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11 複雑な男心

 皿やフォークに封印の魔術文字を書き込む。

 これによって、リリーナお手製パスタが皿から逃げることはなくなった。


(あとで料理用の皿やフォークをきちんと作らなければなりませんね。これは一時的なものですし、きちんと封印の文字を刻印してもらいましょう)


 そんなことを考えながら、皿にパスタの麺をよそおい、ソースをかける。

 ドクターは食べないというので、リリーナは1人でパスタを試食してみた。


 つるりとした麺に、よくソースが絡む。

 小さめでまだ育ちきっていないナマココを使ったためか、前よりも麺がぷりぷりとしていた。


 使うナマココは、若いもののほうがいいのかもしれない。

 爽やかな中にほんのりと舌に感じる甘みは絶妙で、後から遅れてやってくるピリリとした辛みが味を引き締めてくれている。


 これならいける。

 リリーナは出来映えに満足していた。


「さっそく魔王様に食べさせましょう! これできっと、国に帰ってきてくれますわ!」

「くくっ、そうだな。実をいうと助手のロロを魔王様につけている。場所は把握しているぞ」


 リリーナがフォークを握りしめて立ち上がれば、ドクターがニッと笑う。

 待ってましたと言わんばかりだ。


「魔王様の居場所を知っていましたの!? ワタクシ、一度見失ってからずっと探させていましたのに!!」

「そう怒るな。魔王様にも時間が必要だろうと考えてのことだ」

 リリーナが声を荒げれば、落ち着けとドクターが制してくる。

 

「まぁお詫びにと言ってはなんだが、我輩もついていこう。食材と機材を提供し、その場で魔王様に料理を食べさせることができるようにしてやる。そのほうがより説得しやすいだろう?」


「……楽しそうですわね、ドクター。お詫びというよりも、ワタクシで遊んでませんこと?」

「そんなことはないぞ? なりゆきを面白がってはいるがな」


 蛇と一緒にリリーナが睨み付ければ、ドクターがうそぶく。

 こうしてドクターの案内で、リリーナは人間の国へと出かけることになったのだった。



 ◆◇◆


 その頃、魔王様は魔族の国から遠く離れた場所にいた。

 人のいない砂辺でドラゴンを背もたれに、地図を広げる。


(……やっぱりこの国の地図にも、俺の国は書かれてないな)

 予想はしていたが、魔王様は溜息を吐く。


 無理やり魔族の国へ連れてこられた魔王様は、自分の国がどこにあるのかわからなかった。


 魔王様の故郷は海に浮かぶ小さな島国で、数十年前に外国との交易はじめたばかり。

 それまでは異国の文化をシャットアウトしていたため、あまり知名度がない。

 だから、仕方ないといえば仕方ない。


 祖父から逃げるため、魔王様の両親は外国を転々としていたので、魔王様は外国語を話すことができた。

 魔王様が8歳になって、祖父ももう母親を探してはいないだろうと国に戻るまで、その生活は続いた。


 おかげで、魔王様は最初からこの大陸の言語を理解していた。

 大陸の人間と人型の魔族は共通の言語だったため、文字を読むことや会話も問題なくできたのだ。


(というか、国に帰ってどうする気なんだろうな。父さんも母さんも、もういない。俺がいないほうが、あの家にとって都合がいいのに)


 魔王様がいなくても、何の問題も無く世界は動く。

 むしろあの小さな世界は、魔王様がいないほうが円滑に回っていた。


(……オムライスを食べて、それから考えよう)

