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01 死にたがり魔王様

「自分より力の弱い者を殺して何が悪い? 俺が魔王だ。俺が法であり、支配者なんだよ! たかが補佐が口だしするんじゃねぇ!」


 リリーナの目の前には、巨大なイガグリの化け物。

 高さは2メートルほどあるだろうか。


 体の外側は鋭い棘に覆われており、縦に割れた部分から、内蔵のような色合いをした内部が見える。

 その中央には、円形になった口があり、ふちにはぎざぎざの歯が並んでいた。


 この魔王には、目と足と手がない。

 代わりに何本もの触手があり、それを動かして移動したり、獲物を捕らえるのだ。


「ワタクシは魔王の補佐として選ばれし者。魔王がふさわしくないと判断したとき、排除して新しい魔王を迎える権利を与えられています」

 

 そう宣言しながら、リリーナは考える。

 こいつに勝てるのかと。


 リリーナはメデューサという化け物の血をひく魔族だ。

 人間の女とそう変わらない外見をしているが、その美貌は比べものにならない。

 年は10代後半から20代前半といったところで、気の強そうな瞳は宝石のような美しい色。

 そしてその瞳には、見た者を石に変える力があった。


 普段のリリーナは、クルクルと巻かれたドリルヘアーをしているが、実はその髪の一房一房は蛇だ。

 一匹一匹が生きており、リリーナの命令で自由自在に動く。

 蛇達は魔王に向かって口を開け、シャーと音を鳴らし、威嚇をしていた。



 魔族の国は、王の入れ替わりが激しい。

 脳筋の多い魔族は、強い者に従う。

 魔王を倒した奴が魔王であり――この国のルールとなるのだ。

 しかし、強さを極めている者は、大抵バカばかりだった。


 俺は最強だから、太陽さえもやっつけることができると、太陽に突っ込んだ魔王もいた。

 他の魔族に殺されるのに怯え、棺桶に引きこもり、そのまま棺桶ごと炙られて死んだ魔王もいた。

 他にも尻から大量に酒を飲んで死んだ魔王など……上げればキリがない。


 ――自分達でも、魔王になれるんじゃないか?

 そう思わせるような奴が魔王では、争いは一向に絶えないのだ。

 魔王が目まぐるしく入れ替わるせいで、国は統制が取れずに荒れ果てていくばかりだった。


 リリーナは危機感を募らせていた。

 魔族同士で争いを続けていた間に、魔族の国には結界が張り巡らされ――人間達の手により、世界から長い間、切り離されてしまっていたのだ。


 結界が弱まって外に出れるようになったのは、つい最近のこと。

 外に出てみれば、世界は様変わりしていて、人間が幅を利かせていた。


 やつらは、また魔族の国に強い封印を施そうと動いている節がある。

 世界の支配者は魔族であり、断じて人間共ではないのだ。

 それを思い知らせてやらねばならない。


 しかし、国が危機的状況にあるというのに、現・魔王はそれを理解しない。

 早く人間をどうにかしないと、また封印を施されてしまうというのに、己の欲を満たすことだけしか考えていなかった。

 

 現・魔王は他者を虐げることに興奮を覚えるらしく、自分の愉悦ゆえつのためだけに弱い魔族をいたぶってばかりいる。

 血の気が多い魔族だから、戦いはしかたないとリリーナは考えていた。

 しかし、一方的な蹂躙は戦いとは呼べない。


 大体、王とは国と民を守るべきものだ。

 それを理解ぜず、権力を振りかざすアホばかり。

 リリーナは、心底うんざりしていた。


 ――さっさとバカをして、死んでくれないでしょうか。

 そんなリリーナの願いとは裏腹に、現・魔王は権力にしがみつくタイプで、死ぬようなヘマはしてくれなかった。

 だから、こうしてリリーナ自らが手を下すことに決めたのだ。

 

 リリーナはそれなりに強い。

 瞳を見ればかけることができる石化の魔法は、特に強力だ。

 それで石に変えた、歴代のアホ魔王共も数知れない。


 しかし、この魔王は目が退化している。

 視線を合わせなければ、必殺の石化魔法は使えなかった。


 魔王は自分の身を棘つきの殻で守り、遠くから触手をのばして攻撃してくる。

 刃物のように、触手の先を変形させることもできるようだ。

 触手をムチのようにしならせて、リリーナの体を打ってきたかと思えば、切り裂いてくる。


 防戦一向になりながら、リリーナはどうにか触手の攻撃をかわす。

 しかし、持っていた剣を弾き飛ばされ、地面の下からやってきた触手に足首を掴まれてしまった。


「くっ……!」

 逆さに持ち上げられたリリーナの体を、触手が拘束してくる。

 触手はかろうじて残っていたリリーナの服を器用に脱がせ、剥き出しになった肌を這いずりまわった。


「くくっ、お前は魔力が高いからな。殺して食うのもいいし、子を産ませるのもありだ……」

(冗談じゃありませんわ。そんなことになるくらいなら、自滅魔法で道連れにしてやりますの!)

