モエミ、ちょっと調子にのる
「おぉ!」
「でか!」
直径1メートルくらいの、人が上に乗れそうなサイズの巨大なピカピカのリンゴが出現した。受け取る予定の白猫の獣人はパニック。一番、姫側に立っていた男の子が、慌てて助けに入る。会場はざわつく。
「すごーい! 事象改変力が強いね。 魔力量は、今までで絶対に一番ですわねー! これは入れ替えかなー? うふふ。」
「さぁ、姫から爆弾発言がありました。「魔力量が多いのは正義」ですか!? では、姫、最後に一言お願いします。」
「えっと、種が反応したってことは、3人とも魔法の素養があるってことです。すばらしいです。えっと、毎回、言っていますが、一口に魔法といっても得意、不得意があります。数学が得意な子がいれば、漢字を覚えるのが得意な子、絵をかくのが上手な子がいれば、走るのが速い子。今日来た3人だけでなく、まだ得意が見つかっていない子たちはしっかり得意な魔法を捜しましょう。とりあえずは、好きと思える魔法を伸ばすのがいいと思います。えっと、あと、さっき、3人にはちょっと余計なことも言ったかもしれないけど、気にしないでね。あくまで傾向ですから。では、みなさん、えっと、好きこそ……あれです、えっと」
「好きこそものの上手なれ。」
横でフェニックスが小声で助け舟を出す。
「そう、それ! 好きこそものの上手なれ! なのよー!」
「はーい、では恒例のセレモニーはこれで終了しまーす。それでは解散でーす。」
いきなりハイテンション司会から解散宣言が行われる。新人3人はもみくちゃにされながら、あれこれ話しかけられる。
営業スマイルのモエミ。ハルキが小声でモエミに話かける。
「絶対、つかみはこれでOKだとか思ってるよね!?」
ステージの上でみんなの注目を集めている3人。特にモエミの巨大なリンゴに注目が集まるのは仕方がない。
「すごいねー」
「期待の新人だねー」
「今までで一番じゃない?」
「中学生?」
「何年?」
などと言われ、モエミは適当に相槌をうちながら、心の中で汗をかいていた。
(あちゃー、ちょっと目立ちすぎたかなー。大きくなーれって念じたら、あんなに大きくなるんだもの……。自分でもびっくりだけど、やっぱり天才!? てへぺろ!)
「はいはーい、新人さんは来たばかり。魔法の国について、いろいろ聞きたいこともあると思うので、とりあえず私が貸し切りにしまーす。皆さん遠慮してー。ホークとスパローはついてきてー。」
司会の女の子が新人3人をさらっていく。ホークと呼ばれた男の子は、大きなリンゴを横に置いて、司会の子に従う姿勢を見せる。スパローと呼ばれた壇上の並びで端っこだった女の子は「あたし? え、あたし?」と戸惑いながら、近寄ってきた。
「あたしは、フェニックス、女の子組のリーダー。階段しかなくて申し訳ないけど、4階にあがるよー。」
にぱっと笑いながらも堂々と宣言すると、ついてくるのが当然とばかり、シンデレラの衣装を翻して歩き出す。
スパローはそれについて行きながら、
「フェニックスさん、衣装、元に戻していただけませんか? さすがにこれは……」
とお願いする。それを聞いたホークも
「あ、あの、俺のも、元に……」
「えー、ホーク、かっこいいのに、いいじゃん。」
「そ、そうか、かっこいいか。じゃ、いいか。」
「あたしは!?」
「……。大丈夫、そのうち魔法が切れるよ。」
「えー。動きにくいですー。」
6人の後ろから、姫もついていく。姫の後ろから小さな木の人形がドレスが引っかからないように持ちながらついてくる。ハルキはそれが気になっているようである。しきりに後ろを見ていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
城の内側は大きな吹き抜けとなっており、城のほぼ全ての階を貫いている。内側の壁にそって部屋が配置してあり、基本的には、ほぼすべてがオープンスペースに見える。中心にはとても大きな木が生えており、幹の太さもすごいが、高さも天井にとどきそうである。城の外側は石づくりに見えたが、内側からみると、すべて木でできているように見える。はるか高く上にある天井はガラスかなにか透明なものでできており、外の光を取り込んでいる。
(フェニックスさんは4階へと言っていたけど、まだ上がありそうね。)
各階は階段で接続されているが、最初からきちんと設計されてつくられたのではなく、建て増しを繰り返して作られようで、主に使われると思われる大きな階段の他にも、小さな階段や梯子、中階のようなスペースが雑多に配置されており、鬼ごっこや忍者ごっことすると楽しそうである。
(建て増しにしては、全体的な統一感があるわね。)
素材に統一感があり、無計画な建築物には見えない。まるで一つの木からすべてをつくりだしたような見事な造りである。モエミの違和感は消えない。
室内であるにもかかわらず滑り台もあり、上から下の階へはスカートでなければ、楽勝そうである。とても建物の中にあるとは思えない。巨大なアスレチックの様である。大まかに階を数えると5階までありそうだ。
階段をのぼっていくと、下の階がよく見える。子供たちが解散して、散らばっていく。
1階は、オープンテラスのようになっている。なぜか不可思議なことに、たくさんの着ぐるみが架けてあるスペースがある。
2階は、居住スペースなのか、カーテンの間から2段ベットが見える。一部区切られているのは女の子向けだろうか。勉強スペースのようなところには、図書館でみるような間仕切りのある机もある。勉強か読書用だろう。
3階の天井は高い。どうやら教室になっている。その中の1つはとても日本風の見慣れた教室だ。映画であった外国の魔法学校とは全く違う。本もある。
(魔法の本かな! み、見たい!)
