表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

07 ドクターによるお料理教室はこちらです

「ご苦労だった。くくっ、酷い格好だな」

 リリーナとシルヴィアが城に帰れば、門のところでドクターが出迎えてくれた。


「それで、ナマココは捕獲できたか?」

「いいえ。明日またチャレンジしますわ」


 疲れの滲む声で、リリーナはドクターに答える。

 白いベタベタが体中にはりついて気持ち悪いので、一刻も早く風呂に入りたかった。


「その前に少し我が輩の部屋へ寄っていけ。おなかも空いているだろうし、この我が輩が! お前達のためにおいしい料理を作ってやろう!」

 ドクターは光栄に思えとばかりに、バサァっと白衣を翻した。


「ドクターが食事の用意を……?」

 何を企んでいるのかと、リリーナは思う。

 そんなリリーナを庇って、シルヴィアが前に立った。


「新薬の実験ならお断りします」

 きっぱりと拒絶したシルヴィアに、ドクターは心外だと眉を吊り上げる。

 被り物をしているドクターだが、その表情はまるで生き物のように豊かだ。

 魔法で細工が施されているのだろう。


「今回はそんなことをしようと考えていないぞ!? 酷い言いがかりだ。我輩は、お前達に調理のヒントを教えてやろうと思ってだな……!」

「今回はというのが、もうアウトだと思いますわ」


 ムキになるドクターに、リリーナはついツッコミを入れてしまう。

 疑われるだけの前科がドクターにはあったし、リリーナもシルヴィアも被害にあったことがある。

 城を巻き込んでの騒動になったことも、1度や2度ではなかった。


「人が親切にしてやろうというのに! そんなこと言うと、協力してやらないんだからなっ! 後悔してもしらないぞっ! 本当に後悔しても、知らないんだからなっ!」


 大の大人だというのに、ドクターは子供のような拗ね方をした。

 その場でリリーナ達に背を向け、歩いていく。


 その背中を見送っていたリリーナ達だったが、一向にドクターの姿は小さくならなかった。

 どうやら、その場で足踏みをしているようだ。

 ちらりと、リリーナ達のほうを振り返り、また足踏みをはじめる。


「お嬢様、ドクターが呼び止めてほしそうにしていますが……どうしましょうか?」

「……しかたありませんね。ドクターの協力なしには、パスタを作ることができませんし、ここは従いましょう」


 リリーナ達は、しかたなくドクターの食事の誘いを受けることにした。



 ◆◇◆


「ふむ……風呂に入る前に食事をしたかったのだがな」

 さすがにベタベタが気になって、風呂に入ってからドクターの部屋へ行けば、そんなことを言われた。


(私達が白いべとべとで汚れた姿を堪能したかったということでしょうか。さすがはドクター、ドがつくほどの変態ですね)

 長い付き合いだ。

 リリーナはぶれないドクターに対して、軽蔑を通り越し、感心すらした。


 しかし、シルヴィアはそうじゃなかったらしい。

 物凄く残念そうな顔で、残念な発言をしたドクターの尻を思いっきり蹴り上げた。


「なっ、何をするんだシルヴィア! 暴力反対! お前は馬だけに洒落にならん!」

「いいからさっさと、食事を用意しろ。このド変態が。毒も薬も入っていない、安全なやつにしろよ。じゃないと、お前を八つ裂きにしてアンデット共のエサにしてやる」


 お尻を押さえるドクターに、シルヴィアは八つ当たり気味だ。

 普段は冷静な彼女だが、よほどナマココがこたえたのだろう。


「なっ、なんでそんなに気が立っているんだ!? 我輩は食事に誘っただけなのに!!」

「うるさい。あんな魔物を獲ってこいというお前のせいで、私は酷い目にあった! あんな白いべちゃべちゃした……思い出しただけで気持ち悪い!! この落とし前どう付ける気だ!」


 シルヴィアは、ドクターの胸ぐらを掴み揺さぶる。

 リリーナは間に入り、それを制した。


「落ち着きなさい、シルヴィア。暴力はいけませんわ。ナマココの捕獲に関しては、ドクターが悪いわけではありません。パスタに適した魔物を教えてほしいと願ったのは、ワタクシです」

「お嬢様……」

 リリーナの説得を、シルヴィアが聞き入れ、解放されたドクターが奥から箱を取ってくる。


 ドクターが両手で慎重に運んでくる箱には、布がかけられていた。

 布を取れば、そこから水槽が現れた。

 ナマココが4匹ほど、底でぷるぷると震えている。



「ここに我輩が育てたナマココがある。今回はそれをパスタにしてお前達に振る舞ってや……ぐえっ!」


 最後まで、ドクターは言い切ることができなかった。

 何故なら、リリーナの蛇が彼の首を締め出したからだ。


「育てているのなら、何故それを最初から言わないのですか……?」 

「ぐっ、ぐるじぃ……死ぬ、我輩死んじゃう!! 中身でちゃうっ!!」


 ドクターがギブアップだと蛇達の体を叩いたが、リリーナに離してやる気は一切なかった。


「お、お嬢様! 落ち着いてください! ドクターはどうでもいいですが、パスタの作り方を習うのでしょう!!」

 必死のシルヴィアの説得で、ようやくリリーナは我に返る。

 ドクターを床に転がせば、ぜぇぜぇと肩で息を吐いていた。


「最初から食材を提供すれば、それを獲る苦労を知らないままだろう。食材の特徴を知るためにも大切なことだ。本当に乱暴だな……」

 死ぬかと思ったとうそぶきながら、ドクターが白衣のほこりを叩いて立ち上がる。

 

