プロローグ
左目の飛蚊症が最近また気になりだした。ストレスのせいだろう。もしかしたら黒い点が増えたかもしれないと考えながら椎葉夏希は自転車を漕ぐ。目的地もなく街を走り、風を感じる。本当はやらなければならないことがあるのだが今だけはそれを忘れていたかった。
夏希は死にたがりである。死にたがりと聞くと、リストカットを繰り返すメンヘラを想像するだろう。しかし、メンヘラというわけではない。何もかも放り出して温泉行きたいというのと同じような意味合いで定期的に死にたいと口にするだけである。もしくは心の中で叫ぶ。ただそれだけで自分から行動はしない。精々が事故に合わないかなとかそれくらいだ。
死にたい。それはストレスがMaxになると誰しも思うことではないだろうか。思わない人間ももちろんいることは知っている。
実行するわけではない。実行する度胸はない。痛いのは嫌いであるし、死ねば家族が悲しむことを知っている。それに死体を処理する人間が不幸であるし、アパートで自殺しようものなら自己物件となり迷惑が多分にかかってしまう。それがわかっているから死ぬことはしないが、定期的に頻繁に死にたくなるのは仕方のないことだろう。
不意に夏希をめまいが襲う。気づけばそこは知らない空間であった。
目の前には見知らぬ髭の老人が煎餅を頬張りながらお茶をすすりテレビを見ていた。
「え・・・誰?ってかここどこ。」
「いや、誰はワシのセリフじゃと思う。」
「ーー様ー手違いで大変なミスがー・・・・って..あ。」
胸の大きな頭の軽そうな女の子が走ってくる。大きな胸が上下する様子に胸が垂れるの早そうだなと考える。
「ミスってもしかして彼に関連してることかのぅ?というかまた君か。」
「うぅ...すみませ......。手違いで..あの..その.....その子がここにいるのは私のせいです。」
「なら記憶消して戻せばいいじゃろ。」
「それが....。」
おそらく夏希はその少女を殴る権利を有していると思われる。
手違いでその空間にいた人間の魂をすべて摘み取ってしまった。すぐにミスに気付いたため時間を止め、摘み取ってしまった魂は記憶を消し少しだけ時間を戻してミスのお詫びにほんの少しの運を与えて戻した。
しかし、夏希だけ戻し忘れたのだという。
もう時間は動き出しており、同じことをすることは不可能であること。夏希は死んだとして社会的に処理されてしまってどうすることもできない。
「君何年ワシの部下やっとるんじゃったかのぅ?失敗が許されるんは新人だけじゃ。それも取り返しつかん類の失敗は許されん。明日から来なくていいから。」
そう言うと老人は手を一振りした。すると少女は姿を消した。
「このたびは無能な部下のミスで申し訳ない。部下の責任はワシの責任じゃ。できる限り望みに沿うように補填させてもらう。」
「えーと...僕は死んだってことでしょうか?」
「そういうことになる。」
「死んだなら死後の世界に行くのが普通なのでは?」
「それが...君はワシの信者じゃない。それなのにワシの部下によって...されたわけでのぅ。ワシの責任がとても重大なことになってしまうんじゃ。なので出来たら別の世界でもう一度生きてもらえたらと....。そのあとまたこっちの世界で人生やって君の信じる神のもとに行ってもらうというのは駄目かの?」
「でも責任は取るべきですよね。あと、僕仏教徒なんで神様いないですから。解脱を目指す宗教ですから。」
「罰則が重い過ぎて大変なんじゃ...頼む..。」
「罰則って?」
「神としての力を1万年程半限のうえに司ってる世界を複数手放して別の神に譲る。下手するとワシ消滅の危機。」
「よくわかんないですけど大変そうですね。御愁傷様です。」
「なので君にはワシの持ってる世界の一つで第二の人生を歩んで欲しい。魔法有りバトル有りの君の世界でいうファンタジー世界じゃから...。日本人好きじゃろ?」
「そんな世界で生きていける自信ありません。」
「ちゃんと生き残れるだけの幸せになれるだけの力は渡す。じゃからどうか頼む。」
せっかく死ねたのになんでわざわざ異世界で第二の人生送らなければいけないのだろう。大事な人たちが悲しむからと生きていた。でももう死んでしまった。なんでそんな物騒な世界で生きねばならない。
日本人なめるな。夜間女性が一人で外出できる国出身者にファンタジーなバトル有りの世界など生き残れるわけがない。痛いのが好きではないのだ。せっかく苦しみなく死ねたというのに。
でも、存在が消えるかもしれない危機というのはかわいそうだという思いを少しだけ持つ。
「ステータスやスキルがある世界じゃから君が今まで生きてきて得た経験値や能力などもそのまま反映されるし、その上で必要そうなスキルや技能を授けさせてもらう。さらに、お金も向こう換算でこちらで君が所有していたものやこれから稼いだであろうお金を倍にして渡しちゃう。どうじゃ?きっと楽しく過ごせるじゃろうて。知識だってちゃんと渡すしの?じゃから頼む...。」
土下座する勢いで夏希へと頼む。
必死なその姿にしかたなく第二の人生を歩むことを承諾した。
誤字脱字すみません