12 魔王様と呪われた島
「ここがマオマオの故郷かよ? 昼間なのに全然人がいないんだけど?」
魔王様がドラゴンに乗って辿り付いた島は、閑散としていた。
ロロが困惑した様子で周りを見渡しているが、人の姿はないに等しい。
このカロテア島は、カップルに人気の観光スポット。
この島にしかないカロテアという野菜を使った料理をカップルで食べると、ラブラブになれるというジンクスがあり、大人気の場所だった。
ジンクスなんて信じていない魔王様は、もちろんそんなことに興味はない。
ドラゴンの羽休めに丁度いい位置にあったのと、本物のカロテア料理を食べてみたいという理由から、この島に立ち寄っていた。
「いや、ここは俺の故郷じゃない。カロテア島だ」
「カ、カロティーア!? おいまさか、あのカロティーアがいっぱい生えてるところかよ!! 絶対俺は食べないからな!!」
魔王様が島の名前を言えば、ロロが拒否反応を見せる。
実をいうと、魔王様とロロは、ドクターにカロテア料理をご馳走になったことがあった。
ドクターは元人間だということもあり、料理が作れる。
人間の国育ちの魔王様を心配してか、ドクターはリリーナに内緒で、よく人間の国の料理を分けてくれた。
ドクターは変人で変態だが、基本的にはいい人だ。
しかし、困ったことに実験が大好きで、人をからかって楽しむ悪い癖がある。
ドクターの作る料理には、とんでもないものが混ざっていたりして――そのとき振る舞われたカロテア料理は、まさにそれだったのだ。
「大丈夫だロロ。このカロテアは、本物のカロテアだから。ドクターが俺達に食べさせた『カロティーア』とかいう胡散臭い魔物じゃない」
「本当だろうな……?」
ロロは疑いの眼差しを向けてくる。
よっぽど前に食べた『カロティーア』が堪えたんだろう。
魔王様も、その気持ちはよくわかった。
以前ドクターはカロテア料理だと言って、よく似た魔物である『カロティーア』を使った料理を、魔王様とロロにふるまった。
見た目も味も名前も、カロテアと『カロティーア』はよく似ている。
手のひらに収まるハート型をしており、オレンジ色。
頭部分には、柔らかでぎざぎざした緑色の葉。
生で食べると味は人参といったところだが、煮ると蕩けるように柔らかくなる。
野菜というよりは、スイーツのよう。
甘みとなめらかな舌触りは、一度知ってしまうと癖になると評判だった。
カロテアによく似ている『カロティーア』は、とても美味しかった。
しかし、『カロティーア』を食べてしばらくすると後に肌がオレンジになり、髪は緑色に変色し……土に埋まりたい衝動に襲われて大変な目にあったのだ。
魔王様は根性でその衝動を堪えたが、たくさん『カロティーア』を食べたロロは、抗えずにまる1日ほど土に埋まってばかりいた。
けれど、それでももう一度食べてみたいと思うくらいには、魅力的な味だった。
魔王様は、大通りを抜けて裏道に入ってみた。
表よりは人がいたが、全員ローブを着て肌を隠しており、妙な雰囲気だ。
「おい、マオマオ! 店も閉まっているところばかりだし、皆ローブ着てるぞ。こんなに暑いのに……大丈夫なのかよ、この島」
「あぁ、様子がおかしいな」
不気味だと思いながら歩いていたら、魔王様は開いているカフェを見つけた。
少し悩んだが、中に入ってみることにする。
店員が、今にも死にそうなか細い声で出迎えてくれた。
店員は、魔王様とそう変わらない少女のようだ。
その肌はオレンジ色をしていて、髪はあろうことか緑色をしていた。
「えっと……あんたは魔族なのか?」
ここは人間の国だったはずだ。
魔王様が疑問に思ったことを尋ねれば、少女が困った顔になる。
「お客さん達は……もしかして、外から新しく来た観光客ですか……? 今この島に来る船は全て止まっているはずなんですが……」
少女に話を聞けば、この島では今――呪いが流行っているらしい。
呪いにかかれば、肌はオレンジに染まり、髪は緑色に変わる。
そのせいで、かなり前から島には人の出入りが制限されているとのことだ。
「お客さん達も知っているとは思いますが、魔族の国の封印がとけ、魔王が復活したでしょう? その影響で、この島が呪われたのだと……みんな噂しています」
「いや、俺呪いとか使えねーし」
悲痛な顔で俯いた少女に、つい魔王様はツッコミを入れてしまう。
慌ててなんでもないと誤魔化した。
「悪いことは言わないです……早くお客さん達も、逃げたほうがいい。島から出ることは禁止されていますが、そうじゃないと最後は……」
少女は泣き出してしまった。
見ていられなくて、魔王様はハンカチを差し出す。
「最後は……なんだよ?」
「見た方が早いと思います……」
ごくりと魔王様は唾を飲む。
嫌な予想外が頭をよぎっていたが、口には出さない。
