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ハルキ、もやもやする

 窓から見える景色は、すでに色が剥がれ始め、夕刻に向かう兆しを見せている。

 なんとなく心に痛い色。

 姉は帰ってこない。

 この世界には、ゲーム機もスマホもない。

 2階に下りればマンガか何かがあるかもしれないが、今は、何となく行きたくない。

 部屋で今、できることといえば、魔法の練習程度。

 全く、なんて魔法の習得に適した世界なのだろうか。

 姉が見ていたように手の平を見る。

 気持ちがもやもやする。

 姉の様子はおかしかったような気がする。

 営業モードでも、おうちモードでもない姉。

 少し息苦しい。

 空気を入れ替えようと窓を見る。

 歩き出そうとして、立ち止まる。

 本来の利き腕である左手を上げて、物を動かす魔法陣を生成する。内容は、小さな窓の鍵をはずして、そのあと窓のサッシを動かすというものだ。

 もちろんであるが成功する。

 部屋の空気を入れ替えるのであれば、窓を2つ開けたほうがいいと思うが、ふと別の考えが浮かび、一度窓を閉めることにする。もちろん、窓を閉める魔法も成功する。

 ハルキが考えた別の事。

 同時に2つの魔法陣を作成し、2つの窓を開けられるかということ。

 やってみると難しい。

 片方に気を取られると、片方がおろそかになる。

 何度か繰り返すがうまくいかない。

 やり方をかえることにする。

 右手で1つ、左手で1つの魔法陣を作ることにしてみる。

 もともと左利きのハルキは、鉛筆と箸とハサミについては、父親の「残念ながら世の中は右利き用に作られている」との意見で、右利きに矯正されたため、右手もかなり器用だ。

 右手と左手で、それぞれ違う窓に向けて、それぞれの魔法陣を形成する。

 今度はあっさりうまくいく。

 ちょっと嬉しくなったハルキは、同時に2つの窓を閉める。

 また、うまくいく。

 何度か2つ同時の窓の開け閉めを繰り返すと、3つ同時はどうしたらいいかと思案する。

 もう、空気の入れ替えという当初の目的は完全に忘れている。

 両手に加えて、おでこから3つめの手を伸ばすイメージで、なんどかチャレンジしていると、ノックの音。

「どぉぞぉ~」

 3魔法陣同時発動の練習をしながら答えるハルキ。

「おーい、勇者殿、晩飯行こうぜー」

「そうそう、ゆ、勇者、うほひ」

 マナトとジョーだ。

「なんだよ、勇者って……」

「勇者は勇者。黒ウサギに立ち向かった勇気のある者」

「そうそう、ところで、何やってんのハルキ?」

「えっと、あの……」

 ハルキは思い付きの練習内容を説明する。

「ハルキ、お前、くっそ器用だな」

「そうそう、よくできるね。俺なら無理ポ」

「え、じゃ、みんなどうやって」

「なんていうかな、そういう系は、一々、最初から魔法陣組まずにやるからな」

「そうそう、例えば、氷を作って、正面に飛ばすという魔法とか便利。もう、形として覚えとくんだ。そうすると、一々書かなくていい」

「……なんとなくわかる」

「この場合は、鍵を外して、窓枠を引っ張るという魔法陣を……。そうか、目標が複数なのか」

「いいからさ、飯行こうぜ、飯!」

 ジョーはどうやら同じ年齢の様だが、一回り体がでかい。食わないともたないのだろう。

「待って、一瞬まって」

 ハルキはクレセント錠を動かして、そのまま引っ張る魔法陣を構築し、放つ。

 一つだけ窓が開く。

 その魔法陣の目標対象を変更する部分を認識し、素早く、大量の魔力で次々と魔法陣を描き、素早く動作させる。

「おぉぉぉぉ」

「すげぇ……、すげぇけど、同時じゃないじゃん」

今度は逆に、窓を閉める魔法を発動。次々と窓が閉まる。

「はぁ、はぁ、こんな感じ?」

「勇者様は違うね! ちょっとアドバイスしただけでこれかよ! 同時じゃなくてもいいんだよ、目的が達成できれば」

「すげぇけど、魔力の無駄使いじゃね?」

「あはは、ありがと、なんとなくわかったような気がする。飯にしようぜ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お前らさ、いつになったら帰ってくるんだ?」

 夕食会場で、ジョーとマナトが絡まれる。確かカエルの着ぐるみを着てたやつだ。

「そうだよ。対象人数が少なくなるから大変なんだ」

 チーターの着ぐるみを着ていたやつも苦情を言う。

「悪い、悪い、新人の特訓してんだ」

「ほんとか? ウルフさんやクロウさんにボコられるのが嫌で、逃げてんじゃねえの?」

「違うって!」

「そうそう、違う違う」

 そこにホークの声が響く。

「おーい、そこ、静かに。今日は、お疲れだった。みんな、しっかり飯を食ってくれ。ウサギは退治できたし、かなりの数が確保できた。感謝する。今日は、たらふく食ってくれ」

