02 魔王様、家出する
本日2話目です。
結論から言うと、リリーナの見る目は間違っていなかった。
三食昼寝付き、面倒な書類仕事は全て補佐であるリリーナが行う。
何でも好きなものを与えるし、ただそこにいてくれるだけでいい。何もしなくていい。
少年に泣きつき、拝みに拝み倒して。
どうにかこうにか、リリーナは少年を魔王として迎えることに成功した。
(この魔王様がそこにいてくれるだけで、十分に争いの抑止力になりますわ!!)
愚かな行為をしないだけで十分だ。
リリーナはそう考えていたのだが、魔王様はそれ以上の働きを見せてくれた。
魔王様の口癖は「面倒臭い」だ。
面倒臭いことになる前に、手を打とう。
魔王様は魔族の国にスポーツという、『ルールのあるゲーム』を持ち込んだ。
「魔族の国は娯楽が少ないんだ。ようは、戦い以外の面白いことがあればいい」
魔王様が用意したのは、バカどもでもわかる、単純な体を動かすゲーム。
力だけでは勝てず、そこには戦略やチームワークという要素が加わる。
全員で興奮や熱狂を分かち合える『娯楽』に、魔族達は夢中になった。
魔王様は自分自身が主催となり、色んなイベントを立ち上げた。
魔族達は退屈していたのだろう。
魔王様のはじめることに興味を持ち、どんどんと参加するようになっていった。
ゲームに熱狂しすぎて争いが起こることも当然あったが、それでも治安は格段によくなった
魔王様はイベントで見つけた見込みのありそうな者を、魔王城にスカウトしたり、権力を与えたりした。
遊びをエサに、魔族達に義務や責任を教え、ルールを守らせる仕組みを魔王様は作り上げたのだ。
この魔王様が王なら、楽しいことをもっとしてくれるかもしれない。
多くの魔族は魔王様を支持するようになり、大人しくなった。
他にも魔王様が成し遂げた功績は、多岐に渡る。
そのおかげで国は平和になり、今ではとても安定していた。
(これなら人間の国を滅ぼす計画を、そろそろ進めてもいいかもしれませんね。人間達には、私達が上位種族であるということを、教えてさしあげる必要があります)
リリーナは誇り高い魔族だ。
人間がまるで自分達が世界の覇者のように、大きな顔をしているのが気に入らなかった。
数こそ多い人間だが、個々の力はたいしたことがない。
ザコのくせに、魔族相手にこざかしいことばかりしてくる。
(でも、その前に。魔王様には、身を固めてもらわねばなりません……!)
リリーナの目下の悩みはそれだった。
魔王様には執着というものがあまり見られない。
この国や権力どころか、自分の命さえどうでもいいと思っているふしがあるのだ。
(ですが、妻を娶れば魔王様もずっとこの国にいてくれるはずです。魔王様は、あぁ見えて情に厚い方ですから、妻を置いてどこかへ逃げたり、死ぬことはないでしょうし)
魔王様は、元々魔族の国の住人ではなかった。
自分のことを語りたがらない魔王様だけれど、どうやら人間として人間の国で育てられていたらしい。
その瞳はどこか遠くを見ていることが多かった。
「魔王様は……人間の国へ帰りたいのですか?」
以前このような質問を、リリーナはぶつけたことがある。
「……食べるもの食べたら、さっさと死ぬ予定だったんだ。なのになんで俺はまだ、生きてるんだろうな?」
リリーナの質問に答えず、暗い瞳で自嘲するように魔王様は呟いた。
そんな顔をしてほしくないと、リリーナは心の底から思ったけれど、何も言えなかった。
リリーナが踏み込めない大きな絶望が、そこにはある気がしたのだ。
目を離した隙に――魔王様は目の前からいなくなってしまうかもしれない。
そのことが、リリーナにとって一番恐ろしかった。
(ですが、今回ご用意した姫は、かなりの好物件。きっと魔王様も気に入るはず。この縁談をしっかりとまとめれば、魔王様はずっとここにいてくれるのです! 頑張るのですよ、ワタクシ!)