モエミは本が大好きである。もちろんマンガもラノベも大好きである。
4階になると、中央の木も細くなってきた。個室の階なのであろうか、ドアがたくさんある。ちょっとした高級ホテルのようだ。城の外側へ続く通路が見える。その開口部から外に案内される。通路は巨大なテラスに続いていた。
「はーい。座って~。 質問タイムだよ~。」
フェニックスが言い放つ。
(おいおいおい、質問の前に説明でしょ? 召喚したほうが説明しないと、こっちは何にもわかんないに決まってる。何を質問したらよいかもわかんないわよ!)
姫も含めて7人が、テラスに座る。テラスの広さはとても広く、この倍の人数が余裕で座れそうである。テラスの端のほうに、何も植えられていない花壇や、水がためられた水槽などが複数、無造作に設置してある。
「あの~、何を質問していいかも分からないんですけど……。」
と、モエミは言ってみた。これで説明がなされるだろう。
「それもそうねー、じゃあ、あらためまして、私が女の子組のリーダーのフェニックス。得意魔法はその名の通り火よ。よろしくね。」
フェニックスが今、気が付いたという顔で自己紹介をした。
(日本人顔なのにフェニックスって何? さっきの女の子組5人の中では一番年下に見えるけど、リーダーなんだ。)
若干ブラックモードのモエミは顔に出さないように苦労していた。
「うむ、ホークだ。男子のほうのリーダーだ。魔法はある程度なんでもこなすが、強いていうと自分を強化するのを好む。」
「スパローですぅ。土とか、植物にかかわるような魔法が得意な気がしてますぅ。」
姫を除く3人が自己紹介すると、そこにさっきのステージで新人3人の傍らにいた獣人たちがお盆にティーセットを持ってやってくる。
「ちょっと一服しながら話しましょう。砂糖は貴重品なのであれだけど、蜂蜜はたくさんあるから代わりにつかってねー。」
カップ、ソーサー、スプーンとともに、蜂蜜が入っている容器がおかれる。名前は知らないが、蜂蜜をすくうための特殊なやつもある。
(蜂蜜……。うふ。甘くしてやろう……)
全員が沈黙したままカップに口をつける。気まずいような、気まずくないような微妙な気配が支配する。
「あの、カモミールですね。」
田沼がうれしそうに確認する。
(田沼さん、名前がわかるとかよっぽどだけど、それにしても現金ね、落ち着いちゃったみたい。)
田沼が落ち着いたのを見て取ったのか、フェニックスが話し始める。
「魔法の国へようこそと言っても、この魔法学校しかないんだけどね。」
(え?!)
