86. 初めてのダンジョンアタック
ぜいはあぜいはあ、ぐぬぬ。
まあ、言わなくても解ると思うが、現在絶賛、朝のランニング中である。
ぜいはあ。
初日よりは少し楽かも、しれない。
ぜいぜい。
しかし、つらい。
メイリンの街も今日で三日目、結構、街の雰囲気にも、なれてきた感じ。
知っているお店も増えてきた。
ランニングの後は行水したいのだが、キャンピング馬車の行水場は一カ所なんで、困るな。
あ、ホテルの部屋は取ってあるので、あそこで使えば良いのか。
わっせわっせ。
坂が、つらいな、どえいどえい。
沢山ランニングすれば、スキルにならないかな。
ぜいぜい。
やあ、ここを上がれば、ランニングは終わりだ、へほへほ。
てっぺんが見えて来ると同時に、僕は殺気を感じた。
ぬおー、こちらが疲れた所を狙うのか、死舞手め。
パットに目配せをして、速度をゆるめる。
「あやめちゃんっ」
「ん?」
あやめちゃんがいぶかしげな顔をして速度をゆるめ、はっと気がついた顔で表情を引き締めた。
「死舞手さん?」
「たぶん」
口なし主道 が塔路と、つながるあたりに、四人か?
二人は屋根の上に隠れている、下で仕掛けて、注意が向いた所を上から襲う計画か。
ギョロ目の計画なら、そこから先に二枚ぐらい仕掛けがありそうだ、用心しよう。
パットは甲冑に大剣を背負ってランニングしていた。
あきれた体力だが、その用心深さこそが騎士なのだろう。
僕らは歩いて、交差点に近づく。
あと十メートル、七メートル、五メートル。
下の二人は、樽や木箱の影に居る。
しかし、殺気感知はすごいな、柔道レーダーと呼ぼう。
んー、しかし、無計画に近づくのもな。
魔法袋から、ビアトーン家の武具コレクションのミスリルの大盾を出して、あやめちゃんに渡した。口をOの字にして、大盾を構えるあやめちゃんが可愛い。
僕用にミスリルガントレットを出して装着。
鋼鉄製のはキャンピング馬車の中だ。
「みんなでがんばろうっ」
あやめちゃんの【応援】が全員に掛かる。視界がクリアになる。
ばっと物陰から二人の少女が跳び出してきて、投げナイフを僕らに投擲、四本!
パットが大剣を抜きながら一本を打ち落とす、一本はあやめちゃんが身を隠したミスリルの大盾に当たって澄んだ音をたてる。
僕の方へ二本飛んでくる、地を這うようにして駆け寄る二人の少女を見ながら、すり足回避。
一人はあやめちゃん、一人は僕に向かってくる。
死舞手の暗殺者は、一切声を出さない。
町娘みたいな格好の無表情の少女が、両手に二本のダガーを持って無言で僕に襲いかかる。
そして、音も無く、屋根の上から少年がナイフを手に降ってくる。
屋根の上でエルフが弓をつがえて、あやめちゃんを狙っている。
一個ずつ処理するっ。
すり足で高速移動して、エルフが放ったあやめちゃんへの矢を、左手のガントレットで受けて弾き返す。
ふり返り、空中に居る少年の攻撃を右手で胸ぐらを掴んで無効化。
少年を少女の真上に投げ飛ばし、二人をぶち当てる。
パットがもう一人の少女に雷撃。がくんとあやつり人形の紐が切れたように地面に倒れる少女。
僕はすり足で、少年とぶつかって混乱している少女に近づき胸ぐらを掴み、木箱に向けて振り回して投げる。
軽い。
そのまま、地面に倒れた少年の腕を捻り、背中に膝を置いて制圧。
屋根のエルフは即座に身を隠し逃げていった。
「は、はやいんだよ」
「お見事、我が君」
雷撃で気絶した少女が一人、背中で木箱をぶっ壊して動けなくなった少女が一人、僕の膝の下で抜け出そうと暴れている少年が一人。三人ともハーフリングだな。
「始末しますか? それとも捕虜にして尋問しますか?」
「本当に、ここまでかな、ギョロ目さんにしては策が薄い気がしないでもないな」
策の誘導でいえば、まだバーグさんの方が上手かったな。
「君ら、ギョロ目さんの許可取ってきたの?」
「くっ」
少年君が目をそらした。
ああ、独断で突っ込んできたのか。
「じゃ、怒られてくるんだね」
僕は少年を離し、木箱の残骸の上の少女の方へ蹴飛ばした。
「な、なんだと?」
「尋問するのも面倒だし、倒れてる奴を連れて帰りなよ」
「我が君、甘いです、敵の戦闘員は削れる時に削らないと」
「あんまりギョロ目さんと同じ土俵で闘ってもなあ」
「げんきくんらしいね」
ついっとすり足が発動して、少年が放った投げナイフを無意識に避けていた。
少年は憎悪のこもった目で僕を見ている。
「じゃあね」
僕は少年を無視して、歩き出す。
パットの雷撃に撃たれて気絶した少女の手がぷるぷると震えているのが見えた。
朝から嫌だねえ。
「我が君は優しすぎます、あれは敵です」
「ちょっと違うかな。優しいんじゃなくて、あんな連中の命を背負いたく無いんだよ」
「あ、うん、げんきくんの言う事わかるな」
