また召喚されたんでしょうか?
力が入らない。
いや、力というより、むしろ気持ちか。
集中力がなくなっているのがわかる。
少し頭痛もするような気もする。
だるい。
鈴の鳴るような声により高らかな詠唱が聞こえると、キラキラとした氷の粒がいくつも現れ、詠唱の声のかわいらしさを打ち壊すように、凶悪に高速回転しながら飛んでくる。
この系統の魔法は発射するところまでが魔法で、そのあとは物理現象。
丁寧に対物理障壁系で防いでしまうのが模範解答。
私は短く詠唱し、自分の前に土の壁を作りあげる。
パチンパチンパチンと氷が土の壁にぶつかって弾ける音がする。
横目でハルキを見ると同じ判断ではあるが、そのまま攻撃転じる様子。土の壁ではなく、土の大盾を作り出し、走り出している。近接魔法戦闘が得意分野だけに、ハルキにとってはこれが模範解答なのだろう。
すかさずハルキの援護がベターと考え、腰の小袋から火種を取り出し、牽制としてハルキの左右と上を経由する軌道で火種を放つが、再度、美しい声が聞こえ、例の第6感でハルキに向かって魔力が放たれたのがわかる。いつもながら、ふざけた詠唱。話し言葉に詠唱を練り込み、どこからどこまで詠唱かがはっきりしない詠唱。何の魔法かを予測させないがための高等技術。
キンと音がして、ハルキの大盾が弾かれる。私の火種も弾かれる。おそらくは高圧縮空気の爆発的開放。軽い衝撃波のようなものを発生させるものだろう。さすがに引き出しが多い。ハルキはたたらを踏んでいる。
次の一手を考える前に地面から草の蔓が足に絡む。捕まるとまずい。蔓から逃げる。植物関係は彼女の十八番。
ハルキは、草の蔓から脱出し、接近戦のレンジに入ったようであるが、ふわりと空中に逃げられる。あれだけ計算していたはずなのに、まだ浮遊系の魔法が使えるなんて。
蔓から逃げながら、魔法を放つがあっさり弾かれる。もう魔法を放つのがきつい。
美しい声で、ふざけた内容の詠唱が聞こえる。ダメ押しか。
やっぱりすごい。もうわけがわかんない。やっぱり勝てないかも。
ガコ。
地面が割れる。巨大な木の手が現れる。
ガキ。ボコリ。
頭部と思われるものが見える。
ハルキも警戒して下がる。
体が現れる。でかい。身長2メートル程度。木でできた人型の何か。
彼女が何かしゃべっているのが聞こえる。口調も仕草もかわいいが、かわいくない。
目の前に出現したものと、私の得意魔法との相性は多分最悪。
ゆっくりと近寄ってくる。重心が低い体系。足が短く移動速度はそうでもなさそう。体と比べるとアンバランスに巨大な腕に巨大な手。長い指が5つついている。その指を広げて、捕まえようとする意図は明確だ。ふわりと肩に座るのが見える。いつもと逆だ。
なけなしの魔力を使って魔法を放つが、歩みは止まらない。
ここまできて。
何かが顔に絡みつく。蔦だ。しまった。いつの間に。
「モエミ!」
誰かが叫ぶ。
ここまできて。
蔦が絡みつく。苦しい。
もう少しで帰れるのに。
「モエミ!」
帰らないと続きが見れない。続きが!
