第1話 転生
目が覚めて現実とは思えないことが事が起こっていれば、人は何を思うのだろう。
私が目を覚ました時に見たのは天井。しかもそれはよく見た天井ではない。木やコンクリート、現代における建造物に使われている様な質感ではない。例えるなら洞窟の天井の様な、ただ岩を削り出したようにしか見えないものだ。
私はベットにでも横にされているのだろうか、天井しか見えない。その天井ですら薄暗くて何とか見える程度。ここは一体どこだろう?何とか体を動かし辺りの様子を見ようとするが上手く動かない。頭すらも横に向けることが簡単に出来ない。私自身にも何かが起こっているのか?
そこで私は憶えていることを思い出し今の状況についても考察する。
私は人から天才と呼ばれる様な人物だった。
いくつかの博士号を持っていた。勉強が好きだったという事もある。未知への探求、それが私の行動原理だった。博士号などはそれに付随してきたものに過ぎない。人から天才と言われてもそんなことはどうでもよかった。私は私が知りたいことを研究出来ればそれでよかったのだ。
研究の成果でいくつかの特許も取れ、その特許料などで生活も困ることなどなかった。
大人になってからもずっと研究室に籠りっきりの生活だった。結婚もしていないし、子供もいない。恋人と呼ばれる様な存在も、今までにいた試しがない。正直に言って時間の無駄だと思った。私は私の為に時間を使いたいんだ、他人の為に時間を割くようなことはしたくない。
世間一般から見たら私は稀有な存在だったのだろう。
しかしだからなんだというんだ。別に後悔などするはずもない、している時間すらも惜しい。世界にはまだ私の知らないことが溢れているんだ。
そんな折講演の依頼をされた。正直そんなことに時間を使いたくもなかった。だが研究を続ける為にもスポンサーというものは必要だ。そのスポンサーとなる企業から絶対に行って欲しいという講演だった。
企業は企業で対外的なイメージや、商品のもっともらしい説明を欲していたのだろう。天才と呼ばれる人間が商品を素晴らしいものだとアピールする、分かりやすいプレゼンだ。
そんな茶番は早く終わらせたかった。当日私は電車を乗り継ぎ、その講演会場まで移動していた。
迎えの車を寄こすなど言われたが、知らない人間とずっと同じ空間にいるなんて息が詰まる。それだったら私の事を全く知らない大勢の人間に囲まれる方がいくらかましに思えた。
電車を降りて会場までは歩いて5分程だった。時間も余裕はあった。もう少し研究室にいればよかったと少し後悔した。
信号待ちをしていたが目の前の信号が青に変わった。私の横を5歳ぐらいの子供がすり抜けていった。特に気に留めるようなことではない。ただなぜかふと車道の方が気になり見ると、車が一台凄いスピードで走って来ていた。運転席が見える、運転手は下を向いていた。携帯か何かを操作でもしているんだろうか。
車の速度はかなり出ている。恐らく運転手が信号に気付きブレーキを踏んでも止まることなく、交差点に進入するだろう。いや、その前に私の横をすり抜け、横断歩道を渡ろうとしている子供にぶつかる。
そう思った瞬間に私は全力で走った。
同年代の一般的男性に比べ私は細身だ。生まれてこの方運動なんてものには縁がなかった。体力や筋力などというものは私の持ちえないものだ。しかし、それでも今全力で走り、子供を突飛ばせばそれなりの力は出せるはずだ。車の進行方向から遠ざけるくらいには。
そしてその考えは正しかった。私は人生で初めて全力で走り、子供を突飛ばした。子供は大きく飛び、転がった。怪我をさせてしまったかもしれない。だが。
次の瞬間に私を衝撃が襲った。これまでに感じたことがない衝撃だった。いや、多分2度と感じることはないんだろう。私は宙を飛びながら考えた。私はなぜこんなことをしたのか?見ず知らずの子供の為に命を懸けるなんて私の行動原理と一致しない。
子供にはこれからの未来があり、私よりもその命を大事に思う人がいると思ったから行動したのだろうか?しかしそれは私の想像でしかない。
自分も助かる可能性があり、2人共助かることが出来ると思って行動した?その可能性はどう考えて1パーセントもないだろう。現実的ではない。
いや、私は人生最後の時に一体なにを考えているだろう。私自身、私の事を知らなかったんだ。その事を知る為にも。もっと研究をしていたかったものだ。
そこで私の意識は潰えた。
そうだ、私は確かに車に轢かれたはずだったんだ。
私は生きている。打ち所が良かったという事か。だとするとここは一体?体が動かしにくいというのは怪我を追っている為か。
もしかすれば、怪我を負った私を轢いた犯人が隠ぺいの為にどこかに連れてきたという事か?しかし白昼堂々と人を連れ去るなんてこと出来るのだろうか。しかも私を生かしている道理もない。普通生きていたのなら病院にでも連れて行くだろう。生かしてどこかに連れて行っても何の得にもならないはずだ。そんなことで罪を逃れる訳がない。
だとしたら・・・。と考えているうちに扉の開く音が聞こえた。
私に緊張が走る。
誰かが私に近付いてくる。ゆっくりとした足取りだった、私に気付かれたくないのか?
しかし次の瞬間に私の緊張が少し緩むことになった。
近づいてきた人の顔が見えた。女性のようだ。それに微笑んでいた。
部屋が暗いのでしっかりと見える訳ではないが、年の頃なら50歳前後だろうか。気の良さそうな笑顔をした女性だ。髪の色は茶色、少しぼさぼさしている。雰囲気から見ると日本人ではない様だが、どこか別の国の人なのだろうか。
「〇%&#$?!@¥(:*+。」
その女性が私に何かを語りかけた。しかし何を言っているのか全く分からなかった。
聞いたことのない様な言語だった。私もいくつかの国の言葉は話せるぐらいには知っている。しかしそのどことも違った言葉だった。
私の知らない様な国へ連れてこられたという事なのか?
