ハルキ、出迎えられる
城までの道中、田沼はベアに一生懸命質問していた。
「あの、ここはどこなんですか?」
「うーん、実は、僕もよくわからないんですね。」
「あの、私、死んだんですか!?」
「うーん、トラックに轢かれたとか、トラクターに轢かれたとか、誰かの身代わりになったとかですかね? 死んだような状況で、こちらに来たというのは聞きませんね。事故か何かに遭ったんですか。」
「いえ、図書館で本を取ろうとしたらいきなりだったんですぅ。・・・。あの、ラノベでよくある異世界召喚とかですかね?」
「うーん、どうなんですかね。でも魔王とか、勇者とかはいませんね。」
「あの、誰が私を召喚したんですか。」
「うーん、それもよくわからないんですね。なんとなく、魔法の素養のある子供が落ちてくるって感じですね。僕も落ちてきましたねぇ。」
「あの、魔法を使えるんですか。」
「ええ使えますね。田沼さんも、練習すれば、すぐに使えると思いますね。」
モエミがケモミミもしくは、左右に揺れる尻尾に触りたいという欲求を抑えるのに忙しいのに対し、ハルキは二人の話を熱心に聞きつつ情報収集につとめた。伊達に過去3回も召喚されていない。状況把握は死活問題である。日本語が普通に通じていることも改めて認識する。
森・・・というか林は、人工林ではなく、さまざまな木がある雑木林である。道は舗装されておらず、道というより、人が歩くところだけ雑草が生えていないと言ったほうがよさそうである。秋だったはずなのに、なんとなく春の香りがする気がした。
城までそんなに距離はない。かなりの数の子供が城の入口付近に集まって、または集まりつつ、こっちを見ているのがわかる。子供だけでなく、ケモミミ――獣人もいる。ハルキは全部で学校の2クラス分くらいの人数かなと検討を付けた。ほとんどが自分と同じくらいから中学生くらいまでの年齢層だろうと推測する。小学生低学年の子もちらほら。ローブというか、おそらく大きな布の真ん中に穴をあけて、そこに首を通し、腰を紐で結んだような簡易な服を着ている者が多い。ズボンも、大きめにズボンの形に成形した布を、腰と足首を紐で括って調整しているような簡易なものだった。
城は西洋風。壁は白。材質は石だろうか。城壁のようなものはない。それだけに、どこかのテーマパークの城のようにも見える。遠くから見るとわからなかったが、テラスやベランダ、それに数多くの遊具が一体化した構造になっている。滑り台、ジャングルジム、ボルタリング、トランポリン、いずれも複数だ。スロープになっており、3階くらいまでは、外からアクセスできるのではないだろうか。形は城であるが城ではない。巨大な遊具といった方がいいだろう。一番上に尖塔があり、光っている何かがある。光っている部分の周辺はガラスかなにか透明な材質である。
城の手前は大きな草地の広場のようである。左手は沼、その向こうは池になっているようである。右手は砂地を挟んで岩場になっている。左右とも奥は林。その向こうは・・・壁。思わずハルキは見回す。見える範囲、遠くに壁が見える。次にハルキは見上げた。壁ははるか上空でカーブを描き、本来空にあたる場所の中央まで達している。とても巨大なドームの内側のようである。おそらく自分たちが落ちて来た空の中央部分は、丸く切り取られたようにも見え、まぶしくてよくわからないが、その円形全体が発光しているようである。
(閉ざされた場所・・・スペースコロニー? 前回の召喚の時みたいな地下かな?)
考えながら、城に目を戻すと、入り口と思われる場所の上に、大きな看板が見える。
「ようこそ! 魔法の国へ!」
(魔法かぁ・・・。魔法が使えるようになるのかな。)
自分の両手を見る。まだ手が痛い。さっき、落ちた時に木を掴み損ねて打ったか、擦ったかしたみたいだ。両方の手が痛い。
(まぁ、痛いだけで血は出てないみたいだし、大丈夫だろう。)
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ようこそ! 魔法の国へ!」の看板の下の大きな門をくぐると大きな吹き抜けになっている。
「3人もいる。」
「制服だ。」
「久しぶりだねー。」
見ている子供たちは興味津々の様子である。
建物の中なのに明るい。いきなり中庭のようになっており、建物の中なのに大きな木がたっている。木の前は一段高く、ステージになっており、その中央に、まるでシンデレラのような衣装を着た金髪の女性が立っていた。向かって左に5人、同じような衣装――ただし、ティアラなどの細かい装飾品はつけていない――を着た女の子、右に4人、王子様のような衣装を着た男の子。ほとんどが少なくとも中学生かもしくは高校生にくらいに見える。壇上周辺の子供たちの平均年齢よりも上の年齢層である。中央の女性は、映画に出てきそうな西洋系の美形で、金髪、瞳は水色。明らかに日本人ではない。ちなみに、その他は日本人のようである。一人だけ衣装がやや豪華で、ドレスの後ろ側が長い。木でできた人形のようなものがドレスの後ろの端っこを持っている。
「姉ちゃん、あれ、ロボットかな?」
「え、どれ? ・・・ゴーレムじゃない?」
「ゴーレム?」
「か、か、か」
「か?」
「かわゆす!」
小さい声でやり取りしていると、ベアが、つかつかと壇上に上がり男の子達の端っこに並ぼうとする。するとシンデレラの横の女の子――唯一壇上で中学生以上であることが疑わしいツインテールの女の子――が、小声で呼びつけたようで、しぶしぶといった態度で、女の子の前に立った。女の子は男の子の頭の上に手をかざす。すると、Tシャツ姿から王子様の衣装に代わり、ベアは、とても不服そうな顔をしながら、男の子の一番左端に移動した。
「姉ちゃん! あれ魔法?」
「え、何? 見てなかった」
「は!? 魔法使ったよ! 今!」
これで中央にシンデレラ、向かって左側にシンデレラ風の女の子5人、向かって右側に男の子5人となる。
女の子側、小さい、眼鏡、お姉さん、怖い、おとなしい。
男の子側、でかい、超でかい、眼帯、鬱陶しい、さっきの人。
いずれも姫から外側に向かってのハルキの所見である。
(もしかして、あまり歓迎されてない?)