私は続きを見たい。
続きはどうなるのよ。
3期だってくるのに。
「ちっくしょう!」
女の子らしからぬ言葉を叫んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
目が覚めた。
「えっと・・」
状況把握を開始する。なぜ目の前にタブレットがあるのか。顔にまとわりつくイヤホンを払う。
鏡を見る。真黒なストレート。前髪はオンザ眉毛。後ろ髪は肩下。髪質は超サラサラ。和服を着せれば日本人形そのものになると思われる系の美人。夏に部活で散々泳いだ割には、もう肌は白い。でも顔にはイヤホンのコードの跡がしっかりついている。
「そっか」
今日は文化祭。文化祭の前の日なら夜更かししても大丈夫だろうと、「転生少女 ケモミミ魔法使いアミカ」の3期放送決定記念の1期、2期の一挙放送を見ていたのだが、放送の途中の休憩タイムで限界が来て、寝落ちしたんだと思われる。
寝落ちすると直前に見ていたものの夢を見やすい体質。父親からの遺伝らしい。魔法が使える夢は楽しいが、今日のように追い詰められるような夢はいやだ。
「何話まで見たんだっけ?」
確か家で父がこっそり契約しているアニメ見放題のサービスでは見られなかったような気がする。しまった。続きが見たいが、どこまで見たかよく覚えていない。でも続きが見たい。
「モエミ、起きてるかー? 今日は休みじゃないぞー。文化祭だぞー」
1階から大声が聞こえる。
「起きてるって!」
しかたがない。文化祭から帰ってから確認しようかな。そういえば、いつも日曜日に見てた今週分のアニメの録画分も見たい。親がいるとアニメを見にくいけど、文化祭が終わったあと、今日は家にいるのかな。帰って見る時間はあるかな。どうしても続きが気になる。続きが見たい。そういえば確か1回だけ、後で見れる機能なかったかな。
「ごはんできてるよー」
今度は母親の声。
「わかったって!」
明日は振り替え休日だったことを思い出す。そうだ明日は両親がいない。途端に機嫌が直る。
「はーい、すぐに降りるねー、おなか減ったよー」
機嫌が直ると口調も良くなる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねぇ、あれってハルキくんじゃない?」
右隣の友人が、怪訝そうな顔で見る方向に目を向けた。
「!?」
モエミは弟のハルキと仲が悪いわけではない。むしろいい方だ。しかしながら、中学校の友人に、弟と仲が良いなどと思われると、入学以来、半年以上をかけて築き上げた中学校内のヒエラルヒーに影響がでる可能性もある。とりあえず、整った顔をしかめっ面に作り替え、不機嫌モードに突入を装う。
文化祭の特設会場である給食室の裏手からは、学校の正面玄関前を通して、正門のあたりがよく見える。台風がそれたとはいえ、時折、強い風が吹く中、見たことのある服装の男の子が挙動不審に歩いている。
(うどん食べてる途中なんだけどな。面倒くさい。なんで、ハルキが・・・)
記憶を辿る。そう言えば、朝、昼ごはんは文化祭のうどんを食べるよみたいなことを、母親から言われてたような気がする。それから類推すると・・・。
「ちょっと、ごめんね」
友人に断って席を立つ。同席4人の友人たちも校内ヒエラルヒー上位。全員、学校のテストでは常に10位以内をキープしている。内1人を除いて、運動部に所属。運動部に入っていない1人は、1年生にして生徒会に入っている。ちなみにモエミと同じ水泳部の2人にだけモエミのプチアニオタの本性が露呈している。もちろんその2人も同類なのだが。
正門付近から、行先を考えつつであろう、少し挙動不審な感じで歩いていた少年が、こちらを視認し、明確な足取りとなる。
「姉ちゃん・・・」
「もしかして、行き違い?」
「うん、バスケが終わっても、迎えが来ないから、家に帰ったけど、鍵がかかってて誰もいなかったから、こっち来た」
「文化祭の食券、もらってる?」
「・・・もらってない」
