クレア 5
ダリアが皇太子に初恋をしクレアが屍化のようになった日から年月は経ち二人は年頃になっていた。
年月が経てば皇太子のことなど忘れるだろう、とクレアは思っていたがそれとは反対にダリアの皇太子への恋心は増すばかり。
「不味いわ、このままじゃ。」
「そう?私は十分美味しいと思いますわよ?ねえメリイ?」
「クレアは甘党ですもの、私達より味覚がちょとだけお馬鹿さんなのよ。
お砂糖あといくつ入れれば気が済みますの?
いい加減にしないと太ってしまって入るドレスが無くなってしまいますわよ。」
クレアも昔に比べればレベッカとメリイのお節介が功をさし出不精ではなくなった。
いつものように井戸端会議のようなお茶会真っ最中、クレアに辛辣な言葉が降りかかる。
「違うわよ。婚約のこと!」
「急にどうしましたの。まあ確かにクレアは・・・。」
「そうねえ、とうとうこの歳まで婚約者もいないなんて。」
「煩い、私のことはどうでもいいのよ。」
「あらまあ。随分な口の利き方ですわね。
私達がどれだけあなたに手を焼いているか知っていてそのような口の利き方をしますの?」
「そうよレベッカの言う通りよ。
私やレベッカの婚約者の友人を紹介しても気が乗らないとかいって逃げてばかり。
いい加減にしないと困るのはクレア、あなたなのよ?
さっさと手頃なところで手を打ちなさい。」
ぴしゃりとクレアを諭すレベッカとメリイは早いうちに婚約を決め、あとは結婚する日を待つのみであった。
「別に・・・もう私、婚姻しなくてもいいかなって。」
ボソッとクレアが言うとレベッカとメリイは大きな溜息を吐いた。
「だって跡取りは弟がいるから婿養子を取る必要もないし。」
「あのねえ、あなたは良くてもソウ君のお嫁さんは小姑を嫌がると思うわよ?」
「もし煙たがれたら離れに住むから大丈夫。会わなければ喧嘩もしないもの。」
好きでもない相手と妥協して結婚する意味がクレアには理解できず、どうしても受け入れられない。
家の為に嫁ぐなら別だけど、クレアには別にそれが無い。
財産は今のところ年々順調に増加しているため不安はない。
クレアなりに計算したところ、クレアとダリアが150歳までのんびり生きていても余裕なほどはある。
それに優秀な弟は幼いながらも既に頭角を現し父の後を継ぐため日々学んでいる。
長女のクレアのぐうたらぶりをたまに叱るくらいだからもはやクレアよりも頼れる存在になりつつある。
このまま家に居れば思う存分自分の好きなことだけをして死ねるだろう。(おもにダラダラする)
では嫁いだ場合はどうだろう。
好きでもない相手に抱かれ子を作り子育てし一生を終える。
他人との共同空間、気兼ねばかりするストレス生活。
子が出来ても出来なくても周りからの嫌味にも耐えなければならないだろう。
姑・小姑・親戚問題。
家が違えば国が違うと思え、と書いてあった他国の本のエッセイを思い出し身震いをする。
食の味付けも生活習慣も違う。
作者の困惑と落胆と反逆が綴れられた結婚から離婚までのエッセイ。
一巻「私が殺人をした理由」
自分の家では朝は必ず和食だが、いざ嫁いでみて気付いた洋食を求められた朝。
朝は納豆ごはん、みそ汁が定番だと思っていたのに。
ちょっと豪華に卵焼きと焼き魚も付け、意気揚々と初めての朝食を出してみればブーイングの嵐。
夫も姑も舅もパンと目玉焼き、スムージー、コーヒーを出せという。
その話を呼んだ時、クレアは眩暈を起こした。
読み進めていくと更に気分が悪くなっていく。
朝はラジオ体操に始まり、終わりは寝る前の一日の反省発表会?
姑からの子を早くコール、小姑の休暇の来襲ですって?
更に姑が死んでも子が男児であればいつか嫁問題がまっている。
その嫁が良い娘なら良いが性悪だったら老後に明るい未来は望めないだろう。
作者はそんな現実を虚ろな目で見ながら過ごしていたが、それは突然終わりを迎えた。
なんと夫が浮気をして、その愛人に子が出来たから離縁してほしいと言ってきたそうだ。
姑も舅も初孫だと嬉しがり、夫と愛人は二人横に並んで手を繋いでいる。
作者の味方はその空間に誰もいない。
「私の兄が弁護士なので呼びます。ただで済むと思うなよ、ゴミ以下の最低クズども。」
さすがにブチ切れた作者はその場ですぐに悪名高い兄の弁護士を呼び多額の慰謝料を請求した。
一巻はここで終わり、二巻はいつかは出る予定らしい。
駄目だ、クレアにはどれも出来そうにもないし耐えられない。
一度婚姻を結んでしまえば簡単には離縁出来ない。
恐ろしい。
考えれば考えるほど利点よりもマイナス点が大きい。
「それで?あなたのことじゃないのなら誰の何が不味いのよ?」
レベッカに問われハッとクレアは意識を戻した。
「ダリアよ、ダリア。この前お母様に何て言ったと思う?
『皇太子様って何人も妃とか作っても良いのでしょう?
私もなれないかしら。』って言ったのよ?!」
「あらまあ、まだダリアは皇太子様が好きなの?長いわねえ片思い。」
「純愛かしらね、可愛いじゃないの。」
「はあ?純愛が側室目指すの?私は嫌よ!
せめてダリアだけを生涯大事に愛してくれるなら婚姻を許しますけど、その愛を何人もの女と分かち合って奪い合う?それのどこが良いの!絶対ダリアは幸せになれません!私は許しません!」
レベッカとメリイがクレアを見て目配せした。
「いくらクレアが許さないと言ったって、決めるのは本人同士でしょう?」
「それにまだ国から妃見習いの募集があったわけじゃないのに気が早いわよ。
そんな簡単に受かるとも限らないしね。」
「馬鹿!馬鹿!ダリアだったら絶対受かるに決まってるじゃないの!」
「クレア・・・あなた、どうしたいのよ。受かっても受からなくても納得しないのでしょう?」
ニヤリとクレアが笑った。
「妃見習いの公募がある前にダリアに婚約者を作ればいいと思うの。
だって婚約者がいる女性は募集対象外ですもの。」
ふふふ、と企むクレアとは対照的にレベッカとメリイは肩をひょこっと揺らした。
「どう思う?」
「上手くいくわけないじゃない。
姉のクレアより先に妹のダリアが先に婚約だなんて体裁が悪いもの。」
「そうよねえ、クレアがこんな調子じゃ無理よねえ。
クレアの婚約が先か、妃見習い公募が先か・・・ねえ、賭けませんこと?」
「えええ・・・嫌よ。そんなすぐに先の見える賭け事なんて。」
「あら知っていましたの?」
「馬鹿にしないでちょうだい。疎いクレアとは違いますわ。
噂では公募も近いらしいじゃないの。だからきっとダリアもお母様に尋ねたんじゃないかしら。」