クレア 2
前日までリリは寵妃だった。
国で一番王から愛される女。
誰もがリリにひれ伏しリリの言うことは絶対。
リリの言うことを聞かない者や嫌いな人は追い出したり殺したり。
好きななことだけをして好きなものだけに囲まれた生活。
どんなに珍しい他国の食材も高価な宝石だってリリがただ一言「ほしいの。」と言えば即座に用意されるほどの贅沢三昧。
誰もそれを咎めはせず王様はニコニコその我儘を分かった、と聞くだけ。
「王命だ。リリ様がリアノ国のアレゴが食べたいと言っているらしい。」
「今度はアレゴですか?!
あれ一つで何十人分の食が賄えるか!
外には飢えている民が大勢いるというのに!」
「俺に言っても仕方ないだろう?
・・・俺たちはただ命に従うしかないのだ。
頼んだぞ。俺はカルレを探さなくてはならないんだ。」
言うやいなやモレアは苛立ちを隠すように速足で去った。
「おいおい、カルレってマジかよ。」
カルレは満月の光を浴び熟す。
一枝に一つの実、一年に一度しか実らない珍しい果物だ。
それはそれは美味らしいのだが、なかなか見つからないことで有名でほとんどの者は食したことがない。
「アレゴのほうがまだマシか。」
溜息を吐きアレゴを手に入れる為、カノは馬にまたがった。
このように無理難題ばかりを言いつけられ叶えなければならない従者は大変である。
探しに行く旅費も、遠国から取り寄せるのもタダではない、金が必要だ。
金はどこから持ってくる?
リリの分の財産などとっくに尽きている。
しょうがなく他の妃の分から少しずつ減らしてリリの分へとこっそり補充をしてみた。
最初はそれでなんとか自転車操業のように持ちこたえることは出来た。
だがリリの欲は尽きることはない。
アレもコレも欲しい、欲張りな女。
いくら財があっても足りなくなり、そのしわ寄せは国民へ。
国庫が足りないのなら国民から搾り取るしかない。
リリはそれを知らないふりをして無邪気を装い今日も欲しいものをねだるのだ。
そして王はそれに笑顔で応じ王命でリリの欲を満たすだけ。
今日も昨日と変わらない日が始まるはずだった。
だが朝目覚めると状況は一変していた。
「リリ様、大変でございます!
お、王様が・・・!」
リリ付きの女官が慌てふためいてリリを起こした。
「なによ。騒々しいわね。
私が朝は苦手だと知っているでしょう?
静かにしてちょうだい。
それで?王様に何かあったの?
まさかまた女でも連れて帰ってきたんじゃないでしょうね?」
「いいえ、そうではなく・・・!」
「それじゃ何よ。早くさっさと言いなさい。
気になって二度寝できないじゃないの。」
リリは起きかけた頭を再度枕に置いた。
「お、王様がアレク様に王座を譲位したそうです。」
「はあ?何それ。
嘘が下手にもほどがあるでしょ。
それに今日はエイプリルフールじゃないわよ?来週よ?」
「嘘ではございません!
先程アレク様が王の証である印を持ち書状と共に王宮入りをしました!」
必死の形相で叫ぶようにいう女官にリリはやっとそれが本当のことなんじゃないかと思い始めていた。
「王様はどうしたの。
今日の昼には戻ってくると言っていたじゃない。」
「もう王宮には戻らないそうです。
アレク様が言うには、度重なる心労で体調が芳しくない為隠居したい、と。
全てをアレク様に頼む、と。」
「度重なる心労?アレク様に頼む?
そんなわけないじゃない!
あなたの聞き間違いじゃないの?!
ちゃんともう一度探ってきなさい!」
リリが怒鳴ると女官は泣きながら部屋を出て行った。
「悪夢だわ。
そうよ、きっとこれは悪い夢。
目が覚めればちゃんと王様はいるわよ。
いつものように私が目覚めるのを微笑んで待っているはずだわ。」
リリは慌ただしく聞こえる話声で目覚めた。
「急いで!早くしなさい!」
「新たな王と王妃が皆の招集を命じられたわ!」
「リリ様、早くご準備を!
早く行かなければ反抗していると疑われてしまうかもしれません!」
あれよあれよとリリは着替えさせられ皆が集まっている場へ眠気眼のまま放り出された。
「まったく一体何だって言うのよ・・・。」
ほどなくして少し遠く、前のほうから声が聞こえた。
妃達が何故震えているか、リリはやっと理解した。
あの女官が言っていたことは正夢だった。
「そ、そんな。まさか。」
人生とはまさかの連続だ。
寵妃リリがその後宮の頂点から真っ逆さま、最下層にいたクレアが王妃になるとは誰が想像できただろうか。