10 ここに新たな魔m……料理が出来上がりました
再度作り上げたナゲキの実のペーストを、リリーナは鍋へ移す。
鍋のフタに魔物を封印するための文字を施し、そこからでられないように工夫した。
続いて、シビレビレをすり鉢で粉状にし、それを少量ずつペーストに加える。
「うーん。悪くないですけれど、混ぜたのに混ざってないというか。やっぱり何かが足りないのですわよね……」
ほんのりと甘酸っぱい感じにしたかったのに、酸味と甘みがそれぞれ独立していた。
これでは、ナゲキの実とシビレビレをただ一緒に食べただけだ。
「熱を加えるといいと思うぞ。旨味がほしいなら、タマネギやコンソメを加えるといいんだがな。そう言ったところで、ピンと来ないだろうから、サービスしてやろう」
困っていたら、ドクターが拳くらいの真ん丸な種をくれた。
「植物系の魔物の種だ。本体は凶悪で手が付けられないのだが、品種改良に成功し、種を簡単に採取できるようにしたんだ。玉ねぎと味が似ているから、タマネギもどきと呼んでいる」
ドクターはちょっと得意げだ。
リリーナはそもそも玉ねぎが分からなかったが、ありがたく受け取ることにした。
種は薄く硬い皮に覆われていた。
それを割ってみれば、小指の先程度の黄色い粒がびっしりと詰まっている。
手でほぐして、粒を独立させ、ペーストの中へ入れようとすればドクターに止められた。
「タマネギもどきは、火を通して使うといいぞ」
「この種、別に生きているわけではないですわよ?」
ドクターの助言に、リリーナは首を傾げる。
魔物は、基本的に丸かじりだ。
火はしぶとく動いて食べ辛い魔物や、強い魔物の息の根を止めるための手段だった。
「食べやすくする以外にも、火にかけるのは有効なんだ。火にかけると、味が変わるものが多い。基本中の基本なんだが……魔族には料理の習慣がないからしかたないな。少し手伝ってやる」
玉ねぎもどきを、ドクターが『炒める』。
黄色の種は、火を通すとより鮮やかな色になった。
「さて、こちらが炒める前のタマネギもどき。こちらが炒めた後だ。比べてみろ」
ドクターに言われるまま、リリーナはまず炒める前のタマネギもどきを口にした。
草っぽい味というか、妙な辛みが後から来る。
ツンとしていて、あまり好きではなかった。
続いて、炒めた後のタマネギもどきを口にする。
今度はほんのりとした甘みと、それだけではない味が舌の上に広がった。
「なぜこんなに味が……!?」
「詳しく語ろうと思えばできるが、そういうものだと思っておくといい。熱を通すことによって、旨味というものが増したりする」
驚くリリーナを横目に、ドクターが鍋の火をつける。
リリーナの作ったペーストに、タマネギモドキを加えた。
「こっちのソースも火で『煮詰める』ことによって、味がまとまる。なんでもかんでも火を通すと美味しくなるというわけじゃないが、とても大切なことだ」
ドクターに教えられながら、リリーナはペーストをお玉で混ぜる。
よい香りが漂ってきたところで、ドクターが火を止めた。
どろりとした青いソース。
その表面には、目に痛い黄色の粒と、幾つもの苦悶の顔が浮かんでいた。
「熱を加えると、ナゲキの実の顔は分裂するんだな。これは知らなかった。ほら、味見してみろ」
ドクターからスプーンを手渡され、リリーナはソースを舐めてみた。
先ほどとは違い、酸味にほんのりとした甘みがプラスされている。
材料のそれぞれが主張しあうわけではなく、重なって1つの味になっていた。
そのことに、リリーナは衝撃をうけた。
人間の国で食べたトマトソースより、爽やかさは足りないかもしれない。
しかし、後味としてピリッとした辛味がアクセントになっており、ほんのりと舌が痺れる感じが癖になりそうだ。
「これはいけますわ!!」
リリーナのテンションが上がる。
キラキラと目を輝かせれば、ドクターは自分の手柄のように誇らしげだった。
「ドクターも味見をしてみてくださいな!」
「いや……我輩は遠慮しよう。これを1番に食べるのは魔王様であるべきだ」
ドクターは再度鍋にフタをしてしまう。
この喜びを誰かと分かち合いたかったリリーナは少し残念に思ったが、確かにそうだなと納得する。
「ソースは出来上がったから、次はナマココのパスタを1人で作ってみろ。地下の部屋に、リリーナの服を浸した水槽があるから、そこから取ってくるといい」
ドクターに言われるがまま、リリーナが地下へいけば、薄暗い部屋の隅に水槽があった。
リリーナの服をまるで海藻代わりにするように、小さなナマココが数匹くっついている。
1匹では足りなさそうなので、2匹選んで持っていき、水を沸騰させた鍋に移す。
もちろん、その水にほんのりと塩を加えることも忘れなかった。
「プルプルと震えている間に糸を出させるんだ。本体が死んでしまうと、糸状にならないからな。刺激には敏感な癖に、熱には鈍いのだよ」
ドクターの説明を聞きながら、ナマココを突く。
そうすれば、湯の中に赤い糸が鮮やかに広がった。
出来上がったナマココの麺を皿に入れ、そこにソースをかける。
鮮やかな赤い麺に、目に痛い黄色の粒。
そして悲しげな表情が浮かぶ青いソースは、嘆き声を上げている。
心臓弱い者が見たら、卒倒すること間違いなしの不気味な料理が――そこにあった。
「……なんとコメントしたらいいか、我輩も悩むな。新しい魔物を作り出した気分だ。ほら、言ってるそばから、料理が逃げようとしているぞ」
ドクターの言葉通り、ソースがパスタを巻き込んで皿から脱出しようとしていた。
リリーナは慌てて皿の中身を鍋に入れ、フタを閉じる。
「人間の国のトマトソースのパスタは、動きませんでしたね。ワタクシ達のパスタは生きがいいですし、これなら人間の国の料理に勝てるかもしれません!」
生きがいいほど、魔力の高い魔物が多い。
そのため、魔族一般の常識として「よく動く食べ物=価値が高い」となっていた。
魔族の基準ではプラス要素だが、人間の料理としてはマイナス要素だ。
というか、料理は普通動いたりしないのだが、リリーナがそれを知るわけもない。
「くくっ……そうかもしれないな!」
大真面目に言うリリーナに、ドクターが我慢できないというように腹を抱えて笑っていた。
※2016/09/28 誤用を微修正しました。内容の変更はありません。