想定が正しかったことを確認し、思案する。どこかでPTAのお手伝いの真っ最中と思われる父親に引き渡すことにしよう。あの季節感のない服装はすぐに発見できるはずだ。中学生であり、スマホを持たされていないモエミは、車で右往左往していると想定される母親に連絡をとる手段は持ち合わせていない。もちろんハルキの食券も持っていない。
とりあえず、ハルキを連れて木々の下をくぐり、給食室の裏の特設会場に戻る。遠景には若干の秋の彩が見て取れるが、校内の木々へは落ち葉を落とすほどの秋の触手は伸びてきていない。木々の香りから、うどんの香りの中へ。
臨時の食事会場に戻ると、モエミは友人に断りを入れ、父親を捜しに行くことにした。
「みんなちょっとまってね、お父さん、捜してくる。ハルキ、行くよ」
前半の口調は外モード。後半は小声の家モード。
「ごめん、その前にトイレ行きたい」
一瞬、「体育館裏のトイレに行けば?」と言おうと思ったが、少し遠い。せっかくの文化祭の自由時間、うどんを早く食べ終えて、いろいろブースをまわりたい。モエミはここからでは分かりにくいが、近くの校舎内のトイレを案内するのが得策、つまりこの案件にかかる時間が少ないと判断する。ハルキの荷物を、自分がうどんを食べていた席に置かせる。
「ごめん、ちょっと荷物いいかな。・・・ついといで。こっち」
まだうどんを食べている友人に愛想を振りまきながらお願いすると、ハルキを案内する。
在校生でしか使わないような細いスペース――もちろん廊下ですらない――を通り、至近のトイレに案内する。文化祭で使われているスペースでないため、誰もいなかった。
「はい、ここ、行っといで」
(ここからなら、ハルキ、戻れるかな。先に戻るかな。みんなをあまり待たせるとイヤだな)
窓からは、まだまだ緑の葉を残す木々が顔をのぞかせる。10月末の台風は被害が大きいと父親が講釈をたれていたが、ほぼ完全に逸れたようであり、時折、若干不穏な強風が木々を揺らすのみ。風により、ひらひらと舞う落ち葉すらない。木々の間から、遠景できる僅かな秋の気配を見ながら逡巡していると、手を洗う水道の音が聞こえる。男の子のトイレは早い。
「戻ろっか」
と、丁寧にハンカチで手を拭くハルキに声をかけると、室内にもかかわらず、ザワザワと木々のざわめきが、すぐそこで聞こえるような気がした。強い風、いや、違う、直感的にまずいと思った。「あれ」だ。このときは「あれ」だとしか考えられなかった。
ハルキと目があった。ハルキも同じことを感じたと、なぜか理解した。
「姉ちゃん、また・・・」
全部を聞く前に、落ちた。
「きゃあああああああああああああああああああああああああ・・・」
思わず叫びながら思う。
(ま、また召喚?)
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
(こんな呼ばれ方初めって・・・いつまで落ちてんのよ!)
落ちていくのが長く、逆に冷静になる。弟の安否を確認すると、すぐ隣で、細い目を精一杯開いて、びっくりしながら同じように落下していた。スカートのめくれを気にする余裕もできた。
「ど、ど、ど、どれだけ落ちるのー?」
大声でハルキが叫ぶ。
「し、知らないわよー!」
黒い空間の中を落ちていく、左右は土や木の根だろうか。スピードが速すぎてはっきりしない。下に明るい部分を確認する。そこに向けて落ちていく。遠いと思っていたが、あっという間に出口と思われる部分に到達する。
急に広い空間にでる。まだ下がある。白く発行している何かだ。
「いやああああああああああああああああああああああああああ!」
ぶつかると思った瞬間、思ったよりやわらかいのか、ぐにゃりという感触のあと、ずぼっと出ていく感触。少しは減速しただろうか。
今度は地面が見える。城。雪。太陽光発電。森。畑。大きな蜘蛛の巣。
(いやいや、そんなことよりも、どうする。落ちたらまずい。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしようって、どうしようもないじゃん。ええーっと、うーん。わ。近い。あぁー!)