ハルキが観察するところによると、壇上の半数以上が、不服そうな顔をしている気がする。田沼が不安そうにしている。
(僕と姉ちゃんは慣れてるけど、もうちょっと配慮しないと、完全にテンパってるよねー)
真っ青といかないまでも、顔色の悪い田沼をハルキは心配していた。
(今のところ、獣人とこの建物くらいしか、ファンタジーを感じないよね。早く、俺も魔法を使いたい)
ハルキのイメージする魔法とは、火の玉が飛んで行ったり、敵を凍らせるといったものである。
(誰か見せてくれないかな?)
魔法をベアにかけた子がタイミングを計っていたようで、マイクのようなもの持って前に出た。にぱっと笑う。とても嬉しそうだ。
「ぱんぱかぱーん。ようこそ、魔法の国へ!」
明らかに拡声された音。
(マイクはあるんだ。でも円い部分はない。・・・マイク型の魔法道具?)
ハルキの思いをよそに、テンション高く司会は続けられる。
「さぁーて、今日は久しぶりに3人のお友達がやってまいりました。今日からはこの3人を加えて、みんなで魔法の研さんに励みましょう! 拍手! それでは新人さんはステージへ!」
くっついて歩いていたベアが先にステージ上がってしまったため、ステージ下で所在なさげにしていた田沼が手招きされる。ハルキとモエミは田沼の後ろについてステージへ。
「それでは、姫、お願いいたします。」
どうやら、そのまま司会をするようだ。マイクを姫に渡す。
「えっと、姫のアミカ・ボラルダでーす。魔法学校の先生でもありまーす。じっくり、たっぷり、しっかり魔法を教えちゃいまーす。よろしくね。」
見かけは姫だが、仕草も口調もかなりフレンドリーだ。マイクは司会に返される。
「では続いて、新しいお友達のお名前を聞きたいと思います。こちらの方からどうぞ。」
「た、田沼です。」
「ここに来た感想をどうぞぉ!」
(それは無茶ぶりだろ!?)
おそらくパニックから立ち直ったばかりだろうと思われる人間に聞くことではないではないか。ハルキは年上と思えるものの、田沼に同情した。
「え、えっと、あの、・・・び、びっくりしてます。」
「そうよねぇ、びっくりよねぇ。ちょっと無茶ぶりかな? てへぺろ~。」
無茶ぶりであることを認識したらしい。この司会は結構いい性格をしているのではないか。ハルキは警戒しておくことにした。
「では、続いてこちらの男の子、お名前は~。」
「ハルキです、よろしくお願いします。あの・・・弟です。」
「あら、ハルキくんというのね。よろしくね。ということはこちらはお姉ちゃんかな?」
「モエミです、よろしくお願いします。」
「モエミさんよろしくね~。二人は落ち着いてるわね~。さて、いきなりですが、恒例の魔法力検定をおこないまーす。」
司会が宣言すると、黒耳のウサギの獣人が、トレイを持ってやってくる。トレイにはゴルフボール大の円いものがのせられている。植物の種子のようだ。
姫が微笑みながら、おもむろにその中の一つをとると、田沼に手渡す。
「はい、この種をぎゅうっと握って!」
「ぎゅうですか?」
「はい、力いっぱい!」
どうやら「種」と言ったので種らしい。田沼が力を込めて種を握ると、種は手の中で急速に成長し、カボチャのような形状と大きさになる。
横に控えていた茶ウサギの獣人が心得ていたようで、すばやく、田沼が落とす前にキャッチし、姫の前に差し出す。
「うふふ、そこそこの魔力量ね。土への干渉力が強そうかしら。」
「はーい、ありがとうございます。続いてハルキくん、お願いします。」
(まだ手が痛いんだけど。)
ハルキはおそるおそる種を右手にとると、瞬間、逡巡したあと、握りしめる。
「おぉぉぉ!」
歓声があがった。ミケ猫の獣人が慌てる。どうにかスイカサイズのテカテカした黄色い巨大なフルーツっぽいものをキャッチする。上から見ると六芒星のような形になっているのではないか。
「あらー、干渉力は強いね。特に風と土の相性がいいのかしら? こんな形、初めてね! とにかくすばらし魔力量よ。」
「おぉ、これはうかうかしてられませんね。ありがとうございます。最後にモエミさん、お願いします。」
(あ、絶対黒いこと考えてる!)
ハルキは姉の目を見て思った。口角も心持ち上がっている。完全なる外モード。
「えっとぉ、握ればいいんですね? てい!」
モエミは外モードの声で種を握りしめた。
「おぉぉぉ!」
「すげぇ」
歓声が広がった。