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06 VSパスタの材料

 ドクターがパスタの材料として提示してきたのは、ナマココという魔族の国の海辺にいる魔物だった。


 ナマココは大きめの猫程度の黒い固まりで、入手難度の低い魔物だ。

 ただ、そのぬめっとした表面と、得体のしれなさから不気味がられている。

 刺激を与えたり驚かせたりすると、奴らは体に空いた小さな無数の穴から、自分の体の中身を外に出してしまうのだ。


 体の中身は、白いぶにゅりとした糸になり、勢いよく放出される。

 その糸は潮の香りを含み、ぬるぬるテカテカと輝き――妙な弾力があった。


 生き物というのは、自分が可愛いものだ。

 攻撃手段をもたず自滅するナマココは、戦闘種族である魔族からすると理解できない。


 理解できないものは、気持ちが悪い。

 それなりに魔力を含んでおり、楽に捕獲できる獲物であるにも関わらず、魔族の国でナマココを食べる者はいなかった。

 

(……取りあえず、食べるかどうかは捕獲してから考えましょう。そうと決まれば、シルヴィアにお願いしなくては)


 リリーナは執事のシルヴィアを連れて、海辺の街へと出かけることにした。



 ◆◇◆


 庭でシルヴィアを見つけ、リリーナは事情を話す。

 海辺の街へ連れていってほしいとお願いすれば、シルヴィアは不機嫌になった。

 

「魔王の職務から逃げ出す奴のために、お嬢様がそこまでする必要がどこにあるのですか」

 相変わらずシルヴィアは、魔王様に厳しい。

 眉間には深いシワが刻まれていた。


「元々魔王様は、仕事をしないという条件で魔王をしていたのです。その怒りはお門違いですよ、シルヴィア。何もしないだけでも充分ありがたかったのに、魔王様はワタクシ達の為に手を尽くしてくれました」


「ですがあの方なら、もっと王らしく振る舞うことができるはずです。なのに肝心なところで、リリーナ様の期待から逃げ続ける。それが私には……許せないのです」


 リリーナの言い分に、シルヴィアが拗ねたような声で呟く。

 彼女だって、本心では魔王様を慕っているのだ。


 魔王様は、とても素晴らしい主だ。

 しかし、肝心の魔王様はどうにも自己評価が低かった。


 貧弱な人間の見た目と、人間の国育ちという出自から、魔王様をバカにしてくる魔族も多い。

 そんな奴らの暴言も、心ない態度も。

 魔王様は当然だと受け入れてしまう。


 シルヴィアだけでなくリリーナだって、毎度悔しい思いをしていた。


「それでも、ワタクシの主はあの方です。魔王様以外は考えられませんから」

「……わかりました。協力はします」


 リリーナの言葉に、まだ納得のいかない顔をしていたシルヴィアだったが、人型から馬の姿へと変身する。


 普段は人型をとっているが、馬の姿が本来のシルヴィアである。

 しかしその姿だと満足にリリーナの世話をすることができないため、普段は人型で生活していた。



 シルヴィアのように、魔族は本来の姿とは別に人型を取ることができる。

 魔族は共通の形をした『人型』に変身することで、別の種族との意思疎通や婚姻を可能にしていた。


 しかし、この『人型』という言葉が、リリーナは好きではない。


 先に世界に存在したのは、人間ではなく魔族だ。

 人間は遥か昔に、誇り高き魔族本来の姿を捨て、元の姿に戻れなくなった愚かな魔族の成れの果て。

 そう、魔族の間では信じられていた。


 魔族が魔力をなくしても、人間にはならない。

 せいぜい寝込むだけだ。


 しかし、人間に魔力を注ぐと、魔族になれることがある。

 これは魔族から人間が生じたという証拠に他ならない。

 だから人型ではなく、魔族型というべきだというのが、リリーナの主張だ。


 しかし、魔族の本体が多種多様な姿をしているため、わかりやすい『人型』という言葉が一般的になっていた。


 人間は、魔族の劣化コピーのようなもの。

 そう甘く見て、相手にもしてなかったザコに封印をされてしまったことから、リリーナをはじめ多くの魔族は人間を毛嫌いしていた。


 