偶然にもモエミが(落ち葉みたいにゆっくり落ちればいいのに!)と思ったのと同時に、ハルキは(紙飛行機みたいになればいいのに!)と思った。
城の尖塔にある水晶が点滅する。生き物の落下の合図だ。
「点滅確認! 生き物だぜ!」
木の上で見張りを続けていた三角形の灰色の耳をした生き物が、ガラクタの整理をしていた少年に叫んだ。
「はーい、グレイ、連絡をおねがーい。」
「キャッチアンドイート」と大きく書かれたTシャツの少年が、見張りに答えた。
「了解! クマミン、クマミン、聞こえる?」
グレイと呼ばれたその生き物は左腕の赤と青の小さな丸いガラス玉のようなものがついた腕輪に対して話しかけた。
「こちらクミマン。畑のやつらに声をかけてから、所定位置にいきまーす。でも、ウサミンは見当たらないっす。」
腕輪から声がきこえる。ちょっとしかめっ面をしたグレイは、つづけて、
「ウサミン、ウサミン、聞こえる?」
と腕輪に話しかけると、
「ウサミンです。向かいます。もう野イチゴ採ってるのに~。」
と、余計な文句まで腕輪から聞こえてくる。
腕輪からの回答に満足したのか、キャッチアンドイートのTシャツの少年は、
「じゃ、俺も上がるかねぇ。」
とグレイを見上げた。
一辺が50mくらいありそうな、ロープでできた巨大な網。上から見ると六角形をしており、頂点の6か所は、大きな木に結び付けられている。まるで巨大な蜘蛛の巣である。太いロープに細いロープを組み合わせてある。ロープの種類や色はまちまちだが、結構目は細かい。頂点に一人ずつ、小柄で、獣の耳を持ち、チョッキに短パン姿の人型の生き物、獣人とも称すべき者達が、梯子から上って、スタンバイに入る。
Tシャツ姿の少年は、蜘蛛の巣の中央部で奇妙な動作を行ったのちに、6角形の頂点のうち、誰もいなかった最後の頂点にスタンバイした。
「来るぞー。2人だねー。」
Tシャツの少年が、上を見ながら大きな声をだす。
「えー、同時っすか!?」
まる耳の小人が叫び返す。2人同時だと都合が悪いようだ。
「要注意だね! ほぼ平行だから、ほぼ同時に突入するかもねー!」
少年が大きな声で注意を促す。場が緊張感に支配されたようだ。
「10、9、8、え!?」
少年がカウントダウンを開始した直後、カウントダウンが止まる。少年が必至で目で追っていたものが急速に減速したためだ。それらは急速な落下という現象から、突然、片方はふわふわと、片方はスィーっというしかない挙動へと移行していた。
「ベアさん! あれって?!」
どうやらキャッチアンドイートのTシャツの少年はベアという名らしい。グレイから、呼ばれたベアは、注意しつつつぶやく。
「こんなことは初めてだね。いったい・・・、おっと、3つ目注意してねー!」
ふわふわ、スィーの後ろから、もう一つ重力の法則に従って落ちてくる物体を視認したベアは叫ぶ。
3つ目の物体も人型。お約束どおり「きゃぁぁぁぁ」という声とともに、落下してくる。
『エア・クッション』
落ちてくる物体のほうに手を向け、口々に唱える。向けた手のひらの数センチ先にキラキラした、幾何学模様のような何かが現れる。落ちてくる物体は、明確に落下速度を減じながら蜘蛛の巣へ。
ぼよぉぉぉぉぉぉぉぉんと蜘蛛の巣でバウンドする。どうやら大きなトランポリンのようになっているようだ。若干激しいバウンドをしつつも3つ目の人型――声からすると少女――を何度も受け止めた。バウンドは明らかに減速に重点を置かれている設置なのか、とても高い位置からの落下物を受け止めている。
「ウサミン、頼むね。」
ベアがバウンドが小さくなるのを見計らいつつ指示をだす。
「はーい」
ウサミンと呼ばれた、ウサギ耳の小人が3人目を救出に向かう。
ベアは、ふわふわ、ひらひらと、最初に視認した制服の少女が、同じく蜘蛛の巣の上にやさしく落下するのを確認しつつ、最後の一人の動向に意識を集中した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ハルキは楽しんでいた。よくわからないが空をとんでいる気分である。いや、実際に飛んでいるのだが・・・。
