ハルキ、はじめての食事
フェニックスは歩きながらテキパキと指示を出す。
「クロミン、ケモミンズに腕輪で一斉送信。ベアを捜して姫の部屋へ呼ぶよう指示して」
「了解ですよーん」
クロミンはすぐに腕輪に話しかけはじめる。
「ホークは、晩御飯の件をオウルに伝えてくれない。新人が来たときは、みんなで歓迎会をすることにしてたから、もう準備に入ってると思うの。お願い! オウルの機嫌を損なわないように説得して」
「お、おう、任せろ」
ホークは急ぐためだろうか、吹き抜けを飛び降りた。
「こら、急ぐからって、城内でその魔法は……もぉ、まぁいいか」
フェニックスは、姫の部屋の前に立って、ノックする。
「どうぞー」
カチャリとドアをあける。ブンブンと小さな羽音がする。姫の部屋の一角に、蜂蜜を取るためにミツバチを飼う小部屋が併設されているためだ。ミツバチを飼うのは姫の趣味の一つ。
「姫、お呼びで」
姫はごそごそ何かを探していた。姫の部屋は、一般に言うお姫様の部屋ではなかった。所狭しとテーブルや棚がおかれ、その上や中に雑多な書類や器具が数多く設置されている。シンデレラの衣装ではなく、魔女の衣装の方がしっくりくるような部屋であった。
「うーんと、日本語で書いたやつで、何か書き物……、これかな……、ねぇ、これなんかどうかな」
「え、いきなり何ですか?」
姫が差し出したノートを受け取り、中を確認する。どうやら魔法の基本的な考え方をまとめたものである。魔法の授業のカリキュラムを作ったときの基礎資料の様だ。
「こんなものがあったんですね」
「えっと、本はないから、これならどうかなって」
「モエミちゃんが見たがってた魔法についての本ですか。これって、魔法についての基本的な考え方とカリキュラムの基礎になってるって感じのものですね? ……。なんとも言い難いんですが、まぁ、いいんじゃないですか」
姫は嬉しそうにほほえむ。
「そう? じゃあ、クロミンいる?」
「はい、おりますよーん」
ひょこりとフェニックスの後ろから顔を出す。
「これを、モエミちゃんにもっていって」
「はーいですよーん」
クロミンは出ていく。
「じゃあ、座ってー」
「はい」
フェニックスは椅子にすわる。姫はドアが閉まったことを確認する。
「ねぇ、モエミちゃん、どう思う」
「落ち着きすぎですね」
「変よね。じゅんおうせいとか高すぎよね」
「順応性です」
「そう、それ。順応性高すぎよね」
「そうですね。早くもこの状況に馴染んでますね」
「あれかな、特殊な本の読みすぎってやつかな?」
「特殊な本……ラノベですか」
「そう、それ。いいんだけど、クロウ君みたいになるとちょっと困るのよね。「我が右目が」とか」
「そうですねぇ」
「あの魔力量! 脱出に役立つような得意分野だったらいいね! しっかり育てるのよ! 頼むわよ」
姫が力いっぱい訴える。
「そ、そうですね」
「それと田沼さんは、しっかりフォローしてね。植物好きそうだし。おいしい作物作ってくれそうだからね」
「もちろんです。しっかりフェローします」
二人が話をしていると、ノックが聞こえた。姫が許可を出すと、ベアが入ってきた。
「一応、見てたんだけど、ベア君、落下の様子を詳しく」
「うーんとはい。落ちてくる時に、突然ゆっくりになりましたね。モエミちゃんはそのままゆっくりとしたスピードで着地。
弟君もゆっくりと降りてきましたが、どちらかというと落ちるととうか滑るという感じでしたね。なんというかハンググライダーか、紙飛行機の様でしたね。最後は残念ながら、墜落しましたが、高度が低かったため、怪我をしておりませんね。二人とも、追い詰められたためなのかどうかわかりませんが、無意識で魔法を使ったような感じじゃないですかね。もちろん見た目だけで、難しいことはわかりませんがね」
「無意識による魔法発動……」
フェニックスが言葉を受けて絶句する。経験したことのないケース。
「もしかして、あの子、……なんとかざいじゃない」
「……逸材ですか?」
「そう、それ。逸材? それに……一つの石で2匹のウサギをゲットするという」
「それは違います。ウサギではなく、鳥です。一石二鳥ではないですか。鳥とかいて「ちょう」と読みます。ウサギだと両方にげられちゃいます。一石二鳥です」
