13 勇者のゆううつ
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「本当にありがとうございます、勇者殿!」
「あなたのおかげで、呪いが解けました!! あなたはこのカロテア島の英雄です!!」
島の人達褒め称えられ、魔王様は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「いや別にいいから。ただの気まぐれだし」
カロテア島に蔓延した謎の呪い。
それが島の特産物であるカロテアによく似た魔物、『カロティーア』の仕業だと見抜いた魔王様は、すぐさま畑に生えている『カロティーア』をドラゴンの炎で焼き払った。
『カロティーア』を食べて、その呪いにかかった人々は『カロティーア』を探し、その側の土に埋まりたがる習性を持つ。
彼らが移動していく先を追い、魔王様は島にある全ての『カロティーア』を処分したのだ。
『カロティーア』は複数で1つの魔物という妙なやつで、栄養を得ると胞子を出して分裂していく。
普通のカロテアが栽培に時間と手間がかかるのに対し、『カロティーア』は手間いらずで増えるのが早かった。
このカロテア島において、『カロティーア』は新種とみなされ、皆積極的に育てていたらしい。
全ての『カロティーア』を消し去れば、呪いは綺麗に消え去り、島には平和が戻った。
正気に戻った人々は魔王様に感謝し、勇者に祭り上げられてしまったのだ。
(魔王なのに勇者扱とか、笑えないだろ……)
魔王様としては、『カロティーア』が引き起こしたことが、全て自分のせいになっているのが納得いかなかっただけだ。
――事の顛末を、皆の前で詳しく報告してほしい。
そう島の長に言われ、「自分達がどうしてあんなことになっていたかは知りたいよな」と引き受けたら、まさかの勇者コールに面食らった。
今回の騒動は、魔物『カロティーア』が原因だ。
人間の間では、魔物は魔族の手下だと思われているが全く関係がなく、これは魔王の呪いではない。
魔王様としては、後半をわかってほしかったのだが――それはうまくいかなかった。
(というか、長は俺を『勇者』にしたいみたいなんだよな……重要な部分になると、「つまりはこういうことですね?」って勝手に割り込んできて、話をさせてもらえなかった)
『カロティーア』がどうやってこの島に入ったのかは、まだわからない。
しかし、カロテアの新種として皆に普及して回ったのは、他ならぬ長だった。
今回の騒動は全て魔王の手下である魔物の仕業で――勇者がそれを倒した。
彼にとっては、そっちのほうが都合いいんだろう。
以前魔族の国を封印したのは、黒髪黒目で異国からやってきた勇者だった。
その勇者はドラゴンを従え、襲いかかる魔物の群れを剣と魔法でなぎ倒したのだという。
有名なその伝承のせいもあり――魔王様はすっかり『勇者』扱いを受けていた。
長は今回の悲劇を劇にして、失った観光客を呼び戻そうと計画しているようだ。
魔王様を勇者に仕立て上げ、客寄せのマスコットにしたいらしい。
豪華な屋敷と役職を用意するから、どうかこの島に滞在してくれと熱心にお願いしてきた。
「ただ、そこにいるだけでいいんです。勇者様に不自由はさせません」
そう言われて魔王様は、出会った頃のリリーナとのやり取りを思い出す。
あのときと同じ事を言われているのに、なぜか心に響かない。
(何が違うんだろうな。うーん、おっさんと美少女の違いか?)
わりと酷い事を魔王様は考えたが、それは違う気がした。
あのときは、全てがどうでもよく、そんなことは些細なことだったのだ。
(そうか、目が違うんだ)
比べれば、よりはっきりと気づく。
役割だけを求めてくる長とリリーナとでは、その熱量が違っていた。
あなたがいいんだと、他の誰かじゃダメなんだと、リリーナはその存在全てで訴えてくるようだった。
だからあの時の魔王様は、心を動かされたのだ。
(ちゃんと俺、必要とされてたんだよな。なのに、いつからそれじゃ満足できなくなってたんだ?)
