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後編 その37 火種

城の中の騒然とした空気は、なかなか収まらない。

電気のない城の中は、昼間の光を蓄光の魔道具で貯めていた光と、ガラス状の繊維を伝って送られる屋上の水晶の青い光でなんとか生活している。

もちろん城内の隅々まで明るいわけではない。

突然の騒ぎで眠れなくなった子供たちが、あちらこちらで、小声で話をしているのが漏れ聞こえる。


「姫・・・」

「怖い・・・」

「魔女・・・」

「騙されたの・・・」


聞えてくる単語は、夜の修学旅行の恋の話とは違い、心が沈んでいくようなものばかり。


「だ、誰か・・・降ろしてよ・・・」

「きゃははは・・・誰も聞いてないよ!」


言葉だけが空間に放たれるが、誰にも届いていないという不安感はつのる。


「・・・よく平気ね・・・」

「きゃははは・・だって、どうしようもないじゃん。できることといえば、魔力の回復を待って、ロープをなんとかして脱出ってところじゃん!」

「・・・れ、冷静ね・・・」


ルナとヒナは、打つ手がなく、ミノムシのようにぶら下がったまま。

そのミノムシのロープが、突然、ギシッ、ギシッとロープが下ろされていく。


「あ、え・・・」

「きゃはは・・・」


ゆっくりと下ろされていく2人。

床に降りると、すぐにタイガーがやってきて、2人のロープをほどく。


「あ、ありがとう」

「きゃはは・・・助けてくれる?・・・」


無言で2つのトレイを持ってくる。


「夜のフルーツ泥棒は、今日だけというのは、本当なのだな」


トレイにのせられているのは夕食。

タイガーの態度から察するに、本当のことを答えなければ、夕食は渡さないということだろう。


「えっと、何回も言いますが、この前、モエミちゃんに追いかけられた時からは、昨日まで盗んでません」

「きゃははは、ここまできて、嘘を言っても仕方がないよ。本当です!」


二人をじっと見つめるタイガー。

タイミング的に、二人を降ろしてくれたのもタイガーであることは間違いない。


「・・・わかった。ほら、晩飯だ・・・」

「え?」

「きゃはは・・・タ、タイガー! いいやつ!」


テーブルにトレイを置いて、二人を促す、タイガー。


「い、いただきます・・・」

「きゃはは・・・タイガー! 漢だね・・・いただきます」


2人が食べだすと、次に水を持って来てくれるタイガー。


「あ、ありがとう」

「きゃはは・・・いいね、タイガー! ルナでよければ好きに・・・モグモグ」

「何言いだすのよ! モグモグ」


2人が落ち着くところを見計らってから、ようやく話を始めるタイガー。


「モエミだ」

「「え?!」」


タイガーの言葉の意味を掴みかねる2人。

そして、もはや天敵となっている人物の名前の突然の登場に警戒を強める。


「状況から判断して、ここ数日の連続フルーツ泥棒事件のうち、2人の関与は1回だと思うから、許してやってほしいと言っていた」

「「あ・・・」」

「もっとも、フルーツ泥棒はやってはいけないことだから、それなりの償いはきちんとしてもらうがな・・・」

「「・・・はい モグモグ」」


反省しているのか、していないのか、口だけは動くルナとヒナ。


「ごくん・・・お礼を言うべき?」

「ごくん・・・きゃははは、ありがとう、タイガー、ちょっとかっちょいいよ。で、モエミちゃんは?」


言われなれてないタイガーは「かっちょいい」という言葉に対し、ちょっと照れながら答える。


「モエミは、真犯人を救出に向かった」

「真犯人?」

「救出?」


腕組みをするタイガー。


「すまん。時間がなくて、詳しく聞けてないが、フェニックスが犯人らしいということだ・・・あ、これは、言ってはいけないことか・・・」

「あ、いえ、黙っときます」

「きゃははは・・・この数日、食事会場で見てないもんね・・・引きこもっているんじゃなくて、家出だったってことかな・・・」


タイガーは驚いたようにヒナを見る。


「なるほど、そういうことか、すばらしい推理だな」

「・・・てへ」


タイガーの言葉に素直に照れるヒナ。


「ちょっと、なんで、この期に及んで、何となくいい雰囲気になってるのよ・・・」


二人の様子を見たルナは小さい声で呟いた。


「恋愛パート、突入?」


◆一方、その頃、巨大木郡付近。



「そんなことはないぞ! お、俺は・・・俺はかわいいと思うぞ!」


体に枝や葉っぱをくっつけたホークが、突入してくるなり宣言する。

その言葉に硬直するフェニックス。

姫は何のことだかわからずに、美しい顔をちょっとななめにして考えている。