「いいか、ナマココは海の魔物だ。刺激を与えたり、海から引き上げると爆発する習性を持つ。だから捕獲するときは、こうするんだ。なっ、簡単だろう?」


 ドクターは深めの桶を水槽に入れ、ナマココをそっと水ごとすくいあげてみせた。


「何故最初から……それを教えない……?」

「痛い痛い! リリーナ、蛇に噛ませるのはやめろ!! 毒、毒が回るぅっ!!」


 ガブリとドクターの腕をリリーナの蛇がかめば、被り物であるはずのドクターの顔は青くなる。

 手がこんでいるなと思えば、余計におちょくられている気がして、蛇達の噛む力を強くしてやった。


「お嬢様、落ち着いてくださいませ!! 殺すのはいいですが、パスタの作り方を聞き出してからです!」

 シルヴィアに説得され、リリーナはようやく髪の蛇達を収めた。

 つい取り乱してしまったが、確かにパスタの情報は重要だ。


 リリーナの蛇は、ドクターの体に微量の毒を与えたようだ。

 そうは言っても、本気の毒ではないので、放っておけば治る。


 しかし、ドクターがだだをこねるので、シルヴィアの角を少しだけ削り煎じてから与えることにした。

 ユニコーンである彼女の角には、強い解毒の力があるのだ。

 

「まったく短気なことだ。死ぬかと思ったぞ!」

 復活したドクターは、ナマココが1体入った桶を台のうえに置く。

 別に用意した鍋を火にかけ、その中へ水を入れた。


 ちなみに魔族の国で、鍋は滅多にみない代物だ。

 薬草を扱う魔女がよく持っている道具……そんな認識しかない。

 なぜなら、ほとんど料理というものをしないからだ。


「鍋の水が沸騰してきたら、少し『塩』を加える。この塩というのは、海水を煮詰めてつくった調味料だ。これにより、この水を海の水へと近づける」

 ここがポイントだぞといい、ドクターはナマココの入った桶を鍋へと近づけた。


「ナマココが爆発する前に、この鍋へ移す。これが大切なポイントだ。ただし、そっと優しくしないとすぐに爆発するから慎重にな」

 ドクターは桶に手を入れると、ナマココを掴んで素早く鍋へ移した。


「爆発……しませんでしたね?」

「塩のおかげで海だと勘違いしているからな。真水だとこうはいかない」

 リリーナが不思議に思って鍋を覗き込めば、水の中でぐつぐつとナマココが茹でられていた。


「そしてここで、刺激を与える」

 ナマココを、細い二本の棒でドクターがつつく。

 瞬間ナマココは爆発し、ふわりと白い糸が鍋の水の中へ散って、透明がかった白から艶のある赤色へと変化した。

 

「まるで、水中に花が咲いたようですわ」

「くくっ、かわいらしいたとえだな。ナマココの糸は熱を加えることで、色が赤へと変化する。一度こうなってしまえば、後はカピカピになることはないんだ」

 

 リリーナの言葉に気を良くしたのか、ドクターは嬉しそうだ。

 すぐに火を止め、ザルに鍋の中身をぶちまけた。

 

「あまり長く茹ですぎてはダメだ。硬くなって食べられなくなる。色が変わったらすぐに火を止めて、水にさらすんだ。これでパスタの麺ができあがりだ」

 皮と化したナマココ本体をとりのぞき、ドクターがナマココ麺を試食しろと勧めてくる。


「……」

「魔王様に美味しい料理を作るのだろう?」

 ためらっていたら、ドクターがリリーナを煽ってくる。

 本来の目的を思い出し、ナマココ麺を口にすれば、

たしかにその食感はパスタに似ていた。


「これはいけますわ……! ドクター、よく知っていましたわね!」

「まぁな。魔族の国はあまりにも料理が発展していない。我輩も肉や植物の丸かじりは飽きて、色々と研究していたのだ」

 

 リリーナの言葉に、ドクターは気をよくしたようだった。

 ふふんと鼻をならし、平べったいフライパンにパスタを移す。


「実はここにお前たちが来る前に用意しておいた、人間の国のトマトソースがある。これをかけ、少し温めればできあがりだ!」

 ソースの作り方を教える気はないらしい。

 ドクターはできあがった料理を皿に移した。


 毒々しいまでに真っ赤な麺と赤いソース。

 視覚的にはかなり来るものがある。


 しかし、味はまさに人間の国で食べたあのトマトソースのパスタだった。

 多少パスタの硬さと、コシが違うくらいだろうか。


 人間の国のパスタは噛むときに、外側に比べると内側に芯のような硬さがあった気がした。

 けれどナマココのパスタは逆で、内側の方がほんのりと柔らかい気がする。

 気をつけないとわからないささやかな食感の違いではあったのだけれど、リリーナはそんな感想を持った。


 しかし、これはこれで美味しい。

 好みの問題といったところだろう。


「これでパスタはできあがったも同然ですね。あとはソースだけです!」

 あんなに気持ち悪かったナマココも、美味しいなら話は別だ。

 おかわりをしながら、リリーナはこれならいけるかもしれないと希望を抱き始めていた。


★2016/9/24 水槽にいたナマココを10→4に減らしました。

ドクターが持てる水槽はそう大きくないでしょうし、10匹入っていたら、水槽ぎちぎちだなと思ったためです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「GMB(ガールミーツボーイ)企画」の他作品はこちらからどうぞ!
主催者の日向るな様の活動報告ページへ飛びます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