89. ダンジョンの謎
貴族院の生徒の後を追いかけ、階段を降りて地下二階に行くと、展示は『ダンジョンの魔物の発生』という物になった。
「ダンジョンには無数の魔物が棲息します。狩っても狩っても尽きることはありません。この博物館になっている五階まででも、早朝に冒険者さんたちが、魔物を狩って安全を確保してくれています。では、ダンジョンの魔物はどこから現れるのでしょうか」
あ、それは気になっていた。
閉鎖された空間に、こんなに沢山の魔物は、普通の生物ではありえない発生のしかただと思う。
「ダンジョンの魔物は、魔物だまりと言われる、特定の部屋から発生します。これが、実際の魔物だまりです」
コゼット先生は、生徒を部屋の一角へ案内した。
そこには、分厚いガラスで戸を塞がれた、部屋が一つあった。
中にはスライムとメイキュウオオネズミが何匹かいた。
「出現現象を起こすために、この部屋は一定時間に一度、雷の魔法で、中の魔物を倒す仕組みになっています。あ、ちょうど今、メイキュウオオネズミが発生しますよ」
なにか、黒い霧のような物が部屋の中心で集まって形を取り、見る間にメイキュウオオネズミになった。出現したメイキュウオオネズミは鼻をひくひくさせると、俊敏に飛びはね、餌のある場所へと行った。
「おーっ」
生徒達がどよめいた。
ついでにパットとあやめちゃんもどよめいていた。僕もどよめく。
オッドちゃんだけが、なんだか、つまらなそうな目で見ていた。
「ダンジョンの魔物は、生物の形を取っているだけで、実際には魔法的な存在ではないのかと言われています。たしかに倒せば、魔石が取れ、皮などの素材も確保できるのですが、命のあり方として、自然の生物とは一線を引きます」
なるほど、ダンジョンの魔物は、生物ではないのか。
「こちらの展示をみてください、この二つの標本は、まったく同一の迷宮狼です。この二つの個体は1251年と1468年に採取されたものです。みなさんは何がおかしいか解りますか?」
「あれ、同じ片足に傷跡があります」
「模様も同じよね」
「はい、これは鏡像個体と言って、まったく同一の魔物が、時をへて採集された珍しい例です。この事から、迷宮の魔物は、かつて、このダンジョンに迷い込んだ生物の死骸などを取り込み、まったく同じ物を魔法的に発生させているのではないかと、最近は考えられています」
「先生っ! そうすると、死んだ冒険者なども、魔物として生き返るのですか?」
「良い質問ですね。結論を言えば、大迷宮といえど、人間をそのまま同じ物として発生させることは出来ないようです。ですが、人間が死に、アンデットとして蘇った場合は、取り込んだ後、発生させる事ができるようです。ゾンビやスケルトン、リッチなどですね」
なるほどなあ。
魔力で生物のクローンを作って、迷宮内を巡回させているのか。
次の展示は『ダンジョンの生命の循環』という展示。
セットには、ダンジョンの床に半分溶けたようになって取り込まれかけているメイキュウオオカミの死骸があった。
「ダンジョンで死んだ者や魔物の死骸、ゴミや汚物などは、二時間ほどでダンジョンの床に取り込まれて消えます。これはダンジョンが、物質に含まれる魔力を取り込み循環しているからと言われています。この現象を使って、メイリン市では、ダンジョンの一角を掘り抜き、市街から出るゴミをここへ投棄して、処理しています」
なるほどねえ、ダンジョンを利用してゴミ処理か、行政塔もよく考えているな。
寝ている間に、服とか毛布とかは喰われたりしないのかな、と思ったが、どうやら生きものに接している物体はダンジョンに喰われないそうだ。
逆に、聖剣をうっかり手放して寝ていたら、ダンジョンに喰われてしまったという、間抜けな勇者などもいたそうだ。
それは悲しいなあ。
そういう事故を防ぐには、たんに広めのシートを引いて、そこで野営すれば良いだけだそうだ。