モエミが今さら気づく。ここは4階のベランダであり、かなり高い位置から見渡す格好になる。もちろん、この城より高い建築物は存在しない。先ほどの巨大な蜘蛛の巣とその周辺の畑と小屋を除けば、林と草原、沼地、小さな湖くらいしかない。そして、すべての方向に巨大な白い壁がそびえてっている。思わず立ち上がって、辺りを見回す。
「あれは壁ですか。向こう側はどうなってるんですか。」
モエミが尋ねると、
「モエミさん。冷静ですねぇ。ええっと、あれは壁です。向こう側はわかりません。穴があけられないんです。」
とフェニックスが答える。
「あの、帰れるんでしょうか?」
おずおずと田沼が尋ねる。
「多分、帰れます。」
フェニックスの即答にすぐさまモエミは食いつく。
「多分?」
「そう、多分です。」
とフェニックスは苦笑する。
「魔法で飛んで帰るとかではないんですか?」
モエミが上を指さしながら尋ねる。飛ぶ魔法を覚えて、飛んで帰るというのが、一番近道と想定していたからだ。
「飛ぶ魔法は難しい上に、とても消耗が激しくて、天井まで届かないんですよねー。」
「では、あの壁の柱を伝って上るとかは?」
「あれは柱じゃなくて、蔦みたいなものです。正確に測る方法はないけど、ここから壁まで5キロメートルくらい。そしてそこからおそらく同じくらいの長さで垂直に立っているの。5キロメートルを垂直に登れる? 富士山より高いわよ。おまけに天井あたりは……。」
「……。では、多分というのは?」
「突然、いなくなるの。」
「いなくなる!?」
「そう、いなくなるの。」
3人は絶句する。
「みんなでね、もし帰れたら、どうやって帰ったかを、ここに連絡しようっていうことにしてるんだけど、今のところ、いなくなった人から連絡はないし、こちらから連絡を取る方法がないから、よくわかんないの。本当に帰ったどうかを確かめようがなくて。でも、実際に帰ったと思われる人は何人もるの。実は、私も置いてけぼりの一人なのよねー。」
「えっと、さっそく明日から魔法をお教えしますが、魔法の基本は強く願うこと。帰りたいと思っていれば必ず帰れます。」
姫が話を引き継いで強く宣言する。
フェニックスが腕に力を込めて立ち上がる。
「あなたたちもそうだと思うけど、ここにいる全員、突然、ここにきちゃったの。そう突然。推測だけど、多分帰るときも突然じゃないかと思ってるの。正直に言うと、帰る方法は確定してない。でも私統計としては、強く帰りたいと思っている人、そして魔法の力が強い人、そういう人が、突然、帰れるような、帰らされてるような気がするの。」
(私統計って何よ)
軽く心の中でフェニックスに突っ込みつつ、モエミは考える。ようするに魔法を学べということだなと。
「だから、一緒に魔法を覚えましょう!」
「……そうですね、とりあえず他に選べる手段もないようですし、がんばります!」
モエミは追随しておくことにした。本当は、魔法よりもやりたいことが他にあるのだが。
「あの、あれは何ですか?」
ハルキは姫のドレスの端っこを持っている木の人形をみたいなものを指さす。
「えっと、これは木のゴーレムのコーレムちゃん。魔法で動く人形だよ。」
「おぉ、ロボットみたい。」
「ちょっと難しい魔法だけど、がんばれば作れるようになるかも。でも、最初は初心者の魔法からだよ。」
「本当に作れるようになるんですか? すっげー作ってみたいです。あの、では、初心者の魔法が見たいです!」
ハルキは意を決したように言うと、今まで黙って座っていたホークが、にやりと笑い、花壇に近づく。ホークが花壇の土に手をあて、
『サンド・ウォール』
と唱えると、花壇から縦横1メートル、厚さ2~3センチくらいの砂の壁が立ち上がる。どうやら花壇としての用途で置いてあるのではなく、中に砂が入っている単なる容器だったようだ。魔法の練習で使うために置いていたのだろうか。
「おぉぉぉぉ!」
ハルキが驚く。ホークは、そこから少し離れた水槽に近寄ると、続いて、
『アイス・バレット』
と唱える。すると、前に突き出された手の前に、キラキラした幾何学模様の何かが現れた。すると水槽から幾ばくか水が空中へと吸い上げられ、固められ、そのまま、先ほどの砂の壁にとんでいく。砂の壁に穴が空く。
「すげぇ! も、もう1回。」
ハルキ大興奮。ホークはまたニヤリとする。
(なるほどこういうことか。ハルキは陥落ね。しかし、準備がいいわ。最初から計算しているのね。)
モエミは、はしゃぐハルキを見ながら、冷静に思った。
「それでは続けて、私の土魔法を……」
と立ち上がりかけたスパローを、慌ててフェニックスが止める。フェニックスはスパローの耳元で、何かをささやく。
「このカモミール、私が育てたんですぅ。」
とスパローが田沼に話しかけた。
「あ、あの、そうなんですか。ステキですね。」
「そうなの、あそこに畑が見えるでしょう? あそこで、カモミールと……」
(すごい、田沼さん陥落。)
モエミはニコニコ笑いながら近寄ってくるフェニックスを見ながら思った。ここは先手を。
「あの、魔法の本とかないんですか? 初歩の?」
「本? 本ですか?」
フェニックスは助けを求めて姫の方を向いた。
「本……。」
姫は考えながら、左右に控えている獣人を見回した後に、フェニックスに目を戻す。
「魔法の本……。」
5人同時に、同じ方向に、同じ角度で首を傾げた。
「本……。」
『ズキューン!』
少年漫画であれば、そのような表現がされるのではないか。モエミの心臓に衝撃が走る。
(か、か、か、かわゆす……。魔法なんてどうでもいいわ。耳か尻尾に触りたい!)
