後編 その38 巨木
この世界の朝は早い。
何時が「朝」ではなく、日が昇ると・・・太陽のないこの世界では正確な表現ではない・・・要するに明るくなると「朝」である。
モエミは朝型人間なので、素直に順応した。
「テストは夜ではなく、午前中から開始されるのだ! いくら夜、がんばって勉強していても、午前中に全力が出せないようならダメだ! 夜遅くまでがんばって勉強するのではなく、朝、早く起きて勉強しろ!」
父のこのような妄言にのせられて、いつも、朝、早く起きて勉強するのを常としていたので、朝が早いという生活は慣れている。
ただし、某動画サイトのアニメの一挙放送の日を除く。
「さって~、今日の朝ごはんは何かな~」
早起きして階下に降りる。
1階奥のキッチンでは既に、ケモミミを中心に数人が、朝ごはんの準備をしている。
「おっはよう!」
声をかけると返事が返ってくる。
「あ、モエミさん、おはようございまっす」
「おはようにゃ!」
「モエミさん、おはようございます」
「おはようですです」
朝の挨拶の応酬。
みんな、礼儀正しい。
「もえみさん、今日も、魔力を込めていただいてよろしいですか?」
「もっちろーん!」
おそらくは姫が作ったのであろう、調理器具のほとんどは魔力式。
ありあまる魔力を有するモエミは、朝一で、当日分の各種調理器具に魔力を充電・・・充魔していくのが日課。
大きな火力を使わなければ、モエミ一人で1日分の魔力は賄える。
モエミとしては、使用しながらの充魔が可能な調理機器はなかなかの性能ではないかと思っており、加えて、火事の心配もない、安心仕様だと感心している。
モエミが、仕組み的に決して安全ではないことを知るのは、かなり先の話。
「お、おはようございます・・・ご、ごめんなさい・・・」
オウルがやってくる。
いつも、一番に朝食の準備に携わるオウルが遅参するのは珍しい。
「おっはよ!」
「遅参深謝・・・」
「何言ってるのよ、さぁさぁ、手伝って!」
「え、はい・・・」
何か言いたそうなオウルだが、とっとと朝の喧騒に巻き込んでしまうモエミ。
オウルは顔は反省しているが、いつも通りケモミミたちを通りすがりにお触りしながら働き始める。
あれなら大丈夫だろう。
「テーブルを開けるっす」
今朝はパンを焼くようだ。
テーブルを囲んでコネコネする横で、大なべに入れたスープが温まり始め、いい香りが漂ってくる。
料理のメインはケモミミたちとオウル。
モエミは高いところにある物を取ってあげたりと、主としてお手伝いをする。
「モエミさん、ちょっと来てくれないか」
そこに割り込んできたのはホークとタイガー。
2人とも真剣な顔をしている。
朝食の準備で大わらわであるキッチン。
でかい図体の2人がやってくるだけで迷惑なのに、ちょっと来てくれと言われて、少しムッとするモエミ。
「えっと、あの・・・」
「モエミちゃん! 昨日はありがとう・・・」
「きゃははは・・・あんがとね~」
取りあえず断ろうと、言葉を発しようとしたところで、ルナとヒナがさらに割り込んでくる。
「あ・・・いえ・・・」
モエミからすれば、恨まれこそすれ、お礼を言われるわけがないと感じていることから、戸惑ってしまう。
モエミの戸惑いを感じたのか、一言だけ言うと立ち去るルナだが、ヒナの行動は違った。
「きゃはははは! タイガーすぁん! おはようっすぅ!」
くるりと振り返ると、タイガーの腕に抱き着くヒナ。
「お、おい、お前、ちょっと」
「きゃはははは! いいじゃん! 減るもんじゃないし!」
「な、何を言って・・・」
「はいはい、ここで、いちゃいちゃしない!」
ホーク、タイガー、ルナ、ヒナの後ろからやってきたスワンが怒る。
スワンは早起きして朝食の指示をしてから、食堂の準備に行っていた。
帰ってきたということは、食堂は準備完了なのだろう。
「すまん」
「あ、えっと」
「わ、わたしは・・・」
「きゃははは! あっち、行こうよ!」
タイガーはヒナをぶら下げたまま、ルナと逃げるように離れる。
スワンは、ルナとヒナの頭を、ペチンペチンと叩きながら、入れ替わりにキッチンに入る。
一方で、ホークはモエミに食い下がる。
真剣な眼差しだ。
「すまんが、少し時間を・・・」
「ホークさん、朝食準備の邪魔です!」
スワンが再度、怒る。
モエミは、ホークの眼差しに何かを察したように、スワンの寛恕を鎮めようとする。
「スワンさん・・・、ホークさん、昨夜、いろいろあったんです・・・フェニックスさんは・・・」
「フェニックスは・・・その・・・逃げられた・・・」
「そうですか・・・」
ホークの服を引っ張って、隅っこに拉致するモエミ。
小声で続ける。
「答えはもらえたんですか?」
「・・・こ、答え?」
「ええ・・・あ、いや、そうですね、すみません、皆まで言わなくていいです。私が悪かったです」
遠い目をするモエミ。
「わかりました。後でしっかり聞いてあげます。一先ずは、朝食の準備がありますので、その後ということで」
「あっと・・・えっと」
きっぱりとした強い口調で拒絶されるホーク。
そのまま、ホークを置き去りにキッチンに戻るモエミ。
ホークは、納得いかないような顔をしながら、立ち去る。
「どうしたの? ホークさん・・・」
スワンが食器を確認しながら、モエミに尋ねる。
「ちょっとしたハートブレイクですよ・・・若いっていいですね・・・」
「いったい何を・・・・」
「た、大変だぜ!」
「緊急事態ではないかと思慮します!」
畑方向に通じる、外向きのドアが勢いよく開いたかと思うと、大きな声をあげるグレイとフォック。
両手に朝とった野菜を抱えたまま、大騒ぎしている。
「こらっ! ドアが壊れる!」
「どうしたのよ・・・」
それぞれの反応を示しながらも、朝食の準備の手は休めない。
「やばいやばいやばいやばいぜ!」
「落下危険! 緊急事態!」
フォックが一番近くにいた、スワンの服を引っ張って、外に連れだそうとする。
スワンとオウルとモエミが目配せをする。
「はーい、みんなはそのまま、朝ごはんの準備をするのよー」
スワンはそう宣言すると、オウルとモエミを外へと連れ出す。
「あっちだぜ!」
「か、刮目せよ!」
グレイとフォックがはるか上方を指さした。
3人が見上げると、巨木の一部が壁から剥離し、斜めに、城に向かってぶら下がっているのが見えた。
この世界の8方向に存在する巨木郡。
遠目に見ると、その巨木がこの世界を支えているようにも見えるほどの存在感のある木。
その巨木が一部とはいえ、壁からはがれ、こちらに向かって落ち込もうとする景色は、この世界そのものの破壊に似た心証を喚起してしまう。
モエミは思わず、巨大な人間が城の外に存在するマンガの中で、安全と思われていた大きな壁の向こうから巨大な人間がのぞき込んでいシーンを思い出していた。
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