ハルキ、初めての狩りへ
夜、部屋以外で自主練をするなら、灯りの関係上、屋上が最適だと思う。ただし、光がでる系統の魔法を使うと、ここの光が各部屋に配られるため、自主練をしているのが他の人にもわかると思われる。だから、ハルキは端っこで、目立たない魔法の練習をする。
もちろん、こっそりと遠くから動物たちの様子を観察してから、屋上にいくのだが。
動物たちはとてもおとなしい。
人を怖がっているようにも思える。
屋上に上がる。手すりの向こうは暗黒の世界だ。空気もそよりとも動かない。まるで空気が気体ではなく、真っ黒い固体であるような錯覚に陥る。このまま自分も固まってしまうのではないかという自らの思考に、背筋がゾクリとする。
「さぁ、やろうっと」
声を出して自らに活を入れる。初日で擦った手のひらはもう痛みはない。
土、空気、水の魔法。
姉に言わせると、固体、気体、液体の魔法ということらしいが、よくわからない。
一通り、それぞれの基本的な魔法は、初心者セットなしで使えるようになった。
ただし、基本的なものであり、とても戦闘に使えるものではないと思う。
そうなれば、自分にできことは練習しかない。
バスケットボールのときもそうだ。自分にできるのは自主練習。基本的なことの繰り返し。反復練習。基礎ができないと応用ができないのは、身をもって経験している。
「うほっ、本当にいたぜ」
「ほんとだ、どんな魔力量だよ」
「そうそう、俺なんかすっからかんなのに」
何やら荷物をもったジョーとマナトが暗闇の中から現れる。
「あれ、なんで……」
「そりょそうだよ。あれだけ上達早いんだもん、絶対、裏で何かやってると思って」
「そうそう、自主練なんて真面目だねぇ。もっとも、やりたくても魔力は残ってないけど」
「……俺って、魔力多いのかな」
「そりゃそうだよ、お前のねぇちゃんはもっとすげぇが、お前のサイズも大きかったぞ」
「そうそう、普通は、手の平のサイズ」
「へぇ……」
「お前、部屋狙えんじゃね?」
「そうそう、早く、中級クラス来いよ」
「無理だよ、中級とか、まだ動かしたり、集めたりするのがやっとなのに」
「へへ、そこでだ」
二人がもっていたものを差し出す。
「中級者用の魔法陣だ」
「おぉ、ありがとう。……すごいんだろうけど、暗くてよくわかんない」
「よく使われるのを持ってきてみた。えっと、これが氷を飛ばすやつで、こっちが土の盾で……」
「なんか、ありがとう」
「いやいや、こちとら下心ありありだから。それで、もし、部屋もらったらさぁ……」
「そうそう、部屋もらったら……」
暗い中で二人が悪い笑み浮かべたのがわかる。
「「肉が食いたい」」
「いやいや、二人のほうが可能性あるだろ? 普通に考えて」
「いやー、走ったり、跳んだりするんならいいけどねぇ」
「そうそう、体動かすだけならいいけど」
「魔法はちょっと……」
「そうそう、4階組は別格だからな」
「あいつら、凄すぎ」
二人がため息をつく。
「俺達じゃ、ちょっと勝てねぇ」
「……そうなんだ」
「でも、お前なら勝てそうな気がする」
「そうそう、頼むよ、勝って、そして肉を分けてくれ」
「そうだよ、肉だよ、それに、お菓子、甘いものもな」
「そうそう、絶対、あいつらだけ、何かいいもん食ってるって」
「頼むよハルキ!」
「そうそう、お前、すげぇじゃん」
「わかった、わたかったって! やれるだけやってみるよ」
暗闇の中で闇の取引が成立する。
「しっかし、まだ自主練もできんだろ、すごい魔力量だよね」
「そうそう、ハルキ、お前、魔法使いの家系じゃね?」
「なんだよ、魔法使いの家系って、だいたい魔法使いなんか、いなかっただろ」
「そりゃそうだけど、お前、できすぎ」
「そうそう、すごすぎ、だからさ、自主練手伝うから、肉食わせろよ」
「わかったよ、できたらな」
「おぉ、いいぞ、できたらで」
「そうそう、それでいい」
「じゃ、さっそく、これやってみな」
「オッケー!」