景色はすばらしい。城が見える。どこかのテーマパークに出てきそうな、西洋の城だ。城の近くには遊具が見える。真下には、大きな蜘蛛の巣型の何か。アスレチック施設なのだろうか。後は森と畑、小屋。鶏。それから太陽光発電みたいなもの。でもこれはみんな塔の方を向いている。塔に太陽の光を集めているのだろうか、だいぶ降りてきたな、森の木に手が届きそう・・・などと考えてと、上から高速でとおりすぎるものがあった。
「きゃぁぁぁぁ」
通り過ぎたものは、下の蜘蛛の巣に衝突・・・ではなく弾かれたようだ。それを見ていると、急に空を飛んでいることを思い出してしまった。
「えっと、紙飛行機って、最後にすとんと・・・うほぃ」
ハルキは墜落した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
最後の一人が失速した瞬間、ベアは動いていた。高度が低く、また最後の一人は、幸運なのか、反射神経なのか、木をつかみ――もちろん、完全につかめず、減速に役立っただけであるが――つつ、バリバリと木をへし折りながら、地上へ落下していた。
すぐさま、近寄ったが、見るからに軽傷のようである。
「大丈夫かね。」
ベアが尋ねると。
「え、あ、はい。大丈夫です。」
ときちんと回答が返ってきた。どうやら、大丈夫なうえに、礼儀正しい少年のようで、なぜかベアはほっとした。
「怪我はないかね。」
「えっと、はい、ないと思います。」
ハルキは立ち上がる。
「歩けるかね? ではついてきて。」
トランポリンを満喫させられた少女は若干パニックのようだ。モエミは一緒に落ちたハルキを捜す。ハルキは森に墜落したようであるが、すぐにTシャツの少年につれて来られた。スカートを気にしながら梯子を下りる。
「ハルキ! 大丈夫!?」
「大丈夫。ちょっと手が痛いだけ。」
ハルキは、若干しかめっ面なのであろう、細い目をもっと細くして答えた。
しばしの沈黙の後、呟くようにモエミが言葉を口にした。
「4回目……かな?」
「4回目だね。注意してたのに、中学校でなるなんてね。」
ハルキがきょろきょろしながら続ける。
「でも、何か平和そうだね。」
「さぁ、どうだか。」
モエミが眉間に皺を寄せて見回す。森を切り開いて、大きなトランポリンと畑を作っているようだ。周辺には白い花を中心に花が咲く。ポケットから櫛をだして真黒な髪を整える。ミツバチらしき生き物がぶんぶんという羽音とたてながら、うろうろしている。秋のはずがなんだか春を感じさせる雰囲気である。ほのぼのした雰囲気が漂う。
「それにしても、今回のって最悪じゃない? いきなり死ぬところだったよ!?」
「危なかったね。」
「危ないってレベルじゃないじゃん。危うく即死だよ。だから召喚はいやのよ!」
「まぁ、でも、生きてんじゃん。」
「おまけに、いつも通り、神様も出てこないし、チートな話もないし。召喚で魔力を使い果たしたお姫様は? チートなマジックアイテムを授ける不敵な笑みの王様は? 魔法の水晶での職業分けは? イケメンの騎士は? なによこの牧歌的な風景。即死しそうだった甲斐がないわよ!」
モエミは「おまけに」を強調する。かなり不本意らしい。小声で悪態をつく。
「こちらへどうぞっす。」
「こっちだぜ」
「どうぞ~。」
モエミがハルキに八つ当たりしていると、獣の耳を持つ獣人が、傍らの大きな小屋の前に案内する。小屋の横には廃物置き場のようなところがあり、いろんなものが雑多に置かれている。一応、屋根だけついており、雨が降っても濡れないようにする配慮か。小屋の向こうには畑が広がる。畑の隅には鶏と鶏小屋。畑の周辺の木々はおそらくは果樹。いろんな果物が見て取れる。種類は多いようであるが、季節外れ感が半端ない果物も実っている気がする。みかんは冬ではなかっただろうか。梨や桃は夏の果物。リンゴやブドウは、今の季節、つまり秋でよいだろう。
小屋の前に不揃いな椅子とテーブル。どうやらここに座れということらしい。ハルキに八つ当たりをするのに忙しかったモエミはようやく重大なことに気が付いた。
(耳!? 獣耳!? ふわもこ!?)