 ゲスなことを言い出す魔王に、リリーナは覚悟を決める。

 しかし、その次の瞬間 、魔王の拘束が唐突に緩んだ。


「ぐえっ?」

 魔王が、間抜けな声を上げる。

 何が起こったかわからないという顔のまま、縦に真っ二つに裂けて――リリーナの眼の前で魔王は絶命した。


「あんた大丈夫? 酷くやられたみたいだな」


 魔王の後ろから現れたのは、黒髪に黒目の少年だった。

 みたことのない異国風の服装。右手にはリリーナの剣をにぎっていて、けだるげな表情が印象的だった。


(人間……のように見えますが、ここにいるからには魔族ですわよね? こんな少年があの魔王を? このワタクシが、気配に気づきませんでしたわ……!)


 呆然としているリリーナに、少年が治癒の魔法をかけてくる。

 体の痛みが和らぎ、傷が一瞬にして回復した。


「……これは、治癒魔法?」

「まぁな。生かしてやるから魔王になれって力をもらったんだ。そんなことより、死ぬ前に美味しいオムライスを食べさせてくれって頼んだんだけどな」

 世間話をするように少年は言うが、治癒魔法は高度だ。

 魔力を大量に消費するし、挨拶のような軽さで気軽に使えるものじゃない。

 

 ありえない、とリリーナは思う。

 魔王補佐として、次期魔王になりそうな人材は常にチェックしていた。

 しかし、リリーナのデータに少年の情報はない。


(種族もわからない魔王様ですが、魔王補佐であるワタクシに恩を売るためとはいえ、治癒魔法をつかってくれましたしね。期待できるかもしれません)

 上から目線でその行動を評価しながら、リリーナは自分を納得させた。


「ほんと……死ねるならそれでよかったのに、余計なことをしてくれるよな」

 少年は軽く舌打ちをし、脱いだ上着をリリーナにかけてくる。


「それやるよ。裸じゃ恥ずかしいだろ。じゃあな」

 あろうことか、少年はそのまま立ち去ろうとする。

 リリーナは慌てて彼の腕を掴み、引き留めた。


「お待ち下さい。新魔王様! 私の名前はリリーナ。今この瞬間から、魔王様の補佐です!」

「いい加減、この夢覚めないかなぁ……魔王も何も、俺ただの人間なんだけど?」

 振り向いた少年は勘弁してくれと呟いた後、またリリーナに背を向けて歩き出した。


「先ほどあなたは魔王を倒しました。今この瞬間から、あなたが魔王様なんですよ!」

「だるい。お腹空いたし、やる気無い。あんたに任せた。そんなことより、最後に美味しいオムライスを食べてから死にたいんだけど……いい店知らない?」

 横に並んだリリーナに、足を止めるでもなく少年は言い放つ。


「私に任せたって……魔王になれば、やりたい放題なんですよ! 多くの魔族を従え、自由にできるんです! なのにあなたは、魔王になりたくないんですか!? しかも死にたいってどういうことです!?」


 魔王を放棄されると思っていなかったリリーナは、混乱した。

 質問攻めにすれば、面倒臭そうな顔をして少年が立ち止まる。


「なりたくない。命令で誰かを自由にできても……むなしいだけだし。それに俺は、民のために何か考えたり、誰かの上に立つタイプじゃない。他にふさわしいヤツがいるはずだ」


 普通の人が聞けば、なんてやる気がない奴なんだと思ったかもしれない。

 しかし、リリーナはそうではなかった。


(この少年は、上に立つ者が民のために働くという考えを持っているのですか!!?)

 少年にとっての常識は、魔族の考えとしては希有けうだった。

 強い者が弱い者から搾取する、それが多くの魔族にとっての常識であり、国を治めるという感覚はない。


(しかも、少年は魔王になる気がないのに、ワタクシに治癒魔法をかけた。つまり、見返りを目的とせずに、治癒魔法を使った……これはありえないことですわ!)


 それに、この無気力さは、脳筋共にないものだ。

 それがリリーナには、有り余る余裕の証に見えた。


 戦いを好まず、魔王の座に執着もしない。

 人を思いやる心があり、王に求められている責務もわかっている。

 そして何より――にじみ出る魔力と、圧倒的な強さ。


(この方こそ、私が待ち望んでいた魔王様です!)

 リリーナは心から歓喜し、そう確信した。

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