気がつかないうちに、リリーナにそれ以上を求めるようになっていた。
全てをどうでもよく思っていたはずなのに、知らず知らずのうちに欲が芽生えていた。
そう気づけば――なんだか、無性にリリーナの顔が見たくなった。
◆◇◆
長の屋敷を出た魔王様は、すぐに島を立つことにきめた。
この島にいる間、お世話になっていたカフェの少女・ライラに挨拶をしていくことにする。
すでに時刻は夜で、ライラが店の前で帰りを待っていた。
すっかり呪いがとけたライラは、健康的な色をした肌に、金茶色の髪。素朴で愛嬌のある顔立ちをした子だ。
魔王様を見ると、嬉しそうにかけよってくる。
「おかえりなさい、勇者様! ロロ様!」
「だから、その呼び方はやめろって……」
魔王様がうんざりとして言えば、いいえとライラが首を横に振る。
「勇者様は勇者様です。私、ずっと昔から勇者様に憧れていたんです。世界の危機に勇者は再び現れ、世界を平和へと導くだろう。その伝説のはじまりを近くで見られて光栄です!!」
ライラが熱っぽい瞳で見つめてくる。
魔王様が弱り切っていたら、「さぁ、家に入りましょう」と手を引いてきた。
カフェの2階が、ライラ達母子の家だ。
ライラは母親と2人暮らしだ。
父親は早くに亡くなったらしい。
この島に滞在している間、魔王様とロロはライラの家に滞在していた。
「悪いが、もう島を出ようと思ってる。勇者とか面倒だし。世話になったな」
「えっ……もう故郷に帰ってしまわれるのですか?」
ライラに言われて、自分が故郷ではなく城に帰るつもりでいたことに魔王様ははじめて気づいた。
お世話になった国を出て、故郷を探す旅の途中で島に立ち寄ったとライラには話してあったのだ。
彼女は、突然の別れにショックを隠せない様子だった。
「もう少し、いいじゃないですか! 勇者様達はまだ本物のカロテア料理を食べてないですよね? 私、食べてもらおうと思って、用意したんですよ?」
ライラが引き止めてくる。
魔王様は「帰りたい」と思ったとき、いつだって両親のことを考えていた。
この世にいない彼らのことを思い、自分も早く彼らのいる場所へ行きたいとそんなことを思っていた。
けれど、今魔王様の頭に思い浮かぶのは、リリーナの顔ばかりだ。
(もう、あそこが俺の帰る場所になってたんだな)
もう2週間もリリーナに会っていない。
魔王様の居場所はドクターが把握しているはずだ。
今までのリリーナなら、すぐに追いかけてこないのはおかしい。
もう愛想を付かされてしまったのかもしれないと思えば、帰りたくても帰り辛く……心が沈んでいく。
(俺、やる気なかったし、結婚もずっと拒んできたからな。魔王を続ける気がないなら、他の奴を魔王にしようって思われたのかもしれない)
リリーナが自分以外を魔王様と慕う姿を想像するだけで、腹が立つ。
そこは俺の居場所だと、見知らぬ誰かに対して殺意にも似た感情を覚えた。
(やっぱり、城に帰ろう。たとえ俺以外の魔王がリリーナの隣にいたって、ぶちのめしてその座を奪えばいい)
魔族の国の魔王は、本人がその座を降りると宣言するか、新しい魔王に倒されない限り変わることはない。
しかし、見ず知らずの誰かに嫉妬する魔王様の頭からは、冷静な判断が抜け落ちていた。
「悪いな。今すぐ帰りたいんだ」
「……少し待っていてください。すぐ戻りますから!」
魔王様が意思を固めれば、ライラも何かを決意したような顔をしていた。
自宅のほうへ15分ほど引っ込んだかと思えば、大きなリュックを背負って出てくる。
「お待たせしました! さぁ、行きましょうか!」
「まさか、マオマオについてくる気かよ!?」
「はい! 母さんの許可はもらってきました! 勇者様のドラゴンは大きいですし、3人までは乗れますよね?」
魔王様と一緒にいたロロがツッコミを入れれば、ライラはにっこりと笑う。
その顔には、意地でもついていきますと書いてあった。
「なんで、ライラがついてくるんだ?」
「私、勇者様のお手伝いがしたいんです!」
魔王様が首を傾げれば、ライラは鼻息荒く意気込む。
「勇者様と……もっと一緒にいたいんです。故郷を探す手伝いをさせてください」
ライラが魔王様の手をぎゅっと握り、見つめてくる。
魔王様が視線でロロに助けを求めれば、呆れたような顔をされた。
「……おいロロ。なんだよ、その目は」
「いや、別に。罪作りだなぁ……って思って?」
ロロの口調には、何故か棘があった。
「ロロさん、もしかして嫉妬しているんですか? 勇者様とロロさんは、やっぱり恋人ど」
「「それはない」」
ライラのとんでもない誤解、魔王様とロロは同時に答える。
「よかったぁ……」
即答した2人に、ライラはほっとした顔になる。
魔王様には何がよかったのか、さっぱりわからなかった。