クレア 7
悪夢だ。
きっとこれはとても質が悪い悪夢に違いない。
お願いだから、この悪夢から誰か私を目覚めさせて。
ダリアが妃見習いから正式に妃の位を受け賜わり半年後、事態は急展開を迎える。
「すみません、私はダリア様の・・・」
そう言ってマレ家を訪れた突然の訪問者は、玄関の門が開くのと同時に倒れた。
彼女の名はシナ、ダリア付きの女官だった。
手にはダリアの物であった小さな宝石箱が大事に握られている。
世界で同じものはもう一つだけ。
二人だけのお揃いのオーダーメイドで作られたその宝石箱はダリアが後宮へ行く際にクレアが贈った物であった。
「どうして彼女がこれを持っているのかしら。これは私がダリアへ贈ったものよ。」
きらりと輝いた宝石箱は何も答えない。
中を開けてみても空っぽで手紙の返事も何も入ってはいない。
一晩熱を出し寝込んでいるシナが目覚めると、シナはただ申し訳ございませんと泣いた。
何故そんなに謝るのかと聞いても嗚咽ばかりで会話にならない。
慰めても怒鳴っても泣き止むことはなく、ただひたすら謝罪を繰り返すのみ。
これではらちが明かない。
ダリアに直接聞けたら良いのだけれど、そう簡単に会えるわけもない。
手紙は検閲を通ってダリアの元へ届くまでに時間がかかってしまう。
本当なら目の前のこの子が答えてくれるのが一番手っ取り早いのだが今日は無理そうだ。
「いいわ。あの子が明日中に答えないのならダリアに手紙を書く。」
もう少しだけ落ち着くまで待ってみよう、とクレアが決心した次の日。
曇り空の朝、一通の黒い通知書が届いた。
「ダリアが死んだ?お父様、何をふざけたことを仰っているの?
何ですの、その紙は!間違って・・・ええ、きっとそうよ。
きっと何かの手違いで送ってきたに違いないですわよ!
私のダリアが死ぬはずがありません!」
「クレア、落ち着くんだ。」
「落ち着けるわけがないでしょう?!しかも遺体はもう無いですって?!」
「しょうがないだろう、決まっているのだから。」
後宮内で死んだ妃達はその位に関わらず皆、国で決められた場所への同墓となる。
ただし王妃、王が望んだ寵姫だけは別格で王と共に同じ墓に入ることになっている。
墓入りが終わった後、家族や親しい者が墓参りできるように送るのが、先程マレ家へ届いた黒い通知書だ。
死亡理由は書かれておらず、ただ記載されているのは墓の場所と死んだ日時のみ。
「とりあえず皆に知らせてくる。話はそれからだ。」
そう言って父は部屋を出て行った。
シナのいる部屋へクレアは急いで走った。
ドレスがめくれようと靴が脱げ靴下になってもクレアはもうどうでもよかった。
心臓が根を上げ息をするのが苦しくなってもただ階段を駆け上がった。
一刻も早く真相を聞かなくてはいけない。
「申し訳ございません。ダリア様が、ダリア様は」
「・・・死んだって言ったら、その首今すぐ掻っ切ってやる。
嘘でしょう?ねえ、死ぬわけないわよ。ねえ、そうでしょう?!」
シナはクレアに跪き「もういっそ私を殺してください。」と嘆願した。
「私は守り切れませんでした。
こんな私にダリア様はあんなにも良くしてくださったのに。」
シナは涙ながらに語った。
ダリアが寵姫であるリリに目を付けられ苦しい立場であったことも、妊娠したことがリリにばれてしまい事故に見せかけ階段から付き下ろされ子が流れてしまったことも。
悔しいがリリがやったという確実な証拠がみつからず訴えることも出来ない。
ましてやリリは寵姫である。
気まぐれで相手をされたダリアと、寵姫であるリリ、皇太子がどちらの味方をするだろうか。
下手に喧嘩を売るような真似をしては返り討ちにあうのが目に見える。
もしそうなればマレ家にまで影響が及ぶかもしれない。
八方塞がりのような状況のダリアは結局はリリに嫌われている自分のせいで子が死んだと鬱になってしまい、シナが目を離した隙に自殺をしたそうだ。
ただその自殺につかった毒薬をいつどうやってダリアが手に入れたのかが不明で疑問が残る。
「ダリア様が、もし私が死んだら、宝石箱をクレア様にお渡ししてほしいと。」
「これ?何も入ってはいなかったわ。」
「いいえ、入っているのです。クレア様だけに確実に渡るように、と頼まれました。」
シナは指輪を保管するためのクッション板を取り出し、更にその下の薄い下敷きをめくった。
小さな手紙が入っていた。
「・・・ダリアの字だわ。」
入宮してからの嬉しいことも辛く苦しいことも、全てがその手紙には詰まっていた。
始めはただ幸せだった。
皇太子の傍にずっと一緒に居られるわけではないが、声が聞こえ同じ空気を吸える。
夜にはたまにだが体温を感じることができ欲しくてたまらなかった愛を貰える、と。
だがそれはリリが入宮した日より一変してしまう。
皇太子がほとんどリリの元へしか通わなくなってしまった。
それまでは順番で夜伽のお相手が出来たのに、それも中々出来ない。
いつの間にかリリは王妃よりも偉そうに振る舞い誰もそれを咎める者はいない。
苦しい、辛い、寂しい。
そんな中、気まぐれで皇太子がダリアの元へ訪れ子が出来たという。
嬉しかった。
だけど怖いし不安だった。
こんな後宮内で無事に産めることができるだろうか。
だから隠した、安定期に入るまでは隠したかった。
だがそれは叶わなかった。
階段から落とされた時に見えたあの姿、あれはリリ付きの女官だった。
涙の跡だろうか。
薄っすらと文字がところどころ滲んでいる。
手紙の最後は自分を受け入れてくれたマレ家への感謝と自分の不甲斐なさの謝罪が綴られていた。
この手紙は読んだら燃やして、真相はクレアの胸にだけしまってほしい。
事を荒立てず静かに。
「きっと自分が死んだらクレア様は騒ぐだろうから、と言っていました。
ただ偽のことを言っても信じない。
ましてや他人のことなど簡単に信じることもないでしょう。
それなら私自身が真相を教えれば全て済む。
もし騒動になってしまえばクレア様に危険が及ぶかもしれない、と案じていました。」
あの子は最後まで優しかった。
鬼になることもできたはずなのに、マレ家を心配して鬼になりきれることが出来なかった。
「私がそのリリって女、許すはずがないじゃない。
ダリアを苦しめ殺した罪、絶対に償わしてやるわよ。」