「誰だろうと、人を殺すと、なんか重いものを背負ってしまう気がするんだ、だから僕は嫌なんだ」
「よく解りません」
「めんどくさいから、なるべく殺したくない感じかな」
「つまり、無精なのですか?」
「そう思ってくれていい、正義とか、命が大事だから殺さないんじゃないんだ。別の世界の人間だから、ここの世界の問題を背負うのが面倒だし、資格も無い気がする」
「しかし、それでは……」
「パットの心配も解るんだけど、ごめんね、一度誰かを殺すと、なんだか、僕は変わってしまう気がする。日本に帰れなくなる気がするんだ」
「げんきくんが人殺しが平気になったら、きっと、ギョロ目さんみたいになってしまう気がするよ」
「うん、僕も、自分は本質的にはギョロ目さんみたいな人間なんだろうと思うんだ」
「そ、そんな事はありません、我が君は私の理想の方で、あんな奴ではありません」
「ギョロ目さんは、きっとね、あやめちゃんとパットとオッドちゃんを目の前で殺された僕なんだよ。そうなったら僕もああなるんだと思う」
「ちげーよ、バーカ」
うお、ギョロ目さんが聞いてたのか、どっかから声がした。
見回しても誰も居ない。暗殺者の隠れ身はすごいな。
「あいつの中に、我が君のような優しい心が眠っているとでも言うのですか」
「眠ってはいないよ、変質して別の物になって、もう、戻らないんだ。でも、優しい気持ちがあった頃の事は覚えているんだろう。だから、物影でうっかり悪態をついてしまうんだろうね」
僕たちは、そこでしばらく黙っていたけれど、ギョロ目さんからの返事はなくて、ただ風が木々をざわざわと鳴らす音だけが響いていた。
僕たちは黙って、ホテルまで歩いた。
さあ、行水をしてから、ダンジョンアタックだ。
……ダンジョンアタックの前に、僕が当番の朝ご飯であった。
あやめちゃんが昨晩作ったミルクシチューが残ってるし、卵焼きを焼いて、ハムソーセージを焼いて、パリムにチーズを乗せて焼こうかな。
昨晩とほとんど献立が変わらない、だが、自炊とはそういう物だろう!
晩ご飯はご飯を炊いてみよう。
頭の中で献立を組み立てながら、ホテルに戻って行水をする。
ここも良いホテルだったな。普段着に着替えて、洗濯物を取って、キャンピング馬車へ。
魔導コンロでフライパンを温めて、食用油を少し垂らして、ハムとソーセージを焼く。
卵は目玉焼きっていうのは芸がないな、厚焼き卵にしよう。
卵を四つ解して、お醤油とお砂糖を少し、お水を少々入れる、さすがにみりんは売ってなかったなあ、入れると美味しいのだけど、かしゃかしゃと混ぜる。
魔導コンロを弱火にして、フライパンからハムソーセージを下ろしてお皿に入れておく。
卵液を三分の一フライパンに垂らす。少し固まったら箸でぐるぐると回して中に空気を入れる。
半熟まで固まった時点で、折り返し折り返し形を整え端に寄せる。
さらに卵液をまた三分の一入れて、じんわり焼く。
固まりはじめたら、端に寄せた固まりを巻き付けるようにころがして固まりを大きくする。
さらに卵液を三分の一入れたら、同じように固まるまでまって、巻き付けて形を整える。
出来上がりっ。
輪切りにしていき、お皿に盛る。
美味しそう。
丁度、チーズを乗せたパリムも焼けたので、出して、代わりのパリムを入れる。
魔導オーブンが小さめなので、二人分ずつぐらいしか焼けないのだな。
もう、みんなテーブルに着いて、お茶とか牛乳とかを飲んでいる。
ソーセージとハムと、厚焼き卵を出した。
「我が君、これは? オムレツ?」
「厚焼き卵だよ」
「わあ、ふわふわで美味しい、上手いわねげんきくん」
「伊達に、ひかりのために毎朝のように焼いてないんだぜ」
「ふわっふわっ、美味しいわねこれ、甘じょっぱいわ」
「我が君は料理も堪能だとは。ぐぬぬ。あ、とても美味しい」
そのうち後続のバリスも焼けてきて、みんなで食べる。
あー、美味しいね。
ご飯を食べ終えたら、パットに食器洗いを任せて、お茶を飲む。
な、なんですか、パットさん、ぬおっとか、くそっとか、食器洗いにふさわしくない声をあげないでください。
あやめちゃんが見かねてキッチンに行き、駄目出しをしていた。皿を何枚か割った模様。
みんなで外に出て、オッドちゃんがキャンピング馬車を、謎空間に収納した。
空間内では振動とかは伝わらないので、色々入れっぱなしにしても大丈夫だとのこと。
大きさが可変する分、謎空間の方が魔法袋よりも使い勝手はよさそうだなあ。
さて、そろそろ行きますか、ダンジョンアタックに。
その前に、オッドちゃんとパットが、ホテル代を精算していた。
なかなか行けない。
【次回予告】
ダンジョンの入り口は凄い混雑だ。
その中で、げんきは、前に並んだ貴族の少年と知り合う。
彼が平民を嫌う理由とは!?
なろう連載:オッドちゃん(略
次回 第87話
ダンジョン入り口




