ハルキ、空を飛ぶ
「重力に魂をしばられなくなるということだ、試してみるがいい」
「えっと、こうですか……」
ふわりと漂うハルキ。
「ほう。悪くない。では我も……ていっ!」
ぺちゃっと落ちる。
「うむ、重力の呪縛を解くには、我が左目の封印を解くしかないのか!」
「あ、あれ、無視していいぜ」
着地したハルキの横にすたっと落ちたウルフが、気軽な感じで教える。最も相手にしてあげるスキルが不足している。
「ふん!」
ズドンと音がする。
「うぉ!」
タイガーが飛び降りたようだが、音がおかしい。
「あー、相変わらずへたくそだな」
タイガーが頭をひねっている。
「あいつがやると、軽くなるんじゃなくて、重くなるみたいなんだぜ。どこをどうやってんのかねわかんないけどだ。そっちのほうが難しいとおもうんだけど意味不明だぜ」
タイガーの足元の地面はわずかにへこんでるような気がした。
てくてくと階段を上がり、ていっと飛び出す。ゆっくりと落ちる。
「うまいな。それが、フェザーフォールな。物品が落ちてくるのをゆっくりにするのにも使ってる」
ホークが手に大きな三角形の形をしたものをもってあらわれる。
「これを使ってみろ、なーに、でっかい紙飛行機だと思えばいい。それにつかまっているくらいの気持ちでいい。そうすると、空を飛べるぞ」
「空を!?」
「まぁ、飛ぶといっても、本当は滑空、ゆっくり落ちるだけだが」
「や、やります!」
すた、ぺちゃ、どすん。
「3人は無理みたいだな。ハルキ、もうちょっと上からやってみよう」
「はい」
2人を見送る3人。
「食料入手の魔法の練習など笑止千万」
「こんな魔法やってらんねぇぜ」
「……」
ハルキを見送った3人は、攻撃魔法の練習に移った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フレームは木製。布が張ってある。とても軽い。本物のハンググライダーをまじかにみたことはないが、形状は同じような気がするが、サイズはかなり小さい。
腰にロープを巻き、スタンバイ。そのまま、走って滑り台に向かう。
滑り台を走って下る途中で、魔法発動。簡単に宙に浮く。
「おぉ、あいかわらず早いな」
ホークが感嘆する。
「楽勝っす」
言いながら、いまさらながらハルキは気づく。楽勝なはずだ。この魔法はもう経験している。そう、この世界に落ちてくるときに。
滑空を終えて帰ってきたハルキは、ハンググライダーをホークに返却しようとするが、ホークは首を左右に振る。
「ちょっと魔力を使いすぎた。使っていいぞ」
「本当ですか? では、もう少し高い場所からいいですか」
「ああ、もちろんだ」
ハルキとホークが階段を上がる。城の外壁に沿って、らせん状に階段と通路があり、それにいくつもの滑り台が接続されている。少しずつ高いところから、自分に合わせた練習ができるように作られている。
次の滑り台へ向かう途中に、ハンググライダーを持ったフェニックスが座り込んでいた。
「大丈夫か?」
「ええ、もちろん」
少ない情報からハルキは計算する。
(ん? 午前中2人ともいなかった。2人ともお疲れ。会話から推測すると一緒だった?)
「フェニックスさん、お疲れなら、ハンググライダー、お貸しいただけません?」
モエミと一緒にきた女の子がフェニックスのハンググライダーを借りる。
「どぞー」
そこに寝起きの姫が通りかかる。
「えっと、数、足りないよね。私のも貸してあげよう。コーレム、モード2ね」
姫はハンググライダーを持っていない。
「あ、はい、ありがとうございます?」
モエミがとりあえずお礼を言うと、コーレムがモエミのところに来て、手をあげる。どうやら、その手を持てということらしい。
モエミが手をとると、手がそのままハンドルに、そして体が平べったくなり、ハンググライダーに変形完了。
「す、すげぇ。え、どうなってるんですか! 教えてください!」
「うふふふ、がんばったら、ちょっとかんがえようかな……」
「本当っすか! やります、がんばります!」
ホークのハンググライダーを手に持ち、再び滑り台に向かうハルキ。
そして、軽々と、見事に飛び立つ。
それを追いかけるように、モエミとエリカも滑空を開始する。
「もう、飛んでるの? 早いわねー」
姫が感嘆していると、フェニックスがおずおずと話しかける。
「あの、姫、御報告がございます」
「報告?」
姫が首をかしげる。
「か、かわゆす……」
「……フェニックス!」
ホークが小声で叱る。
びくっとして我に返るフェニックス。
「あ、すみません。えっと、ピーコックがモエミちゃんに魔法で敗北しました」
「あらら……詳細は?」
「私も見てなかったのですが、どうやら自爆のようです」
「自爆?」
フェニックスが伝聞を伝える。
「あー、それ多分、自爆じゃないよ」
「え、でも」
「変身魔法はすごいけど、対人戦闘ではネタ魔法の域をでないの。戦い向きじゃないのよねー、レジストされるから」
「レジスト?」
「えっと、要するに魔法がかからないことがあるってこと。氷をぶつけるのは、氷がぶつかるからどうしようもないけど、人の流れている血を凍らせるのは難しいっていうか、ほぼ無理でしょ? 直接、相手にかける魔法は、魔法として成功してても、相手に影響を及ぼす時点で失敗することがあるのよ」