 リリーナは、シルヴィアの背に跨がって空を駆けながら、物思いにふける。

 人間を下に見ているリリーナだが、魔王様を下に見たことは一度もなかった。


(人間の国で人間として育てられた魔王様ですが、断じて人間なんかではありません。本人が気づいていなかっただけで……元々魔王様は魔族だったのですわ。下等な人間とは、最初から違う存在だったのです)


 事故で亡くなった魔王様の両親は、普通の人間だったと聞いている。

 けれど、尊敬する魔王様がこざかしい人間と同じだと、リリーナは決して認めたくなかった。


 

 ◆◇◆

 

「さてナマココを探しましょうか。そんなに深いところにはいないから、すぐに見つかるはずですわ」


 海岸にたどりつくと、リリーナは靴を脱いでワンピースの裾を摘まみ、海水に足を浸す。

 海の透明度は高く、極彩色の小魚のごとき魔物が泳いでいた。


「お嬢様、ナマココがいました」

 馬姿のまま海辺を歩いていたシルヴィアが、首を上げてリリーナを呼ぶ。

 そちらへ行ってみれば、ナマココが3体ほどいた。


 岩のふりでもしているつもりなんだろうが、むにゅむにゅと微かに動いている。

 まだ探してから1分も経っていない。


(攻撃手段も持たない魔物のくせに、もう少し危機感はないものでしょうか)

 リリーナにしてみれば理解しがたいが、探す手間は省けた。


「じゃあ、持って帰りましょう。シルヴィア、取って」

「えっ……いや、私は帰りお嬢様を送らなくてはいけませんし」


 シルヴィアの顔には、そんな気持ち悪いものを触りたくないと書かれている。

 リリーナの執事であるシルヴィアは、潔癖症なところがあった。

 父方の一族である一角獣・ユニコーンが穢れを嫌う生き物であるため、種族的なところが大きい。


 海に入っているだけでも、かなり頑張ってくれている方だ。

 しかたなく、リリーナ自身がナマココを捕まえることにした。

 シルヴィアには人型になってもらい、麻袋を持ってもらう。


 リリーナは足を大きく開き、ナマココの上へとそっと移動した。

 黒くてぬめったナマココは、生理的な嫌悪感がある。

 気持ち悪いな、触りたくないなというのが正直な感想だった。


(えぇい! 女は度胸ですわっ!)

 リリーナはナマココの両側から手を差し込み、いっきに抱き上げた。


「シルヴィア、もっとこっちに! 袋に入りませんわ!」

「そ、そんなこと言われてもっ……!」

 シルヴィアの腰が引けていて、うまく袋に入らない。

 あたふたしているうちに、ナマココが爆発した。


 ぶびゅるるる……!

 そんな妙な音を出して、ナマココの体から白い糸が一気に放出される。

 リリーナもシルヴィアも、白いベタベタした糸にまみれてしまった。

 

「うぅ……磯臭い。シルヴィア、大丈夫ですか?」

 リリーナが声をかけても、シルヴィアからの反応はない。


「シルヴィア?」

「……」

 シルヴィアは目を開けたまま、気を失っていた。



 ◆◇◆


 ダウンしてしまったシルヴィアを浜辺へ寝かせ、リリーナは1人でナマココの捕獲に挑戦することにした。


 欲しいのは白い糸だ。

 だから、別にナマココがここで弾けようと採取できれば問題無い。

 そう思ったのだが、飛び散った白いベタベタの糸は時間が経つとカピカピになってしまった。

 

(ナマココを爆発させずに、持ち帰るしかなさそうですわね)

 リリーナはもう1度、捕獲を試みた。

 しかし、やはり袋に入れる前にナマココが弾けてしまう。


(どうしてですの? 刺激をあたえないよう、そっと持ち上げているのに。しばらく経つと、爆発してしまいますわ)


 ならばと海の中に麻袋を入れ、直接すくい取ってみることにした。

 袋に入れるところまでは成功したが、海面からあげてしばらく経つと、ナマココは破裂してしまう。

 その後もナマココを見つけてはチャレンジしたが、うまくいかない。


 こうなると、お手上げ状態だ。

 シルヴィアが目を覚ますのを待って、リリーナは城へ引き上げることにした。

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