暗闇の中の自主練は、かなり遅い時間まで続いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あっら~、お帰り、遅かったわねぇ~」
「ども~、お邪魔してます」
ハルキが部屋に帰ると、姉とその友人、確かエリカさんだったかな、二人も自主練をしていた。
「あら、結構遅い時間ね、そろそろお暇しようかしら」
エリカが立ち上がる。そして思い出したようにあくびをする。
「そう? では、またお願いね」
「こちらこそ、お互い様だから、ではGood Night!」
エリカが、立ち去る。
モエミがニンマリとハルキに微笑む。
「えっと、じゃぁ、お休み」
「待ちなさい、今日の成果の報告は?」
「なんだよ成果って、意味わかんねぇ」
モエミががしっとハルキの両方のほっぺを挟む。
「きまってるでしょ? 4階組の情報よ。得意な魔法、そうでない魔法、戦いかた、苦手、弱点。それらか、なにか効果的な魔法の情報はないかな」
「もしかして、部屋を狙っているの?」
「当然でしょ? ギルドもなければ、チート能力ももらえない。世界を救うとか、魔王を倒すとかもない。魔法を覚えて、部屋狙う以外に何をしようっていうのよ」
「まぁ、そうだろうけど」
両手を腰に当てて、勢いよく語る。
「この世界は、姫を中心に4階組を支配構造とした単純な社会なの。つまり、4階組に入れば勝ち組。早期に4階組に入っておくべきだわ」
「……」
「そのためには、まずは情報よ。入れ替え戦はもう始まっていると考えなさい。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。初手がチャンス。絶対に、今なら油断している。ここで急成長しておいて、一気に弱みに付け込んで勝つのよ」
「なんかせこい」
「せこくていいのよ。それに、努力は裏切らないわ。例え、4階組にはいれなくたって、急成長したという成果は残るわ。だから、やるわよ!」
「わかったよぉ、で、何をしゃべればいいの」
「とろあえず、4階組の一覧表をつくるわよ!」
「はいはい」
「あと、いい魔法があったら、教えなさい」
ハルキは寝かせてもらえない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ハルキは、自分が寝つきがいいほうだとは思っているが、この世界に来てからはちょっと異常だと感じる。魔法を使いからだろうか、あっというまに泥のように眠り、朝を迎える。
そして、寝起きもいいほうだと思う。でも、今朝はちょっとものものしい感じがする。朝のチャイムを合図に部屋の外にでると、4階組は既に階下。田沼さんを誘い、1階へ。階段からは、ステージに4階組が、お揃いの狩人の恰好をして集合しているのが見える。姫も狩人姿。
「うわー、姫、かわゆす。何をお召しになっても絵になる。素晴らしいレイヤーになれるわ。フェニックスさんの気持ちもわかるわかる。しょうがないよねー
姉が感嘆しているが、もちろん無視することにした。
1階に降りると、見計らったように、ホークがステージの上から話を始めた。
「もう、聞いてる者もいると思うが、久しぶりに畑に角うさぎが出た。在庫も少なくなってきているので、朝食後は大規模に角ウサギ狩りを行う。4階組は必修だが、それ以外の希望者は、昼食後、防具を付けて、門に集合してほしい」
「角ウサギ……」
「お、ハルキ、おはよう、もちろん行くだろ?」
「おはよう、俺も行くからいこうぜ」
マナトとジョーが誘う。
「え、でも、何をするのか……」
「いいんだよ、4階組になるハルキは、狩りの経験がないとダメだぞ」
「そうそう、行ってから考えようぜ」
「わ、わかった」
見回すと、眉間に皺を寄せて、姉がエリカさんと話をしている。おそらく参加について、相談しているのだろう。隣で田沼が青い顔をして首を振っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝食もそこそこに、ハルキはマナトとジョーに連れられて、着ぐるみゾーンにやってきた。