少女についていけば、裏にある畑に案内された。
◆◇◆
「これは……!」
「酷い光景だな……」
畑を目にして、魔王様とロロは固まった。
カロテアのいっぱい生えた畑に、土に体を埋め、顔だけをだした人間がいっぱいいた。
自分達もまるで野菜であるかのように、目を閉じてじっとしている。
それはそれは……不気味な光景だった。
「呪いが進行すると、土に埋まりたくなってしまうんです……村人達の多くはもう土から出られなくなってしまって。そこにいる女の人が私の母親なんです」
ぐすっぐすっと鼻をすすりながら、少女は母親に水をかける。
土に埋まっている母親は、水をかければほんの少し嬉しそうな顔になった。
「なぁ……マオマオ。俺、この症状に物凄く覚えがあるんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
眉尻を下げて、ロロが困った顔をする。
魔王様と同じことをロロも考えていたらしい。
「この人達、全員カロテアを食べたんじゃないか?」
「この島の特産物ですし、皆毎日のように食べますよ? 私はお恥ずかしながらあまり好きではないので、ちょっとしか食べませんが……」
どうやら読みは当たっていそうだと、少女の話を聞いて魔王様は思う。
近くのカロテアを引っこ抜いてみれば、それはカロテアじゃなく『カロティーア』だった。
本物とは違い、縦にぎざぎざの筋が入っているのが見分け方だ。
『カロティーア』は攻撃力を持たない魔物だが、たちが悪い。
その美味しい味で対象を惹きつけ、そしてとりこにしてしまう。
食べた者は『カロティーア』の生えている土に埋まりたくてたまらなくなり、そして……その養分と化す。
どうやら誰かが、この島に『カロティーア』を持ち込んだらしい。
面倒なことになったなと、魔王様は溜息を吐いた。
◆◇◆
「あぁ、もう! 魔王様が逃げていたら、ドクターのせいですからね!」
「我輩は悪くないだろう。島で呪いが流行して入れなかったのだからしかたあるまい?」
リリーナとドクター、それと執事のシルヴィアががカロテア島についたのは、魔王様達が到着して2週間後だった。
一刻も早く魔王様のところへ行きたかったリリーナだが、島が封鎖されていて入ることができかったのだ。
「申し訳ありません、お嬢様。私が呪いに弱い種族でなければ、島に入れたというのに」
ドクターに八つ当たりするリリーナに、シルヴィアが謝ってくる。
空を駆けることができるシルヴィアにまたがり、島に入るという手もあったのだが、聖なる獣である彼女は穢れに弱く、『呪い』にも弱い。
なので、呪いが落ち着くまで、島の近くで待機するしかなかったのだ。
「シルヴィアは悪くありませんわ。まぁ……仕方ないですし、魔王様を探しましょう。まだこの島にいるんですよね?」
「あぁ、間違いないぞ。こっちだ」
リリーナが尋ねれば、ドクターは迷いのない様子で歩いていく。
しかし彼はライオンの大きな被り物をしているため、大道芸人だとでも思われているのか、子供達がまとわりついてくる。
そのたびに立ち止まっては、手品のように飴を出してあげたり、風船をあげたりするものだから、全く先に進まなかった。
「ドクター、子供好きなんですの……?」
「こうするとよく妹が喜んでくれたのでな。癖のようなものだ。それに、こうやっているとこの姿でも怪しまれないだろう?」
リリーナが眉を寄せれば、ドクターが肩をすくめる。
「自分が怪しいという自覚はあったんですね」
「さらりと失礼なことを言うな。言っておくが、我輩よりもお前達のほうが目立っているんだからな?」
シルヴィアが呟けば、ドクターがわかってないなというように溜息を吐いた。
2人は気づいていなかったが、その美貌から周りの注目を集めていた。
声をかけられないのは、美女であるリリーナに対し、シルヴィアがお似合いの美男子に見えているからにすぎない。
ゆっくりとしたペースで進んでいけば、その先には広場があって、お祭りが行われているようだった。
「なんですの、この騒ぎは……」
「人混みが凄いですね。どうやら呪いが解けたことを喜ぶ祭りのようです」
あまりの人の多さにリリーナもシルヴィアも面食らう。
周りの人間達は皆お互いの無事を喜びあっていて、笑顔が溢れていた。
「さっき子供から聞いたが、どうやらこの島であった呪い騒動は魔物の仕業だったらしいな。それに気づいて、魔物を退治した勇者がこれから演説をするらしい。あそこの2階から出てくるんじゃないか?」
ちゃっかり情報収集をしていたドクターが、白くて立派な建物を指さす。
勇者コールが巻き起こった後、バルコニーから現れた人物にリリーナは目を見開いた。
「魔王様っ!??」
思いっきり叫んだリリーナだったが、その声は民衆の声にかき消され、魔王様の耳に届くことはなかった。