「つまり、魔法にかけられるのに抵抗できると?」
ホークがつぶやくようにうなずく。
「そうそう、変身魔法は相手に直接かける魔法。だから楽しいけどかからないことも多いのよねー。戦い向きじゃないのよねー」
「では、モエミちゃんがその、レジストやらをしたと?」
「そうねー、だって魔法障壁って、そういう考えとか明確なイメージがないと作れないし、まだ誰も見せてないし、教えてないでしょ。そもそも難しいし」
「でも、ピーコックが変身しましたよ」
「あー、レジストされると、逆流することがあるからねー、あ、そういう意味では自爆でいいのかもねー」
「隣にいたスパローも変身しちゃいましたよ!?」
「うーん、モエミちゃんが、無意識に変身魔法をコピーして、打ち返したとか?!」
姫が、わたしすごくいいこと思いついちゃったという顔をするが、次の瞬間、頬を膨らませる。
「あーあ、モエミちゃんの得意魔法は変身なのかなぁ。それじゃ脱出できないよー……」
へなへなと座り込む姫。
そこにクマミンが駆け込んできた。
「ピーコックさんの変身がとけたっす!」
「えっと、場所をかえよっか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
4階のベランダから外を見渡す。数人がグライダーで飛んでいる。
「あのグライダーってすごいわね。でも、上には上がれないのよね。高いところから遠くに行くのにはとても便利そう。風の魔法で下から風を送ると上がれないかしら、危ないかな~」
姫が真面目な顔で、ぶつぶつと独り言を言いながら、考え事をしていると、ピーコックがベランダに入ってくる。フェニックスとホークが付き添う。
「すみませんでした……」
力なく謝るピーコック。
「えっと、あの、子供たちの練習にと思って……」
「あ、えっと、いいわけはもういいの。なぜ、あなたが変身しちゃったかだけ教えて」
ピーコックの言葉を遮る姫。
「はい……、えっと、変身の魔法は私が放ちました」
「いくつ?」
「3つです。ニワトリ、蛇、蜘蛛です」
「追尾型?」
「はい、モエミ……ちゃんを追っかけるようにしました」
ちょっと考えて「ちゃん」を付けたようだ。
「魔法には失敗してない?」
「はい、そのつもりでした」
「つもり?」
「え、あの、結局、私が変身したので」
「魔法の逆流は感じた?」
「逆流ですか? いえ……むしろ跳ね返されたとか、帰ってきたとか……奪われたとか、そんな感じです」
「奪われた?」
「はい、モエミちゃんに向かった私の魔法を奪って、私に投げ返したような気がしました」
「そう……」
無言が長く続く。いたたまれなくなるピーコック。助け舟を出せない、フェニックスとホーク。おろおろするクマミン。難しい顔になる姫。
「ま、以後、気を付けるように。次やったら、お仕置きです」
デコピンをする姫。
「ひゃ……はい? あ、ありがとうございます」
「次にモエミちゃんに手を出したら、かなり厳しいお仕置きだからね~」
「いや、手を出したわけじゃなくて、痛!」
言葉を遮り再度、デコピンを放つ姫。
「反省しなさーい」
微笑んで宣言する姫。
3人と1匹はその笑顔といつもと違う口調がとても怖く感じた。
姫が振り返り眼下を見下ろす。ちょうどモエミがグライダーでふらふら飛んでいる。
それを見て微笑む姫の顔が、3人はなぜか絵本の悪い魔法使いのように見えた。そう、毒入りリンゴを食べさせるような、糸車の呪いをかけるような。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ハルキ!」
モエミはバンッとドアを開ける。
「な、なに?」
思わず自主練の手を止める。
「あら、自主練えらいわねー、やっぱり呼吸をするように、魔法を使うってやつ?」
「……えっと、邪魔しないでくれる?」
「邪魔とかじゃなくてさ、しょうゆとか味噌の作り方わかる?」
「はい? 何言ってんの?」
「え、だってテンプレじゃん、しょうゆとか味噌で大金持ちになるの」
「テンプレって、何のテンプレだよ、第一、この世界、この学校しかないじゃん」
「……けち」
バタンとドアを閉めて出ていくモエミ。
(いったい、なんなんだよ。でも)
歩いていって、手でやったほうが早いと思われるが、魔法を使って窓を開けてみる。鍵をはずし、窓枠をずらす。
空気を入れ替えると、再度、面倒くさくても、魔法を使ってもとに戻す。
「呼吸をするように魔法を使うか」
ハルキは呟くとまた、窓の鍵をはずし、窓を開ける。
窓を閉める。
窓の鍵をはずし、窓を開ける。
窓を閉める。
手も足も使わない。魔法のみ。
バンッと扉が開く。
「ハルキ! フリーズドライってどうするんだっけ?」
「フリーズドライ? 何に使うんだよ」
「だって、保存食関係のテンプレでしょ!」
深くため息をつくハルキ。美人で成績もいいが、頭は悪いんだろうか。
残念美人という言葉を彷彿とさせる。
「・・・知らないよ」
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