「そう、それ」
姫はほほえんだ。
「一石二鳥よ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
ノックの音とともに、姉ちゃんは我に返ったようである。
「どうぞー」
チャウサを開放すると、チャウサがふらふらとドアをあける。クロミンが紙を持って立っている。
「姫からこれを預かりました」
「ありがとう」
早くも姉ちゃんは営業モードだ。もちろん、何事もなかったかのようにふるまっている。
姉ちゃんは、美人でスタイルがいいらしい。毎日見ているのでよくわからないが、よくそういう話になる。成績もよい。常に学年上位で、直近のテストでは学年1位だったらしい。運動もそこそこできる。水泳部で、一応、市内の大会では入賞圏内にいるらしい。
でも、内緒だが、実はアニメと漫画とラノベとゲームとモフモフが大好きである。スケートのアニメに出てきた犬のぬいぐるみを父親が買って帰ったときには、狂喜乱舞し、半日は人格崩壊しながら、モフモフしていた。学校で「オタバレ」すると人生が終わるらしく、ごく限られた友人以外――もちろん同様の嗜好がある友人――絶対にばれないように努力しているようだ。父親も知っているようだが「腐ってなければいい」と言っていた。何のことだろう。
「あの、よろしければ、楽な格好に着替えられませんか?」
チャウサが、クローゼットから、服のようなものを出してくる。大きな布の中央部に首を出す穴をあけたやつ、要するにみんなが着ているやつだ。
「みなさん、帰れるようになった時のために、この世界に来られた時の服は大事にとってらっしゃるんです」
「あの、お姫様や王子様みたいな服は?」
モエミが疑問を呈する。
「あれは、魔法で一時的にそのように見えるようにしているだけです。いつもフェニックスさんが魔法をかけています。時間が経過したら、元に戻ります」
「じゃあ、これは」
「これは、落下してくるものから、加工して……もちろん魔法で加工することもありますが、作っているものです」
「落下……。魔法で服ぐらい作れないの?」
「材料があればできるそうですが、なかなか面倒くさいそうです。スワンさんは買えれば買った方がいいのにとおっしゃってました」
「材料……。何もないところから、服はできないのよね」
「さぁ、私にはわかりませんが、すごい魔力とかがいるんじゃないんでしょうか。服の作成に関しては、スワンさんか、ベアさんにお尋ねいただいたほうが確実です」
チャウサが申し訳なさそうに、モエミに言う。
(そういえば、バスケで汗をかいたままだった)
「僕は、着替える」
ハルキが服を脱ぎちらかしだすと、モエミも服を取る。姉も着替える様だ。
「洗っておきますね」
チャウサが2人の着替えを持って部屋を出ると、次の来客があった。
「失礼する。ハルキ、魔法を使いたいって言ってたよな。早速もってきたぞ。やってみないか」
ホークが板を抱えてきた。大きさは縦30センチ、横50センチくらい。短いほうの一辺に、銀色で幾何学模様のような小さな図形、おそらくは魔法陣が書いてあり、反対側の辺、小さい図形から約30センチ先に、直径10センチくらいの円が書いてある。
ホークが板をテーブルにセットすると、ポケットから、羽毛と紙片と小石を取り出す。
「明日、きちんと習うだろうが、この魔法陣は、そっちの丸の中にあるものを10センチだけ上に移動させるという練習用の魔法陣だ。ここに羽毛を置いて、魔法陣に手を置き、力を込めると……」
ふわっと羽毛が10センチ浮いて、ふわふわと落ちる。
「ということだ」
「おー! スゲッ!」
「やるか?」
「やるやる! やります!」
今度はハルキが魔法陣に手を置き、思いっきり力を込める。
「えい!」
「あ、すまん、力を込めるとはその力ではなくて、魔法の力、魔力を込めるということだ」
「ま、魔力……?!」
「魔力……そうだな、気持だ。気持ちを込めろ。動けという気持ち。動くのが当たり前だという気持ち。動いて当然だという気持ち」
「はい! 動け! 動け! 動け! 動け!」
「ははは、すぐには無理だろう、とりあえず練習してみろ。羽毛ができれば紙、そして小石と重くしていけばいい。まぁ、明日、もう一度説明があると思うが」