そう言えばと思い私も口を開き言葉を出す。
「あぁっーっ。」
しかしまともに話せなかった。喉もやられてしまっているのだろうか。しかし困ったものだ。これではコミュニケーションを取る事も出来ない。
女性は私が話したのが珍しいことなのか、少し驚いた表情をした。
そして女性は私に近付いてきた。そして私に腕を伸ばした。私は女性に掴まれたと思えば、次の瞬間には抱き上げられ宙に浮いた。私は驚いた、女性にそんな力があるようには思えなかったのだ。
しかし私はさらに驚くことになる。女性は私の事を胸に抱いたのだ。
女性はそこまで大きくない様に見える、なのに成人男性である私を胸に抱くなど出来るはずがない。そして女性の胸に抱かれ私は初めて気づくことになる。
女性の胸にまるで赤ん坊の様に抱かれる私。そして私が見たのは自分の小さな手のだった。先程までは上を向いていて自分の手を見てはいなかった、しかし今は自身の両手が見える。その手は赤ん坊の手だった。信じられない私は両手を少し握る様にする、すると目の前の手も私が思ったように握る動作をした。
そこで私は悟った、自分は赤ん坊になったのだと。
しかし現実的にそんなことが起こるのか理解は出来ていない。
今ある状況を積み重ねた結果の判断だ。
これはもしかして輪廻転生、そう全く別の姿に生まれ変わったという事だろうか。
私自身そう言ったものは信じていない。自分で解明したもの以外は信じない。ただだからと言って絶対にありえないとは思わない様にしている。ただ今の時点で証明や、解明が出来ていないだけの可能性もあるからだ。
ただ現状わかることは私は依然と違う姿でここにいるという事だ。夢という可能性もあるが、ここまでの質感や感触が明晰夢とは思えない。
それに転生というものがあった場合、以前の記憶などが残っているはずはない。
今はどうやっても自分から動いたりすることは出来ない様だ。そうすると受動的に情報を集めるだけだ。それによって私の推論が正しいかどうかを判断していくとしよう。
そうやって私の新しい生活は始まることとなった。
私の事を抱いた女性は母親だったようだ。日中何度も私の世話をしに来てくれる。食事、排便の始末など多岐にわたる。
しかしこの年になって一からやり直すことになるとは思いもよらなかった。母からの母乳を頂くなど、どう自分の中で処理をすればいいのか困ってしまう。その為本能に従って行動することにした。自分はあくまで赤ん坊だと思う事にした。
それ以外は情報を集めることにした。
母の言葉を聞き言語の習得に勤しむ。言語もある程度の法則がある。その法則さえわかれば理解も出来るし、話すことが出来る。母がいない時に言葉を発する練習もした。しかしどれぐらい経てば話しかけても問題がないか悩むべきところだった。
しばらくが経ち自分でも今の体を動かすことをコントロールが出来るようになった。寝返りをうったりする事も出来る。徐々にハイハイなども出来るようになりたい。未だに1つの部屋の中にずっといる状態だ。
この部屋には窓はない。外の様子を伺い知る事も出来ない。どういう理由があるかわからない。他人と接触できない様にされているんだろうか。父親らしき人物とも会ったことはなかった。隠された子供などの可能性もある。
それから数か月が経ち、やっと自分で立って歩けるようになった。それでもかなり速い方なんだろう。私自身子供には興味がなかったからどう成長をするのかは詳しく知らない。だが今の体は普通の子供の体とは違っている気がする。0歳児というのに筋肉があるのだ。
もしかして何かの実験などをされているのか?脳や、記憶だけを別の急成長するような生物へ入れられたなど。転生の可能性があるのであれば、他の可能性もあるという事だ。
そんな考えもすぐになくなった。
それはついに私もこの部屋から外に出る時が来たからだ。母に抱かれて初めて部屋の外に出た。
だがそこは今までいた部屋とはあまり違いがなかった。
岩をくり抜いたような作り、窓はない。あるのは適当な家具だけだった。
「これは一体?」
私は思わず声に出して聞いてしまっていた。まだ母親には私が話せるようになったことは伝えていない。
「あなたもう言葉が・・・?」
私を抱く母が驚き、私の顔を覗き込む。
「えぇ、話せ・・・、しゃべれるよ。」
こうなってしまっては誤魔化すよりも話を出来ると知って貰った方がいいだろう。言語でのコミュニケーションを行えるようになる。そうすることによって得られる情報は一気に増えるだろう。言語に関しても私はある程度であれば理解できている。
「あぁ、神様。なんてこと。皆に伝えなければ。」
母はそう言って大変興奮した様子だった。もしかして私は選択を誤ってしまったかもしれない。
しかしとりあえず話を聞こう。
「おかあさん、少し落ち着いて。わた・・。ぼくね、聞きたいことが沢山あるんだ。」
何とか母をなだめて情報を集めたい。それにしても年相応の話し方というのは、どういったものか正解が分からない。
「聞きたい事?」
「そうだよ、知りたいこといっぱいあるんだ。教えてくれる?」
私はそう言って母に笑顔を向けた。
「えぇ、そうね。」
母は少し落ち着いた様子になった。
お読み頂きありがとうございます。
新シリーズです。
かなり見切り発車な感じなんですが少しずつ更新していこうと思います。




