雨の魔法
五歳になると魔法を覚えるという名目で魔法の家庭教師がつくのだが、母親が水の魔法使いという事もあって、僕には家庭教師はつかず母親に魔法を習っていた。
といってもほとんど自習だ。母親よりもすでに僕は高位の魔法使いになっている。
魔力量も魔法も一歳未満から鍛えたおかげなのか、母親を凌駕している。
母親から習うのはこの国の歴史やリキュール家の成り立ち、貴族としての振る舞いなどだった。
五歳になってよかったことが一つある。
それは屋敷の外に出してもらう事が出来るようになったということだ。
今までは屋敷の中、特に自分部屋ぐらいしか行くことが出来なかったが、今日からは違う。外出できるのだ。
といっても母親同伴でないと屋敷から出ることは出来ない。
外出許可(仮)みたいなものだろう。
そんなある日、雨が降った。
僕が雨の日に生まれたからなのか、水属性に大きく適性があるのかどうか分からないが、雨の日になると僕の魔力が疼く。
その日は大規模な魔法が使ってみたかった。
けれども大人が度肝を抜かすような魔法は禁じられている。
じゃあどういう魔法ならいいか、考えて思いついた後、僕は母親に外に出たいと申し出た。
「じゃあ近くの丘まで散歩でもしましょうか」
「はい、母上」
母親が傘を持ち、その中に入って僕たちは近くの丘を目指す。
歩いて十分ほどで何もない小さな丘に辿り着いた。
「母上、僕はちょっとやってみたい魔法があるのですが」
周りに人影をないことを確認した後に、母親に確認を取る。
「いいわよ。でもあまり派手なのはダメよ。案外ここは屋敷から近いんですからね」
「大丈夫ですよ母上、ちょっと雨粒を操作するだけです」
そういって僕は傘から飛び出す。
母親は慌てて傘を僕の方に持ってこようとしたが、僕が一切濡れていないのを見て、その場にとどまった。
僕に降りかかる雨粒は僕に触れる前に魔法で蒸発させたからだ。
そして僕はやってみたかった魔法を発動する。
それは自然界にある水の制御。
あらかじめ自分で作った水では無くて、自然界にある雨。これを操れないかと僕は思ったのだ。
天を仰ぐポーズで僕は魔法を行使する。
その瞬間、周りにあったすべての雨粒が停止した。
まるで時でも止まったかの様に雨粒は空間に固定されピクリとも動かなくなる。
それは幻想的な風景であった、母親が息をのむほどに美しかった。
ただ雨粒を止めただけけれども一粒も制御に失敗することなく、停止するのは並の水魔法使いでは不可能だ。
何せ何万にも及ぶ雨粒一つ一つを制御しているのだから。
雨粒を合わせた水の塊なら同じ量をコントロールするのは並の魔法使いでもできるが、ばらばらに一つづつとなるとそれはもう高位の魔法使いでないとできないことだった。
雨粒を停止させた後はその半分ほどの制御を解除し、半分を天に向かって逆流させた。
雨が交差するという他からみると地味な絵面だったが、僕自身は満足していた。
小さな丘まるまる一つ分の雨を制御し、半分は逆流させている。
膨大な魔力と、繊細かつ多数を操るコントロール力、これらを組み合わせないとできない大規模魔法だったのだから。
何にも役に立たない魔法だが、練習にはもってこいだった。少し遠くから見ると子供が雨に濡れている様にしか見えないからだ。
小さな丘部分だけ雨が逆流している部分もあると誰が考えるだろうか。
その日から雨の日は、丘に出かけ雨粒を操るという練習を僕は繰り返した。
そうやって日々を過ごすうちに年月は過ぎていき。
とうとう僕はこの世界での成人である十五歳になったのだった。
鏡の前に僕は立つ。
水のように流れる金髪に、整った顔立ち、青い瞳は宝石を思わせる。白い素肌は陶器のように滑らかでまたこれも水を思わせた。
「……どっからどうみても自分が女にしか見えない」
十五歳になったという事で僕は家を出る。そのための身だしなみチェックをしていたのだが、鏡に映る自分の姿が女にしか見えなかった。
アリアという女の様な名前をしているが僕は男だ。身長もあまり伸びず、小さいからか余計に女に見える。
短く髪を切っているのだが、ショートカットに髪を切った女の子にしか見えない。
服はいかにも旅するものですと言った格好で、腰には水筒を背にはマントを被っている。
マントの端にはリキュール家を表す家紋が刺繍されており、一目でリキュール家のものだと分かる。
「時が過ぎるのは早いわね。もうアリアが成人だなんて」
母親にそんなことを言われる。そんな母親は相変わらずののほほんとした様子だった。
「アリアはこれからどうするつもりなの?」
「そうですね母上。取りあえず冒険者になってみようかと思います」
冒険者とは冒険者ギルドで依頼をこなし生活する人々の事だ。
依頼は魔物退治から迷子の猫探しと多岐にわたる。
冒険者ギルドは何者もウェルカムといった存在で、来るもの拒まず去る者追わずである。要は年齢制限さえ準拠していれば誰でも入ることが出来る、日銭稼ぎにはもってこいの職業であった。
ただ誰でも入れるために冒険者の評判はあまりよくはない。
けれども僕が取りあえず冒険者を目指した理由は、異世界って言えば冒険者でしょとかいう勝手なイメージのせいだったりする。
「そう。あなたならどんな職業でも上手くやっていけると思うけど気を付けるのよ」
「はい、母上」
「それとたまにでいいから私に顔を見せて頂戴ね」
「分かりました、母上」
そして僕は母親に見送られて、屋敷を発った。目指すはリキュール領の主都リキュールから離れた迷宮都市ザビエンスである。
別に家を出たからと言って主都からも出なくてはいけないという理由はないのだが、なんだか気恥ずかしいので出ることにした。今まで住んでいたリキュールの町を離れ目指すザビエンスは一つの迷宮を軸に育った迷宮都市だ。
ザビエンスは迷宮都市としての名以外にも冒険者としての町として名高い。この周辺で冒険者を目指すならばザビエンスの町を目指して損はないだろう。
そんなこんなで僕はザビエンスの町を目指して、歩く。
途中で馬車に乗りかえ、ごとごとと揺れる事一日間。
僕は迷宮都市ザビエンスに到着した。
ザビエンスは町の中央に迷宮があり、迷宮が氾濫を起こした時のために魔物を逃がさない壁を町が囲っている。
僕は町の入り口で入場料を払い、中に入る。
さて僕はこの町でどんな出会いをし、何をするのか。
今から楽しみだ。
アリア「旅立ち早くない? そんなものですか?」