「うほーい、早いもの勝ちだ!」

「そうだ、そうだ!」

 なんとなく、話しがうやむやになる。いや、うやむやにしようとしている気配がある。

 ホークがまっすぐやってくる。

「ハルキ、体は大丈夫か?」

「え、はい。なんともないです」

「そうか、よかった。すまんな、あの後、ばたばたしていて、きちんと謝ってなかったが、予想できなかったとはいえ、こちらの手落ちもある。もっと、きちんと説明しておくべきだった。すまぬ」

「いえいえ。大丈夫です。ところで姉を知りませんか」

「モエミさんか? フェニックスと一緒にいるはずだが……降りてきてないな。飯も食わずにやるつもりか。やりすぎではないか?」

「えっと、何をですか?」

「いや、こちらの話だ。一度、戻るように言っておこう」

「あ、いえ、大丈夫です」

 何が大丈夫なのか不明だが、とりあえず大丈夫と言ってしまう。

「ところで、ハルキ、今日はがんばったな。黒ウサギは防御系が苦手なやつなら、中級者クラスでも瞬殺される。そこをよく耐えた。あいつらは、4階組からも逃げのびているやついらだ。次に会ったら、俺が倒してやるからな!」

「あ、ありがとうございます」

「ハルキの頑張りで、きちんと畑から遠ざけることができた。ありがとう」

「あ、いえ、ども」

「さぁ、飯を食え! 食って、また強くなろう!」

「は、はい」

魔法の練習以外にすることがないもんなと、心の底で思うハルキだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 夕食後の自主練の約束をして、一旦部屋に帰ると、後をつけてきたかのように、扉がバーンと開いた。

「ハルちゅーん! 大丈夫? 元気?」

 そこには、いつもの姉がいた。

「ちょっと、重いのよ、そっち持って」

「あ、うん」

 テーブルのようなものを持っている。

「ベットの上に置くよ、そう、そっち持って」

 テーブルの板の部分に魔法陣が書いてある。

「癒しの魔法の魔法陣を借りてきちゃった。ささ、この下に寝て」

「えっと……」

「いいから、早く」

 ベットの上に置かれたテーブル状の何かの下に仰向けに横たわる。

「ちょっとまってね」

「ちょっとまってって、さっき早くっていったじゃん」

「うっさいわね、ちょっと待ちなさい」

 何かを取り出す姉。

「うーんと、やっぱり他の魔法陣と全然違うわね……」

「……何、見てんの?」

「あ、これ? 魔法陣の自学ノート。ま、とりあえず使ってみるか」

「異世界に来ても自学ノートかよ……」

 学校のノートやワークとは別に、自分のわからないところや、興味のあるところをまとめた自学ノートが、姉が学校での成績上位を保つ秘訣の一つであることをハルキは理解している。

「で、何の魔法陣?」

「あれ、癒しの魔法陣って言わなかった?」

「癒し……回復魔法?」

「回復魔法って、ないらしいわ。ちょっぴり早く傷が治ったりする程度らしい。欠損部分が修復されるとかは伝説級らしいわよ」

「そうなんだ……あ、あたたかい……ような気がする」

 ハルキに断りもなく、さっさと魔力を流すモエミ。

「そっか、やっぱりその程度か。栄養ドリンクや薬を飲む程度なのかな?」

「わかんないけど、元気がでる気がする」

「昔から、手当っていうもんね。手から魔力がでて、細胞を活性化させるだけかも。一応、魔法陣を写して、他と比べるか」

「いいの、そんなことして?」

「何言ってんのよ! 回復魔法無双はラノベの1カテゴリーでしょ? 一応、把握していて損はないはずよ!」

「……そうですか……」

 すっかり元に戻った姉。喜んでいいんだろうが、複雑な心境。

「……あの、もう、いいかな?」

「はい? あ、もう、いいよ。体は大丈夫? 痛いところはない?」

「うん、大丈夫」

 一生懸命、魔法陣の模写をするモエミ。集中し始めると、誰にも止められない。

 ふと我に返るハルキ。

 姉は元に戻った。

 では、このもやもやはなんだろう。

 ノック音。

「はぁーい」

 モエミが営業用の声で応対する。

 この時、モエミはこのノック音がモエミの召喚史上でもっとも危険なシチュエーションに追い込むことになるとは知る由もなかった。


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