クレア 9
最低限の荷物を持って馬車に乗り込んだ。
もちろんシナを連れて。
「クレア様、叔母様ってどんなお方なんですか?」
「私にもよくわからないわ。ただ、波乱万丈な人生を送っていたらしいの。」
「波乱万丈・・・ですか。」
「ええ。アナスターシャ様というのだけれど、子供の頃から侍女として傍仕えしていたルノー様という方と共に後宮に入られたらしいの。・・・ルノー様っていうのは今は亡きボノーラ家の一人娘よ。」
「ボノーラ家のルノー様っていうと、もしや、」
「そう、あのボノーラの反逆事件。
最後までボノーラ家は冤罪だと主張をしていたけれど結局は駄目だった。
そして当時、妃として後宮にいたルノー様は毒酒を賜り自害を命じられた。」
「たしかルノー様が裏で糸を引いていると皇后様が突き止めた、とか。」
「冤罪なのに裏も表もないでしょうにね。皇后様はルノー様に嫉妬していたのよ。
自分より若く美しい、ただそれだけで。元より皇后様はルノー様が気に入らなかったらしいもの。
これ幸いと罪をでっち上げたのよ。」
「本当に冤罪だったのでしょうか。」
「ええ、あれは冤罪よ。叔母様がそう誓うのだから。」
平坦な道が終わったのだろう。ガタンガタンと馬車が揺れ始めた。
「叔母様も共に死ぬことを望んでいたの。自分の毒まで用意したらしいわ。
だけどルノー様は『お前は生きなさい。そして私より幸せになりなさい。これが最後の命令よ、必ず死ぬまで守りなさい。」と後宮から叔母様は無理矢理だされた。
叔母様は後宮へと続く扉を何度も叩いた、だけどあそこは主の許しが無ければ入ることも出ることも出来ない。
それでも叔母様は拳から血が滲み出ても叩き続けた。
門番がやめろ、と言っても。ルノー様が死んだという報告を聞くまで、ずっと。」
「それは、なんて、悲しい。」
「悲しい、そうね。だけどね、私はまるで生きた人形のようで恐ろしく感じたわ。
此処にいるのに魂はここにない。鼓動は感じるのに温度は感じない。」
数回お見舞いに行った感想だ。
虚ろな目には輝きが一切無く、どんよりとした梅雨のような空気を纏う彼女が恐ろしかった。
未知との遭遇、今までに会ったことがないタイプの人間だった。
「叔母様に会いに行くと言ったけれどね、手助けしてくださるかは分からないわ。
だけど、後宮を知るのは私にとってお前と叔母様しかいない、だから私は行く。」
辿り着いた屋敷は私の昔の記憶よりも綺麗だった。
青々とした草木や色とりどりの花が生気を感じさせ、あの鬱々としていた記憶が新たに塗りつぶされていく。
玄関をノックすると華やかな声が私の名を呼ぶ。
「よく来てくれたわ!クレア!」
「アナスターシャ様、玄関は私が開けますのに!」
「だってあなた遅いんですもの!さっさと開けなさいよ、もうっ!」
「アナスターシャ様がせっかちすぎるのです。ほら、クレアお嬢様だって驚いていらっしゃる。」
「あらあら、暫く見ない間に大きくなったわね。やっぱり女の子って華やかでいいわねぇ。」
「お、叔母様?」
あまりのかわりように私は動揺してしまう。
「なあに?」
「あの、叔母様、随分とお元気になったのですね。」
すると、ふふん、と鼻を鳴らしながら「当たり前よ。ルノー様の命令ですもの。」と言った。
「ダリアのことは聞いたわ。くそったれの阿婆擦れ女と、あの最低ヤリチン男の息子のこともね!
やっぱりあの時、私があの最低男のチンコちょん切ってやれば良かった!
そうすればダリアも後宮になんか行かなかったのにね。
ごめんなさいね、私がチンコ切らなかったばかりに・・・。」
「アナスターシャ様!またそんな下品な言葉を!」
「・・・最低ヤリチン男。」
「すごい、強い、アナスターシャ様。」
「女はね吹っ切れると強いのよ。覚えておきなさい。」
「クレアお嬢様、アナスターシャ様の下品な言葉遣いはお忘れ下さいませ。」
「一言多いのよ!もうっ!
それよりクレア、あなたどうやって復讐するつもり?
後宮入りして寵妃の立場を奪う?それとも皇太子を暗殺してみる?」
「いいえ、どちらも致しません。
私、あの皇太子が大嫌いですもの。肌に触れあうのも言葉を交わすのも望みません。
ましてやリリと間接的に身体の付き合いになるなんて絶対嫌ですわ。気色悪い。
暗殺は楽しそうですけど死んでしまったらそこまでですわ。
死んで終わりだなんて残念、私は長くあの皇太子には苦しんでいただきたい。
ですから・・・アレク様を私は手助けしようかと思っています。
皇太子もリリも同時に地獄へ堕とせる一石二鳥な案でしょう?」