お見合い用の絵姿を手に、リリーナは気合いを入れる。
近頃のリリーナは、見合いの話を積極的に魔王様へ持ち込んでいた。
リリーナの持ち込む縁談は、どれも厳選しているし、すばらしい美姫ばかりだ。
なのに魔王様ときたら、一向に興味を示してくれない。
(まさかとは思いますが、魔王様は男の方が好き……というわけではありませんわよね?)
ふっと浮かんできた疑惑を振り払って、リリーナは魔王様の部屋のドアを叩いた。
◆◇◆
魔王様はお昼寝が大好きだ。
ドアを叩いても反応がなかったので、リリーナは勝手に部屋へと入った。
ベッドの上でだらけているはずだと思ったのに、その姿はそこにない。
代わりに一枚の紙が置かれていた。
「なんですの、これは!?」
手紙に目を通し、リリーナは愕然とする。
『もう限界。旅に出る』
そこにあったのは、魔王様の汚いカタコトの字だった。
「は……はぁぁぁっ!?」
大きな声をあげ、リリーナは髪の蛇達をうねらせる。
『この国、飯はまずい。超まずい。魔物の生肉、悲鳴を上げる植物、マルカジリ。それ料理といわない。焼くはともかく、『煮る』『茹でる』『蒸す』の単語さえ存在しないの、おかしい。俺は人間の食べるものが食べたい』
焼くはともかくと続く文章の後には、絵が描かれていた。
それぞれの調理法を絵で示したものであったが、もちろんリリーナには伝わらない。
「魔王様ともあろうお方が、どうして人間の食べ物に執着なさるのですか。魔力も補充できない食事なんて、ムダな行為でしかないのに!! 私には理解できません!!」
手紙への苛立ちをぶつけるように、リリーナは叫んだ。
魔族にとって食べることとは、魔力の摂取だ。
そこに美味しいとかそういう概念は一切ない。
あるのは、魔力がどれだけ摂取できるかという一点のみだ。
それでも、美味しい物が食べたいという魔王様のために、リリーナは尽くしてきたのだ。
美味しいものイコール、魔力をたっぷり持ったもの。
それが魔族の一般常識だった。
魔力を持ってはいるが、魔族のように高い知能をもたない魔物と呼ばれる生き物が、魔族の主食だった。
ヘルワームという巨大な虫の魔物を捕まえたり、マンドラゴラを探して秘境に足を踏み入れたり。
高い知能と強力な力を持つ危険な魔物、ドラゴンの卵を手に入れるため、危険を冒したこともあった。
それも全ては――魔王様のために。
自己中心的な魔族が食事をプレゼントするのは、上位魔族に取り入るときか、求愛するときくらいのものだ。
愛というものは、リリーナにはわからない。
しかし、忠誠の心はこれでもかというほどにあった。
リリーナは、全身全霊で魔王様に尽くしているつもりでいたのだ。
なのにこの仕打ちである。
いつか、魔王様は自分の元からいなくなってしまうんじゃないか。
リリーナの不安が形となったような出来事だった。
手紙からすると、魔王様はリリーナが出す料理に不満があるようだ。
けれど、下等生物の食べるものを、魔王様が好むというのがリリーナには信じられなかった。
リリーナにしてみれば、家畜のエサを好んで食べるようなものだ。
確かに魔王様は、いつも苦痛だというような顔で食事をしていた。
けれど、魔王様のために苦労して取ってきたリリーナが食べ物は、どれも魔族の国では高ランクの魔力がつまった品ばかり。
人間の食べ物に劣っているなんて、屈辱でしかない。
(こんなに、こんなに尽くしているのに! 何がダメだと言うんですの!!)
こうしてリリーナは魔王様を連れ戻すため、人間の国へと旅だった。