「あ、あの、ちょっと、さわってもいいですか?」
「「「はい?」」」
3人の獣人がそろって反対方向に首を傾けた。コーレムも後ろで同じ動作。
その仕草に、モエミは陥落した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それでは、いろいろあってお疲れと思います。お部屋を用意していますので、夕食まではお部屋でゆっくりしてもらえればと思います。夕食は……。」
「夕食は、5階を使います!」
「え!?」
フェニックスの言葉を、姫が遮り、フェニックスが驚く。
「そう、今日は特別!」
「姫、今日の予定は……」
「ん? フェニックスちゃんは甘いもの食べたくないのかな?」
「……食べたいです。」
「なら、決まりね、手配してね。では、手配が終わったら聞きたいことがあるので、ベアと一緒に部屋に来てね。」
姫は話を押し切ったあと、
「では、チャオォ!」
と言いながら、テラスを後にした。もちろんコーレムもドレスを持ってついて行く。
困った顔のフェニックスは、
「えっと、4階は姫と女の子組5人、男の子組5人の個室なんだけど、新しく来た人は慣れるまでの10日間、この階のゲストルームに泊まってもらうことになってるのよ。えっと、モエミさんとハルキ君は、同じ部屋でいいのかな。」
モエミとハルキはアイコンタクト。
「「いいです。」」
「では、田沼さんは一人になるけど、さみしかったらスパローが一緒に寝てくれるからね。」
田沼は戸惑いながらうなずく。
「チャウサは、モエミさんとハルキ君を、クロウサは、スパローと一緒に田沼さんを案内して。夕食の準備の変更があるから、私はちょっとはずすわ。ホークも私を手伝って。あと、本は難しいと思うけど、何か考えてみるから。クロミンもついてきて。」
と言って、フェニックスはホークとクロミンを促して立ち上がる。
「あの、俺、早く、魔法使いたいです。」
(ハルキが猛烈アピールするなんて珍しい。)
モエミが驚いていると、
「わかった、わかった、後で面白いもの持っていってやる。」
とホークが言いながら、フェニックスについていった。
チャウサが近寄ってくる。
「こちらへどーぞぉ。」
ゲストルームは、テラスに続く通路の左右。本来、案内もいらないくらいだ。
左の部屋に案内される。部屋に入って改めて思うが、壁も床も天井も家具もすべて木製である。それもまるで大きな木をくり抜いて作ったかのような見事な造りである。つなぎ目も釘を使った痕跡すらも見えない。部屋は木の香りで満たされていた。
「ベットは2段ベット、安眠機能付きです。トイレ、シャワー、洗面台、机、イスとなっています」
「安眠機能?」
「はい。ぐっすり眠れます」
「トイレは水洗。さすがにウォシュレットはないか。シャワーに洗面台……いったいどうやって……」
「そこは魔法でちょちょいとです」
「ちょちょい……下はどうなってるの?」
「下? 2階のことですか? 共同寝室は2段ベット、共同トイレ、共同シャワー、共同洗面台となっています。またご案内しますね。」
(かなり待遇に差があるなぁ。ここの支配構造からすると、姫を中心とした10人に入れば勝ち組ってことか。)
モエミは室内を確認しながら考えた。
「すっげぇ、ホテルみたいじゃん。」
ハルキは楽しそうである。仕組みに疑問があるものの、造りとしては、特に変わったところはない。
(電気がなさそうなので、スイッチがないのはあたりまえか)
窓際にボール状の物体、野球のボールサイズの何かが2つ置いてある。
「これは?」
「えっと、その、今は触らないでもらっていいですか? 夕食後、御説明します。」
チャウサは、右の耳だけ、すまなさそうにちょっと折り曲げて謝罪する。この耳の仕草がモエミの理性の枷を解き放った。
「ところで一つ、重要なお願いがあるんだけど。このお願いを聞いてくれれば、きっと、このよくわからない過酷な環境に耐え、魔法の勉強ができると思うんだけど!」
モエミは意を決してチャウサに詰め寄った。
「えっと、はい、なんでしょうか?」
モエミの勢いに引き気味のチャウサ。
「み、み、み、み……」
「み?」
「耳を触らせて!」
「え!?」
思わず耳を手で押さえ、さらに一歩下がるチャウサ。
「さっきは、ごまかされちゃったけど、モフモフさせて!」
整った容姿。誰もが認める美形。でも、言っていることは、一歩間違えると酔っぱらったおじさんだった。
「ちょ、ちょっとでいいからさ、へ、減るもんじゃないし。」
「えー、でもー」
「突然、異世界に体一つで放り込まれた少女。明確に帰れるあてもない。途方にくれるかわいそうな少女。でも、耳を触らせてもらえれば、きっと励みになるわ!」
身振り手振りで必至で訴えるモエミ。
「私は日本一、いや世界一不幸な少女よ! シクシク。」
モエミは泣き落としにかかる。
「……。」
「み、みみー!」
「きゃー!」
実力行使が始まった。