 祖父の元に戻る気はなかった。

 オムライスを食べたいという気持ちが、今それほどあるわけでもない。


 なぜならもう、魔王様は両親の顔を思い出せなかった。

 あの味も、よくわからなくなってしまっている。

 オムライスを食べようと思うのは、ただの惰性かもしれなかった。



「魔王ちゃん、辛気くさい顔ね。元気だして! ほら、おっぱい揉む?」

 ぼーっと考えごとをしていたら、ドクターの助手・ロロが隣に座ってきた。

 上目遣いですり寄ってくる。


「あほか。なんでそうなる。オカマに興味はないし、そもそも揉めるほど乳ないだろ」

 頭を叩けば、やっぱりダメかとロロが笑う。

 いつもの慣れたやりとりだった。


「ちぇっ、なんだなんだ。リリーナの代わりに、この俺様が慰めてやろうとしたのによ。確かに胸はないが、俺様のほうが超絶美少女だろうが」


 可愛い子ぶるのをやめ、ロロが屋台で買った串焼きを手渡して、あぐらをかく。

 その仕草は完全に男のものだ。


 ロロは見た目だけなら、10人いたら8人は振り返る美少女だった。

 人間の年齢にしたら、16歳くらいだろうか。ふわふわとしたロングヘアー、パッチリとした瞳。

 お人形のようで、保護欲をくすぐる幼い顔立ちをしている。


 しかし、その正体はドクターが魔物を掛け合わせて作った合成獣キメラである。

 死んだドクターの妹をベースに作られたらしいが、肝心な脳みそに魔族の男を使ってしまったため、こんな残念な仕上がりになっていた。


 家出をする際に、ロロに見つかってしまったのは、魔王様にとって大きな失敗だった。

 人間の国へ行くときは、よく彼も一緒だったため、当然のようについてきてしまったのだ。


 大切な妹の体ということもあって、ドクターはロロの体に発信器を仕込んでいる。

 リリーナに自分の居場所がバレたのは、多分ドクターが教えたからなんだろう。


(あれから2週間くらい経つのに……リリーナはもう俺のことがどうでもよくなったんだろうか。いや、別に……探してほしいわけじゃないけどな)

 

 城に戻りたくはないが、探してはほしい。

 矛盾する気持ちが心にはあったが、魔王様はそれを認められずにいた。



「なぁ、本当に故郷へ帰る気でいる?」

 ふいにロロが、魔王様の顔を覗き込んでくる。


「……まぁな。もう俺がいなくても、魔族の国は問題ないだろ。それに、メシマズイし」

「ふーん?」

 答えれば、ロロは納得していないようだった。


「マオマオ、自分で料理作れるんだから、作ろうと思えば城でもできただろ」


 ロロの言うとおり、魔王様は料理上手だった。

 両親はカフェを経営して生計を立てていた。

 その手伝いをしていたので、自然とできるようになったのだ。


「この間まで働いてた店もマオマオが料理作りだしたら、あっという間に人気店がでたしな」


 魔王様がドラゴンで森に降り立つ際、近くにいた男が驚いて怪我をしてしまった。

 それでお詫びを兼ねて、彼の店で一時的に働いていたのだが、店は寂れているし、味はまずいわで酷いものだった。


 ウェイターを任されていた魔王様だったが、さすがにこれはないと店主にレシピとその作り方を提案し、その結果……人気店になってしまったのだ。


「あれは……」

 魔王様が言い訳しようとすれば、ロロがからかうような笑みを浮かべる。


「そうだよな。自分で作れるってなったら、リリーナから食事がもらえないもんな。魔族にとって食べ物を捧げることが求愛の証だって、本当は知ってたんだろ? 周りに対する牽制だよな」