「そういやさ、ハルキって、まだもらってないんだよな」
「もらうって何を」
「防具」
「防具?」
二人が袖を通そうとしているのは着ぐるみだった。
「あら~、ハルキ君、参加してくれるの? 間に合ったかしら、ベア、ハルキ君のできてる?」
「あぁ、もちろん」
ハルキには意味不明だが、勝手に話が進む。
ベアが片手に白い着ぐるみ、もう片手に黄緑色の着ぐるみを持って近寄ってくる。
その間に、ジョーはゴリラの、マナトは宇宙人の着ぐるみを身にまとっていた。
「防具って、もしかして……」
「この着ぐるみが防具だよ」
「そうそう、最初は恥ずかしかったけど、もう慣れた」
「えぇぇ……」
絶句するハルキを放置し、フェニックスがモエミを呼ぶ。
「こっちよー、これを着て」
「難しかったんだけど、二人とも要望通り作れたと思うね」
モエミが何かを察し、フェニックスを見る。
「要望って……、私は何も言ってないわ」
「あれ……、フェニックスさんから事細かに指示があったんだけどね」
「あ、てへぺろ! 二人はとっとと中級に来ちゃうと思ったので、先走っちゃった」
モエミも絶句して、着ぐるみを見る。
ハルキはモエミの口元がかすかに緩むのを見逃さない。
「ま、せっかく作ってもらったんだし、着るわ。もう、仕方がないわね」
(いや、あれはきっと気に入ったんだ!)
「ちょっと、待っ」
「皆さんを待たせる気? とっとと着替えなさい!」
こうなったらもうだめだ。返事をせずに、黄緑色の着ぐるみに手を通す。ジョーとマナト、いやゴリラと宇宙人が手伝ってくれる。着ながら理解したが、黄緑色の恐竜だった。顔が大きくあけた口のところにはまる。ご丁寧に黄色の背びれのようなギザギザもついている。サイズはなぜかぴったりだ。
着替え終わると、姉がやってくる。姉はヒツジだった。
「仕方ないわね~、しょうがないわね~、や~ねぇ~」
わかる、俺はわかる。絶対気に入ってやってる。
憮然としながらも、促さられ、門のところにやってくる。
狩人の格好の11人に混じって着ぐるみの、ゴリラ、宇宙人、恐竜、羊、侍、パンダ、チーター、カエル、シベリアンハスキー、セントバーナードが並ぶ。シュールだ。
「では、畑周辺の狩りに出発する。毎回言っていることだが、これは遊びではない。また、害獣駆除とはいえ、命を奪う行為を行うことになる。なおかつ、我々の貴重な食料ともなる。注意と敬意を持って事にあたるように。それでは畑に向かって出発する。では姫、行ってきます」
「お願いします」
ホークが厳しい口調で訓示を行い、出発する。
「結局、どうすりゃいいんだよ」
「追立組と実行組にわかれるんだ。おれたちゃ多分追立組だよ。広がって角ウサギを追い立てて、見通しのよいところで、4階組の中で腕のいい人が捕まえたり、撃ったりする」
「なるほど、それならできそうだ」
「問題はその後だけどな」
「その後?」
「そうそう、その後。血抜きと解体がある。ちょっとグロいよ」
「そりゃそうだよ、それに最後に皮剥ぎもあるぞ」
立ち止まるハルキ。
「え……」
がしっと、ジョーとマナトが左右から肩を抱く。
「食ったよな、肉」
「そうそう、おいしく食べていたよね、肉」
「あれは、命をいただいているということだ」
「そうそう、ここでは、人任せにできないんだ。肉を食べたけりゃ、自分で捌く」
「ここは一つ、我らが4階候補者様には、しっかり経験を積んでいただこうじゃないか」
「そうそう、やるよね、ハルキ」
「お、おうよ!」
「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」
空元気を出すハルキの後ろから、不思議な呪文を唱えるモエミはとても嬉しそうだ。
「姉ちゃん、エイリアンって垂れ目だっけ?」
「!」