さっきまで、整った顔立ちで真面目かつ不機嫌そうな雰囲気をまとっていたモエミの人相がやや崩れる。
「ケ、ケモミミ!?」
小さな声でつぶやき、ハルキをつつきながら、周囲を確認する。そこには三角耳と丸耳とウサ耳があった。
「当たり!? ハルキ当たりかも!?」
モエミのつぶやきに対するハルキの回答の前に、ウサ耳少女がモエミに話しかけた。
「ウサミンといいます。あの、野イチゴ食べますか?」
「ふぁい! た、食べまふ。」
奇妙な擬音を発しつつ、かむモエミ。
Tシャツの少年が、少女をおんぶして、階段を下りてきた。三角耳を頭に生やした少女に手伝ってもらって、椅子に座らせる。
「お水だぜ。」
グレイが、コップに水を入れて配る。
「点灯終了みだいだよーん。」
まだ蜘蛛の巣の上にいる黒猫の獣人が知らせる。
「そうか。わかった。とりあえず、びっくりしていると思うんだけど、ま、水でものんで落ち着いてくださいね。」
ベアが黒猫の獣人から視線を3人に移し、見回しながら話す。
「詳しい話は城ですることになると思いますが、端的に言えば、みなさんは、素質があって、選ばれて、呼ばれたんだと思うね。申し遅れたが、僕はも・・・ベアと呼ばれている。あっと、うーん、見てのとおりの日本人だが、ベアと名乗ることになってるので、よろしく頼むね。本当はもうちょっと、みんながきちんと落ち着いてからがいいんじゃないかと、個人的に思うんだけど、どうしても今回は大歓迎バージョンでやりたいと主張する輩がいてね。」
ベアは、何か忸怩たるものがあるのか、釈然としない様子で話す。内容もはっきりしない。モエミは言っていることが全くわからないと思いながらも、名乗られたので名乗ることにした。
「モエミです。」
「ハルキです。」
姉弟であり、上の名前を言ってもしょうがないので下の名前で伝える。
「お、落ち着いているね、二人は。えっと・・・」
ベアはちょっと驚いた様子をしつつ、まだ名前を聞いていない少女に目を向ける。
「た、田沼です。」
少女が、手に野イチゴを持ったまま、ちょっともぐもぐしながら答える。甘いものを食べたせいか、少なくとも表面上は少し落ち着いた様子である。
「では、田沼さん、モエミさん、ハルキくん。とりあえず、落ち着ける場所に向かいましょうね。グレイ、連絡してね。」
「クロウサ、クロウサ、3人救出。けが人なし。いまから城に向かうぜー。」
グレイが腕輪に話しかけると、腕輪から回答がある。
「クロウサ、了解。3人ということですね。準備をおこないますですー。」
「出発しましょうね。歩いて10分くらいですからね。」
ベアに言われて歩き出す。大きな蜘蛛の巣型トランポリンの下とその周辺だけはなぜか砂地だった。砂地を抜けると、すぐに城の全体が遠望できた。西洋風な城だ。一番高いところには、キラキラとおおきな水晶のようなものが輝いている。城の入口の上には大きな看板が掲げられていた。
モエミは、看板を見ながら、心の中で「キタ!」と叫んでいた。
看板には次のように書かれていた。
「魔法の国にようこそ!」