「わかりました! やってみます!」
「ものすごく前向きだな。いいことだ。では、まだ用事があるのでこれで失礼する。夕食時には、誰か迎えがくると思うから、それまでやってみるといい」
ホークは部屋から出て行こうとするのをモエミは引き留める。
「あの、弟にいろいろと、ありがとうございます。ちょっとだけいいですか」
「あ、え、いいですよ」
美人に引き留められて否はない。
「最初の歓迎セレモニーのときは、なんだか皆さん不機嫌そうで、あまり歓迎されてないのかと思っちゃいましたけど、実際、どうなんでしょう」
モエミが気にしていること口にすると、ホークは辺りを確認した後、すまなそうに答えた。
「実は、この服、フェニックスの強制なんだ。みんな、こういう服を着るのが嫌なのに、無理やりなんだ。王子様風とか、貴族風とか、魔法使い風とか……。それで、ちょっといざこざがあったあとだからね。不機嫌そうな人がいたのはそういう理由がほとんどだと思う。
もっとも、2人の潜在魔力量はすごいから、将来的なことを考えて、自分が不安になった者もいるかもしれない。実は、男女の上位5人に入ると、個室がもらえるんだ。君たちが来たことによって、久しぶりに順位に変動があるかもしれないのは確かだからね。僕としては、この地位を脅かすくらい二人が成長してくれるのを楽しみにしているよ。
不安にさせて申し訳ない。大丈夫。基本的には新しい3人をみんな歓迎しているよ」
「あーっと、はい。ありがとうございます」
いきなりの情報量に、咄嗟になんと回答したらいいかわからなくなり口ごもるモエミ。
「ま、とにかく、大歓迎だよ。では、後でね」
ホークは退室した。
「うーん、一枚岩じゃないってことかな」
モエミは、つぶやきながら、もらった書類を真剣に見だす。
「やらないなら、俺が使うよ」
(姉ちゃん興味ないのかな。俺は絶対に魔法をものにしてやる!)
魔法の板を前にハルキのやる気スイッチは、久しぶりにオンに入った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法の初級セットと格闘していたハルキがなぜかへとへとになり、書類を読むのを中断したモエミも、ハルキの次に初級セットと格闘し、同じくへとへとになったころ、チャウサが部屋にやってきた。
「夕食でーす」
「え、早くない!?」
モエミが言う。確かにまだ明るい。
「……。あの、電気がないので、明るくなったら朝で、朝ごはん、そして暗くなる前に夕ご飯を食べるのです」
「なるほどねー。何か健康的。魔法でパーッと明るくならないの?」
「できなくないですが疲れます」
「疲れる……そりゃそうね」
(あんまり魔法って便利じゃないのかな)
ハルキはさっきの服の話や明かりの話を聞いて思った。
「じゃ、いこうか」
モエミはあっさり引き下がった。
ドアから出ると、田沼とスパローとクロウサが出てくるところだった。連れだって5階へ。
「いつも5階でご飯を食べるんですか」
ハルキが尋ねると、チャウサが、
「いつもは1階で食べるんですけど、今日は特別なんです。5階は屋上へ行く時に廊下を通るだけで、5階の部屋へは入ったらいけません。実験室や大事なものが置いてありますので。あと3階の姫の授業準備室も、基本的に立ち入り禁止ですのでお気を付けください」
「はーい。了解でーす」
みんなで階段を上がる。
5階が最上階であり、吹き抜けに生えている木のてっぺんと視点が同じになる。5階の天井はガラス張りである。尖塔の水晶が近い。5階にはいくつか部屋があるようである。
階段から上がってすぐに、大きなテーブルが置いてあるオープンスペース、そして奥にドアが3つ。オープンスペースを囲むように檻があり、そこに動物が放し飼いにされている。ライオンやジャガーのような肉食獣と、ゾウやカバが同じ檻に入っている。
「え、動物園!?」
動物園というほど多くの種類の生き物がいるわけではない。10匹程度。しかし、動物園にしかいなさそうな動物がいる。もっというと、動物園にすらいなさそうな生き物も。
「ユニコーン!? ペガサス!?」
モエミも思わず声を出す。
「うぉ、すげっ」
ハルキは走って檻に近づく。モエミも後に続く。
(え、でも小さくない!?)