生きている人が接触していればいい訳なんだね。
「メイリンは人間が三年にも渡って居住していたダンジョンなので、その間に色々な事が解りました。たとえば階層ごとに、魔物の数は決まっている事、その階のモンスターを全滅させてしまえば、何時間かは発生しない事や、魔物が発生する場所は一定である、などの発見が、ダンジョン籠城の中で判明しました。メイリンが開発したダンジョンの攻略技術は多岐にわたり、今でも各国の大タンジョン攻略に役立っています」
順路通りに階段を降りて、地下三階の次の展示室へ。
この部屋のタイトルは『迷宮での冒険者の生活』だそうだ。
皮鎧を着た男性冒険者の像と、ローブ姿の女性冒険者の像が飾ってある。
一般的なパーティという展示があった。戦士三人、盗賊一人、魔法使い一人、僧侶一人が一般的な六人パーティとのこと。魔法使い系は人数が少ないらしいな。専門職だし。
迷宮での冒険者の野営地での食事シーンが人形で作ってある。
食事メニューは、ビスキュイとスープと干し肉らしい。貧しいのだけど、横の展示でリュックの中身を見て無理も無いと思った。
展示してある荷物の半分以上が食料と水だった。
ダンジョンでは一部の階で水場があるんだけど、どこの階にもある訳ではないので、水も運ぶか、魔道具で生み出さなければならないらしい。
魔法袋が人気になるわけだなあ。
なになに『迷宮探索に必要な道具』だって?
ロープと楔。鏡に三尺棒。ほうほう。
鏡は曲がり角の先に魔物が居ないか見る物で、三尺棒は落とし穴が無いか、前方を叩くための物とのこと。なるほどね。
深部になると、階段が壊れていたりするところや、縦穴に降りて進まなければならない所があるから、ロープと楔は必須らしい。
あれ、ロープ買ってないな。
楔も。
オッドちゃんの方に入って無いかな。
「オッドちゃん、ロープ持ってない?」
「あるわよ、ゲンキの方にも入れておく?」
「うん、すこしちょうだい」
オッドちゃんは謎空間から、ロープを出した。凄い太い。
「あら、これは、船用だわ」
そう言って太いロープを戻して、オッドちゃんは登山ロープぐらいの太さの物を出した。
なんでも、オッドちゃんの謎空間に入ってるんだな。
オッドちゃんにロープを二十メートルぐらい貰って、楔も何本か貰った。
これで一安心だ。
まあ、使わないとは思うけどね。
三尺棒の代わりに、ちょっと短いけど、ひのき棒があるし、鏡の代わりに携帯のカメラを使おうか。
ああ、電池がなあ。
やっぱ、一応、手鏡は買っておこう。
こうしても見ると、物の買い忘れに気がつくね。
順路を歩いて、『迷宮内での戦闘』という展示の前に来た。
ガーゴイルと人形冒険者パーティが戦っている。
迫力のある展示で、貴族学院の生徒たちが溜まって説明を読んでいた。
なになに、”魔物に比べ人類の力は弱いが、それを補うのが連携戦闘です” か。
狭い迷宮での戦闘の基本は、フォーメーションらしい。甲冑や盾で固めた前衛が魔物の攻撃を受けたり弾いたりしている間に、魔法使いが魔術攻撃を打ち込む。のが、一般的な闘い方らしい。
うちの魔王討伐隊は前衛二人、大魔導一人、応援係一人だなあ。
たしかに、前にメルクさんが言ったように、斥候係と回復役がほしいね。
あやめちゃんが軽魔法使いに、僕が斥候を兼ねる感じでもいいけど、たぶん本職には負けそうだ。
殺気は感知できるけれど、僕は罠の事をしらないし、うむむ。
順路を進むと『迷宮内に潜む脅威』と書いてあり、各種の罠を実際に展示してある。
まずは落とし穴、実物大の落とし穴の断面がセットとして展示してあって、冒険者人形の戦士くんが落ちそうになっている。
落とし穴の深さは三メートルほどで、中には凶悪そうな金属のトゲが生えていて、骸骨が何体か刺さっている。ちなみに骸骨は迷宮のスケルトンの残骸らしい。