 何もかも分かった顔をしているロロが腹立たしい。

 事実そのとおりだったので、何も言えなかった。


 魔王の補佐であり、高い魔力と美貌、そして高潔さを持つリリーナは、実をいうとかなりモテる。

 本人にその気が全くないので、周りの好意に気づいてないだけだ。

 魔王様からしてみれば、いつだって気が気じゃなかった。



「っていうかさ、マオマオ。お前本当は、リリーナが見合い話持ち込んでくるのに腹が立って家出したんだろ?」

「……うるさい」


 図星を突かれ、魔王様は串焼きにかぶりつく。

 口の中にジューシーな肉汁が広がり、スパイシーな香辛料がとてもよく効いている。

 故郷の甘辛なタレに付けた串焼きには叶わないが、これはこれで美味しかった。


「ショックだよな。マオマオとしてはあれだろ、出会ったときに求婚したつもりだったんだろ? なのに、他の奴と結婚しろはないよなぁ」

「……」


 わかるわかるというように、ロロが気安く魔王の肩を叩いてくる。

 情けなくなるから、掘り返さないでほしかった。



 家族になってほしいと最初にいったとき、魔王様だって、リリーナのことをそういう意味で好きなわけじゃなかった。


 けれど、自分を必要としてくれて、いつも一生懸命で。

 真っ直ぐな彼女に――魔王様は癒されていった。

 それが恋に変わるまでに、そう時間はかからなかった。


 リリーナと認識のズレがあることは、途中で気づいた。

 それでもリリーナの一番は魔王様だったので、今はそれでいいかと思っていたのだ。


(けど、いくらなんでも「お好きな女性を何人でも選んでください」はないよな。俺が他の奴と結婚しても、リリーナにとってはどうでもいいんだろうな)


 むしろ、リリーナは魔王様を誰かと早く結婚させたがっている。

 それを思えばイライラとした。


「リリーナに好きって言えばいいのに」

「……俺はリリーナが好きだから、リリーナだけいればいいって言うと、『光栄ですが、それではいけませんわ。やはり結婚はしてもらわないと。王として、子孫を残すのは責務です』って言われるんだ」


 自分との結婚なんて、リリーナは頭にも思い浮かばないらしい。

 魔王様の分かりやすい告白は、「よき同僚としてリリーナを必要としてくれている」くらいにしか、捉えてもらえなかった。


 恋愛の対象として、同じ土台にすら立ってない。

 告白しても気づくどころか、意識すらしてもらえてない。


 それでも半年は魔王様も粘った。

 それとなく何度も想いを伝えたのに、それは伝わらず、好きな女に別の女を勧められ続けたのだ。

 いくら魔王様が我慢強くとも、ふて腐れるのは当然といえた。


「あー、うん。ちゃんと告白はしてたんだな……」

 ロロはかける言葉を探しているようだった。


 串焼きを食べ終わり、魔王様は立ち上がって、服についた砂を払う。

 いたたまれない気分でいっぱいだった。

 

「リリーナは、ずっと城で育ってきて、同じ歳の女とか周りにいなかったからさ。自分が誰かの恋愛対象になるとか、考えてもいない感じなんだよ。そういじけるなって! マオマオが嫌いなわけじゃねーんだしよ!」


 ロロの慰めも、魔王様を沈ませるだけだ。

 魔王様がリリーナを好きというのは、城では周知の事実だった。

 気づいていないのは、本人のみである。


 結婚するのが嫌だから家出する。

 そうリリーナに伝えれば「このお嬢様方のどこがいけないのです?」とか、「好みのタイプを教えてください。リリーナは全力で探し出します」とか、絶対に言ってくる。


 そのたびに、心が抉られる魔王様の気持ちも知らずに、必死に引き止めてくるのは目に見えた。



(リリーナにとって必要なのって、結局『俺自身』じゃなくて『魔王様』なんだよな。名前だって、一度も呼んでくれないし)


 リリーナが必死に引き止めてくるほど、必要なのは魔王であって自分自身ではないと思い知らされる気がした。



 自分だけが一方的にリリーナを好きなのが辛くて、魔王様はメシマズを理由に城を出たのだ。

 追いかけてきてまで、傷口に塩を塗りこまないでほしい。


 格好悪くて誰にも言えはしなかったが、本心ではそんなことを考えていた。



 魔王様がドラゴンに跨がれば、ロロが当然のようにその後ろに乗ってくる。

 どうやらまだ付いてくる気らしい。


 ロロはドクターの助手であって、ドクターやリリーナと違い、魔王様の補佐ではない。

 しかし、明るくてサバサバしているロロとは、気があうのでよくつるんでいた。

 仲のいい男友達のようなものだ。


(……まぁ、いいか)


 ロロは城に帰れと言ってくるわけでもなく、魔王様の心情もわかってくれている。

 邪魔にはならないし、一緒にいて楽しくはあるので、そのまま魔王様はドラゴンで飛び立った。

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