子王が指を3本出す。
「3」
向こうを向いており、見えるはずのないアミカが答える。
獅子王が指を5本出す。
「5」
再び向こうを向いており、見えるはずのないアミカが答える。
「「「おぉぉぉぉぉぉぉ」」」
ここに至って理解したのか声が上がる。
「どこまでも離れていても見ることができるのですか?」
キラキラ光るドレスを着た、耳がとがった美女――エルフが質問をする。
「同じ建物くらいなら、なんとか」
「絵なら?」
質問を続けるエルフにライラが微笑んで答える。
「止まった絵をじっと見つめるということならば、同じ街の中くらいは確実に。そして魔力を込めれば同じ国の中くらいなら届いたことがあります。距離が離れれば、絶対ではありません」
「なるほど」
決まったパターンのデモンストレーションと想定通りの問答。
特殊な能力のすべてを開示できわけではないが、相手に納得できる程度には知らせる必要があるために何度も繰り返されてきた演出を続ける。
「というわけで、皆さんが噂されているような特殊な能力ではないが、何らかの形で連絡をとることができる可能性がある能力でもある。ご理解願いたい」
「も、もう少し質問を」
「失礼します」
カゲンの質問の途中で入室がある。
カゲンが場の雰囲気から口を閉ざす。
「大変申し訳ありませんが、予定時刻が迫っております。龍青水晶等の物品の説明が控えております。お急ぎ願います」
いかにも高位の魔法使いと思われる人間が有無を言わせぬ雰囲気で口上を述べると、後ろを振り返り、後続を促す。
いくつもの物品が丁寧に運び込まれていく。
さすがに場の緊張感が高まる。
大好きなレアな魔法具を前にして、ついついにやけてしまう、アミカのほっぺを除いて。
もう少し続きます
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