うむむ、他にも吊り天井あり、踏むと回転して方向を解らなくするパネルあり、煮えたぎった油が落ちてくる罠、転移パネルでパーティーを分断する罠など、沢山の種類があるらしい。
実際は四十階までの罠は動かないように無効化されて、生きている罠があるのは、未走破区画ぐらいとのこと、ちょっとほっとする。
順路に沿って四階まで降りる。
『冒険者の一生』という展示があった。
戦士君人形が生まれてから、死ぬまでの人生をシーンごとにセットで表現している。
戦士君が生まれたのは、メイリンの下町で、路地でチャンバラをしている腕白そうな少年戦士君が居た。お父さんもお母さんも冒険者。
実際メイリンにはこういう家庭が多いんだろうなあ。
あ、説明書きに『後に白金冒険者となった、前々ギルドマスター、タルカス・ミーガンの一生をセットで再現しています』と書いてあった。下町からギルドマスターか、すごい下克上だな。
戦士君は十歳になったので、ダンジョンデビューを果たしていた。
とは言え、セットで戦ってるのはメグリンウサギだし、一日のだいたいは、迷宮で屑魔石を拾う事で家計を助けていたらしい。子供冒険者は、少年隊チームを組み、十五階ぐらいまでの弱い魔物を狩ったりして経験を積むらしい。
戦士君は十五歳になり、初めてパーティで二十階から下へ。
ちょっと大きくなり、皮の鎧を着て、片手剣、ミドルシールドを持ってキリッとした戦士君がいる。なになに、装備は全部、自分がダンジョンで稼いだお金で買ったものです。ほほう。偉いな。
次のシーンでは、なんか戦士君が、怪我をしてへこたれている。十六歳の時のセットとの事。ここで幼なじみたちと組んだパーティで潜り、三十六階で強敵に当たって、パーティが半壊したらしい。六人のうち、三人が死亡、戦士君も重傷を負ったらしい。
怪我を治している戦士君。”あの時は貯金がどんどん減っていき、目の前が真っ暗になったね” と本人のコメントが書いてある。セットは療養院らしい。お隣の部屋のベットには赤毛の可愛い女性が寝ている。
この時、戦士君は、未来の妻の女戦士さんと出会い、恋に落ちたらしい。
恋人の女戦士さんのパーティと戦士君のパーティを合体させて、またダンジョンへ。一度の挫折を経て、ずいぶん慎重になったそうだ。
セットは女性が増えたパーティがオーガーと戦っている。
オーガということは走破階は五十階近いのか。
次のセットは沢山の魔物の素材と、魔石を持って凱旋する戦士君パーティだった。
ここらが、戦士君の絶頂期だったらしい。
どんどん装備も良くなり、最高走破階百階を越えて、その時の最深部、百四階を記録したと書いてある。
よかったなあ戦士君。
好事魔多し、次の記録更新へと挑んだ戦士君パーティは、八十七階で、変異体のレアキマイラと交戦、最愛の妻である女戦士さんが倒れ、戦士君も重傷を負う。
変異体のレアモンスターというのは、まれに生まれる、普通の固体よりも、ずっと強いモンスターの事だという。
激戦の末、なんとかレアキマイラは倒したものの、パーティは半壊、メンバーは必死の思いで重傷の戦士君を背負って、地上へ生還した。
シーンはまた療養院、ベットの上で半身を起こした、老けた感じの戦士君の片手は無く、なんだか寂しそう。幼い少女がベット横で悲しげにたたずんでいる。
最後のシーンは、戦士君と女戦士さんの娘さんが、新しいパーティを組んでミノタウロスと戦っていた。娘さんは格闘家だ。
なんかマダームに似てるな。
戦士君と女戦士さんの思いは、娘さんが継いで、またダンジョンに挑戦し続けて行くのか。
なんか、人の一生を見たという感じで、ジーンと来るね。
心に残る、とても良い展示だった。
【次回予告】
博物館の展示を五階まで見た先は、普通のダンジョンだ。
お昼ご飯を食べようと、六階でキャンピング馬車を設置したげんきたちに、
迷宮に住む、悪漢たちが襲いかかる!
なろう連載:オッドちゃん(略
次回 第90話
ダンジョン地下五階、迷宮レストラン