直感でホークの言葉を理解したモエミは、目を白黒させながら、小さい声でハルキにモエミは尋ねる。


「ハ、ハルキ! こ、これって告白? リアル告白? れ、恋愛パート突入なの? ど、どうしよう」

「し、静かに、姉ちゃん・・・姉ちゃんが焦ることはないと思うよ」


ハルキは、炎の照り返しで、ただでさえ赤く見えるフェニックスの顔が、いっそう赤くなっている気がした。

固まってしまったフェニックスに、言葉を続けるホーク。


「大丈夫だ! 元の世界に戻っても、きっと、俺が探しにいく! 広くても、日本国内だろ? 俺で不満なら、ここにいるみんなを集めて会いに行ってやる! だから、いらない子だとか、誰も心配してくれないとか、そんな悲しいこと言うなよ! 一緒に帰ろう!」

「・・・」


ホークの渾身の訴えに、何か答えようとするフェニックスだが、言葉にならないのか、口をパクパクさせるだけ。


「さぁ、どっちだろ!?」


手に汗握るモエミ。

モエミが余計なことをしないかのほうが、心配なハルキ。

炎に照らし出されたタイガーとフェニックスは、2人だけの世界に突入する。


「でも、わたし、かわいくないし」

「俺は、かわいいと思う」

「でも、わたし、ちっこいし」

「俺は、そこもかわいいと思う」

「でも、わたし、バスケ下手だし」

「必要なら、練習に付き合う」

「でも、もうこっちに来て、何年も経ってるし」

「それは、俺も一緒だ」


フェニックスが顔を上げてホークを見る。


「でも、召喚されてきたのが、同じ日本だとは限らないし・・・」

「・・・それはどういう意味だ?」


フェニックスの言葉を理解できないホーク。


「なるほど・・・」


モエミが小さく呟いて、顔が真面目モードになり、何かを考えだす。


「えっと・・・」


場の雰囲気が硬直し、ハルキは戸惑う。


「えっと、ごめんねぇ、ちょっといいかな?」


それを打ち破ったのは姫の少しのんきな声。


「えっと、あのね、勘違いしてたらごめんね。帰るって言ったけど、全員で帰れるって、言ってないと思うの」

「は?」

「へ?」


言葉の意味をとらえかねて戸惑うホークとフェニックス。


「えっと、かなり時間をかければ、全員で帰れるかもしれないけど、この世界に来てから、結構、時間も経っちゃったので、そろそろ、とっとと帰りたいのね。だから、残りたかったら残っていいわよ」


全ての前提が覆る発言に、すぐさま回答ができないホークとフェニックス。


「えっと、私としては、モエミちゃんがいれば帰れると思うから、モエミちゃんは連れていくね」


そこで、私、いいこと思いついたという顔をする姫。


「そうね、私とモエミちゃんが先に脱出して、封印を解除するから、脱出したい人は、後でゆっくり脱出するってどうかな?」


にっこりと笑う姫。


「えっと、むしろ、フェニックスちゃんがその後をまとめてくれれば、いいんじゃない?」


私、すごくいいことを言ったぞという顔をしている。


「ちょっと、待ってください。それって、私たちを見捨てるってことですか?」


突然、正気に戻ったフェニックスが姫に問いただす。


「えっと、だって帰りたくないんでしょ? だから、無理して帰らなくていいてことよ?」

「え、いや、それは」

「えっと、あなたの希望を叶えるってことで言ったつもりだけど?」

「そ、それは、そうですけど」


少しの沈黙。

姫の微笑みが消える。


「えっと、自分が帰りたくないからって、人の帰る手段を奪おうとしておいて、帰らなくていいと言えば抵抗する・・・」


彫刻のような美しい顔での叱責は恐ろしい。

炎に照らし出され、ウッドワイバーンゴーレムに騎乗したままの姫からの苦言は、恐怖とともに、フェニックスに突き刺さる。

フェニックスは正論に対して、とりあえず半泣きになる以外の手段をもっていない。


「いいかげんにしなさい!」


最後に姫が言い放つと、フェニックスはその場から、脱兎の如く逃げだした。


「あ、フェニックス! 待って!」


ホークは追いかける。

残った姫とモエミとハルキは顔を見合わせる。

とても重い空気。

それを打ち破ったのは下の子特有の機転なのかハルキだった。


「と、とりあえず、消火しましょう!」

「あ、そうね!」

「えっと、じゃ、私はあっちから」


こうして巨大木郡の火事は鎮火される。

しかしながら、別の火種が新たに生まれてしまっていた。

この世界を終焉に導く火種が。

お読みいただきありがとうございます。

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