魔法の動物なのだろうか、本来の大きさでないと思われる動物が多い。
「子供なんですか? だっこしちゃだめですか? モフモフですか?」
モエミのモフモフ病が発症する。
「だーめ! 晩御飯よ! みなさん、席についてねー」
フェニックスがきっちり言う。料理のいい匂いがする。
(しまった、もうみんな来てるんだ)
もちろん姫がお誕生日席。姫の右手側がモエミ、田沼、以下は女の子組。左手側がハルキと男の子組という席配置で、フェニックスの司会のもと、14人で夕食が開始された。
「さて、自己紹介がまだの人はお願いねー、えーっとオウルから」
「オウル。振動系魔法。台所担当。よろ」
ハルキがさっき「眼鏡」と思った子だ。無口系なのか。
「……。はい次」
(今のでいいのか!? それにしても振動系ってなんだ!?)
「白鳥です。あ、スワンって呼んでくれないと、フェニックスに怒られるから気を付けてね。主に服飾……衣食住関連の魔法が得意です」
さきほど「お姉さん」と思った人物。きちんとした人のような印象を受ける。
(あ……このちょっと恥ずかしいネーミングはフェニックスさんの趣味なんだ……)
次は「怖い」人だ。
「九条。得意魔法は秘密」
「ピーコックさん。ちゃんとしようか」
「島袋はよくて、あたしはダメなのかよ!」
「ピーコックさん」
「……。ちっ、わかったよ。ピーコックだ。得意魔法は……今後のことを考えるとやっぱり秘密だ」
「……わかりました。ではスパローはさっきしたので、男子お願い」
(うわー、仲悪いのかな、フェニックスさんとピーコックさん)
「タイガーだ。土魔法が得意だ」
「超でかい人」である。背も高く、横幅もある。魔法なんか使わなくても強そうだ。
「我が名はクロウ。火の魔法使いなのである。我に挑むつもりなら、研鑽を積むがよい」
椅子の上に立ち上がってポーズを決めながら宣言する。やっぱり「ヤバい」人だった。誰も止めないのはなぜだろう。
「あー、名前はウルフだ。水魔法つっか、水関係が得意だ。水鉄砲とか水の盾とか泥沼とか……。ま、教えてほしかったら言えよー」
「鬱陶しい」と思ったが、いい人らしい。
「これで全員、自己紹介? 名乗ったわね。それでは、姫、はじめますね。では、いただきます」
「いただきます」
(いただきますか……日本だなぁ)
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ごめんねー、肉と塩は手に入りにくいのよ」
姫がハルキにあやまる。
「さっき、砂糖も貴重だと……」
「砂糖はいいの。蜂蜜があるから」
「いえいえ、ここはサトウキビかサトウダイコンを育てる方向で……」
姫の回答に、フェニックスが希望を伝えると、あちらこちらで議論がはじまる。
「砂糖より肉だろ、肉」
「生クリームでケーキを……・」
「魚が食いたい。魚を養殖して……」
「砂糖がもっとあればお菓子を……」
サラダの上にのせられたカリカリに焼いたベーコン。大根と一緒に和えられているのはゆでた豚肉。棒棒鶏。そしてビーフシチューなどなど。確かに、ステーキ、とんかつといった肉そのものがメインの料理がないものの、それなりに肉は使っている……いや、若干、肉の量は控えめか。鶏肉をつかった料理が多い気がする。
「肉、ちゃんと入ってますよ」
フォローのつもりでハルキが言う。
「うむ、今日は、ちょっと特別だからな」
ホークがハルキに説明した。
(肉がきらいな姉ちゃんにはぴったりの世界だな。)
とハルキは思った。
まわりを見回すと、動物たちがこっちを見ている。仔馬なので無理だろうが、ペガサスに乗ったら空を飛べるのだろうか。
姫の後ろのコーレムもちょっと気になるが、ロボットというより人形だな。
食事は確保できるようだ。雨露を凌げる場所もある。異世界転生初日としては、できすぎの方だろう。
これなら安心して魔法の勉強ができそうだ。
「あ、そうだ、えっと、この階のルールを言うのを忘れてたー」
姫が立ち上がる。そしてちょっと真面目な顔をした。
「夕食会以外でのこの階の立ち入りは基本的に禁止。屋上に上がるときに通路は使ってよいわ。特別な実験道具や材料が使いたいときは、私に相談。そして……」
ちょっと今度は怖い顔になる。ペガサスに乗ってみたいと思ったのがばれたのだろうか、ハルキの目を見ていう。
「動物は絶対に触っちゃだめ」
初めて投稿しております。
まだ、使い方も手探り状態ですが、よろしくお願いします。
ブックマークもありがとうございます
章だてができることをようやく理解できました。
章を作るためにタイトルを修正しました
タイトルのみ改定しておりま